ミッドナイト・ガールズ
たった今、わたくしはコンビニエンスストアでのアルバイトから帰宅してまいりました。時計はもうすでに真夜中の12時を回ろうとしています。24時間営業のシフトをこなすというのはちょっぴり社会からの疎外感があります(15年間の山籠り生活はさて置き)。
越してきたばかりの殺風景な部屋のフローリングに並ぶは、大量のコンビニ弁当です。消費期限切れの廃棄弁当をありがたく頂いてくるのですが、期限が切れたくらいではわたくしは食べられませんので、絶賛発酵中☆なのです。異臭がしはじめ、カビが生え、ネバつきが出たら、食べごろです。
わたくしはこのなかでもっとも古い、見た目に色鮮やかなカラフルカビのもっさり生えた、米飯がネバネバと糸引く腐敗弁当に手をつけました。本日の遅い夕食です。
腐敗物をかっ喰らうこの姿は、兄さまと婆さま以外、決して誰にも見せてはなりません。
物心ついた頃からすでに兄さまとの五つの約束がありました。兄さまがわたくしのもとを去った今も、約束がわたくしを縛っています。兄さまはわたくしを見守っているのか、見張っているのか分かりませんが、いつも隣にいるのです。幼いころ兄さまによく聞かせられた、暗闇を好むという化けものの話がとても怖くて、16になったというのに未だ夜を恐れ、人工的な電球の光のなかで眠りにつきます。
五つの約束は、兄さまが他でもないわたくしの為に作ってくれたのです。わたくしを、化けものから守るために。それなのに、わたくしは五つめの約束を、破ってしまったーー。
「ねーーー! 沙羅、隊長ーーー? もう寝ちゃったーーー? 一応言うけど夜分遅くにすいませーーーん!!」
この真夜中に玄関のほうから突如響いたこの声は、間違いなくミヒ様です! わたくしは腐敗物を置き、リビングに出ました。
「あ、沙羅! 今晩泊めてくれる? パパとモメてプチ家出してきたの」
「ミヒ様、勿論よいですよ!」
そう言うと、ミヒ様は慣れたようにリビングの収納スペースから布団を出し、フローリングに敷いて寝転がりました。
「ハーッ! 疲れたーーー!」
「美妃、あんたまた来たの?! てか今何時だと思ってんの!!」
わたくしの隣の部屋から、パジャマ姿の隊長(志保先生のことです。何かそれっぽさがあります)が出てきました。
「すみません隊長、五月蝿かったですか?」
「それはいいよ、ちょうど考えごとしちゃって寝れなかったから。でも美妃、あんたこの夜中に人の家に来るなんて! 言っとくけど何にも出せないからね!!」
「そんなのいいよ、お構いなく〜」
そう言いながら、ミヒ様はテーブルの上にあった隊長のファッション雑誌を広げています。
ーーそうです、わたくしと隊長は一週間前くらいからアパートメントの一室を共有しています。その前はダンサーのカレシとここで同棲していたらしいのですが、ピチピチの女子大生との浮気が発覚し、ここの家賃は全額隊長が払っていたそうなので、先日追い出してやったそうです。元カレの代わりにわたくしがあの部屋に転がりこんでいますが、家賃は少しばかりしか出しておらず(それまで住んでいたアパートの3分の1です)、申し訳なくもありがたいです。
「ていうか美妃、昨日撮ったグループ結成の挨拶動画、もうアップロードした?」
「それ、わたくしもバイト中ずっと気になっていました! みなさまに初対面する大事な動画ですから、反応を早く知りたくて..........」
そう、昨日さっそくグループ結成記念にスマホでわたくしたち3人の挨拶&自己紹介動画を撮影してみたのです。
ちなみにミヒ様にサイバー関連のことをお任せしています。この前「私〝かくれおたく〟だからそういうの得意なの!」と言っていましたがわたくしはサッパリです。ちなみに隊長がダンスの振り付け担当、わたくしが作詞・作曲を担当します。
「もちろんもう上げたよ! 仕事早いでしょ? でもやっぱり再生回数がさあ..........」
そう言って、ミヒ様が自分のスマホの画面を見せてきました。うつっているのはわたくしたち3人と、その下の数字はーー。
「..........えっ? 再生回数たったの4回?」
「私がもう3回くらい見たからさ、あと一人だよね、見てくれたのは」
しょ、ショックですーー。
「正直さすがに二桁くらいならいくと思ってたなあ」
「まあこんなもんだよ、無名シロウトの動画は」
やはりアイドルは厳しい道なのですねーー。でもでも!
