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勇者達の翌朝(旧書)  作者: L・ラズライト
9/13

金の針

エレメントの複合体は倒し、ラッシルの事件も片付け、さあ解散、という時に、再び事件が。


真のラスボスが明らかになります。

旧書「金の針」


実験所の入口には、大きな人工水晶で作った心臓に、金の血管のついた、ややリアルなオブジェが飾ってあった。

魔法院の創設者ソクラトゥーン大師の、

「希求とは、心に刺さった、金の針のようなものである。」

との言葉による。


   ※※※※※※※


ラッシルからコーデラに戻る道、本来はゆっくり陸路でナンバスとヘイヤントを通過する予定だったが、クーベルから船に乗り、透いている海路から、混乱を避けて、王都の南東に回り込む事になった。

王都の南東にある、魔法院の実験・研究施設。王都の本部で出来ない、大掛かりな実験は、ここでやることになっていた。

騎士団は、団長自らが率いてきていた。ガディオス、アリョンシャ、クロイテスの姿も見える。

魔法官、神官も多数いる。カオスト公個人の親衛隊までいた。みな、実験場の建物を囲んでいた。

《カオスト公の護衛兼お抱え魔導師ベルセスが、突然、会議の席でカオスト公をさらい、人質に、魔法院の実験場に立てこもった。》

と聞いた時には、仰天した。ベルセスは、「小物」で、現実的な野心家であることを覗けば、害のない人物だったはずだ。

実験場の外では、皆、恐ろしいほど静かだった。

先程、ティリンス師自ら、後を追って実験場に入った、と聞いた。魔法官達は、カオスト親衛隊を覗く、全軍の気配を魔法で隠蔽している。親衛隊だけ隠さなかったのは、怪しまれないためだ。

「カオスト公を、人質に取っておいて、何の要求もしてこない、ですか?」

エスカーが団長に確認した。自分の師匠が危ないかもしれないのに、務めて冷静に振る舞っている。

「ああ。王都に残った副団長からの知らせだが、王宮にも、公爵家にも、なんの要求もない。魔法院に、『実験場を使わせて頂く。邪魔をするな。』とあっただけだ。」

「実験場には、ベルセスよりも強い魔導師が、何人もいます。邪魔をするなと言っても…」

その時、女性の魔法官が、エスカーを呼びながら、走ってきた。転送魔法で、中にいた人達が、ティリンス師とベルセス、カオスト公を除いて、全員、追い出されてきた、と言った。

「ミッセが、『師は、決着するまで、誰も近づけるな。』と、ヘドレンが、『あれは、ベルセスじゃない、強すぎる。』と。なんだか、まるで…」

女性魔法官は、言葉を区切った。彼女が来た方から、別の年輩の魔法官がやって来て、エスカーに詰め寄り、

「これはどういう事だ、ベルセスは、最近、悔い改めて魔法院に復帰したいというから、閣下も便宜を図ってやってたのに。」

と言った。エスカーは、一瞬、物凄く驚いたが、直ぐに表情を消した。初耳だったようだ。

「それは、今、ヴェンロイド師に言っても仕方ないでしょう。後で本人に聞くしかありません。」

とディニィが口添えした。いきり立つ男は、急におとなしくなった。

「ですが、近づかないわけには行きませんね。ティリンス師は、決着についてご決断されているようですが、魔導師の闘いで、人質の公爵の身柄をそのまま、というわけには行きませんし。」

とディニィが続けた。団長が、

「しかし、仮に一部隊だけでも、気配を消しながら、移動する、進むとなりますと、途中で悟られる可能性が増します。」

と答えた。さらにそこへ、別の魔法官が来て、

「早って転送魔法で中に戻ろうとした者が、弾かれた。」

と慌てて言った。早った魔法官には、早った魔法院の護衛兵二人がついて行ったが、二人は一度中に入り込んでから、慌てて徒歩で飛び出してきた。「魔法の弾丸が一斉に襲いかかってきた。」と言いながら。

