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氷の女王を勧誘しますわ

わたくしにとって、歌うということは自然なことです。そして何にも勝る歓びです。故郷のボロ小屋でもわらべ唄を婆さまに教わってよく唄っていましたし、東京に出てきたらこの世には膨大な数の音楽が存在することを知り、歓びに震えているところです。とりわけお気に入りの曲を覚えて、歌う幸せを再発見しています。


わたくしは今、とあるボーカルスクールで他の数人の生徒と共に、絢香さんの『三日月』を練習しています。


サビの〝そうのーもあくらーーーーーい〟の高音のところで裏声になるのが、とても気持ちいいです。


ああ、音楽って、何て素晴らしいんでしょう!


「ねえ、あんたちょっと」


そうして皆で歌っているとき、となりの女生徒に声をかけられました。彼女はこのボーカルスクールの生徒のなかで群を抜いて歌唱力があるとして評判の女子高生、坂巻美妃さんです。かく言うわたくしも、彼女の歌のファンです。


「はい、何ですか?」


そう聞いたか聞かないかのうちに、美妃さんの口からスラスラと流れるように怒涛の如く言葉が出てきました。


「あ・ん・た・さ! ハイパー音痴のくせしてそんな自信満々に大声で唸って、うるさすぎるんですけど。うるさすぎて鼓膜破れそうだし私の音程まで狂うんですけど。ってかあんたのって歌じゃなくて、音程が一定で変わらなすぎて、お経って感じ? そんな大声で念仏唱えるならここじゃなくて寺に行きな!!」


わたくしは言葉(※悪口)の洪水に、固まってしまいました。


そして五秒くらい経過したあと、わたくしは口を開きました。


「..........今、わたくしのこと〝音痴〟とおっしゃいましたか?」

「五秒も使ってそれ? .........そうだよ、そう言ったよ」











「ッえェーーーーーーーーーーーーー!!」

「どうしましたか沙羅さん?!」


驚愕のあまり絶叫したのは、これで人生二度目です。









「沙羅さん、沙羅さん?」


気付くと、先生に肩を叩かれていました。


「ハッ! 先生」

「沙羅さん、レッスンは終わったのよ?」


わたくしの周りはすでに、楽譜を持ってレッスンルームを出ていこうとしている生徒ばかりです。




数分間放心していたらしいわたくしは我に帰り、先生の腕に縋りました。


「先生! わたくしって..........音痴、なのですか?」

「あぁ..........、それは、その」


先生は最初困惑したような表情を浮かべましたが、わたくしの肩に手を置いて言いました。


「そうね、先生のボーカルメソッドに従って練習を積めばちゃんと上達するはずよ」


わたくしはそのとき、諭すようにそう言う先生の背後に、この教室を出ていこうとする彼女を認めました。


「先生..........わたくしも練習すれば坂巻美妃さんのように歌が上手くなれますか?」

「美妃さん? う〜ん..........それは無理」

「きょえ」

「彼女は特別な女の子よ。正直、あれほど感情的でパワフルでソウルフルな声は、天性ね」


ーーわたくしは彼女を、呼び止めなくては。


「美妃さん! お待ちになって!」

「え、何、」


わたくしは帰ろうとしている彼女の前に立ちはだかり、言いました。


「美妃さん! どうか、わたくしと一緒に、アイドルをやってくださいまし!!」

「..........は?」


美妃さんは大きな目を更に見開いています。


「突然のお誘いで申し訳ありませんわ。ですが自分が音痴だと分かった今、わたくしのアイドルグループには、わたくしの代わりになる美妃さんのようなカリスマディーバが何としても必要なのです! ですからわたくしと一緒にアイドルをやりましょう!!」

「え、ちょっと待って、ついてけない」

「ぜひもう一人のメンバーにも会っていただきたいですわ! そうすればグループの雰囲気が分かるでしょう。とても素敵な方ですから、きっと仲良しになりますわ。安心して付いてきてください!」

「え、この勢い意味分かんないんだけど。あんた強引すぎ、人の話聞きなさいよ! ってかまずは私にこの後予定があるとか聞くでしょ普通!」

「予定、あるのですか?」

「なっ、無いけども..........」

「それならレッツゴーです!」


わたくしは何だかんだ言って抵抗はしない美妃さんをひっぱり、意気揚々と新宿のダンススクールを目指しました。







「きみ、芸能界に興味はない?」


それは、新宿駅から付近のダンススクールまで歩いていたときのことでした。やっと待ち望んだ言葉をかけられてしまったのです!


