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たっくんとゆかいななかまたち

たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<7>たっくんと父の日

作者: 杉浦達哉

挿絵(By みてみん)

今日はジェイムスン中佐は朝から食欲がありません。

ケビンに起こされてたっくんがジェイムスン中佐の向かい側のテーブルに着きましたが,そのときケビンがたっくんを起こしに行く前から全く中佐の箸がすすんでいないことに気が付きました。

「あれ,中佐どうしましたか」

「うん…なんか食欲がなくてな」

「ビールの本数を減らした方がいいですよ」

「ん…そうだな」

どうも変です。いつもの元気の塊のようなジェイムスン中佐らしくありません。

中佐は大根のお味噌汁にご飯を入れて猫まんまのようにかきこむと,箸を置きました。

「ごちそうさま」

「父ちゃん,これいらないの」

たっくんが全く手つかずの中佐のハムエッグを差しました。

「ん…ああ」

「じゃ俺がもらうぞ」

とたっくんはハムエッグをすすりました。

「行って来る…」

低い声でジェイムスン中佐は出かけて行きました。

「なんだか今日の中佐変ですね」

他のクルー達も心配しています。

「歯が痛いとかそんなんじゃねぇの」

とたっくんはあまり気にしていません。

実は副司令官のジェイムスン中佐は先週の基地の偵察機がエンジントラブルを起こして民間の空港に緊急着陸したことについて記者会見で説明しなければなりませんでした。

とてもとても気が重いのです。

ホワイト少佐と一緒に会場に向かいます。

「中佐,事故調査の説明についての文章の暗記はできましたか」

実は事故調査の会見の説明スピーチは全てホワイト少佐が考えて原稿を作ってくれて中佐はそれを丸暗記するだけでよかったのです。

「ん…なんとかな。でも質疑応答になったらどうするんだ…」

「とりあえず何を聞かれても現在調査中だと言って下さい」

「…あぁ」

今思えばジェイムスン中佐は奇妙な経歴だったのです。

もともとは叩き上げの一パイロットだった中佐は,第二次湾岸戦争でたっくんのお兄さんに乗り,たった1機で数多くのキラク軍機を撃墜,撃墜王として一躍有名になりました。その功績をたたえられ,中東撤退後はこの国で最も大きいウングレー基地の副司令官に任命されました。

これはとても名誉なことですが,本来パイロットとしての現場の戦闘員としての技術は素晴らしいものの,副司令官としてのデスクワークはからきしだめでほとんどホワイト少佐にやってもらっていますし会見など人前でマイクを持ってしゃべる仕事は大の苦手でした。

しかも今日は事故の説明会見,つまり米つきバッタのように謝罪を強要されたり糾弾されるのです。

本来謝罪というものは地位が高い人が頭を下げてこそ効果があるので,副司令官の中佐がその仕事をしなければいけないのは分かってもそんな仕事が多くて疲れ切っていました。



その頃,たっくんは日曜日なのでA10ちゃんのところへ遊びに行きました。

するとA10ちゃんは可愛い箱を見せてくれました。

「これ,お父さんに父の日のプレゼントなの」

A10ちゃんのお父さんはA1スカイレイダーさんと言って,『ペ』トナム戦争時代に活躍した攻撃機で,現在は退役して年金をもらって生活しています。

「へぇ,今日は父の日なのかぁ。そうだ!俺も父ちゃんに何か父の日のお祝いをしようっと」

たっくんは中佐を思い出してぱっと明るい顔をしました。

お祝いにはプレゼントが必要です。

「プレゼントってなにをあげればいいんだ?」

「私はネクタイを買ったのよ。今度お父さん,退役軍人の懇親会に行くって言ってたからつけていってもらいたいなぁと思って」

「父ちゃんは何をプレゼントすればいいのかな?制服があるからネクタイはいらないだろうし…」

「中佐がもらって喜ぶものをプレゼントすればいいのよ」

たっくんは普段中佐が何を欲しがっているか思い出すことにしました。

そういえばいつも晩御飯のとき缶ビールを飲んでは

「ぷはぁー,生き返るなぁ」

と嬉しそうな顔をしているのを思い出しました。

よし,プレゼントはビールに決まりです。

「俺,プレゼント買ってくるよ!」

とたっくんは基地の外に出かけました。

いつもたっくんはケビンやジェイムスン中佐,あるいは友達と一緒にスーパーやショッピングモールに行くことはありますが,市内の外れに大きな酒屋さんがあることを思い出しました。

