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ここにある彼方から  作者: 暁月暖書
新世界の箱庭
10/21

教会

 アカが何の変哲もない剣で機械人形を牽制すると、こちらを見て人懐っこい笑みで微笑んでくる。


「……はぁ、助かった」


 まだ逃げ果せた訳ではないが、彼の顔を見ているとなんだか助かったような気さえする。

 その場に座り込みたくなる気持ちを堪えて、目の前で遅れてやってきた赤い機械人形を睨む。


「僕もけっこう言われる方だけど、君もなかなかトラブルに巻き込まれるみたいだね」

「私の場合は、仕方ない……かな?」


 呑気に話しをしている二人に待ちかねて、紫色のサターンがアカの背後から斬りかかるが――


「させないわ!」


 人混みをかきわけてサターンの脇腹に女性とは思えない強烈なタックルをぶつける。


「リリィ、大丈夫か?」

「もうっ! こっちの台詞だよ、アカ!」


 リリィは手に革のグローブをはめて、ズボンは太腿の部分で切られている動きやすそうな格好をしている。服のサイズにゆとりがないのか、女性の象徴は服のラインに沿って盛り上がっているので余計に際立っている。

 この街ではチェニックが基本なので、服装からして他方から来た人間であることは一目でわかった。


「すぐに厄介事に首を突っ込む癖は治らないようねっ! まぁ、そこがアカの良いところだけどさ」

「困っている人はほっとけないんだ」


 どうやら、リリィはアカと昔からの知り合いのようだ。

 彼女らのおかげで呼吸が整えられた。戦闘に参加できるほど回復したところで、指を機械人形に向けて構える。


「それじゃ、反撃開始といこ――」

「待っていたぞ、外に出てくる時を! そこの人形共を捕えるのだ!」


 拳を突き合わせて気合を入れたリリィと、真っ直ぐな瞳を輝かせたアカだったが何者かに言葉を遮られた。

 アカは唇を尖らせて不満そうな表情をしている。


「観念しろ、魔女の手先めっ!」


 気づけば、教会の人間と思わしき白い修道服を着た集団が人混みをかき分けながら包囲を縮めてきている。中でも奇妙な刺繍が施された位の高そうな修道服を着ている小太りな男が、口の端を釣り上げながら機械人形を見ている。


「魔女と言ったカ、我が主人ヲ……この愚かな裏切り者メ!」

「さぁ、大人しく渡せ。あれは我々が厳重に保管しなければならない危険なものだ」

「あれは我が主人ガ造られたモノ! 貴様らに渡す道理はナイ!」

「ふーむ、ならば吐かせるまでだ。攻撃を開始しろ、信徒に当てるなよ」


 修道服の集団はそれぞれが手を突き出すと魔法を放とうとしている。

 完全な蚊帳の外となってしまったコナタ達だったが、渦中の中心にいることには変わりない。


(このままじゃ私達も巻き添えを受けてしまう!)


 修道服の集団が全方位から魔法を放とうとしている。


「コナタ! リリィ!」

「わかってる! はぁーっ!」


 リリィは大地を蹴ると瞬時に敵に詰め寄った。


掌鋼穿擊(しょうこうはげき)


 回転をかけた掌底の突きは、本来なら顎を狙う技だが軌道を変えて胸に突き刺さる。


螺旋(ラセン)!」


 腰を捻ることで回転力は強めて敵へと流しこむ。流し込まれた衝撃波で敵が宙を浮いた。

 回転しながら重力に従って落ちていく。


 アカも同方角の敵を斬り倒すと包囲の一部が瓦解した。


雷銃(ボルトガン)


 雷の弾丸が追い打ちをかける。


「司教様っ! 謎の三人組が攻撃してきます!」

「えぇい、何をしている! 早く魔法を放て!」


 驚愕している修道服の下っ端達に、偉そうな司教は怒鳴りつける。

 魔力の塊を飛ばすという低級な魔法が勢いよく射出され、コナタ達に向けて飛来する。


(避けられ――)


 マーズは腕を六つに割ってそれを高速で回転させると魔力弾を弾き飛ばした。


「ここは一時休戦デス。サターン、ジュピター、退路を開きなサイ」


 サターンが修道服を一人切り刻むと、マーズに向けて怒鳴る。


「何故ダ、マーズ! 我らが主の敵と手を組めというのカ!」

「我々が壊れることをクレア様は望まナイ。それに教会の勢力がクレア様を追っているのダ。我々が消えては誰がクレア様をお守りスル? ここは協力して逃げることを優先スルべきデス!」


