7 ふ、復讐してやる~
前書き
スバルの性格はご覧のとおりです。
召喚された最初の日、僕たちは夢のように豪華な王宮で一泊を過ごしました、まる。
……
……
……
んなことは、全然なかった。
レオンと魔女アィゼルちゃんの2人は、王様のいた城にある部屋の一つに案内されたわけ。でもね、なぜだか僕はその後王様のいたお城の外に出されたわけ。
王宮と言っても、王様のいるお城以外にも、たくさんの建物が建っているわけです。
で、王様のいたお城の前にある広大な庭園を歩きまくり、かなり歩かされまくった挙句、別の建物へ案内されました。
「スバル様はこちらのお部屋をお使いください」
「……あの、この部屋って?」
執事のお爺さんに案内された部屋は狭く、申し訳程度の二段ベットが置かれていた。
「これ、完全に使用人の部屋じゃない!」
「コホン、この建物は王宮の守護を任されている近衛兵の宿舎であり、この部屋は近衛兵たちが寝泊りする部屋なのです」
「……近衛って、こんな貧乏部屋で暮らしてるの?」
僕はジーと執事のお爺さんの目を、訴えるようにして眺める。
ジージージー。
やがて執事のお爺さんは、なぜか気まずそうに僕の顔から視線を逸らしてしまった。
「ここは、その、近衛と言っても、"見習い"が使う部屋です」
「……なんなの。僕レオンと扱いの差って物凄く扱いひどくない。ねえ、ねえっ!」
僕はすがるように執事のお爺さんの前で涙目を浮かべる。
だけど僕のプリティー涙顔を見ないように目を逸らしつつ、執事のお爺さんは言った。
「そ、それでは私は用事がありますので、これで失礼いたします」
そう言って執事のお爺さんは、僕を見習い近衛部屋に残して、逃げるように大股で立ち去ってしまった。
「ハウチー」
僕は地球のノルウェーの画家エドヴァルド・ムンク作"ムンクの叫び"のごとく、頬に両手を当てて雄叫びを上げた。
と言っても僕って愛らしいから、「ホンゲ~」とか「ウボラーッ」なんて、おっさん臭い悲鳴は出てこないよ。
でも王様の前でのことといい、この部屋といい、僕の扱いってひどすぎ。
僕は力なくベットに倒れ込んだ。
――ガンッ
「ちょ、ちょっと待ってよ。このベット固すぎ!シーツが薄汚れてる上に、綿がないじゃん!ていうか、シーツの下は布団がなくて木の板だけだし!」
うつ伏せになってベットに倒れ込んだから、思い切り鼻と額をぶつけてしまった。
どうしてくれるんだよ、僕の可愛い顔が歪んじゃったら大変じゃない!
僕は冗談でなく、本気で涙目になってしまった。鼻がとっても痛いんだもの。
とはいえ、ひどい、ひどすぎる。
いくら見習い近衛の部屋だからって、いくら何でも手を抜きすぎだろう。
「見習い近衛兵たちよ、こんな豚小屋みたいな部屋で寝泊りするくらいなら、今すぐ団結して反乱を起こしちまおうぜ。
我々の待遇を改善しなければ王宮を占拠してやる、と革命の雄たけびを上げるのだー!」
あまりの待遇の悪さに、僕は見習い近衛兵たちに同情的になった。
でも、僕も今日はここで寝ないといけないのかな~。
へ~、そうか~。
ふ~ん、ほ~。
あまりにもひどい待遇に、とりあえず現実逃避。
「妖精さんどうしよう?」
≪いいじゃないですか。硬い床で寝るのには慣れているでしょう≫
「う、うん。そうだね」
あまりの虚しさから、僕は話し相手を妄想の産物である妖精さんに選んだ。なのに妖精さんはにべもない返事だ。
