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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
12/21

捕縛

 粉々に吹き飛んだ扉が、闇の中に消えていく。

 蝋燭の灯りによって部屋の輪郭のみが妖しく照らされていた。


「チッ、これが件の侵入者か」


 声がした先を注意深く見ると、一つの人影がゆらゆらと蝋燭に揺れている。声の主である司教が部屋の中央に立っており、足元には従者と思わしき女性が倒れていた。

 奇妙な紋様が彫られている絨毯が部屋一面に敷いてあるようで踏んだ感触が柔らかい。


「間に合わせるとはいえ、一人使()()()()()()()のは勿体無かったな」


 突如、部屋の中で何かが蠢き襲いかかってくる。


「ッ!?」


 ジュピターが反射的に腕を六つに裂いて対応するが間に合わない。

 蠢くなにかが手と足首に巻き付いて、身体中を這ってくる。


「ぐっ! 何、これ!?」


 ジャラジャラと音を鳴らすそれは首にまで到達し、締め上げられて肺に酸素を送れないほどだ。

 コナタとジュピターの身体を這っているものの正体は鎖だった。


「蝋燭をすべて灯せ。侵入者を捕らえたぞ」


 部屋の中で潜んでいた黒いローブを頭から被った集団が蝋燭に次々と火をつけていく。

 ようやく視界が明るくなった部屋は怪しい紋様が壁に彫られ、金色に輝く縦に長細い筒がいくつも連なった飾りが至る所に飾られている。

 首を絞める鎖の絞め付けが徐々に強くなっていく。


「こんなガキがここまで侵入してくるなんてな。火の祭場で暴れている人形共もさっさと捕えろ。それにしても、こいつが()()()()()と呼ばれている連中の生き残りなのか?」


 意識が遠のいていく。なんとか解こうと身体をよじらせるのだが、鎖が巻きつき指先一つ満足に動かせそうにない。

 雷銃(ボルトガン)のような魔法では対応できない。


(このままじゃ……!)


