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Life with you  作者: shou
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2章 死んでしまいたい

どこにも光の無い真っ暗な闇の中。

まったく何の音もせず、静寂という言葉がまさにこういうことなのだろうと思う。

僕は辺りを見回す。

ふと差し込んだ光の柱が、背中を向け歩いて行く少女を照らし出す。


僕はこの少女を知っている。


そう直感し、近づこうとする。

しかし、いくら進めど、いくら歩こうとも少女に近づくことが出来ない。

走ってもその距離が詰まることはない。

だが、不思議なことに歩みを止めても離れていくわけではないようだ。

まるでそこに映し出されている映像であるかのように。


「瑠璃、だよね?僕だ。簾だよ」


追うことは無駄だと理解し、呼びかけてみる。

返事はない。聞こえているかどうかも分からない。


おもむろに彼女が歩みを止めた。

こちらを振り返った彼女の目には透明な雫が流れ落ちていた。


「どうしたの?なにか、あった?」


またしても返事はない。

彼女は滴る涙を右腕で拭ったあと、口を開いて何か話しかけているように思えたが、僕には何も聞こえなかった。

しかし、彼女が言おうとしていたことが僕にはわかった。

「ごめんね、さよなら」読唇術が使えるというわけではない。ただ単純に彼女の表情と口の開き方でそういう風に勝手に感じ取っただけだ。

またくるりと振り向き、走り出した。


「まって」


そう言って僕も走り出す。

今度は確実に彼女との距離が離れていく。

どんなに速く走っても。

彼女の姿が次第に小さく、見えなくなっていく。そして僕の周りには、再び暗闇が訪れた。

普段は絶対に走ることなどない僕だが、なぜか今は体が軽く、いくら走っても息が上がったりはしない。


ここはどこなのだろう。そう思ったその時だった。

胸に強い痛みが走った。それは、僕がよく知っている痛み。

心臓の発作によって起こる痛みだ。

視界が痛みで白くぼやけていく。周りにはもちろん誰もいない。僕は薄れゆく意識の中で死を覚悟した。



------------------------------


はっと目が覚めたとき、最初に見えたのは病院の天井と心配そうにこちらを窺う高木先生の顔だった。


「気が付いたか、よかった」


さっきまでのことは夢の中の出来事だったようで寝ているうちに発作を起こしてしまったらしい。

額や背中ににじむ汗で服がべっとりとくっついてしまっている。

息がまだ荒い。いつもと同じような疲労感と吐き気に襲われる。


「大丈夫か?」

「・・・うん」


喉元まで上がってきたものをギリギリのところで抑え込む。

先生がそばにあったゴミ箱を拾い上げ、差し出してくれる。

僕はそれを手で止める。


「大丈夫、もう納まったから」


正直、まだ少し吐きそうだが我慢できる。

ゆっくりと息を整える。落ち着いてから時刻を見ると深夜の2時半過ぎだ。

最近は今回のように寝ている間に起こることも多くなってきた。

今週ではもう二度目だ。小さい頃にはあまりなかった覚えがある。


「ごめんね、こんな夜中に。寝てた・・・よね」


僕の左手首には、心拍数を計測するための腕時計がつけられていて、何か異常があれば、彼女に伝わるようになっている。

すなわち、彼女がここにいるのは僕の心臓の異常を検出したシステムが、彼女の寝室にある警報を鳴らしたからであり、それはつまり僕のせいである。


「気にするな。お前のせいなんかじゃ無い」

「・・・ありがとう」


僕の考えていることをまるで知っているかのようだ。この人には隠し事などできそうも無い。


「何か問題は・・・なさそうだな。まだ夜中だから、ゆっくり寝ると良い」

「うん、そうするよ」


そうして彼女は部屋の電気を消してから自室に戻って行った。

暗くなった部屋の中には月の光が優しく射し込み、時計の秒針の音がいつにも増して大きく聞こえる気がする。

僕は布団を肩まで掛けてからゆっくりと目を閉じ、程なくして訪れた眠気に身を任せた。



------------------------------



目が覚めると、朝の日差しが心地よく降り注ぎ、小鳥達の囀りが部屋の中まで聞こえていた。

僕はベッドからゆっくりと降りて、洗面所に向かう。

顔を洗い、歯を磨く。まだ秋だがすでに水道の水はひんやりと冷たく、目が冴える。

コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。

扉を開けて入ってきたのはナース服の女性だ。


「朝ご飯、置いておくね」

「ありがとう」


朝食をベッドの近くのテーブルにおいて、彼女は別の患者に配膳するべく部屋を後にした。

日ごとに決まっている献立の病院食だが、この病院に入院している患者からはすごく好評だ、と料理長が言っていたのを聞いたことがある。僕も随分と食べ慣れているが、食べ飽きているということはない。

