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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
11/21

司教

 司教は聖堂の廊下をカツカツと靴を鳴らしながら歩く。

 その後ろを世話係の女修道女が三人ほど追っているのだが、司教は彼女達に歩幅をあわせる気は毛頭ない。


「まだ捕らえられないのか?」

「申し訳ございません。街をくまなく捜索していますが報告はありません」


 司教は舌打ちする。思い通りにいかなかった時、気付けば舌打ちしてしまっている。


(それにしてもあの忌々しい錬金術師に仲間がいたとはな。時計塔に隠れているだけではなかったのか……?)


 敢えて苛立ちを隠さなかったのだが、その矛先が報告した修道女に向けられているのだと勘違いしたようで口早に続きを話し始める。


「衛兵に時計塔の周辺を見張らせておりましたが、彼らの証言では出入りした者はいないとのことです」


 しかし、司教は黙って歩き続ける。

 後ろにいるのでわからないが、震えた声から察するに怯えた表情をしていることだろう。少し溜飲が下がったように感じる。


(直接会っていないとして、他に連絡手段があったとでもいうのか? まぁ、考えても仕方があるまい。時計塔の破壊手段を手に入れたタイミングで、というのは引っかかるが、どちらにせよこれで時計塔から引きずり出すことが出来る)


 聖堂は五つのドーム状の祭場を廊下で繋いだ十字架の形をしている。

 司教が歩いているのは闇の神を祀る祭場へと続く廊下であり、内装は紫色で統一している。


「ああ、そういえばルシンダ。お前はあの場にいた者に見覚えがあったと言っていたな、詳しく話せ」


 ルシンダは自身の白い前髪で顔が隠れるほどうつむく。


「はい、機械人形と共に逃走している黒い髪の少女に見覚えがあります」

「どこでいつ会った?」

「私が黒霧病の患者を治療するために昨日訪れた冒険者組合におりました」

「ふむ、では冒険者……という訳ではなさそうだが。すでに人を送ってあるのだろうな?」

「はい、まもなく知らせが届く頃合かと存じますが」


 どうにもルシンダの受け答えが歯切れ悪く感じてしまって、再び司教は苛立ってくる。


()()として利用価値があるかもしれん、冒険者組合の者をここへ連れてこい」


 ルシンダは緊張から喉を鳴らした。ふと、昨日の夜のことを思い出す。

 小さな女の子が苦しんでいた。それを心配そうに囲む受付嬢と店主の隣に、一際目立っていた黒髪の少女。

 そのときは上等な装備を身につけており、歳の割には落ち着いている印象だったが黒霧病については無知のようだった。


(あの幼気な少女がどうして……?)


 何故、あんな場所で機械人形と対峙していたのだろう。

 その疑問がルシンダの中でぐるぐると回っていた。


「おいルシンダ聞いているのか?」

「は、はい!」

「お前の見解として、そやつらが人質となり得るのか答えよ」

「いや、その、まだ幼い子供です……。また、黒霧病患者をここへ招くと堂内が混乱する可能性があります」

「その黒霧病の娘以外を連れてくればよかろう」

「それではあの子を看病する者がいなくなってしまいます」


 司教が舌打ちをした。そしてあからさまに顔をしかめると立ち止まり、ルシンダに近づいてくる。


「おい、誰が俺に指図していいと言った? 勘違いするなよルシンダ、お前の代わりはいくらでもいる。そうだ、お前が人質をここへ連れて来い。お前が出向いた方が説明しやすかろう」

「そ、それは――」


 司教は手を振り上げ、そしてルシンダの頬を叩いた。


「二度言わぬとわからんか? グズが!」


 蔑んだ眼でルシンダを見下ろす司教。

 床がひんやりと冷たく、ただあまり好意的にその感触を楽しめぬまま立ち上がり姿勢を正す。


「……承りました。神のお導きのままに」

「最初からそうしておけ、無能め」


 深く頭を垂れてじっと動かないようにした。

 司教が振り返るまでしばらく経ち、やがて舌打ちが聞こえて怒りの矛先がルシンダのつむじから離れていく。


「おい、コレア! そろそろ司祭が大規模魔術を放つ時間だろう、伝令はまだか?」

「いえ、まだ知らせはございません」

「何を遊んでおるのだ、まったくどいつもこいつも」


 ルシンダはその場に片膝をついて座り込んだまま司教が消えるまで動かなかった。


「私はまだやらねばならないことがあるのです……」


 ポツリと呟いた後すぐに司教と同僚から別れて、ルシンダは聖堂を出て冒険者組合へ向かう。

 その途中、赤い髪の少年とすれ違った。


(珍しい……赤い髪といえば、どこかで聞いたことが……いや今はそれどころではない)


 街は悪い意味で賑やかだった。

 ルシンダの同志である信徒達が常にどこかを走っており、街の住人達はほとんどが怯えて家の中に隠れている。


(これは、どうしてこんな事態に!?)


