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勇者達の翌朝(旧書)  作者: L・ラズライト
4/13

3:「土の鍵」

融合の後の、最初のクエスト。今まで、風、水、火の複合体に勝ち、最後の土のエレメントと戦います。

水、風、火は「回想」にあります。


旧書「土の鍵」1


エスカーの師匠、宮廷魔術師の老師ティリンスからは、ほどなく連絡がきた。連絡装置ではなく、手紙でやりとりしたわりには早かった。

カオストの話についてはすでに調査中である事と、次の土のエレメントは、ラッシルのアルメル自治区の近郊の、「琥珀の森」の近くだという。

ラッシル人のラールによると、本国の外れではあっても、有名な観光地だったので、コーデラから直接入れるルートがある、と言う。

「今はかなり寂れているけどね。もともと宝石の産地で、火山灰の土壌を活かした農業と温泉もあって、それに伴う観光施設で賑わってたんだけど、鉱山近くの火山が爆発して、コーデラ側のルートが、一時、塞がれていた時期があったの。その間に、別の鉱山が発見されて、開発はほぼ止められた。ルート周辺の住民の訴えで、整地はしっかりされたけど、通る人があまりいなくなったわ。鉱山の名残で、転送装置はかなり良いのがあるけど。」

俺たちは、鉱山内部に直結する転送装置のある街にむかった。国境を越えるので、モラルチェック(飲酒可能年齢や裸体許容範囲、その他禁止事項の確認)を済ませ、いざ転送装置を借りようとした時、町長が、「その前に鍵をとってきてもらう必要がある。」と言い出した。

型通りに「申し訳ありません。最初からお話しすべきでした。」と言ったあと、「事情」の説明に入る。

ある日、マントとフードで、完全に顔も姿も隠した男が、突然やってきて、前町長の未亡人を人質に、転送装置の鍵を奪い、それを町外れの祠に隠した。人質は無傷で返したが、本人は姿を消した。どうやら、琥珀の森の奥地に、自分の転送魔法で向かったようである。

「何とかしてくれ、と一年近く訴えているのですが、後回しにされ続けまして。『鉱山は閉山しているから、緊急性はないだろう。』と。整地で予算がなくなったらしいのですが。我々も困っているのです。」

鍵の隠された祠は、もともと街の唯一の魔法名所でもあった、「試練の祠」で、植物系で幻覚能力のあるモンスターを、うまく制御して「アトラクション」にしていたが、事故の影響もあり、放置されて、今は誰も近づかない、と言う。

「風の時と、似たパターンだな。」

ルーミは、人としての意思が強くのこっているうちに、自ら山奥に身を隠した、風の宿主の事を思い出したのか、言いながらため息を軽くついた。

「でも、変ですね。転送魔法は風魔法、土のエレメントの宿主に、わざわざ風魔法使いを?もし王都の魔導師なら、師匠、この前の連絡で、名前くらい言って寄越しても良さそうなものなのに。…惚けてるんだから。じーさんは。」

エスカーはぶつくさと言っていた。ディニィは、

「エパミノンダス師の不正が発覚した時に、追求を恐れて、自主的に辞めた人達がいるから、そのうちの一人じゃないかしら。エスカーと直接面識がないから、言わなかったのかもよ。」

とフォローした。

人間との複合体は、そのエパミノンダスの置き土産だった。彼自身は東方の島国に逃げて、そこで死んだが、弟子達は生き残り、宮廷から退いたものの、中には有力者に、個人的に雇われている者もいる。カオスト公に仕えているベルセスもその一人だ。

しかし、彼は連絡者によると、「小心の俗物で、錬金術研究と称して小金をせしめているだけだから、ノーマークという話だった。

「でも、何だか今までと勝手が違いますね。いかにも『複合体がいます』って感じの問題もないし、噴火は、その怪しい男がくる、かなり前の事なんでしょう。」

キーリが疑問を投げ掛けた。魔法院の探索に間違いはないだろうが、複合体としては、弱すぎるように思う。火は魔法攻撃力が、風は物理攻撃力と素早さが、エレメント特性で強化されていた。戦闘力の高くなるタイプを続けて倒したせいで、弱く感じているだけだろうか。

