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壊される

〝国民のカレシ〟中原錠次がある無名地下アイドルのいちファンを公表したというニュースは、SNSを荒らしまくりました。噂話やゴシップを好む国民たちの反応は、男子たちは「アイドルを応援するなんて親近感わく」と言い、女子たちは「推しの女よりあたしのほうが可愛い」と言いました。


わたくしたちの知名度はぐんとはね上がり、ファンが急増しました。隊長は「錠次パワー恐るべし」と言い、ミヒ様は「グループ名を〝ジョージング娘。〟に改名すべき」と言いました。真顔でした。


そして兄さまの例のツイートの3週間後も、自身のラジオ番組でAFTERSCHOOLへの愛に長ったらしく言及していましたので、噂は広まり続けていましたが、そんな時、わたくしたちのもとにある商談が舞いこんだのです。


早朝にかかってきた一本の電話の相手は、兄さまも所属する〝レインボープロダクション〟という大手事務所の、チョ〜偉い人。


商談内容は、簡単に言えば「僕たちと契約を結んで、僕んちのアイドルになって」というものでした。


虫の良すぎる話ですが、わたくしたちは何も疑わず、夢に一歩近付いたと喜びました。









ハイハハーイ!と諸手を挙げて件の提案に乗っかったわたくしたちは今、レインボープロダクションが所有するビルの会議室におります。


目の前には、先ほど事務所の社長サンに紹介された、我々AFTERSCHOOLのいわば秋◯康となる人物ーーつまりプロデューサーが。


「アタシはジョージ・ナカハラやマイケル・ジャク◯ン、デスティニー・チ◯イルドから..........(中略)..........とかワン・ダイ◯クションまで、音楽面で育てあげてきたスーパープロデューサー、ジェローム・W・池田よ!! 気軽にジェリーって呼ぶといいわ?」


わたくしは無言で天井を見上げました。ジェリー氏は背丈が2メートル程あるかと思われ、そのモッサリとした巨大もじゃもじゃアフロが天井にファサファサしています。


背が高くマッチョですが、言葉遣いは女性的なため、性別は不明です。


ですが目を引くからと言って、ながめてばかりいるのも失礼です。


「ミスター・ジェリー、わたくしAFTERSCHOOLのリーダーで、作詞作曲と、それからビジュアルを担当しています、沙羅です!」

「ハッ! HAHAHAHAーーー!!」


自己紹介すると、ジェリー氏は文字通り腹を抱えて爆笑しました。ジェリー氏、何故笑いますか?


「アッハハ..........アタシが聞く気があるのはアナタの名前よ、子猫ちゃん♡」


ジェリー氏はミヒ様の手を取ると、その甲にキスをし、伺いを立てるようにミヒ様を見上げました。


「.............な、名前は、美妃.....」


ミヒ様はといえば、あきらかに戸惑った顔で極力ジェリー氏と視線を合わせないように、かぼそい声で名前だけ言いました。


ーーマズいです、こんな大事な場面でもミヒ様は得意技・人見知りを発現しています。


「ジェリーさん、美妃はAFTERSCHOOLのメインボーカルなんです。迫力のあるハスキーボイスが持ち味なんですけど、あたしたちの曲はもう聞いてくれましたか?」


そこを隊長がフォローしました。グッジョブ隊長!


「愚問ね、勿論聴いたわ」


ミヒ様は突然のキッスに未だにビビった顔をしていますが、ジェリー氏はミヒ様の手を握り跪くことをやめずに、言いました。


「美妃。..........アタシはアナタを選ぶわ」

「?」


会議室は静寂です。ジェリー氏の発言の意味とはーー。


「アナタたちのプロデューサーとして最初の仕事をするわね。..........まずあんたら、立ち位置がおかしい。何で美妃エースが端っこにいるのよ? 音源をどう聞いても顔面をどう見ても美妃がセンターど真ん中でしょ!! あんた、そこをおどきッ!!」


驚く間も無く、わたくしの体はグワシと掴まれると宙に浮いており、再び人形遊びのように床の上へ置かれました。場所は少々移動しており、3人の真ん中(センター)から、右端へ。


ーーえッ、とゆうことはーー。ですが、わたくしはーー!