 サターンは大きく舌打ちをすると、コナタに向かって睨みを利かせる。


「チッ、これは仕方なくダ!」

「それはこっちの台詞。でも、クレアとまだ話し合う余地があるなら協力してもいい」

「勘違いするナヨ、人間! 変な動きを少しでもしてミロ! 八つ裂きにしてヤルからナ!!」

「…………」


 逃亡戦。

 白い修道服の集団が追いかけ、機械人形とそしてコナタ達が逃げる。

 混乱した街の人々を巻き込みながら疾走する。


「逃がすなよ、ようやくあの時計塔から出てきたのだ!」

「司教様、司祭様がお呼びです」


 司教は言伝をしに来た修道服の女を殴りつけた。彼女はレオナの妹を救った修道女だった。


「下の者が私を呼びつけるか! 生意気な!」

「……それが、魔女の根城を粉砕する槌が完成したと」

「それを早く言わんか、馬鹿者!」

「申し訳ございません」


 怒りの表情から一転、司教はニヤついていた。


「逃げた魔女の手先共は追い回して時計塔へ逃げ込むように仕向けろ。司祭は部下を連れて大魔導図書館(グリモワール)へ向かうようにと伝えろ」


 修道女がおじぎをして立ち去ると、司教は何人か護衛を連れて帰ることにする。


「どうせなら反逆者が集まったところを根絶やしにする他ない。やっと、あの忌々しい時計塔などという何に使うかわからない建造物が崩れ去るのだな。魔女を引きずり出したら、磔にして火やぶりにしてやるぞ! ガハハハハ!」



・・・・・



 何か違和感を感じた。


「追っ手の動きが変わった?」


 さっきまで全力で走るコナタ達に追いつこうとしていた修道服達だったが、今は一定の距離を保って追いかけているようだった。


「どうしたコナタ?」

「敢えて距離をあけて追ってきている。それに時計塔の方へ行くように誘導されている可能性がある」


 見上げれば屋根と屋根の隙間から時計塔が大きく見えるまで近づいていた。

 横道に抜けようとしても通せんぼのように修道服の連中が待ち構えている。


「まさか、奴ら時計塔ヲ!?」

「マーズどういうこと?」

「クレア様に危険が迫ってイマス。こうなっては背に腹は変えられナイ、あなた方の力を貸して頂けないカ?」

「おい、マーズ! こいつらをサッサと片付けて我々がクレア様のところへ向かえばいいダロウ!?」


 サターンはコナタを睨む。提案をしてきたのはマーズなのだから此方を睨まれても困るというものだ。

 今まで黙って話を聞いていたアカだったが、これは自分の出番だとマーズに走りながら近づいて声をかける。


「そのクレアって子が危ないんだな? 力を貸そう! なぁ? リリィ、コナタ!」


 なぁ?、では無いんだが。


「まったく、アカったらすぐにそうなんだから」


 呆れ顔のリリィだが、表情がどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 コナタは状況を冷静に整理するよう努めて、マーズに不明点を尋ねる。


「クレアが時計塔にいることがバレたとして、どうして教会はクレアを狙っている?」

「賢者の石が狙いなのデス。我々の胸に埋まっている未完成なものではなく、クレア様が所有する魔力の結晶ヲ教会の連中は欲しているイマス」

「賢者の石……また新しい情報が……。それは置いておくとして、賢者の石をクレアが手放したらどうなるの?」


 賢者の石とやらを教会に渡せば問題は解決するのだろうが、それが出来ない理由も存在するのだろう。理由については見当が付いているが、やはり当人達から直接聞いた方が良い。


「渡せばクレア様は生命を維持出来なくなり、消滅スル、と言ってマシタ。だから、教会の連中が接触してきた時には渡せないと言ったのダガ……」


 アカは何かを察して怒りの表情に変化させながら走る。


「襲われたということか! 何て奴らだ!」

「え、アカは今の話を理解できたの!? 私全然わかんなかっただけど!」

「そういえばアナタ達はどちら様デスカ?」


 怒りから人懐っこい笑顔に変わる。表情がころころと変わる様は赤ん坊を彷彿とさせる。


「僕のことはアカって呼んでくれ。コナタとはちょっとした知り合いで、そういえばあの女の子は無事だったのか?」

「うん、おかげさまで」

「またアカは女の子ばっかり助けてるのね! 本当に困った男の子なんだから」


 逃走中にも関わらず賑やかなものだった。

 コナタがこんな大所帯になったことは金紅のメンバーといた時以来だった。騒がしいのは苦手だが、悪くはないと思う。


「それで、教会の人達は時計塔をどうするつもりなの? ダンジョンを登って最上階まで攻めて来るの?」

「いや、それはおそらく不可能でショウ。コナタ様や我々ならともかく、外からよじ登るなんてことはできないと思いマス。内部は最上階を除いてダンジョンになってマスので、わざわざ時間をかけて登ってくるとは思えナイ」