仮に、風魔法使いに土のエレメントを複合させたとして、力を押さえる事は可能なんだろうか。エスカーに尋ねてみると、

「外側から強い属性の魔法をぶつけて、押さえつけるよりは楽かもしれないけど、やる意味がわからない。だって、力を増幅するために、複合するわけだから。」

と返事が返ってきた。

エスカーは、また手紙を師匠におくった。エスカーは通信ですませたがったが、相手が忙しく、なかなか捕まらないので、手紙にした。

とりあえず、先にさっさと鍵を取りに行く事にした。が、これが「さっさと」とは、済まなかったのである。


祠への道は、弱いが幻覚能力のある植物系のモンスターが森を作って取り囲んでいた。それらは主にセクシャルな幻覚を見せるので、祠に通じる観光客用の道を二本引いて、男性用と女性用とに分け、ペアの男女を分けて進ませ、「誘惑に負けず、永遠の愛を手に入れた。」という展開にもっていく。恋人同士の旅行者を狙ったアトラクションだが、それほど流行らなかったらしい。

ただ、祠の封印力だけは、本物だった。

最初は、全員で、メンテナンス用の、一番古い道を行こうとしたが、幻覚はない代わりに、狭く、急な坂が続く、という。強くはないが、モンスターと野獣も出るかも、という話だった。大勢で進むタイプの道ではない。

観光用の道は、幻覚付きだが、道は平坦、ただし、男女が同数で進まないと、入り口から奥に行けないようになっていた。

それで相談した結果、女性三人はそのまま、男性は三人と二人に別れる事になった。

俺はルーミと二人で険しい方の道を行くつもりだったが、それだと三人組の方に回復役がいなくなる。そのため、ルーミとエスカーで険しい路を、残り三人で男性用の道を行く事になった。

