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行動は約束できても、感情は約束できない

昼時の対談からしばらく経ち、夜更けとなりましたが、兄さまの台詞を思いだすとこの豊満ボデイはたやすく火照ります。わたくしへのダイレクトな愛のこもった発言は、兄さまのマネージャー曰く「放送では絶対的にカット」だそうです。この番組絶対に録画してリピート再生して死ぬまで楽しもうと思っていましたのに、こん畜生。


兄さまは収録が終わったとき、現場を去る前にふらりとわたくしのほうに近付いてきて、ほかの誰にも聞こえないようにこう囁きました。


「沙羅、あとでゆっくり、ふたりきりで話したい。今晩零時に、宿屋を抜けてここに来て」


わたくしは無論、兄さまの言いつけどおりに颯爽と宿屋の布団を抜けだして、兄さまの主演映画『陰陽師』の撮影現場に再び馳せ参じました。


そして現在の時刻は午前零時を少し過ぎたところです。


兄さまは、まだでしょうかーー。この南庭で聞こえるのは草木のざわめきのみで、目にうつるのは暗闇に浮かぶ寝殿造の朱色です。


こんなときにわたくしの脳内に浮かぶのはもちろん兄さまただひとりで、これだけ兄さまが好きなら3次元夢小説でも書けそうだと、萌えシチュを構想しながら数十分待機していると、兄さまは現れました。


暗闇のなかから、まるで幽霊のようにぼうと、足音も無く。


「沙羅、ごめんね。待った?」

「兄さまと会うための待ち時間なら、何でもないです」

「はは」


兄さまは優しげに微笑んでいます。


「さっきカメラの前では言えなかったけど..........沙羅、久しぶりだね」


そう言われて、わたくしの目には涙がこみあげました。


「ずっと、ずっと兄さまに会いたかったです..........」

「はは。..........とりあえず外じゃなんだから、中入ろっか?」


兄さまは〝とりあえず店の中に入ろっか〟とでもいうようなテンションで言いましたが、いま兄さまが示唆している建物は歴史的建築物です。


抵抗はありましたが、兄さまはきざはしを登って中へ入っていくのでわたくしも続くほかありません。


兄さまに続いて寝殿に入ると、美しい絵の描かれた屏風や、燭台、御膳ののった御台などの撮影の小道具が並びます。


時空を超えたような気持ちになるこの場所で、兄さまは思い出したように言いました。


「あ。あとこれも、カメラの前では言えなかったけどさ..........」

「はい」

「沙羅のぱんつ、頂戴?」

「ふぁ?」

「前にアップした動画で沙羅言ってたでしょ、ファン第1号になってくれたらぱんつくれるって。..........ほら、僕が沙羅のファン第1号だからさ。ほらほら脱いで」

「は、はい(汗)」


わたくしはスカートに手をかけました。


しかしスカートを下げようとしたところで兄さまは言いました。


「あはっ、〝はい〟じゃないでしょ。もちろん冗談だよ?」

「はっ、ははっ、そうですわよね」

「まあ、本当にくれるなら貰っても「シャラーップ」


兄さまの冗談は、冗談か本気か分かりかねます。ふつうに捧げてしまうところでした。


「ところで、さ」


兄さまは言いました。







「僕との約束、破ったね」











「に、兄さまッ。本当は兄さまの言いつけどおり、命終えるまであの小屋で過ごすつもりでした。五つめの約束どおり、あそこで誰とも関わらず、誰の目にも触れずにいるべきでしたかもしれません。でも、わたくしはどうしても、兄さまにお会いしたくなって..........」

「出てきたのは僕のせい? それじゃあわざわざ()()()()()()()なんかしてるのは何故なの?」

「..........わたくし、クソほどモテてみたかったのです。人間に、愛されてみたかったのです」

「ははっ!」


兄さまは文字どおり腹をかかえて爆笑しています。〝クソほどモテたい〟なんて、乙女として恥ずべき欲望でしょうか。


「あはは! 嘘ばっかり!! モテたいとか言うけどさ、沙羅が本当に愛されたいのは、僕なんだ。僕だけなんでしょう」


ーーわたくしの早とちりでした。


兄さまにそう言われると、そんな気もしてきます。わたくしが愛されたいのは、兄さまだけ?


「ねえ沙羅。これからは、僕のそばにおいてあげるよ」


兄さまはわたくしの髪を一房取ると、何でもないことのように言いました。


「だから、アイドルなんかやめなよ」


ーーアイドルをやめる?