 すると背中越しに廊下が騒がしくなってきた。


「司教様!」


 闇の祭場に転がり込んできたのは赤いローブを被った男だった。


「お逃げくだっ――」


 扉は既にコナタによって吹き飛ばされていたが、更に入口を吹き飛ばされる。廊下の天井に穴が空いて外から風が入ってくる。

 ガシャガシャと独特な足音を鳴らしながらマーズとサターンは闇の祭場へ入ってきた。


「ふんっ、情けないナ」


 開口一番にサターンはコナタに向けて罵倒を飛ばすが、マーズは腕から刃を射出して蠢く鎖を弾き落とした。


「大きな爆発音がして心配になりましたので助太刀に参りまシタ。間に合ったようで何よりデス」


 マーズが続けて刃を司教へ向けて射出すると、黒ローブの男達が盾となって司教を守る。しかしながら面を食らった司教は動揺したようで尻餅をついていた。

 鎖が緩み、コナタとジュピターは解放される。マーズにジェスチャーで礼を伝えると、マーズも軽く会釈する程度に返事してくる。

 鎖の痕が残るほどの絞め付けを喉に受けて、コナタは直ぐに話せるような状態ではなかったのだ。


「チッ、神聖なる祭場を穢しやがって糞共が」


 汚物でも見るような眼でこちらを睨みつけている司教だったが、直ぐに下卑た笑みを浮かべる。


「……だが、都合がよい」


 鎖が再びコナタと機械人形達に襲いかかる。


「さっきは油断したけど、もうしない」


 這い寄ってくる鎖をマーズが切り刻むと火花が飛び散る。コナタは雷銃(ボルトガン)で牽制しながら後退し始めた。

 司教は数人の黒ローブの男達に守られながら、呪文を唱え半透明な障壁を展開する。


「一度退いた方が良いかと、コナタ様」

「わかった、私が魔法を放つからその隙に――」


 コナタを押しのけてサターンが先頭に立った。


「冗談じゃナイ!」


 サターンは声を荒らげてマーズに抗議した。そしてそのまま司教に向かって単身で突撃していく。


「貴様らのような外道はいくら斬り捨てても飽き足らんゾォ!」

「何ヲッ!? ジュピター援護してくだサイ! サターン、勝手なことヲ!」


 サターンは黒いローブの男達を2人ほど斬りつけた後、司教を覆う障壁の前までたどり着くと大きく上へ跳躍した。


「はっ! やれるものならやってみろ、愚かな人形風情が」


 司教が右腕を突き出すと、呼応するように鎖が背後からサターンに襲いかかる。


「斬り刻まれロォォォォオ!」


 サターンの裂けた腕がギロチンのように司教の首へと振るわれるが、しかし届かない。

 鎖がサターンの節々に絡みつき、宙で動きを止める。


「ハッ、口先だけだな」


 鎖がギュルギュルと摩擦熱を出しながら動き出し、サターンを壁へと叩きつける。


「ガッ、ハ……」


 すかさずジュピターが鎖を外そうと手をかけるが、その腕も鎖によって絡み取られてしまった。

 荒縄が捕らえた二体を逃がさぬようにと全身にまとわりついていく。これでは容易に解くことができない。


「ようやく手に入れたぞ! 念願の! 俺の賢者の石を!」

「ガァァァア!!」


 サターンが暴れるが絡みついた鎖が両手足を縛り上げて完全に動くことが叶わなくなる。


「コナタ様! ここは一旦退くべきデス!」

「くっ、でも二人が!」

「このままでは全滅デス!! お急ぎくだサイ!!!」

「うう、わかった……」


 夜空の星が覗かせる天井からコナタとマーズは抜け出すと全速力で街へと走った。

 追っ手が魔法を放ったが、コナタ達に着弾する前に天井に当たって弾け飛ぶ。


「何をしている! 早く追え!」


 コナタ達はその隙に聖堂を囲む壁を乗り越えて街の中へ逃げ込むことができた。


「ごめん、油断していた……っ!」


 コナタは悔しさをにじませた声を吐き出す。


「コナタ様のせいではございまセン。ですが、クレア様になんと申し上げタラ……」


 時計塔はまだ街の中心でそびえ立っている。

 アカとリリィの方は上手くいったのだろうか。


「…………」


 聖堂がある方角は騒がしく、いくつか煙が立ち上っている。


「もう一度聖堂へ行ったとしても状況は変わらないでショウ。サターンとジュピターに何かあれば私とクレア様に伝わるようになってマス。まずは時計塔へ戻りまショウ」



・・・・・



 時計塔から見下ろすクリプトンの夜景は、クレアの心を落ち着かせる唯一の手段だった。

 しかし、現在では夜だというのに人々が忙しなく動き回って、松明の光があちらこちらでユラユラと揺れている。


(わたくし)はどうしてあそこまでコナタの言っていたことを拒絶したの……? でも、元の世界に戻るなんてそんなこと出来るはずが……」


 腕に巻いていた五つのミサンガのうち、紫色と緑色がさきほど切れてしまった。

 ミサンガは古くから伝わるまじないの編み物の一種で、成就したい願いを込めて腕や脚に巻くものだと昔、今では大昔といってもいいほど前に祖母から教わった。

 ただ、クレアはミサンガの意味を取り違えていた。大事な人が消えてしまわないようにと願いを込めてミサンガを編んだ。


「もうこんな世界に未練など無いのに……」


 風が冷たい。

 いっそのこと、ここから飛び降りれば楽になれるのだろうか。


「もう、疲れましたわ……」


 一歩踏み出せばこの身体は宙に浮くだろう。勝手に足が動き出しそうだと考えていたところに何かが飛んでくるような気配を感じた。