確かに、こういう組み合わせなら、兄弟のルーミとエスカーが組むのが自然だ。さらに、幻覚の質を考えると、年長の者が行くべきだろう。

ルーミと離れたくはなかったが、まさか、そう主張するわけにも行かない。考えようによっては、変な幻覚をルーミに見せなくて済む。

男性用の道に進むと、道が三つに別れていた。三つとも祠に通じるか分からなかったので、三人、それぞれ別の道に進む事にした。

俺は真ん中の道に行こうとしたが、ユッシの荷物がいつになく多いので、気になって、尋ねた所だった。

「祠に入るときに使う道具らしい。町長の屋敷を出る時に、渡された。なんかばたばたと、渡すだけ渡してった。」

「早く言ってくれれば、皆でわけて持ったのに。」

ユッシが、「平気、平気」と言った時だった。

キーリの行った先から、ものすごい悲鳴が聞こえた。

剣を抜き、彼の後を追う。キーリは入り口から少し入った所で、尻餅をついていた。木から蔓が伸び、彼に向かう。俺は一気に、魔法剣で凪ぎ払った。

「大丈夫か、キーリ。」

「ええ、なんとか…ありがとう、助かりました。」

キーリは真っ赤な顔をして、立ち上がろうともせず、尻餅をついた姿勢のままだった。ユッシは、荷物を背負ったまま、切り裂かれた木をしらべ、

「水の中から生えてるな。」

と不思議そうに言った。

「ああ、それで、あんな幻覚に。」

キーリは、少しほっとしたようで、ようよう立ち上がった。しかし、ユッシが何気なく

「なんだ、裸で水浴びするラールでも見たのかね。」

と言った一言に、一瞬で茹で蛸になり、

「え!何でわかっ…。」

と答えてしまった。

ユッシは図星をついたのだが、自分の成果を知る暇はなかった。

隣の道から、サヤンの、ものすごい雄叫びが聞こえたからだ。

引き返して入り口に戻ると、女性三人も戻って来ていて、「あの変態、叩きのめしてやる!」と、猛り狂うサヤンを、ラールとディニィが、必死で止めていた。

少し落ち着いた所で、聞いてみると、いきなり、裸のユッシが現れたという。

「兄貴が二人の足を引っ張ってなきゃいいけど、とちょうど思った時だった。」

それを聞いて、ラールは、何か閃いたらしく、サヤンに何事かささやいた。サヤンは、何故か赤くなって俺を見た。ラールは彼女を促し、再び一人で道に入れた。

ほどなく、気功の破裂音がして、いっそう赤くなった彼女が戻ってきた。

「言われた通り、ホプラスの事を集中して考えてたら、ホプラスが出た。」

と、彼女は言った。

「ラールの言った通り、臍の下に、大きな星形のアザがあったよ。」

俺は驚いた。そんな所に、そんなアザはないからだ。

「ああ、そういう事なんですね。」

とディニィが言った。どういう事なんですか、とキーリが聞いたので、ラールが説明した。

「土のエレメントのせいか、簡単な探知力か、読心力があるみたいね。その時々で、思い描いた相手の姿をみせるようだけど、意識から情報を読み取るから、情報に間違いがあれば、本物とは一致しないって事。」

キーリは感心していたが、ユッシは軽く抗議した。兄としては当然だろう。俺も少しは抗議したかったが、

「まあ、思春期の女の子に見せるものじゃないけど、私とディニィじゃ、本物見てるから、効果がわからないでしょ。」

とのラールの言葉に、一瞬、状況を飲み込めず、言葉を失った。

ラールには覚えがあるが、ディニィにはない。ディニィが、赤くなりつつ、

「あの、倒れてた時に、手当てしたから。」

としどろもどろに言った。それを聞いて、一気に、顔に火が集中した。

「でも、これじゃ試練にならんよなあ。大抵は、今しがた、別れたばかりのパートナーの事を考えるだろうに。」

フォローの積もりか、ユッシが、素朴な疑問を口にした。サヤンはもう平常心を取り戻し、「兄貴、珍しく、冴えてるじゃん。」といったが、「男のロマン的には、美女がわらわら出てくる幻覚でないとなあ。」といったため、あやうくサヤンに気功をお見舞いされそうになっていた。

女性達は、三人で一つの道を行ったため、先頭のサヤン意外は、何も見なかったそうだ。よく考えると、それが正解だ。

能力バランスを考慮してメンバーを決めたのだから。

俺たちも、仕切り直して、三人で一つの道を進む事にした。片手斧と刺の盾で戦うユッシが先頭なのが、一番適当に思えたが、魔法剣で中距離の範囲攻撃の出来る俺が先頭になった。二番目には弓矢でサポートするキーリが続き、ユッシは背後を守りながら、最後を行く。

森はやや薄暗く、所々、うごめく何かが、時々、人の形を取った。それらのほとんどは、ルーミの姿をしていた。それらを、速攻で魔法剣で片付け、ひたすら前に進む。

もう、こんなもので、惑わされる段階は、とっくに乗り越えて、ここまで来てるんだ。今まで押さえ込んできた物の数々を、幻覚なんかに崩されるものか。半ば、自嘲気味に、剣を振るった。

そうして、百体はルーミを切ったろうか、急に広い場所に出て、本物が現れた。

上半身は裸だった。横にはラールがいて、彼女も上着を脱ごうとしていた。これは幻覚ではなかった。

ルーミは俺を見て、

「ああ、来ちまった。」

と抜かした。ラールは、はずしかけたボタンを慌てて止める。

「二人とも、いったい、何を。」

俺はようやく、それだけ言った。今さら、これはない。こんな、あらゆる意味で、酷い裏切りは。

「違う、誤解するな、違う、別に、お前の考えてるような、そういうことじゃ…。」

ルーミは必死で誤魔化した。ラールは、弱った顔をしているが、落ち着いている。

「…それなら、何をそんなに慌てている?」

じぶんで嫌になるほど、冷たい声が出る。長身で黒髪のラールは、確かにルーミの好みだ。だが、二人の間に、そういう感情が、全くないことは、嫌と言うほど解っている。いつから、人の目を盗んで、こういう「遊び」を。しかも、誰も知らない事だが、ラールは俺の、腹違いの