「それじゃ、私が行きます。」

とエスカーが口を挟んだ。

「試してみないとわかりませんが、私なら、暗魔法の『魔法封じ』が使えますから、一時的に自分の魔法を封じれば、探知されないで済みます。」

「そうだな。じゃ、いくか。」

と、ルーミが、剣を抜いた。エスカーは、「僕一人で…」と言ったが、

「お前一人なんて、冗談じゃない。魔法が使えるようになるまでに、魔法弾で蜂の巣だろ。」

と、言われ、言葉に詰まる。俺は、一緒に行く、と言おうとしたが、言うだけ野暮な気がしたので、

「ここまで一緒にやって来たんだ。今さら、一人で、はないだろう。」

と言った。他の皆は、大きく頷いた。

ディニィだけ、暗黒魔法が効きにくかったが、ユッシの盾に魔法を掛けて、その背後に上手く隠れて進んだ。

暫く魔法が使えないが、飛んで来る魔法弾自体、武器で簡単に弾く、砕くで片付く代物だった。属性は様々だ。魔法封じの効果が薄れるにつれ、飛んでくる弾は増えた。そうして、実験場の最奥に到達するタイミングで、全員の(魔法に関係ないユッシとサヤンを除く)魔封じが溶けた。

「さすが、計算してたんだね。」

と、サヤンがエスカーを褒めた。

「ですが、中が静か過ぎますね。僕たちに気づいた気配もなく。」

とキーリが弓を構え直しながら、不思議そうに言った。

「ここは、特別な作りになっていて、振動と音はまず漏れません。」

とエスカーが答える。俺は何の気なしに、

「最近は何の実験を?」

と聞いてみた。

「予定では『無属性魔法』のはずですが、複合体の対策のために、中断してたと思います。疑似複合体実験が出来る設備は、ここしかないですから。」

それを聞いて、一瞬、何か引っ掛かりを感じたが、ルーミが、

「じゃ、行くぞ。」

と、俺に突入を促した。前衛は俺とルーミ、中衛はサヤンとラール。ユッシの盾でディニィとエスカーを守り、最後にキーリが着く。

ルーミと俺は、それぞれ、火の盾と水の盾を出した。攻撃魔法の中で、一番威力があるのは火魔法で、ベルセスは火の使い手だ。ティリンス師は、水と風を使う。余波で飛んでくる火魔法は火の盾、水魔法は水の盾で防ぐためだ。ティリンス師が風魔法を使っていたら、ルーミの盾で防げるか怪しいが(火の方が強いが、実力差があるため)、相手が火一本なら、攻撃は水を使っているだろう。

しかし、ベルセスとティリンス師では明らかに実力差があるはずだが、と疑念を持ちながら、扉を開いた。

信じられない光景があった。カオスト公が、ガラスボールのような物に入っている。

ボールの横には、明るいクリームイエローのマントの魔導師が倒れている。あの色は、カオスト公家の色だ。そして、黒いマントの老いた魔導師が、判別不明だが、巨大なエレメントの固まりを、ガラスボールにぶつけようとしていた。

取り合えず水の攻撃魔法の準備をしていたエスカーは、怯んだ。

「師匠!」

と叫ぶ。カオスト公が気づき、

「それは師じゃない!中身は…」

と大声を出した。ティリンス師は、カオストは放っておいて、俺達のほうに、ゆっくりと向き直った。

透かさず、ディニィが聖魔法を当てた。ティリンス師の身体は倒れた。

倒れた体の中から、気体が現れた。それは、三つの頭がくっついたような、妙な姿をしている。

俺は、彼等の顔を記憶に照合した。ベルセスはわかった。後の二人のうち、一人は何となく見覚えがあったが、もう一人はわからなかった。

「エパミノンダス!」

ディニィとエスカーが、同時に叫んだ。見覚えのある方が、反応した。

“腐っても鯛か。はたまた弟子がかわいいのか。奴は取り込めなかった。”

エスカーは呆然としていたが、ディニィが、続けてまた聖魔法を、今度は思いきり当てた。

三つのうち、一つ、ベルセスの物が縮んだ。

“やられおったか。これではベルセスの身体は使えん。”

“不利です。使える者を捜すにしても…このままでは…”

“仕方あるまい、一先ず仮に…おや?”

エパミノンダスの顔は、俺を見た。

“おや、お前は…”

気体の癖に、笑ったように見えた。

“そうか。そうだったか。それならば…”

砂もないのに、砂ぼこりが舞うように、気体は俺達の間をすり抜け、逃げ去った。

“始まりの地で待つ!”