 コナタは少しだけ深く意識を向けると一つの答えにたどり着く。


「となると、考えられるのは外部からの破壊」

「しかしダンジョンは特殊な壁で造られていて、魔法の効果を弱める特性があると聞いてマス。並大抵の魔法や力では外部から壊すことは出来ないはずダ」

「並大抵でなければ一時的に破壊することは可能。内部からの方が硬いけど、爆破系で威力が一定以上あれば壁は抜けるはず。壊された壁が直ぐに修復されるかは、この世界でも同じなのか知らないけれど」

「そういえばコナタ様も先程逃げる際に壁を壊していましたネ」


 マーズは比較的に会話ができる個体のようだ。サターンは敵意が強いしジュピターは寡黙だが、機械人形にも性格があるのだろうかとコナタは疑問に思う。


「どのような方法で時計塔を破壊するつもりかはわかりませんガ、クレア様を急いでお守りしなけれバ」

「だけど何か引っかかる。追っ手はなぜ私達を時計塔に向かわせている?」

「僕達が時計塔に入ったところを一網打尽にとか考えてるんじゃないかな? だとしたら時計塔に入った途端に大きな魔法を撃ち込まれるとか」

「クレアと連絡は取れないの?」

「我々は魔法が使えマセン。クレア様は現在二体の仲間に守らせてマス」


 このまま走っていてもキリが無い。

 しかしながら、時計塔に入るにも壁をよじ登るのは「どうぞ射撃して下さい」と言っているようなものだ。だからといって内部のダンジョンを攻略している間、アカの言うように大規模な魔法が放たれるということも否定できない。

 だが、それは相手側にも当てはまる。


 とにかく敵の思惑通りに動くのは危険だ。そう考えたコナタは周りの敵から排除していく作戦を提案する。


「時計塔に敵が入れないのならばクレアを直接倒すことはできないはず。なら、私達が手分けして敵の思惑を潰していく方が良いと思う」

「時計塔を破壊するほどの威力となると、一人の力で行うとは思えナイ。どこかで魔法を詠唱している集団を叩けばクレア様をお守りできるというわけデスネ」

「そういうこと。だけど、重要なのはどこから魔法が放たれるか。時計塔付近は民家に囲まれていると記憶しているけれど、何か大人数が隠れられそうな大きな施設はあるの?」


 マーズは首を横に振ったが、リリィが閃いたようにピコンと人差し指を立てて目を輝かせた。


「大魔導図書館の屋上なら出来るかもしれないわ!」

「それはここから近いの?」

「そんなに近くはないけど、見晴らしが良くて建物が大きいから人をいっぱい集められるかも!」


 リリィは大魔導図書館がある方向を指差した。

 コナタはチームの編成を考えるが、考えるまでもなかった。


「じゃあ、私とマーズ達はこの街の教会を潰してくる。アカと、その……」

「私のことはリリィって呼んで、コナタ」


 リリィはコナタに満面の笑みを浮かべている。その笑顔はまるで妹に接する姉のような包容力があった。

 照れくさくはあるが、コナタは自身の感情を無視する。


「アカとリリィは大魔導図書館に行って怪しい集団がいないか探してきて。あとは各自で判断して敵を見つけたら邪魔をする」

「わかったわ」


 リリィと首を縦に振って了解したことを伝える。


「わかった、終わったら時計塔で集まろう! クレアが無事か確かめないとな!」

「気安く主人の名を呼ぶナ! 人間!」


 今まで大人しくしていたサターンが声を荒げるが、アカのスルースキルが本領を発揮した。


「じゃあまた後で!」


 リリィとアカは横道に消えていくと、コナタと機械人形達は屋根まで跳ぶ。


「この街に教会っていくつあるの?」

「小さなものが三つと大きなものが一つデスネ。小さな教会はここから距離がありマス」

「どこから行くべきだと思う?」

「小さな教会は本当に信者達の祈りの場として機能しかないハズデス。潰すとすれば大きな教会ダガ、あそこは神官達が出入りしてイル。手薄というわけにはいかないと思いマス」

「どちらが本命かわからないから行ってみてだけど、もしアカ達が引き当てた場合は時間を稼がなければならない」


 サターンが、マーズとコナタの間に割って入ってきた。


「では、奴らのアジトを荒らせばいいんダナ?」

「うん、まぁ」


 機械人形に表情は無いがニヤリと邪悪に笑ったような気がした。


「今日は邪魔ばかり入るからナ。暴れてやろうカ」

「本当にあなた達って機械人形(オートマトン)とは思えないくらい感情豊かなのね」

「その呼び方は好ましくないデス。クレア様は我々を機械人形(マシンドール)と呼ばれてマス」


 コナタは特に考えずに口に出す。


「どちらでもいいでしょ……?」

「どっちでもよくナイ」


 比較的丁寧な口調だったマーズが言い切った。

 コナタの心に少しだけ突き刺すものがあったが、何も言えなかったしマーズもそれ以上は言わなかった。


 コナタ達は教会へ向かって屋根の上を駆けていった。

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