姉だ。それを考えると、憤りもひとしおだった。

「とにかく、落ち着け。」

「僕は落ち着いている。慌ててるのは、お前だ。」

「だから、誤解だって。説明するから。」

「…いいだろう。聞いてやるから、言い訳してみろ。僕が納得出来るような話ならね。」

「…ああ、もう、黙って見てないで、説明してくれよ、エスカー!」

エスカーの名を聞いて、改めて周囲を見る。ルーミとラールの周りは、エスカー、ディニィ、サヤンが、しっかり揃っていた。

「ごめんなさい、口を挟むタイミングが掴めなくて。」

エスカーの代わりに、答えたのはディニィだった。

「やっぱり、全員そろってからのほうが、よかったわね。」

とラール。サヤンが、

「エスカーが、『長引くだけだから、来る前に済まそう。』って…」

とぼそりと呟く。俺はエスカーを見た。彼は、小声で「お約束だなあ。」と言い、説明を始める。

祠の内部は「封印」に守られているため、アトラクション時代も、中に入る事は出来なかった。入るには、「無垢なる男女が虚飾の輝きを脱ぎ去り、手を取り合って、想いのみを胸に進むこと。」が必要であると、街の文献(観光用)にある。

「マントの男が人質にした貴婦人は、再婚して街を出てしまいましたが、彼女に使えていた女性が、ここの裏道の入り口付近に住んでて、僕たちが入る直前に、教えに来てくれました。『愛し合っていなくてもいいから、とにかく男女が手を繋いで、金属製品と、武器はおいて、扉に触れれば、中に入れる。』そうです。…街の噂が『えげつない』から、その貴婦人は、他の人には何があったか黙ったまま、出ていったみたいですね。」

ようするに、その男女の役をルーミとラールでやることになり、金属製品を外し、衣服の金属の付属品を確認していた、と言うことだ。

ルーミもラールも重装備タイプではないが、ボタンやら留め金やら、金属を全て外すとなると、殆ど裸になってしまう。

「そういうことだから、行くぞ、ラール。」

と、ルーミが促す。俺とキーリが、同時に、「待って!」と言った。

「聞いてただろ。他に方法ないんだから。だいたい、何で、こんな言い訳を、長々しなきゃいけないんだよ。」

とルーミが面倒そうに言う。その通りだ。「親友」の立場では、「心配」はできても、「嫉妬」する権利はない。頭では解る。

しかし、心では抵抗がある。守護者としても、今さら、ルーミとラールにフラグを立てるのはまずい。武器が持てない、装備が貧弱になる、恐らく中は暗くて、道も険しい事を考えると、総合的な戦闘能力からして、女性がラールなのは解る。しかし、何故、男性がルーミであることに、誰も疑問を挟まないんだ。

「手を繋いで進まなきゃいけないことを考えると、兄さんが適任でしょう。」

落ち着いたエスカーの声が響く。

「ラールさんは利き手と魔法手が共に左、兄さんは共に右。回復も出来る。戦闘になるとは限らないけど、なった時の事を考えると。」

…その通りだ。俺は右利きで、回復は得意だが、魔法手は左側、キーリは共に右だが、回復はあまり得意じゃない。エスカーは共に右手だが、回復は出来ない。ユッシは魔法が使えない。

ディニィを見る。彼女がルーミを好きなのは解っている。だが、彼女は極めて冷静で、個人的な感情は欠片も表していない。

「でも、中は寒いんですよね。薄着過ぎて、奥に進めないようじゃ、困りますね。」

と静かに言う。なんだか、負けたような気がした。

「ラールさんの風魔法と、兄さんの火魔法を合わせて、温風の衣を作るのはどうでしょう。」

「いいアイデアだけど、強弱関係のある魔法の合わせ技を、セーブしながら一定レベルにし続けるのは、私達じゃ、無理。」

「エスカー、お前、そのマント、ラールに貸してやれないか。」

「これ、細かい所に、金銀が。」

「専用の衣装とか、ないんでしょうか。」

俺とキーリが沈黙している間、彼らの話は前に進む。

ユッシが、思い出した、と手をうち、背負った荷物を並べ始めた。そういえば、中に入る時、使うものだと言っていた。

魔法で灯るランプと、厚手のマントが二枚、後は草履に似た履き物と、総ガラスのランプを掴む時に使うらしい、大きな特殊な形の手袋が出た。

ルーミとラールは、服を脱いでマントを羽織った。脇に畳まれた服一式が、マントの下を連想させて、落ち着かない。

エスカーはラールのランプには火で明かりを、ルーミのランプには、土の探知魔法をベースに、暗魔法と合成した盗聴魔法を入れた。明かり二本より暗くはなるが、中の様子がわからないよりはましである。