「ミスター・ジェリー、すみませんが異論がございます。わたくし、センターという立ち位置にはグループ結成時から並々ならぬこだわりが..........」

「お黙りッ!! ブスのこだわりなんざ、どーでもいいわ!! ..........じゃあ、こうしてくれる!!」

「ヒッ...............!!」


再び身長2メートルのマッチョに体をグワシと囚われると、場所を移動したのち、再び乱暴に床へ置かれました。


「ハッ、ここは..........」

「美妃が歌うから、あんたははるか後ろでハモりながら揺れてればいいわ! あんただけ後ろだとバランス悪いから、あんたもバックコーラスを」


隊長も軽々とジェリー氏に抱えられ、わたくしの隣にストンと下ろされました。ーーというかそこのあなた、この表現本当に信じてくれてますか?


「でも、これじゃあ3人のグループっていうより..........」

「何? 美妃、このスペシャル待遇にまさか文句でも..........?」


ジェリー氏の眼光が鋭すぎて、口は悪いけどメンタル激弱なミヒ様は口を噤みぷるぷると震えています。


わたくしは言いました。


「わたくしたちは今までこの3人全員でグループを作ってきましたし、誰か1人が2人を押しのけて突出したいとは思っていないはずです」


そう言うとジェリー氏は、少し考えこんでから言いました。


「アナタがそんなに美妃の隣に並びたいと言うのなら..........そうね、歌のパートは美妃で事足りているから、アナタは〝ラップ〟パートを練習して、極めることね。アナタの芸名はたった今から沙羅じゃなく、Rap Monsterよ!!」

「ら、ラプモン?!」


わたくしは息を呑みました。わたくしでも分かります、それはちょっとダサいです。


「それなら、わたくしはミヒ様の後ろでウーとかアーとかハモりながら揺れることにします」

「..........ブスだけど馬鹿ではないようね」


すると隊長がわたくしをひっぱり、共に遠く離れた立ち位置のミヒ様のもとへずんずんと近寄っていきます。


壁ドンするような勢いでミヒ様の肩を掴んで、隊長は言いました。


「美妃。あんた、センターで頑張れる? あたしたちがサポートできないときも、AFTERSCHOOL の美妃様として、ちゃんと頑張れる?」

「私、私は..........」


ミヒ様はきっと、拒絶するでしょう。ジェリー氏に反抗するかもしれません。


「ミヒ様、わたくしはあなたのスター性に頼るしかないようですわ。思いっきり他力本願ですが、それでも...............それでも、にっぽんいちのアイドルになりたいのです」


そう言うと、ミヒ様は戸惑い顔をようやくやめ、わたくしに笑いかけました。


「..........沙羅に言われなくても。ふたりを私が、テッペンに連れていく」









ジェリープロデューサーの第2の仕事は、グループ名を変えることでした。わたくしたちはもはやAFTERSCHOOLではなく、〝オレンジキャラメル〟です。オレンジの爽やかさと、キャラメルの甘さを併せ持ったアイドルになってほしいとのことです。


それにしても大手事務所の権力と影響力って、ものすごいです。何と、これまでは絶対に不可能だった地上波テレビのお仕事をくださいました! 本日はその深夜番組の収録日となっております。


「みなさん、はじめまして。私はオレンジキャラメルのォ..........〝誰にも媚びないへつらわない、超絶クールな女王様、アイスクイーン・ミヒ様です☆〟」


観覧席のファンの方たちがミヒ様と一緒にキャッチフレーズを叫んでくれます。ミヒ様が氷の女王ポーズを決めると、司会者の方が言いました。


「わ〜、ファンの方たちと声がめっちゃ揃ってましたね! ではさっそく、ミヒ様のプロフィールを紐解いていきましょう! まず、ミヒ様の特技は..........」


ところで、この番組の台本にわたくしの台詞は一言もありませんでした。


出番が与えられないのなら、自分で作っちゃうことです!


「ミヒ様の特技はやはり、歌うことですわ! 彼女がうちのメインボーカルです。ちなみにわたくしは、ラップ担当してます☆ 格式高いハイソなワードでdisりまくりのお嬢、akaアングララッパーですわYo⤴︎(アゲ)」

「あのブスただのブスのくせに..........美妃の後ろで何も喋るなってついさっき釘さしたでしょ?! この前〝他力本願ですが、ミヒ様に頼るしかないようですわ..........〟とか言ってたじゃん! マネージャー、あいつを即刻黙らせて!!」

「なっ、何ですの..........小林マネージャー..........まだわたくしの自己紹介が..........わたくしは、ミステリアスかつ純情可憐、みんなのユルぶがッ」

「オレンジのゆるキャラが何か喋ってましたが、決死の抵抗虚しく引きずり出されて(フレームアウトして)しまいました..........あ、撮り直しですか?」

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