巨大な酒屋さんの入口は自動ドアでしたがなぜか開きません。

お店は営業しているようですが自動ドアが壊れているのでしょうか。

「このっ,このっ」

たっくんは何度も自動ドアの前で飛びはねましたが開きません。

すると後ろから人間のお客さんがやってきました。

「どうしたんだい」

「このドアが開かないんだ」

「それはおかしいねぇ」

とお客さんが立つと自動ドアが開きました。

「ドアが開いたよ,私の後ろについて入るといいよ」

とお客さんが言ってくれたのでたっくんもお店の中に入ることができました。

しかしお店の中は巨大すぎてどこにジェイムスン中佐の好きなビールがあるのか分かりません。

するとお店のお姉さんが,

「あら,変わったお客様だわ」

とたっくんに気が付いて声をかけてくれました。

「何かお探しですか」

「父ちゃんの好きな缶ビールを探してるんだ」

とたっくんが伝えると缶ビールの棚まで案内してくれました。

でも種類が多くてビールを飲まないたっくんにはどれがどれだか分かりません。

「その人はどんなビールを飲んでいるか名前は分からない?写真か何かあればいいんだけどねぇ」

とお姉さんが言うとたっくんはスマホの中に何か写真がないか調べました。

「あ,ちょっと待って」

お姉さんはその中の1枚の写真を指差しました。

デモフライトで旅行した時に(たっくんたちはエアショーのデモフライトで各地を旅行することがあります)夜の宴会の中佐の写真を撮ったものがありました。

お膳の前に座っていて片手にビールグラス,片手にマイクを持っています。どうやらカラオケを歌っているようです。

真っ赤な顔だし,浴衣もはだけていてひどい写真です。

中佐のお膳の上には瓶ビールがありましたが

お姉さんがそれのラベルを見てそれと同じビールの缶を持ってきてくれました。

「これじゃないかしら」

「それだ!いつも父ちゃんがのんでるやつだ」

とたっくんはようやく目的の缶ビールが分かりました。お財布に1000円札が入っていたので350mlの6本パックを買うことにしました。

「これはプレゼントなの?」

「そう!プレゼント!父の日だからな」

とたっくんが答えました。

するとお姉さんは缶ビールを黄色いリボンで包んでくれました。

「父の日には黄色いリボンでお祝いするのよ」

と教えてくれました。

たっくんは缶ビールをウェポンベイに入れて基地に戻りました。

ハンガーに帰ってくるとケビンがお昼ごはんの用意をしていました。

「たっくんどっかに遊びに行ってたの」

「うん,ちょっとな」

とたっくんがコソコソしているのでおかしいなと思ったケビンは後を付けました。

たっくんが自分の部屋で缶ビールを出しているのを見て,

「こらっ,ビールなんか飲んじゃ駄目だよ!」

と声をかけました。

「違うよ!これは父の日だから父ちゃんにあげるんだ」

確かに缶ビールには父の日の黄色いリボンが付いています。

それで今日は父の日だったことをケビンも思い出しました。

お昼のミートスパゲティをみんなで食べながらクルーの1人から

「そういえばたっくん,よく父の日なんて知ってたな」

「A10ちゃんが教えてくれたんだよ。父の日はプレゼントをあげてお父さんに感謝するんだって」

「お父さんに感謝かぁ…」

とケビンはオウム返しに言いました。

実はケビンはお父さんと言う言葉にものすごく引っかかることがありました。

ケビンはもともとはこの国の人間ではなく,レバノンで生まれましたが小さい時に,孤児になってこの国に養子として引き取られました。ところが迎えられた家の義両親からひどい虐待を受け,逃げるために一生懸命勉強して空軍の大学に入ったのです。現在は面倒見のよい中佐や仲間達がいますしガールフレンドもいて人生も仕事も楽しく過ごせています。虐待されていたうえにまともにケアをされていなかったので自分の身の回りの事はなんでもやってきたので料理が得意で掃除や洗濯ができるしお金のやりくりが上手なのもそのためです。

「確かに中佐は俺達の父ちゃんのようなもんだ」

とぽつりと金髪のくせ毛のクルーのフィリップが言いました。

すると他のクルーもみんなそうだそうだと言いました。

「いつも俺たちを励ましたりしてくれる」

「過酷な時でも中佐の明るさにいつも元気をもらってるよ」

みんなが口々に言うのを聞いてケビンははっとしました。

そう言えば今日の朝の中佐はとても元気がありませんでした。

いつも明るい中佐があんなに落ち込んでいたのにケビンはビールの飲み過ぎだとひどいことを言ってしまったのでした。

「みんなにとっても父ちゃんが父ちゃんならみんなも父ちゃんに感謝したりお祝いをすればいいじゃないか」

とたっくんは言いました。

するとフィリップが

「それいいな!」

と言って他のクルーも,

「やろう,やろう,みんなでやろう」

と口々に言いました。

「いいですよね,チーフ」

とフィリップに聞かれてケビンは

「そ,そうだな」

とうなずきました。


夕方になってジェイムスン中佐はすっかりしょげかえってボロボロになって帰ってきました。記者会見で一部の左派のメディアからさんざん自分達の基地どころか空軍を批判され,やり玉に挙げられ,それなのに仲間をかばってあげられるような気の利いた言葉が一切出てこなかった自分を申し訳なく思っていました。最後の方で逆切れのような発言もしてしまい,これでは基地やみんなに迷惑がかかってしまいます。