ルーミは、魔法を放つ時、右手に持った武器を、左手に持ち替える癖がある。このため、機動力重視で、盾は持たない。

普通は、魔法手と利き手が同じで、武器が片手剣の時は、盾を持つので、剣を持ったまま、手の角度を変えて、甲側から放つ。ランプを持ったら、結局は手が塞がってしまう訳だが、

「そこまで深刻に戦闘になるようなら、逃走して、また考えよう。」

と言うことになった。

二人は、中に消えた。

「ガスとかあれば、先に進む前に教えて。」

と、ディニィが声をかける。

ガス、洞窟で、いきなり、ホプラスが、必死で意識の外に追いやっていた記憶が、鮮明に押し出されてくる。水の複合体に勝った直後、俺が守護につく前の物だ。

《…今も、昔も、これから先も、ずっと、お前を…》

暗い洞窟の中、ホプラスがルーミを抱き締めている。凍ったように止まる時。遠くから、ディニィとエスカーの声が、微かに響いていた。

《…気がすんだなら、離せ。》

冷たく響く、彼の声に、我に帰る。

《ルーミ、僕は。》

《うるさい、触るな!》

その後、宿に戻ってからも、ルーミは、目を合わせてくれなかった。だが、夜中に、彼の方からやって来て、

《錯乱ガスのせいなのに、お前のせい、みたいに言って、すまなかった。とにかく、ごめん!》

と、謝ってきた。

《僕こそ、悪かった。混乱してて、変な事を言って、驚かせてしまって。》

そう答え、無かったことになってしまった。

ホプラスは、満足しようとしていた。友人の立ち位置は守れた。取り返しのつかない事にはならなかった。だが、反面、変わらない事を嘆いていた。

そして、俺は、なぜか、諦める彼の意識に、立場を忘れて憤っていた。

“で、その時、ホプラスが言ってたんだけどさ。”

ルーミの声が聞こえる。エスカーが、やっと聞こえるが、こっちの声はムリなようだ、と言った。

“その時の、清らか、無垢って意味は、小さな子供を表してたんじゃないかって。”

“そうね、でも、今度のはねえ。子供二人で、こんな道は進めないし。”

“でも、恋人同士で進む道でもなさそうだ。お互い、夢中になってる者同士、こんな面倒な事しなくても、愛の確認くらい、できるだろ。”

“本人たちだけの問題ならね。他人を納得させる必要がある場合は、試練を越えた、というのが、説得力になるでしょ。”

“どういう事だ。”

“身分違いとか?”

“それもなあ。身分違いはともかく、道徳的に無理な事を、通す口実にされるかも。”

“…あんたが道徳、ねえ。”

“あ、どういう意味だよ。”

笑い声。その様子に、ほっとした。

“でもいいのかなあ。無垢なる、とか、純粋な、とか、そんなもんに、パーティー内で、一番、不純な俺達で。”

“…私は、あんたほど、乱れてないわよ、多分。”

“多分~。あー、笑った。”

“…んー、そうね、あんたは条件にあってるかもね。汚れを知らない、純粋無垢な…”

“…ないわけじゃないよ。いい思い出じゃないけど。”

心臓が止まる。

“…悪かったわ。”

ラールの声が、しんみりとする。

“あ、違うよ。一応、女相手だし。”

ルーミの声は、明るい。笑わせようとしているらしいが、誰も笑わず、聞き耳を立てる。

“一人目は、ちゃんと付き合ってるつもりだったけど、『年下とは長くは駄目』って、降られた。かなり年上の、金持ちと婚約して、俺には事後報告。二人目も、そんな感じ。”

“そ、それは気の毒にね。”

“三人目は、一つ上だった。でも、ちょっと頼りないというか、人の意見に左右されやすいというか。折り合いの悪いギルドメンバーが、変な事を吹き込んだらしくて、ホプラスの事を、『彼氏』なのか、だから一緒に住んでるのかって、しつこく聞くから、めんどくさくなって、『まあ、似たようなもんだけど。』て言ったら、ワイン一瓶、頭からかけられた。”

心臓だけでなく、息も意識も止まりそうだった。

“そこは、否定するとこでしょ。何度聞かれても。”

ラールの声だが、俺の声でもある、

“ワインかけられなかったら、『彼氏というより、小姑だよ、あの細かさは。』と言って、笑い話にするつもりだったんだよ。でも、翌日、その仲の悪いギルドメンバーと、交際宣言。”

“何、それ。二股だったんじゃない?酷い話ね。”

“それがさ、どうも、割り込んだのが俺みたいでね。もともと、そいつと付き合ってたらしいんだが、喧嘩して、一時的に別れたところに、俺が目についたらしい。”

“それが二股なんでしょ。”

“あ、これ、皆に内緒な。”

“口止めしなくても、言わないわよ。でも、エスカーやホプラスにも、話してないの?”