「ですが、すべてはこれからです! それぞれの個性がまだ表現しきれていないのかもしれませんわ。わたくし、隊長のキャッチフレーズがまだ少しインパクト弱い気がして..........」
「え、あたしは気に入ってるよ? 〝誰をも虜にホネ抜きに、リズムのカリスマ、小麦肌のセクシーダンスマシーン〟!」
「じゃあこれはどう? 〝何より小ジワを気にしてる、アンチエイジングが合言葉、オカンみたいな世話焼きアラサー〟」
「美妃ーーーーーーッ!!」
隊長が寝転がるミヒ様の腹の上に跨って、ミヒ様の流れるようなロングヘアをぐしゃぐしゃにしていますーー。
「ごめんごめん!! やめてーーー!!」
そう言いながらミヒ様は嬉しそうにはしゃいでいるので、言葉と表情が合っていません。
「お嬢、この毒舌家どうにかならんかね!! ..........あ、美妃って顔だけは2次元並みにいいからツインテール似合うんじゃないかなーって思ってたんだよ」
隊長はそう言ってミヒ様のぐしゃぐしゃの髪をふたつに分けています。
「てか、私はグループ名を決めなきゃいけないと思う」
あ、ちょっぴり雑なツインテヘアになったミヒ様が、まともなことを言いました。
「そう!! あたしもそれ考えてて寝られなかったんだよ!」
「そのとおりですわ、そろそろ決めなくてはいけませんわよね。わたくしたちを表す名前ですから、大切すぎてなかなか決めきれず..........」
「ハイハーイ! あたしはカワイイ系よりカッコいい名前がいいと思う!!」
「アラサーにはカワイイ系キツイものがあるからね。つか、腹の上からどいて!」
「..........美妃様、あんたにもアラサーになるときが必ず来る」
隊長は起きあがったミヒ様の肩に腕を回し、しみじみとそう言っています。
わたくしには、ひとつ案がありました。わたくしは、〝学校〟というものにとてつもなく憧れがあるのです。
「わたくしたちのアイドル活動って、放課後の部活動やクラブ活動に似ていませんか? もしも今、わたくしたちが高校に通っているのなら」
わたくしは未就学で、ミヒ様は不登校で、隊長はとっくに卒業してしまいましたが。
「確かに、あたしたちがもし同級生だったらね。みんなでワイワイやってる感じが学生に戻ったみたい」
隊長がそう言うと、ミヒ様が同意しました。
「私も、ずっと帰宅部だったからそういうのに憧れみたいなのはあるよ。じゃあ、放課後のアイドル活動っていう売りでいく? 全員違うけど.....。もうそのままでいいじゃん、名前〝AFTERSCHOOL〟で良くない?」
「美妃、さすが発音が違うね〜。それ、放課後って意味でしょ? いいんじゃん?」
隊長がミヒ様に賛成しました。
ロシア系アメリカ人と日本人のハーフであるミヒ様は英語がペラペラだそうです。あふたーすくーるだなんて、響きがカッコいいです!
「外国語だと、なんか一気にイケてる感じがするのですね!」
「それでお嬢、あんたがこのAFTERSCHOOLのリーダーだよ」
隊長がそう言ったので、わたくしは面食らいました。
「えっ、リーダーはてっきり隊長かと..........」
「あたしはお嬢にアイドルやろうって誘われたからここにいるし、これからもお嬢についていくよ」
隊長はそう言うと上手にウインクを飛ばしました。
するとミヒ様が口を開きました。
「私も、リーダーは沙羅がいいと思う。私たちのためにキャラやら役割分担やらみんな決めてくれるし。..........私があのレイプ男をうっかり許しそうになってたとき、沙羅はあのダサすぎるキャッチフレーズで私に〝自分らしさ〟を思い出させてくれたの」
氷の女王はそう言って恥ずかしげに頬を赤らめています。
「でも沙羅にはキャッチフレーズなんか考えてやらない。そのまんまでインパクトがエグいから」
「お褒めの言葉を頂けて嬉しいですわ」
「いや、褒めてないよ」
わたくしは嬉しくなって口角を上げました。
「あんたら若者同士なかよしみたいだから、絡みで売り出すよ! 名付けて、〝サラミ〟カップル!!」
隊長が謎の発言をし、息巻いていました。