ルシンダ
ルシンダは冒険者組合の扉の前に立っていた。
(人質として連れてこい……ね。本当にあの少女は魔女の仲間なの?)
魔女――というのは時計塔に根付いている錬金術師と名乗る女のことだ。
彼女がこの街に来たのは私が産まれるよりもずっと前だと聞かされている。そんなことが有り得るのだろうか。
司教様が渇望している永遠の命。決して笑うことの許されないその夢の根拠が彼女なのだ。
「御免下さい」
扉をノックする。こんな夜更けに訪ねるのは非常識ではあるが、今はそうでもない。
街は現在パニックに陥っていて、松明を持って外を走る人間も少なくない。
「御免下さい」
さっきよりも強くノックする。
返事が無いので既に避難したのかとも思ったが、扉がゆっくりと開いた。しかし、扉が開き切ることはなく僅かに覗けるところで止まる。
「誰だ?」
「私は以前、こちらの受付嬢をされているお嬢さんの妹を治療させていただいた教会の者です」
「教会の……何の用でしょうか?」
「そんな警戒をされないでください。妹さんの様子を見に来ただけです。お元気ですか?」
扉が開いていく。
「教会の方々が誰かを探しているのは知っていますよ。先程、別の人が訪ねてきましたし」
「そうでしたか……」
「俺たちが手伝えることはありません、そう答えました。レオナとアンはここにはいないのでお引き取りを」
そう言ってバーソロミューが扉を閉めようとしているのを足を差し込んで防ぐ。
「まだお話は終わっていません。アナタ達を聖堂にて治癒したいと司教様が仰られました。同行願います」
「不躾だな、それにこんな夜更けに。どういうことでしょうか」
「…………」
やはり無理がある。司教様の命令は無茶な要求が多い。
それに今まで無視し続けていた、「こんなことは間違っている」と心のどこかで叫んでいる自分の声が次第に大きくなっている。
「あの、お引き取り願えませんか?」
バーソロミューが困惑した表情で声をかけてくる。
気づかぬうちに沈黙していたようだ。
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないが、大丈夫か? アンタの顔を見ていると、なんていうか無理してる気がするよ」
ルシンダはパッと顔を上げた。頬に手を当ててもわかるわけもないが、そんな風に思われるような顔をしていたのかと驚く。
心配そうな顔を向けてくるバーソロミューを見て、ルシンダは心を決めることができた。
「すみません、私は大丈夫でございます。ですが、コナタという少女に危険が迫っています」
「何っ!?」
「ここでは人の目がありますので、中へ入れて頂けませんか?」
「ああ、詳しく聞かせてくれ」
ルシンダは周りをキョロキョロと確認すると中へ入れてもらった。
冒険者組合の扉は閉められ、騒がしい夜のクリプトンが通路に響くだけとなった。
・・・・・
装備を冒険者組合へ取りに来たコナタだったが、バーソロミューがいないことに疑問を抱いていた。
玄関と裏口の扉には鍵がかけられており、こんな時間に留守だというのは少しばかり不安になる。
(もしかして帰りの遅い私を探しに行ってるんじゃ……)
ローブをバーソロミューに預けて出かけていたことを思い出し、バーソロミューの部屋へ向かうが見当たらない。どこへ置いたのかわからずに探していると、主にレオナとコナタのために設けられた更衣室にたどり着く。
無防備にもそこのローブ掛けにお目当てのものは掛けられており、小さな切れ端が近くの机に置かれていた。レオナの一件があったばかりだというのに、何のためにバーソロミューへ預けたのかわからないとコナタは思ったのだが。
『ちゃんと謝ってなかった。でも面と向かい合って言えないから紙で言う。ごめんなさい、ありがとう』
おそらく冒険者組合で使っている依頼書用の紙を破いたのだろう。
レオナは字を読めるが書けなかったはずだ。これの為にバーソロミューから教わったのかもしれない。
「……なんだろう、この気持ち」
胸の辺りから変な感覚が広がっていくような、そんな気持ち。
胸を撫でてもそれは暫くの間消えなかった。
「バー店長、レオナ、無事だよね……?」
不安は振り払えないが、アカ達が待っている。コナタは急いでローブを上から羽織ると冒険者組合を後にした。
アカの話しによると、大魔導図書館の屋上では大量の修道服を着た人々が倒れていたと言う。そんな中で3メートルを超える巨大な大砲を触っていた猫背の男がいきなり攻撃してきたそうだ。
なんとか攻撃を避けながら近づこうとしたが、潜んでいた黒いローブを頭から被った集団が襲いかかってきた。数が多く魔法を放ってくるため、二人ではとても対処できないと判断したリリィは『気虎砲』という飛び技で天井を破壊して大砲を図書館内へ落として逃げた。
一目でその大砲が怪しいとわかるほど、その大砲は巨大だったという。
そこからはアカ達も教会の人間に追い回され、コナタ達と日が沈み切る頃に偶然時計塔付近で合流した。時計塔の周りは松明と魔法の光によって照らされており、とてもじゃないが時計塔に入り込む隙はなかった。
そこでアカは提案した。飛んで時計塔の最上階までいけないかと。
「それにしてもあのアカという少年……お人好しにも程がある」
冒険者組合でいつもの装備に着替えたコナタは聖堂へ向かっていた。アカ達は先に聖堂へ到着しているはずだ。
彼は自ら囮になると申し出たのだ。
クレアが機械人形達と安全な街の外まで逃げる時間を稼ぐため、聖堂で騒ぎを起こす。
出来ればジュピターとサターンを救出したい。なので、コナタが隠蔽を使用して後から忍び込む。これが今回の作戦だ。
(かなり大雑把、でもやるしかない)
クレアは既に時計塔をマーズ達と出ているだろう。連絡手段が無いのでいつまで時間を稼げばいいのかわからないが、元の世界へ戻るために必要な情報源だ。まだ聞きたいことが山程ある。
「今度こそ、負けないから」
コナタはとある人物を思いながら誓う。
無敗を守り続けていたゲームの頃とは違うのは知っている。だが、それでもあんな簡単に敗走することになるとは思っていなかった。
過信していたのだ。私達は二人で一つなのに。
だからこそ、今度は油断も出し惜しみも無しに全力で叩き潰す。
「見ててね、彼方」