“いやまあ、弟に聞かせる話しじゃないし。ホプラスには、『小姑』呼ばわりしたことを聞かれたくないし。”

話してなくても、知ってる。一人目と二人目の時は、降られて、やたら落ち込んでたから、気づいた。三人目の時は、親しいギルドメンバーが、「前の奴が、なんか息巻いてるから、気をつけたほうがいいよ。」と教えてくれた。

だが、本人の口から、改めて聞くと、複雑だ。当時は自覚がまだなかった。が、言い様のない、もやもやした感情があった。今では、あの時の気持ちがわかる。

“お、あれか。”

続いて、ガサガサいう音。少しだが、音がクリアだ。エスカーが、二回ほど呼び掛ける。今度は、返事が返ってきた。

“小さい、壺みたいなのが、二つある。一つは…鍵だ。当たり。”

“もう一つは、ガラスで、手紙が入ってる。魔法で開かなくなってるわ。文字は少し見える。何語かわからないけど。壺は、二つとも、新しいものね。”

「とりあえず、持ち帰ってもらえますか。」

ラールの、「了解」という声がした。

ほどなく、二人は戻ってきた。繋いだ手を離したとたん、祠が閉まった。サヤンが、

「中で離してたら、閉じ込められたのかなあ。」

と感想を漏らし、エスカーが、鍵の壺を見る。ディニィが、手紙の壺を解呪する。

手紙は、古代神聖語で書かれている、という。

「読めるけれど、解読して、意味のわかる言葉に直すのは、少しかかるわ。1日、貰えるかしら。」

了解を求めてルーミの方を見るが、彼らは、着替えるために、木陰に移動したらしかった。会話が聞こえる。

「ほら、フック、一つずれてるぞ。」

「あら、ほんとだわ、有難う。」

「どーいたしまして。」

「で、なんでわかったの。」

「そりゃ、見てればわか…」

ピシャリと音がする。ユッシが、キーリに、「まあ気にすることはなかろう。」と小声で言っている。

ルーミは、頬をなでながら、

「早く一風呂あびたい。中の空気、ねとっとした感じで、マント越しでも、気味がわるかった。まとわりつかれてるみたいで。」

と言った。

「珍しく、弱気なコメントだな。」

俺はそう言って、嫌みかと思ったが、頬に回復魔法をかけてやった。

ラールも、サヤンに、

「寒かったけど、それだけじゃなくて、何かこう、じとっとした空気が。プレッシャーがかかったわ。」

と説明している。だから、あれだけ喋っていたのか。

帰り道は、組み合わせは変わらないが、幻覚は見なかった。一度、祠の扉に触れれば、数時間は免疫ができるらしい。

「落ち着いたら、幻覚だけ、見に来ないか?いつか、また。」

町に戻る途中、ルーミが、小声で言って寄越した。

「お前…。」

「そうじゃなくてさ、念じたら、出てくるんだろ。懐かしい人たちが。」

夕方の明かりに、少し、寂しそうに見える顔。

「そうだな。コントロールできるかどうか、微妙だったけどね。」

俺は触りの部分は避け、行く道の話しをした。ユッシとサヤンも加わり、明るい話になった。

俺は、人生を全うした、いよいよ最後になら、来てみるのも良いか、と思っていた。老いた死の瞬間、最愛の人の姿が見える。生前、自分を見ることのなかった、澄んだ瞳に、俺を写した…。

「どうした、ホプラス。急に、しんとしちまって。」

夕日をうけて、ファイアオパールのようになった、ルーミの瞳に、俺が写っている。

違う、偽物は必要ない。最愛の瞳は、確かに、俺を見ている。例え、俺の望んだ色でないとしても。


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