 遠くで修道服を着た同僚が家を無理やりこじ開けて、中を調査すると無実な人々の悲鳴が聞こえてくる。


(おかしいのです。これが私達のやりたかったことなのでしょうか?)


 司教に逆らって頬を叩かれた時、目が覚めたような気分だった。


 子供が苦しんでいた。老人が苦しんでいた。私の親が苦しんでいた。

 だから、私は救いを求めて敬虔なる信徒へとなった。神が救ってくださるその日まで、自らの力でこの世を生き抜くために。


 ならばこの状況は何だというのだ。

 これが助けを求めるものへの救いに繋がるのか? これは神がこちらの世界へいらっしゃる日までに必要なことなのか?


「わからない。私にはわからない」


 誰にも聞こえないほどの声が口から溢れ出てしまう。

 期待しているのだ、この声を聞いた誰かがこの状況を壊してくれることを。

 気付かないフリをするのは、もう疲れた。


「誰か――」


 しかし、その言葉を聞いた者は誰もいなかった。



・・・・・



 聖堂は貧民区画の反対側、貴賓区画にあるがその区画から更に区別するために五メートル以上の壁に覆われている。

 壁の上は見張り台が設置されている等の要塞化しており、これは聖堂に必要な装飾とは思えなかった。


「ここから分かれて行動するべき」

「では、我々ハあちらから攻めるとスル。サターンと私が陽動を担当するので、コナタ様はジュピターと敵の首魁を仕留めてくだサイ」

「わかった。騒ぎが起き始めたら南から潜入する」


 マーズとサターンは日が落ちてきて暗くなった辺りに紛れ込むようにその場を離れていった。

 コナタはジュピターを見るが相変わらず言葉を発さない。


(……この方が楽でいいか)


 しばらく物陰に隠れていると聖堂内が騒がしくなってきた。

 きっとマーズ達がやってくれているのだろう。


「行こう」


 ジュピターは何も言わずについてくる。

 アカ達と別れてからそれなりに時間が経ったが未だに時計塔は街のシンボルとして生きている。


「ここから時計塔まで距離がある。図書館が当たりかもしれない」


 聖堂にはあまり窓がない。

 ステンドグラスのような煌びやかな装飾で明るく造られているイメージだったが、やはりこの聖堂はどことなく要塞を思わせる造りになっている。


「仕方がない、時間がないからぶち抜く」


 時計塔から逃げ出す時にも使った爆破系魔法で壁に穴を開ける。

 大きな音が出てしまったので急ぎ、敵を殲滅しなければならない。


(無用な戦闘は避けたい。ここは『隠蔽(ミラージュ)』を使って隠密しよう)


 聖堂内部は全体的に暗かった。

 壁は一色で統一されており、灯りはほとんどない。


「ジュピターは暗闇でも大丈夫?」

「…………」


 首を振っているような気配はするが、それが首を縦に振ったか横に振ったのか暗闇に目が慣れていないため判断がつかない。


「サターンがついてくるよりもマシだと思ったけど、これはこれで……」


 意思疎通ができないと本人に言うのは傷つくかもしれないので口は閉じたが、機械人形に性格や感情があるのは不可思議ではないかとふと思った。

 これまで主にマーズと会話をしてきたがやはり性格というか感情なるものがある様子だった。

 敵の狙いの賢者の石でクレアが生き存えているようなことも言っていたが、どういう技術なのだろうか。

 わからないことばかりで嫌気が差してきたが文句ばかりも言ってられない。

 そのわからないことをわからないままクレアが死んでしまったら情報が途絶えてしまう気がした。


(私がやっているのはあくまで情報のため。そう、元の世界に帰るためだから)


 コナタはそう自分に()()()()()()

 機械人形達の方がよっぽどまともな感情があるかもしれない。なんて、コナタが一瞬でも思ってしまったことに憂鬱になりそうだ。


「ジュピター、止まって」


 目が慣れてきた。

 目の前には大きな扉がある。中からは街中で聞いた司教と名乗った男の怒号が聞こえる。


 コナタは扉に向かって魔法を放つ。


(邪魔する者は排除する。それだけ……)


 吹き飛んだ扉から堂々とコナタは入っていく。

 中には先程も見かけた偉そうな司教と呼ばれていた男もいた。


 コナタは一度部屋を見渡してから深呼吸をすると、ゆっくりと部屋へ一歩踏み入れる。

 これで決着がつけばいいと心底思っていた。

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