表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

兄さまは全知全能なのです

ジェローム・W・池田氏の暴挙でわたくしたちのグループが改編され、改名され、センター交代してから約3ヶ月が経ちました。ジェローム・W・池田氏がグループに逐一介入してくるようになってからというもの、わたくしはミヒ様の優美なる添えものと化しており、SNSではファンから〝あの中途半端なブス〟と言われ名前さえも覚えていただいていないというのに、グループは一気にアイドル界のスターダムにのし上がりました。


要するに、すべてミヒ様の力です。じつはトップアイドルとなったのはわたくしたち3人組ではなく、ミヒ様オンリーなのです。テンサゲ〜⤵︎な事実です。


「お嬢、こんなに席ガラ空きなんだから、どこでも好きなとこ行ってよ〜。グリーン車の快適さが今のあたしには無いよ〜」

「わたくしは隊長のそばにいたいのですぅ〜(ぎゅう♡)」

「もう、鬱陶しい!!」


わたくしの横で愚痴っているのは隊長です。


「お嬢はお子サマというか一般常識に関して赤ちゃん並みに無知だから教えとくけど、人間関係ってさ、距離取るのも大事なんだよ?」

「ほう、そういうものですか」

「そう! 毎日仕事でも私生活でもず〜っと一緒にいると、お嬢の右尻には毛の生えたでっかいホクロがひとつあるとかお嬢のこと知りすぎてる自分がキショくて戸惑うんだよ。だからほら、しっしっ!」

「隊長は沙羅のおねえさまなのですから、それで良いではないですかぁ〜。裸の付き合い万歳♡」

「ギャーッ! 唐突に乳を揉むな! この似非エセお嬢さま、痴女の中の痴女!!」

「だって何だか今日は落ち着かないのですもの。こういう時は人様のおっぱいに限りますわ(モミモミ)」


そう言うと、隊長は閃いたような顔をしました。


「そうだよね? お嬢今日何か変だよね? つか化粧もいつもよりケバいよ?」

「..........。」


情緒不安定な理由には心当たりがありますが、あまり自分から認めたくはありません。


「昨日も何か遅くまで起きてたよね〜、寝れなかったの? 京都がそんなに楽しみ? つか、中原錠次に会えるのが楽しみ?」


う゛っーー。重い一撃ーー。


これは図星とは違います。その名前に拒絶反応が出ただけです。


わたくしたちオレンジキャラメルは今、あるテレビ番組の企画のため京都まで新幹線で遠征しています。その企画というのが、中原錠次の愛するアイドルがサプライズで彼に会いに行ったら国民的俳優はどんな反応を見せるか、という大手事務所が裏でゴリ押しの企画なのです。兄さまは今、京都で映画『陰陽師』の撮影中ですので、サプライズで向かっているというわけです。


ですが、わたくしは仕事と言えど、どんな顔をして兄さまに再会すればいいか分からずーー。十年前に兄さまがボロ小屋から出ていってから会っていませんので、いざ対面したら自分がどういう感情になるか分からずーー。おっぱいを揉んでいなければ軽くヒスを起こしそうです。


「中原錠次だもんね〜。あたしも会えるの超楽しみだもん。..........つか、さっきから痛烈な視線を感じるんだけど..........」

「わたくしもそれはビンビン感じてました。さっきからこっちを睨んでますわよ」

「(羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい私も沙羅におっぱい揉みしだかれたい羨ましい羨ましい)」

「いま幻聴が聞こえましたけど、無いおっぱいは揉めませんわ」


こちらにガンを飛ばしながらブツブツと呪詛を唱えている可憐少女ミヒ様は、グリーン車の前方で大勢の大人たちに囲まれています。隣にはジェリー氏、後ろにはマネージャー、周囲をぐるりと囲むのはボディーガードと、乗り合わせたファンたちです。


「全く。羨ましいのはこっちですわ」


そのとき、ジェローム・W・池田氏もミヒ様の視線に気付いてこちらをチラ見してきました。


プロデューサーはミヒ様のことは大のお気に入りのようですが、わたくしたちのことはあまりお気に召されないようですので、忖度してミヒ様に前を向くように合図を出すとミヒ様は何故か、ふるふると首を横に振って立ち上がろうとしました。


それを見た隊長は、


「美妃、こっちおいで〜」


と言っていましたが、ミヒ様はすぐにジェリー氏の筋肉モリモリな剛腕によって、伸びた頭をぐいと抑えつけられ、あっけなく着席していました。


「きゃん」


そのとき前方からチワワのような鳴き声が聞こえました。











この場所は、雅なる香りがします。南庭に立つわたくしたちを囲むは、まるで平安時代にタイムスリップしたかのような、上品かつ繊細な寝殿造の御殿。しかし共にいるのは現代的な服装のクルーたち、そしてカメラなど撮影機材も存在感が強く、タイムスリップ感に浸りきれないのは残念です。


「あたしちょっと緊張してきた..........手汗がひどいよ..........中原錠次まだ?」


わたくしの隣で、落ちつかない様子で周りをキョロキョロしているのは隊長です。


バラエティー番組のスタッフやカメラマンと共に、オレンジキャラメルは中原錠次の登場を待ちます。かれは安倍晴明から中原錠次にお着がえ中なのです。


「私も緊張感が..........だって地下アイドルだった私たちを地上に引っ張りあげて有名にしてくれた神様が、今からここに来るんだよ?」


ミヒ様は立っているわたくしたちの前でひとり椅子に腰かけています。その対面には、未だ空いている椅子。


ちなみにわたくしは緊張なんてしていませんよ? 足ガクガクで心臓バクバクなのは、そう、興奮しているからです。いつかは演技もできるアイドルになりたいと映画界進出に憧れるわたくしがその撮影現場に来たのは初めてなのですからね、オッホホー!!