「俺は副司令官に向いていないのかもしれないな。降格願いを申し出た方がいいのかもしれない」

でもそうなればも部下やたっくんとは一緒にいられなくなるかもしれません。

どうやって話を切り出そうかとジェイムスン中佐は思いながらハンガーに戻ってきました。

「ただいま…」

「おかえりなさい!」

昼シフトだったクルー達もなぜかいて,クルー達みんなが中佐を迎えました。

「ん?どうしたんだ…みんな」

みんなニコニコしていてテーブルにはたくさんのごちそうが並んでいます。

「今日は何かの記念日だったか…」

中佐は思いだそうとしますが思考が停止している状態でちょっと何も思い出せません。

いや,よく見てみるとテーブルの上にはお刺身やかつおのたたきに新鮮なお魚たっぷりのちらし寿司,ポテトコロッケ,枝豆,湯豆腐,ヤキトリの砂ずりがあります。

一見脈絡のないメニューですが,まるで居酒屋のメニュー,それもビールに合うものばかりです。

これはもしかして…そう,中佐の好きな物ばかりを集めているのです。

「父ちゃん,いつもありがとうな!」

たっくんが黄色いリボンの缶ビールのプレゼントを渡しました。

「中佐,いつもありがとうございます」

クルー達が中佐に巨大な黄色いバラの花束を渡しました。

中佐はまだ頭がぼーっとしているので何が何だか分かりません。

口をOの形にしたまま押し付けられた花束とプレゼントを持っているだけです。

「父ちゃん,今日は父の日だろ!父の日ってのは父ちゃんに感謝してお祝いする日なんだって」

とたっくんがいいます。

「そうですよ,中佐はみんなの父ちゃんなんです」

とフィリップが言いました。

「お前ら…」

中佐はこの時自分のことを恥ずかしいと思ったのです。自分が謝罪したり記者会見で糾弾されるのがつらくて今の職務から逃げようとしたこともですが,なによりもクルーやたっくん達が自分のことを本当の父親のように思っていて感謝をしてくれているのです。そんなみんなのことを考えるとなんて自分は身勝手だったんだと恥ずかしいのです。

そんなみんなを守るためにも中佐は絶対に副司令官をやめてはいけないのです。そのためには少々糾弾されたり頭を下げることくらいなんてことないのでした。

同時に別居中で遠くに住んでいる一人息子のことも思い出していました。

「さぁさぁ今日はビールを飲んでいいですよ」

とケビンが言ったので中佐はたっくんの隣に座って冷たいビールを飲みました。

「ぷはぁー,やっぱこれだな!」

するとたっくんも冷たいカルピスを飲んで

「ぷはぁー,やっぱこれだな!」

とまねをしました。

「しかしお前,よく一人で酒屋になんか行けたな」

と中佐が言うとたっくんは

「うん!人間だと開けてくれるのに俺だと開けてくれないちょっと変な自動ドアの店だけどお店のお姉ちゃんが親切でさ」

「そのお店のお姉さんと言うのは美人か?」

「変な顔ではなかったよ」

「ふむふむそうか。そこへ買い物に行こうかな」

と中佐は言いました。

次の休日,たっくんと中佐とケビンが再びその酒屋さんにやってきました。

中佐とケビンが立つと自動ドアは簡単に開きました。

「ほらな?おかしいだろ」

たっくんが言うとケビンはしばらく考えていましたが

「ふむふむ。そうか分かったぞ。これは赤外線で感知して開くからステルスのたっくんだと開かないんだ」

と言いました。

「いいかい,自動ドアと言うのは目の前にある物を赤外線で反射断面積を感知して開くんだ。でもたっくんの体の形の赤外線の反射断面積は昆虫程度しかないしレーダーを吸収する塗装を体に塗っているから赤外線が感知しなくてドアが開かないと言うわけ」

「でもいつもみんなでマックスバリュいくときは開くぞ」

「ああ,それは多分君達の仲良しチームの中にA10ちゃんがいるだろう。あの子はステルス機じゃないから普通の塗装だし赤外線の反射断面積はずっと大きいんだ」

「なるほど自動ドアを開けていたのはA10ちゃんだったのか」

そんな話をしている間にジェイムスン中佐は先にお店の奥に入ってしまいました。

「いらっしゃいませ,あら」

とこないだのお姉さんがたっくんに気が付きました。

ジェイムスン中佐はお姉さんの顔を見て,ちょっとニヘラニヘラしました。

「この人があなたのお父さんね」

とお姉さんが言ったのでたっくんは

「そうだよ。俺だけのじゃなくてみんなの父ちゃんだよ」

とたっくんは言いました。

「あのね,このお姉ちゃんが俺が見せたこの写真でビールを探してくれたんだよ」

とたっくんがスマホを出して言いました。

「ほほぉ,そうか」

とジェイムスン中佐は鼻の下を伸ばして言いました。

が,同時にたっくんの差し出したスマホの画面を見てヒェッとなりました。

「お前,この写真を見せたのか」

「だってビールの写真がこれしかないもん」

とたっくんは悪気もなく言いました。

ケビンも画面も見て,

「あーあ。こりゃひどい。やっぱりビールの本数減らしましょう,ね?」

と言われて,

「ああ,そうする…」

と中佐は声が小さくなってがっくりと肩を落としました。

              <終わり>


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