それはつまり、ミヒ様と隊長を裏切るということではないですか? わたくしがお誘いしましたのに。


それに何より、ミヒ様や隊長といっしょにアイドルをやるのは、いっしょにふざけ合うのは、単純にちょう楽しいのです。だからーー。


「あの日初めて東京に出てきたときわたくしは、もし本当に兄さまに会えたなら、〝いっしょに故郷に帰ろう〟って連れ戻すつもりでいました。また三人いっしょにあの山奥でひっそりと暮らすことが、そのときのわたくしの望むことでした。兄さまと婆さまがそばにいれば、それでいいと思っていました」


わたくしは兄さまから目をそらしました。相手に言いづらいことを言うときの癖です。


「..........でも、いまそれは違います。兄さま以外にも、ずっといっしょにいたい人たちができました。だからアイドルをやめるのは、絶対嫌なのです。..........ごめんなさい、兄さま」


兄さまの誘いに、〝嫌〟という自分が信じられませんーー。思い切ってそう発言したら、まるで冷水を浴びたように、頭が冴えきりました。


「わたくし、これまでは兄さまのことをいちばんに考えてきました。兄さまを最も優先すべき、わたくしにとっていちばん大事な人として..........これまで兄さまとの約束を守ってきたのも、兄さまが何よりも大切だったから..........」


自分でも兄さまに対して何を口走っているか分からなくなってきましたが、言葉が止まりませんーー。


「わたくし、六つの頃からずっと、ずっと知りたかったのです。頭のなかで黒い虫が暴れ回っているみたいに、その疑問の答えだけを必死に求めてきましたが、腑に落ちるものが出ないのです。..........兄さまは何故、わたくしをあそこに置き去りにされたのか」

「それはさ、シンプル」


兄さまははっきりと、言いました。


「沙羅を試してみたくなっちゃったから。離れててもちゃんと僕との約束、守れるかな??ってさ。僕に会いたくなって、約束破って探しに来たりなんてしないよね??って」


シンプルなのにどういう意味か、よく飲みこめません。


「僕への信頼とか、リスペクトが勝つか、それとも僕への愛情という身勝手な欲が勝つか。沙羅は約束を果たして僕に忠誠を尽くす理性的な人間か、それとも自分勝手な愛を振りかざすバケモノか、それが知りたかった。..........つまりね。()()()()()()()、ってこと」


ーーその瞬間、わたくしはボロ小屋を出ていく兄さまの背中を追いかける六才の子どもに、戻っていました。




ーー待って。沙羅を捨てないで。置いていかないで。いっしょに連れていって。




兄さまはわたくしを捨てたけど、わたくしは兄さまと交わした約束を、ずっと、ずっと守ってきた。日常生活を制限されても、ひとと関わることを禁じられても。


それは離れてても、そばに兄さまがいる気がしたから。


「わたくしが十年間約束を果たしていた理由も、シンプルです。それはただ、兄さまから愛されたかったから。ただそれだけのためでしたが..........」


わたくしはふんぬと仁王立ちしてみせます。兄さまの眉間にひとさし指を突きつけ、啖呵を切るのです。


「破って、良かったです。こんな糞ヤローとの、約束なら」

「..........じゃあ、こういうのはどう?」


兄さまは糞ヤローと言われたのに微笑んでいます。ちょう不気味ですーー。


「こ、こういうの、とは?」

「..........身震いしちゃうよ、化けの皮を剥がすって」


すると兄さまは、御台から何か杯のようなものを取りました。


「これ、神酒ね☆」


一言そう言うと、ぐいっと飲み干しました。ーーかと思いましたが、違いました。口に含んでいます。


そのまま、わたくしのほうにズンズン近付いてきてーー。


「ま、待って兄さま、」


兄さまの言葉の意味を考えるとーー。


今夜は月夜と言えど、室内はかなりほの暗いーー。すでにひとつめの約束は反故です。


言うまでもなく五つめの約束も、すでに反故。


そして、残る二つめ、三つめ、四つめの約束は、そう、兄さまの言うその〝神酒〟のゆくえに懸かっているっーー!


「ストップ兄さま、来ないで待って、わわ、わたくしが悪かったです、は、話し合いましょッ」


まさに、問答無用。


兄さまはわたくしの首を力ずくで抑えると、必死に抵抗するわたくしに無理やりに口づけました。


わたくしは兄さまの口から流れこんでくる神聖なる液体を飲みこまないよう必死でしたが、兄さまの舌技に蕩けて敗北しました(舌技の詳細に関しては控えさせていただきます)。




わたくしは五つの約束を、すべて破ってしまったのです。

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