「さっきもかなり緊張したけどさ、こっちが中原錠次の不意を突く感じだったから..........結果即バレたけど。今度は攻守交代って感じじゃん。これからハートをめちゃめちゃに襲われるのは確実..........」

「私は心臓をズッキュンされる準備できてるよ!」


隊長とミヒ様は緊張しながらも、これから始まる兄さまとの対談に心をときめかせています。


そうです、つい先程、サプライズで兄さまと再会を果たしました。わたくしたちは映画の撮影クルーに変装し、兄さまにバレるまで撮影現場に潜入を続けるというベタベタな企画でしたが、音声さんに化けたミヒ様があっさりと、簡単に、開始してからものの5分で兄さまに捕まりました。


こうなると番組スタッフ同様に撮れ高が心配なのもありますが、それとは違うこの心のモヤモヤ、自分でも気色が悪いです。


ーー何故、ミヒ様ですか? 兄さまが最初に見つけるのは、絶対に、わたくしだと思っていました。


「中原錠次さん入りまーす」


き、来たーー。


安倍晴明から一転、シャレオツな赤のニットセーターを着た、国民的俳優としての兄さまがスタッフに手厚く誘導され、現れました。


わたくしたちは挨拶を交わします。ミヒ様が大きな声で言いました。


「改めまして、オレンジキャラメルです! よろしくお願いします!!」

「こちらこそ、よろしくね。中原錠次です」

「さっきより更にイケメン度増し増し!!」


隊長がわたくしだけに聞こえる声で、興奮のまま囁きました。


わたくしも興奮に身震いします。とうとう、兄さまが十年前のあの日に小屋を出ていってからの、積年の恨みを晴らすときが来ました。さあ、対談と言う名の兄妹間バトルの始まりですわよーー!!











近頃オレンジキャラメルの顔・センターとしての自覚とプロ意識が出てきて、人見知りな性格を直そうと努力しているミヒ様が、言いました。


「中原さんは、『陰陽師』で主役の安倍晴明役をつとめることが決まってから、役作りなどはされましたか? 架空の人物ではなく歴史上に実在した人物ですから尚更、役作りは難しくなるかと思うのですが..........」


この質問だと、来年公開されるこの映画の番宣に直結するので、兄さまも喜ぶはずですし、言い方もなかなかスマートです。


やはりおバカのふりしてホントは賢い、ミヒ様です。


「美妃ちゃん、番宣ありがとね。..........でも僕は、今日は仕事のことなんか話す気分じゃないなあ」

「「えっ..........?」」


ふぁっ?!


ミヒ様と隊長が面食らっていますが、それはわたくしもです。


兄さまは言いました。


「だって今日、〝奇跡〟が起きたんだよ? 日々画面越しに愛でてたアイドルが僕に会いに来てくれたっていうんだから、興奮せずにはいられないでしょ?」

「わ〜、中原さんにそんなこと言ってもらえるなんてすごく嬉しいです! 逆に、私たちのほうが中原さんの大ファンですよ!」

「中原さんはあたしたちの恩人ですから!」


ミヒ様と隊長が興奮気味に言いました。


わたくしはと言えばーー。六つのときから再会を願っていた、ずっと会いたかった兄さまをいざ目の前にしたら、もう何も言えねえのですーー。言葉が出てこないのですーー。


「じゃあさ、僕にオレンジキャラメルの誰推しなのか聞いてみて♡」


ーーめんどくさい系のファンですか。


「中原さんは誰推しですか? 美妃って言ってくれると嬉しいな〜♡」

「美妃ちゃんもキュートだけど、僕は、いつも君の後ろにいる沙羅ちゃんが好きなんだ」


ぐふぉッ..........!!






わ、分かってたはずなのに..........!!






に、兄さまぁ....................






「沙羅ちゃんの、後ろから前にグイグイ出しゃばってくるガメつさに、たまらなくそそられてたんだけど..........」


兄さま!!


兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま大好き愛してる兄さま兄さま♡





沙羅の中は兄さまでいっぱいです





兄さまは、ミヒ様の後ろに立つわたくしを目を細めて見据えます。


「でも今日は、やけに静かだよね? どうしちゃったの、キャラ変えた? ..........ねえいつもみたいにしてよ、沙羅ちゃん。僕に、もっとグイグイ来て」


ちゃらーーーー! 兄さまちゃらーーーー!!


わたくしが兄さまのこと大好きなの前提の発言ーー!!


まあ大当たりではあるけどもーー!!




兄さまの撃に次ぐ口撃に、十年もの積年の恨みはあっけなく無効化されました。勃発するはずだった兄妹間戦争は、いとも容易くわたくしをただの乙女に変えてしまった兄さまの不戦勝です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