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薬莢

 ボクが家に帰ったのは、日がすっかり昇って空が青くなったころ。お父さんが言うには、朝焼けに見とれている間に眠っていたらしい。それからゆすり起こされたけど、全然寝足りなくて、ボクはお父さんに手を引かれながら頻りにあくびをしていた。

 それでも、家が近づいて来るとだんだんと目がさえて来た。お父さんと違ってお母さんはボクが外に出ることをよく思っていない。真夜中に抜け出したなんて知ったら、かんかんになって怒るだろう。お父さんも怒ると怖いけれど、今の僕にはお母さんの方がずっと怖く思えた。


「ねえ、お父さん。お父さんがボクを連れ出したってことにするのはダメ?」

「ダメに決まってるだろ。もし、それをやったら俺もお前を叱るぞ」


 ボクが働かせた悪知恵は通じなかった。しかたない。しょんぼりと頭を下げたまんまで家に着いた。

 家のドアはやっぱり物凄いきしみ様で、開けるだけでうるさいくらいに音がする。中はやけに静かで、誰もいない。どうやらお母さんとは入れ違いになったみたいだ。お父さんは、中に入ってぼろっちい椅子に腰かけてタバコをふかし始めた。

 きっと家に帰ったらすぐさま怒鳴り声をかけられて――なんて想像していたボクは、拍子抜けしてしばらくぼうっと立っていた。


「ちょっと、どこに言ってたの!?」


 声がした方を振り返ると、お母さんが顔を真っ赤にして、怒っていた。ボクを探すために町じゅうを走り回ったみたいで、息が上がっていた。


「本当に心配したんだからっ」


 しゃがんでボクの肩を抱きしめた。お母さんのすすり泣く声が耳元で聞こえて、そこで初めてボクは、悪いことをしてしまったという気持ちになった。

 ごめんなさい。そう言って謝ると、とにかく無事でよかった、と。けれど、お母さんが寝ている隙に抜け出したということについては、しっかりと怒られた。


「まあ、男はそのうち、ひとりで家を出なければいけないんだ。李斗も反省はしている。だからもう、悪さはしないだろう。そのくらいにしといてやれ」


 あなたは、李斗に甘すぎる。お母さんはぶつぶつと言っていたけど、それっきりボクをせめることはしなくなった。とりあえず、眠たいでしょうから寝なさいと言われて“むしろ”を敷いただけの寝床に寝かされた。その手つきは乱暴だったけど、あまりにも眠かったので、寝入るのに時間はかからなかった。


     ***


 かちゃり、かちゃりとごはんを作る音で目が覚めた。豆を煮込んだスープをぐつぐつと煮ていたから、家の中がじんわりと暖かくなっている。だから、起きていても、しばらくは頭がぼうっとしていた。けれど、お父さんがボクがお姉さんからもらった薬莢の首飾りを持っているのを見て、一気に目が冴えた。


「お父さん、それ、返してっ」


 取り返そうとしたボクの手は、空ぶってしまった。

それは、お姉さんからもらった大事なものだ。そう言ってしまいそうになったけれど、お姉さんからは内緒にしておいてと頼まれたから、ぐっとこらえた。


「誰からもらったものだ、これは? (ロン)家の紋章が記してあるぞ」

「ろん?」

「龍家と、(フウ)家。この街の一帯で銃器の売買をしている武器商人どもの二大組織だ。それぞれ別の元締めと取引をしていて、その元締めが俺たち殺し屋を買っている。だから使用する銃器で敵か味方かが分かることもある。龍家を持っている同業者とは、抗争が絶えなくてな」


 “抗争”という言葉がよく分からなくて聞き返すと、お父さんは鷹のように鋭い目つきになってボクを睨みつけた。“命がけのケンカのことさ”、お父さんの地を這うような低い声が、耳の中にこびりついた。


「ペンダントに加工してあるところを見ると、同業者とはなんら関係のないところで拾ってきたクチかもしれんが。これだけは言っておく。何処の誰ともの分からん殺し屋に情を抱くなんてことはないようにな」

 

 お父さんはボクに注意をしたんだと思う。だけど、そんなことを言われたって、ボクの中でお姉さんへの気持ちは変わらなかった。


同業者(おれたち)は、いつ殺し合うか分からないんだから」

「お姉さんは違う……」


 だからお父さんの言葉に腹が立って、言わなくてもいいことを言ってしまった。いいや、言ってはいけないことか。慌てた自分をごまかすように、ボクは乱暴にお父さんから薬莢を取り返した。すごく小さな声でぼそりと言ったつもりだったから、聞こえてないかもしれない。そう願ってみたけれど――


「誰に何を言われたか知らんが、そいつの事は忘れろ。そうしたら、今のは聞かなかったことにしてやる。そいつがいい奴だったかとかそういう問題じゃない。どんないい奴でも、昨日一緒に酒を飲んだ奴でも、殺し合わなければいけない時が来る。俺たちはそういう運命なんだよ」


 しっかりと聞こえていたみたいだった。

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