幸運は待っているときには訪れず、不意打ちのように降ってくるものです!!


「あ、僕は◯◯芸能プロダクションのスカウトマンなんだけど..........きみ、女優とかタレントになる気は無いかな?」

「女優とかタレントに興味は無いですが、アイドルならば是非やらせていただきますわ?」

「いや、お友だちの方じゃなくて..........()()だよ」


スカウトマンはわたくしを押しのけ、美妃さんに詰め寄りました。


思わず声が漏れます。


「エッ...............」

「きみハーフなの? きみみたいな美少女はなかなかいないよ! ウチの事務所ならすぐデビューできるけど、どうかな?」


わたくしはショックのあまり何が起こっているか把握しきれていませんが、とりあえず美妃さんの顔をあんぐり口を開けて見ていました。


男性に見つめられている美妃さんは、開口一番。


「うざっ!! 勝手に話しかけてくるのやめてもらえませんか? 私、あなたに私に話しかける許可出しましたか? 出してませんよね? 私、見知らぬ人に話しかけられても聞く耳はありませんから」


そう吐き捨て、スカウトマンさんとわたくしを放置して颯爽と歩き去る美妃さんーー。わたくしは急いで追いかけます。


彼女はまさに、氷の女王です。これ、美妃さんのキャッチフレーズにしてもいいですか?









「きみ、カワイイね! 俺らとあそばない?」


もう勘違いはいたしません。新宿のダンススクールまでの短い道中に、これで一体何度目ですか? 美妃さんに対する殿方のお誘いは! 若者から中年からスカウトマンまでとは、美妃さんの美しさと可憐さは疑う余地の無いようです。


美妃さんはお誘いを断るのにも疲れたのでしょう、殿方を無視して歩き去ろうとしています。


「ギャハハ、シカトされてんじゃん、おま、え..........?」


そのとき後から来た殿方は、美妃さんを見ると動きを止めました。そして、呟きました。


「さ、坂巻..........」

「...............」


美妃さんはその殿方を見て驚いたような顔をしましたがそれは一瞬のことで、すぐ険しい顔に変わりました。


「何だよ、知ってる女か?」

「ああ。坂巻..........俺ずっと、お前に謝りたかった。あれから全然学校来なくなったから、言えなかったけど..........あのときは悪かった、坂巻。許してくれとは言わない..........」


美妃さんは構わず歩き去ろうとしていましたが、殿方に腕を掴まれると、言いました。


「..........ハッ、許せるわけないでしょ? あんな、暴力..........レイプなんて!!」

「おい、そんな大声で言うな」

「ってことはやっと認めるんだ。無理矢理だったって」

「お前に怖い思いをさせたことは認める。悪かったから..........学校は、来いよ」


殿方がそう言うと、美妃さんは顔を伏せました。その横顔に、翳りがーー。


「別にそれが原因で不登校になったわけじゃないし? それに別に、怖いわけじゃないし..........人が..........。噂が立ったっていっても、友だちなんて元からいなかったし..........だから、もう謝る必要はない」

「坂巻..........」


殿方は、美妃さんの小さな手を自分の大きな手で包みこみました。


れいぷ?とやらが何かは分かりませんが、美妃さんが学校に行けなくなるような何かがあったことは分かります。


そのとき、美妃さんはわたくしを見ました。


「ごめん。私、アイドルはできない。そういうのキャラ的に向いてないんだよね」


向いてない、なんて。アイドルにちょっとでも興味があるから、何だかんだ言ってもわたくしに付いてきてくださったのではないのですか?