エスカーがティリンス師に、ディニィが倒れているベルセスの体と、カオストのガラスボールに駆け寄った。

俺とルーミは、ティリンス師の方に行った。エスカーが師に何か言って、師が、

「この年で、なお貪欲に知りたいという欲求に勝てなかった。」

と言うのが聞こえた。

「それじゃ、あれは、エパミノンダスなんですか?」

「ああ、そして同時に、マイディウスであり、ベルセスでもあった。私は、ベルセスが『改心』と引き換えに提供した、エパミノンダスの研究の記録を『見た』。だが、彼の、いや、彼らの目的は、私を取り込んで、さらに『進化』する事だった。」

二人の会話を聞いて、ルーミが、

「人間同士の複合体?」

と小声で言った。傍らの俺に言ったつもりだったようだが、ティリンス師が答えてしまう。

「そうとも言える。『精神』同士をどんどん合体させていく事で、より高い魔法力を得て、得意属性を増やし、強化するのが基本理念だが、人間同士のため、相性があり、同化の度合もまちまちで、完全に一つにはならないようだ。」

ラールがこちらにやって来て、カオストは無事で、ティリンス師が実験見学用のシェルターに突っ込んでくれたせいでほぼ無傷だが、左腕と右足を少し捻っている、と言った。

「エスカー、ティリンス師も治療を。」

ラールに促され、質問攻めだったエスカーは、ディニィに師を見せた。

俺は、愕然としていた。エパミノンダスのやったことは、俺達の「融合」に近い、いや、不完全ではあるが、「融合」ではないか。それは、この世界に限らず、バランスの球体によって計られ、計画者によって管理される各ワールドには、存在しないはずの力だ。言わばオーバーテクノロジーだ。

エパミノンダスは守護者か?いや、そんな話は聞いていない。仮に俺達の側の人間だとしても、融合したり、離れたり、まして肉体を渡り歩いたりを、自分の意思で、自由自在には出来ない。しかし、ここでいう複合体理論が、実は融合を指すとすると――――。

「ホプラス、どうかしたか?」

ルーミの言葉に我に返る。

俺は彼には、

「何でもない。雲の上の話だから、ついていけなくて。」

と答えた。

そして雲の上を見る。連絡者の姿はなかった。


   ※※※※※※※


それからは早く、短かった。顔の二つある気体は、周囲のエレメントを取り込んだり、吐き出したりしながら、非常に分かりやすい軌道で、ある場所に向かった。

そこは、「判別不能」(表向きは水)の、海からやって来た複合体が、滅ぼした街だった。離れ島に水のエレメントを中心とした実験場があったが、エパミノンダスの管理だったため、事件の起きた時は、閉鎖されて何年もたっていた。地元の反対で再開はできず、王都近くに総合的な実験場ができたので、そのまま島ごと放棄・封印されていた。

事件は、最初は、その実験場の、地下にたまったエレメントのせいだと言われた。もともと実験場の前は、海神を祭る古代神殿があり、エレメントのたまりやすい立地ではあった。が、周囲を水が囲んでいる状態で、モンスターや生物を自然に複合体に変異させるほどのエレメントがたまるとは考えにくい。

街周辺は、ラッシルに近いこともあり、王都の直轄領だった。事件のあとは、精密な調査が行われたが、「半人工的にエレメントを集約させた跡がある」とは判明しても、誰が、何のために、まではわからなかった。わ島の管理を行っていた役人やや、街の上層部が疑われたり、したのだが、彼らも死んでしまって、結局、原因の詳細はわからなかった。島の実験場ではなく、ラッシルの大学の研究所のせい(同じ海岸沿いだが、離れていた)だとか、魔法院が海流を変化させた(前の年の夏にに、異常気象だったための噂)

とか、仮説は色々あった。

だが、原因が何であれ、街は、打撃をうけた。

広めの川に隔てられた、街の北半分は、比較的、建物も人も被害は少なかった。現在、少しずつだが、復興が進められている。しかし、もともとの住民には、出ていった者も多く(港や商店街、官公庁は南側にあったため。)、現在は主に、復興関連の公共施設の関係者と、希望した移民が多かった。

南側は、被害が大きく、整地は進めているものの、港以外は、現在は復興されていなかった。


俺達は、エパミノンダスを追い、その街の縁に降り立った。


かつては、「紺碧の真珠」と呼ばれた、ラズーパーリの街に。



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