「ま、いいか。前世でも海外でのフィールドワークでは、地面に直接寝たりとかしてたし~」
と言うわけで、難しいことでいちいち悩んだりしない僕は、あっさり結論付けて、全てを自己解決した。
それから1時間たったか、たたなかったかぐらいの時間が過ぎた。
――ガチャリ
いきなり劣悪労働者の寄宿舎を連想させないでもない僕の部屋のドアが開かれた。
「あれ、君だれ?」
ドアの向こうにいたのは、金髪碧眼の少年。歳は15歳……にはまだ足りないな。てことで14歳。
割と小柄で、白皙の肌をしたそこそこの美少年。
僕のプリティーでラブリーな愛らしさには全然及ぶべくもない容姿だが、僕はこの少年を一目見て思わずこう言ってしまった。
「"おのれ金髪の小僧め、姉上のスカートの中にでも隠れておればよいものを"」
「はあっ、いきなり何言ってるんだ。それに僕には姉なんていないぞ!」
「あ、ごめん。ただの"ネタ"だから」
そう、これは銀河系を舞台にしたさる英雄譚に登場する小僧を揶揄するための台詞。といってもここは地球でも、日本でもないから通じるわけないよね。
「"ネタ"って……」
謝る僕に金髪の小僧……おっといけないいけない、金髪少年は胡乱げな視線を向けてくる。
「えーと、僕はシリ……じゃなくて、肥田木昴って言います」
「ヒダキスバル。変な名前だな」
「アハハ、なんだか今日いきなりこの世界に召喚された"異世界人"です」
……と言うことになっています。
王様たちのしている勘違いはそのままに、今日あった勇者召喚と言う出来事を簡単にちらつかせて、自己紹介しておく。
「"異世界人"……ハッ、もしかして。それでは君が……あなたが異世界の勇者様!?」
どうも"勇者召喚"というのは、王宮の中では有名な話だったらしい。ついさっきまで胡乱げな視線で僕を眺めていた金髪少年の態度は一転。青い目を光り輝かせて僕を見てきた。
「し、失礼しました勇者様。僕は王宮近衛兵見習いで、ラインハルト・ミューゼと申します」
"ラインハルト・ミューゼ"だと!
僕はその名前を聞いて思わず吹き出しそうになった。
「"ラ、ラインハルト様、う、宇宙を手にお入れ下さいませ"」
「"ジーク・カイザー"」
なんて思わず叫びたくなってしまう。
≪ご主人様、それ以上は"ネタ"どころか、"著作権"が危機に立たされてしまいます!≫
なんだか、僕の頭の中で妖精さんが警告してきた。
著作権ってなーに?おいしいの?
でもでも、"世界崩壊"級の危機だよね~。
≪この人は、分かっていてわざとふざけてますね≫
エヘッ~。
頭の中で妖精さんが、少しイラッとしたオーラを漂わせているけど、僕はプリティに笑ってやり過ごす。
妖精さんはまだ言いたいことがあるようだけど、僕が妄想の産物といつまでもおしゃべりしていてもしかたない。
「そうなんだ、ラインハルト君って言うんだ、よろしくね~」
「よ、よろしくお願いします。勇者様。……あれ、でもどうして勇者様が僕の部屋なんかに」
そこで疑問を感じたらしいラインハルト君。
僕はとりあえず今日いきなり召喚されてしまった出来事と、それから王様の前でのやり取りなどを簡単に説明した。
すると先ほどまで目を輝かせていたラインハルト君の表情が、明らかに落胆したものに変わる。
「ああ、勇者様の"おまけ"の方でしたか」
「お、"おまけ"っ!?」
"おまけ"って、どういうことかな~?