それに美妃さん、美妃さんが〝許せるわけない〟と言い切るような行為をした殿方なんて即刻却下です。そんな男よりも、どうかわたくしを選んで。


「アイドルが向いてるかどうかは、実際に挑戦してみないと分かりませんわ?」

「でも..........」

「それにキャラなんて、アイドルにとっては作るものです。バカ売れして国民的グループになるために、わたくしはリーダーとして、すでに美妃さんにピッタリのキャラやキャッチフレーズだって決めているのです。ずばり、誰にも媚びないへつらわない、超絶クールな女王様、アイスクイーン・ミヒ様です!!」

「...................ハ?」

「だからどうか、志保先生に会ってください! ダンススクールはすぐそこですわ!!」

「おい!! 坂巻待って..........!」


わたくしはミヒ様の手を強引に引いて歩きます。わたくしが力業で連れ去るかたちになってしまいましたが、ミヒ様が殿方のほうを振り返ることは、どうしてか一度もありませんでした。









わたくしはミヒ様をダンススクールに引きずりこむことに、成功しました!


「この怪力、あんた男? ってかそれ以上だからハルク?..........ただのポチャ体型のくせに何で?」

「あれ、お嬢? 今日レッスン日じゃないよね?」

「志保先生! 今日はわたくしたちの仲間になってくれそうな人を連れて来ました!」

「いや、違っ..........て、えっ? ってことは、このオバサンがあんたのアイドルのメンバー?笑」

「オバサン?! ちょっと何、この子超失礼!!」


あら? 和やかに挨拶してもらうつもりでしたのにーー。


「たしかにちょっと失礼だったかもしんないけど、でもホントのことでしょ? アハッ、ウケる、このオバサンがフリフリ衣装なんか着れるの?」

「あんた顔は可愛いみたいだけど中身腐りきってるよ!! 初対面の人間に対して失礼すぎ!!」

「だってあんたが笑わせるから..........」


いや、でもほら、喧嘩するほど仲が良いと言うじゃないですか?


「お嬢!! こんな性格ねじ曲がってる子、メンバーだなんて認めないよ! 絶対グループには入れてやらない!!」

「性格悪いのは認めるけど、オバサンから言われるとムカつく!! 絶対入ってやる!!」


ーーえ? 今、入るって言いましたーー?


「あんたなんかと一緒に活動できるわけないでしょ? 絶対認めないから!!」

「嫌だね〜! 絶対入るから!! ね、沙羅?」


わたくし、そのときはじめてミヒ様に名前を呼ばれました。なんだか嬉しいです。


それはそうと、どうしましょう、2人の間で挟まれてしまいましたわーー。


志保先生は、ミヒ様を入れたくないーー。ですが最初は犬猿の仲でも、一緒に汗水流しているうちに、それまでの関係が嘘のように逆に誰よりも仲良しになることもあると思いますの。


それに何より、わたくしはミヒ様の唯一無二の声と美貌が、超絶欲しい!!


「わたくしはもちろん歓迎しますわ」

「お嬢!!」

「ヤッターーー!!」


ミヒ様が歓喜の声をあげたそのとき、誰かのケータイの着信音が鳴りました。


「あ、私だ」


電話に出たのはミヒ様です。


「はい、もしもし..........え? 私が..........受かった? じゃあ..........ソロデビュー..........はい、ありがとうございます。では失礼します」


ミヒ様は、たしかに電話口でそう言っていました。ソロデビューとはーー。


「ど、どういうことですか..........?」

「..........ごめん、沙羅、オバサン。実は私、歌手デビューのオーディション受けて結果待ちだったんだけど、たったいま合格通知が来た」

「え..........」


するとミヒ様は何か考えているように黙りこみましたが、すぐに口を開きました。


「私、歌手になることが夢だったから、やっぱり..........一緒にアイドルはできない。ごめん」

「ハッ。そりゃこっちとしてもハッピーだよ」


志保先生が腕を組んでそう言い捨てました。わたくしは正直、ショックですーー。


「ミヒ様..........」

「..........アイドル、絶対成功してね。アイドルなんて興味無かったけど、誰かから何かを一緒にやっていこうって誘われたことが無かったからめちゃくちゃ嬉しくて、付いてきちゃったの。あんたに音痴とかひどいこと言ったのに、まるで友だちみたいに話しかけてくれて嬉しかった。..........正直、人って簡単に裏切るから信じられないし、人と関わっていくのは怖いけど..........あんたは何か、他の人と違った」


ああ、誰かにそんなことを言われたのは生まれて初めてです。


「まるで友だちみたいに、とおっしゃいましたが、わたくしはミヒ様のこと友だちだと思っていますわ。..........可能なら、共に戦っていく仲間にもなってほしかった」


そう言うとミヒ様は俯きましたが、すぐに前を向いて言いました。


「私は日本一の歌手、あんたたちは日本一のアイドルになれるようにお互い頑張ろう。あと失礼なこと言ってごめんなさい、志保さん。..........それじゃあ、さよなら」









カリスマディーバを仲間にできなかったのは非常に口惜しいですが、落ちこんでばかりいられません!