朝食を済ませた後は、食器をキッチンまでもっていく。

放っておいても先ほどのように看護士が回収に来てくれるのだが、リハビリの一環と称して自分で行くようにしている。実際はただすることがなく暇なだけだが。


「ご馳走様。おいしかったよ」

「おう」


キッチンで洗い物をしながら返事をしたのは、神田龍介(かんだりゅうのすけ)という男でここ高木病院のキッチンにて料理長を務めている。

趣味の筋トレで逞しく鍛え上げられたその腕は、もしかしたら僕の二倍はあるのではないだろうか。

シンクに積み上げられた鍋や皿の数は一人で洗いきるのは大変な作業だろう。


「手伝おうか?」

「いいのか?そうだな、じゃあ頼む」


こうしてたまに手伝うことはあるが、毎日ではない。

なぜなら高木先生が僕に仕事の手伝いをさせるなというからだ。

今日のように仕事が多いときはこっそり手伝っている。


「昨日のこと、(かず)ちゃんから聞いた」


「一ちゃん」というのは高木先生のことだ。二人は高校時代からの友人だと聞いている。

ちなみに先生は彼を「龍」と呼んでいる。口喧嘩をすることはたまに目にするが、基本的に仲はいい。


「そう・・・」


そっけなく返し、黙々と皿洗いを続ける。

ぬるりとした油の感覚が指に伝わってくる。


「はは。まあ気にすんな。人間、死んでしまいたいと思うことだってあるさ。別に、責めてるわけじゃないい」

「龍さんはあるの?」


そう聞くと彼は「うーん」と短く唸る。

話しながらも彼の手は止まらずに食器を洗っていた。


「あるさ、それなりにな」

「それは、どんなときだった?」

「そうだなぁ、付き合ってた女の子に振られたときとか、受験勉強頑張ったのに大学落ちたときとか、あとは・・・そうだな、一ちゃんに告白したけど相手にしてもらえなかったときとか、かな」

「え・・・」


初耳だった。この人先生に告白してたのか・・・。

というかさすがに死にたくなりすぎてないか?


「ん?前に言わなかったっけ?ま、いいや。こんだけまあいろいろとあったわけだが、今はあの時死ななくてよかったって本気で思ってる」

「よくそれだけ死にたくなって生きようと思ったね・・・」

「あのなあ、みんながみんなお前みたいに抱え込んでねえっての。確かに2、3日部屋に籠ったりはしたけど本気で死ぬことを考えたわけじゃないしな。辛いことなんて、腹いっぱい飯食ってたっぷり寝てりゃいつか今みたいに笑い話になるさ。」


龍さんは笑いながらそう言う。

山のように積まれていた洗い物もあとわずかで終わってしまいそうだった。


「そうかなぁ」

「そうさ。それとも簾はまだ死にたいって思うか?」

「それは、ないけど。僕は龍さんみたいに強くは生きられないと思うな」


僕は最後の皿をとって洗い始める。シンクの中一面には洗剤の泡が残っていて、龍さんはそれを蛇口の水で流し始めた。


「誰だって最初から強く生きてる奴なんていねえよ。俺だって昔のころはそういう風に思ってたさ。それに・・・」

「それに?」

「お前はまだ社会の厳しさってのをあんまわかってないんだよ。俺やお前なんかよりよっぽど辛い思いをしてる奴がこの世の中にはいっぱいいるんだよ」


最後の一枚を洗い終えた僕は、食器乾燥機に皿を入れる。

水を吸って指がしわしわになっている。

龍さんのほうもちょうど終わったようだった。


「まあ、相談に乗ってやるくらいのことならいつでもできるから、思い悩む前に話しに来いよ」

「うん、そうするよ。じゃあ、僕は先生に見つかる前に部屋に戻るよ」

「ああ、サンキューな。一ちゃんには内緒だぞ」


分かってる。そういいながら手をふって部屋に帰る。

病室の扉を開けると、高木先生がいた。


「どこ行ってたんだ?診察の時間なのに部屋にいないから、どこ行ったのかと思ったぞ」

「ごめん、ちょっとトイレに・・・」

「龍のところか。まったく、手伝わせるなと何度言ったらいいんだ、あいつは」


なぜわかったのだろう。本当に心の中を見られているんじゃないだろうか。

先生から差し出された体温計を受け取り、体温を測る。


「お前も、人の仕事なんだから放っておけよ。一応、うちの患者なんだから」

「うん・・・」


そう言えども、彼一人だけとは言わずとも、彼のおかげでこの病院の食事事情が成り立っているといって過言ではないのだ。何かしら手伝えることがあれば手を貸したい、と僕は思っている。

ピピピ、と体温計が計測完了の音を鳴らす。


「よし、異常はないな。それじゃあ私は仕事に行くが、おとなしくしてろよ?」

「うん。わかってるよ」


そうして彼女は部屋を出て行った。


「なにをしようかな」


何もすることがなくなった僕は本を読むことにした。

本棚からお気に入りの小説を一冊取り出し、初めから読み始める。

表紙が擦り切れてしまっているこの本は、両親が昔誕生日プレゼントに買ってくれたものだ。

内容は、自信のない主人公が愛する少女のために勇気を出して旅に出るというよくあるファンタジー小説だ。

小学生向けの簡単な物語だが、僕はこの話がとても好きで、今まで幾度となく読み返している。

昼食の時間まではこの本を読んでいることにしようとベッドに入って本を開く。

(むかしむかしあるところに・・・)

こうして目で文章を追っているこの時間が、何よりも至福のひと時であると僕はおもう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

文法や表現の間違いなどございましたら優しくご指摘頂けると大変ありがたいです。


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