――ビュオォォォォォォォ


「え、ちょっ!?」


 夜の帳で影としか認識できなかったが、飛来してくる大きな塊がクレアの目の前まで迫っていた。


「ごめん」


 そう、呟くような声が聞こえた気がした。

 その塊はクレアにぶつかって、その勢いのまま時計塔最上階の部屋の中へ吹き飛ばされた。


「何事ですのっ!!?」


 あまりに急なことだったので受身が取れず気絶しかけた。

 敵襲かと思って慌てて飛び起きるが、その心配は杞憂に終わる。


「だから言ったじゃん! 無理があるって!」

「しょうがないだろ、あんなに時計塔の周りに人がいたんだから。この方法しか思いつかなかったんだよ!」

「まさか、ここまで無茶をする方々トハ……」

「……はぁ。せっかく今日買ったばかりの服がボロボロ。はじめての買い物だったのに」


 それぞれが頭を振ったり手首に捻挫をしていないか確認したりとしている中、クレアはポカンと口を開けていた。

 マーズが無事だということはミサンガが切れていないのでわかっていたが、まさかこんな戻り方をしてくるとは思ってもいなかった。


「クレア様! 何事デスカ!?」


 青色の機械人形のマーキュリーが部屋の奥から走ってきた。


「マーズが帰ってきたわ。知らない方々と、さっきぶりのプレイヤーさんを引き連れてね」


 マーキュリーはどう対応していいのか困惑しているように小刻みに手を上下させている。

 素早い動きでマーズが深々とクレアの前に跪いた。


「クレア様、申し訳ございまセン。ジュピターとサターンが敵に捕らわれてしまいマシタ」


 クレアはそんな畏まわなくてもいいのにと常日頃から思っているのだが、今はコナタ達の手前、口には出さないでおく。


「マーズ、何があったのか簡潔に説明しなさい。こちらの方々は捕らえてきたって訳ではないんでしょう?」


 マーズは跪いた姿勢のまま、時計塔から飛び降りたコナタを追いかけてから今に至るまでの経緯を話してくれた。

 途中、教会の連中が乱入してきて賢者の石を今でもしつこく狙っていると聞いたときには怒りが沸いてきたが、マーズの説明でほとんどの経緯を理解できた。


「それで教会を止めるために……その、コナタとあなた方に協力を求めたのですのね」

「あなたが噂のクレアさんだね。僕はアカっていいます。無事で良かった」

「え、ええ……ありがとうございます」


 人懐っこい笑みで握手を求めてくるアカに戸惑いながら手を握り返す。


「リリィ様もありがとうございます。とても助かりました」

「まぁ、アカがやるって言うからね。それに女の子が悪い奴らに狙われてるって知ったら同じ女としてほっとけないよ!」


 そして最後に顔を見合わせたのがコナタだった。

 知り合って直ぐに喧嘩別れのような形になってしまったので非常に気不味い。


「コナタ……もありがとう、ございます」


 どことなくぎこちない喋り方になってしまった。

 しかし、コナタは気にする素振りもなく「ん」と小さく返事をするだけだった。


「……?」

「……?」


 リリィがコナタとクレアの顔を交互に見返して不思議そうな表情をさせているが、触れないでおく。


「それでクレアさん。教会の連中は君の持っている賢者の石を狙っているらしいんだけど、それはいったいどこにあるんだい?」


 アカは何も考えていなそうな飄々とした声で尋ねてくるが、賢者の石がどこにあるのか見当もつかないのだろう。

 クレアは説明のために自身のゴシックロリータで脱ぎにくい服をはだけさせると心臓の辺りを晒す。


「うわっ!?」


 アカが手で目を覆うような仕草をするが指の隙間から覗いているのはバレバレだった。

 それを指摘するほど、こちらも若くはないが。


「ここに埋め込まれていますの。私の心臓の代役をしていますわ」

「そういうこと……」


 コナタが何かに納得したようだ。

 ソフィア教会。


「なのでこれを教会へ渡すことはありませんのでっ」


 少し語尾が強くなってしまった。裏切られた戦争時代の過去を思い出す。


「それじゃあ、サターンさんとジュピターさんでよかったんだっけ? 二人を助ける作戦を立てよう!」

「と言ってもこの人数では歯が立たない。それにクレアを守らなければこちらの敗北」

「そうよ、アカ。無理をすれば全滅してしまう。まずは手伝ってくれる人を探すべきよ」

「でもこうしている間にも二人が危険に晒されているかもしれないんだよ!?」


 少し目頭が熱くなっていた。裏切られた過去と反して、見ず知らずの他人が私の可愛い機械人形(こども)達を救おうとしてくれている。

 真剣に意見を交わし合う三人をマーズもどことなく嬉しそうに眺めているようだった。


「協力者を探すより、もっと手っ取り早く強化する方法があるでしょう」


 全員が首を傾げる中、クレアはコナタを指差す。


「あなた、そういえば武器はどうしたの?」

「うっ」


 何か言いづらそうにしているコナタだったが、ポツリと「失くした」と呟いた。

 だが、その後に何かを思いついたように手を叩く。


「そうだ、装備を取りに戻ればいいんだ!」


 時計塔の最上階に構える部屋に沈黙が流れた。

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