わたくしは今日も、ボーカルスクールで元気に歌を歌っています。


「だ・か・ら!! ハイパー音痴だって言ったのに何でまた大声で歌えるワケ?! あんたの場合歌じゃなくてゾンビの唸りだけど!! こっちの音程まで狂うっつの!」

「美妃さん、沙羅さん、どこへ行くの?!」


わたくしはミヒ様に教室の外へ拉致されてしまいました。


「自分が音痴だって分かったんでしょ? なら声量落とすとか、ちょっと歌うの苦手になるとか、あるもんだと思うけど..........」


教室の廊下でミヒ様からストレートにそう言われてしまいました。でも、わたくしはーー。


「わたくしは、音楽を愛しているのです。歌うことを愛しているのです。音痴だと判明したって、歌うことが大好きな気持ちは絶対に無くなりません。だってツラいときは、いつも音楽に救われてきましたから。歌うことはわたくしにとって、不安を吹き飛ばして、いつのまにか前向きにさせてくれる、幸せそのものです。だから音痴だと言われたって、わたくしは歌うことを絶対に、やめません!!」


そう言い切ると、ミヒ様は言いました。


「やっと演説終わった? つか力説しすぎ」

「..........すみません」


一応謝るとミヒ様は、目を伏せました。


「..........私の口って、息するみたいに簡単に毒舌が出てきちゃうんだ。悪気は無いんだけど..........、だから、ご..........ご、ごめん」

「ミヒ様が悪気は無いと言うなら、信じます」


そう言うと、ミヒ様は再びわたくしを見ました。


「だ、だから私があんたに言いたいのは! 私も、あんたと同じってこと! あんたと同じで、私も音楽に救われてきた。私にはブルースだけが友だちだし、私には歌しか、無いの。あんたもそんなに、歌うのが好きなら..........」


ミヒ様はまるで緊張しているかのように視線をさまよわせ、ぷっくりとした桃色の唇の先をアヒルのようにとんがらせています。


「..........もし嫌じゃなかったら、あんたの歌が上手くなるように、私が付きっきりでみっちりレッスンしてあげても、いいよ? その為には、私もあんたの仲間になったほうが特訓の時間が確保しやすくて都合良いのかもしれないなー?って、思ったり思わなかったりなんかしちゃったりして..........? じつはいま全然頭回ってないから馬鹿みたいな提案だと思うだろうけど..........私だってちょー忙しいリア充だからまあ別に断られたって全っ然平気だけど..........」

「えっ? でも歌手としてのソロデビューが..........」

「それ、あのあと断ったの」

「へ?」


でも、歌手になることが夢だとーー。


「合格したけど、デビューは二番目の子に譲った。アイドルとしてだって私の歌唱力は生かせるし、それに..........」


ミヒ様はわたくしの顔をチラっと見たかと思うとまたそらし、何やら頬を赤らめて、指先をツンツン、体をくねくねモジモジさせながら口を開きました。


「..........それに、あんたと出会って以来、あんたと一緒にアイドルすることしか、考えられなくなっちゃったの..........。あんたに断られる気は何故か全然しなかったから..........だからじつは最初からそのことを話したくて、あんたを教室から連れ出したの..........」


ーーアイスクイーン改め、ツンデレ女王様ですか?


「あんたのせいで歌手デビューの話断っちゃったんだから、もう責任取ってあんたは私を受け入れるしかないってワケ! だから、私もあんたのアイドルごっこの仲間にしなさいよ!!」


偉そうな言葉とは裏腹に、耳まで真っ赤にして大きな瞳は涙目、小刻みに体を震わせながらこちらを見つめてくるのはチワワではないですかーー?


「ど、どうなのよ、あんたのへんじはっ!」

「..........キャッチフレーズは変えたほうが、いいかもしれませんわね」


わたくしはぽつりとそう溢しました。

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