と、僕は視線だけでラインハルト君にその続きを問いかける。
「もしかして知らないんですか?今日異世界の勇者召喚に成功したのは、王宮の中では既に有名な噂です。が、その……なんというか……勇者様と一緒に、"どうでもいいおまけのガキ"がついてきてしまったとか言われてて……」
「だ、誰が"どうでもいいおまけのガキ"だ!」
思わず叫ぶ僕。
「だから、ただの噂で」
「ク、クソウー。僕がおまけだなんて、ひどいひどすぎる。悔しいから、見返してやるんだからね!」
僕は目の端に玉のような涙を作って、目の前にいるラインハルト君に迫る。
「お、落ち着いて、あくまでも噂ですから」
「ウウー、いいもんだ。そのおまけ扱いした僕がどれだけ恐ろしい存在かこの国の連中に教えてやる。ククク、とりあえずここに50人は下痢にできる薬があるから、まずはこれを王宮の井戸に投げ込んで……」
ブツブツと呟きつつ、暗い情念に囚われた僕はロングコートのポケットの一つに入っている下痢の錠剤を取り出す。
「……なんで下剤なんて持ってるんです?」
「それはもちろん僕が天才薬剤師だからに決まってるじゃないか。あ、ちなみに下剤だけじゃなく、便秘にできる薬もあるよ。これを井戸の中に放り込んでもいいな~。そうすればこの王宮の全員が、1週間ぐらい便秘で苦しむことになっちゃうぞ~。クハハハハ~」
「いやいや、それは犯罪だからダメだって」
「別に死人が出るようなものじゃないからいいじゃん。ケチ」
「いや、ケチって問題では……」
ラインハルト君はそう言って、僕の"王宮の住人全員下痢or便秘計画"を邪魔しようとする。
「それにしても君、レオンのおまけ扱いされてる僕に敬語を崩さないなんて、すごいね~」
「一応、勇者様と関わりがあるなら、敬語で接するべきと思っています」
「ふーん、そうなんだ。そうかそうか~」
とりあえず国王や大臣と違って、この子は僕の扱いが悪いわけじゃない。
「分かった。じゃあ君は、しばらくこの城の中にある井戸水を飲んじゃいけないよ。もし、水を口に含もうものなら……」
「だから、その薬を井戸に投げ込まないように!」
「あっ、ああ。ひどい僕の大切なお薬を取り上げるなんて~」
気が付けば目の前にいるラインハルト君に、薬の錠剤を取られてしまった。
いけない。これでは僕の復讐計画が、実行する前に頓挫してしまうことになる。な、なんとかして取り返さなければ。
「ハッ、ハウウ。じ、実はその薬は、僕の命にかかわる病気の薬なんだ。それがないと、僕は死んじゃうから返して~」
「……下剤と便秘薬でしょう?」
「バ、バカだな~。そんな変な薬を常日頃から持ち歩いているわけないじゃないか~」
僕は自分でも気づくほど、物凄くわざとらしい声をしていた。
「だ、だから返して~」
「ダメです」
「ケチ!」
「王宮で変なことをしようとするあなたがいけないんです」
僕は両手を伸ばしてラインハルト君が持つ錠剤を取り戻そうとする。が、身長差のせいで、ラインハルト君の手から錠剤を取り戻すことが出来ない。
ブーブー。
僕は口を窄めてラインハルト君にただをこねる。
「それとね。"あなた"じゃなくて、僕のことは"スバル"と呼びなさい」
「いいでしょう、スバル君」
「うんうん、よろしい。と言うことで、お互い名前を呼び合うほど友情に厚い友達になったんだ。だから、僕の大切なお薬を返してね~」
「ダメ!」
「チッ」
このガキ、どうして友達である僕のお願いを聞いてくれないだ。
ハッ!
もしかして、僕の"2人は友達のふり作戦"が、実は薬を取り返したいだけの、行き当たりばったりの思い付きだと気づいているのか!
≪……≫
ちょっと妖精さん、痛い子を見るような目をして黙り込まないでよ。しゃべらなくても分かるんだよ。今、僕のことをものすごく可哀想なものを見る目で見てるでしょう。
≪私には目がありませんが?≫
あ、そういえば妄想の産物だから、目なんてついてなかったよね~。そうかそうか~。
≪………≫
……あれ?
なんか今妖精さんに、物凄くバカにされた気がする。
ま、別にどうでもいいや~。
僕は常にポジティブなので、小さなことはきれいさっぱり忘れてしまうことにした。
≪鳥頭の間違いでしょう≫
テヘッ。
すべては僕のプリティースマイルで、何もかも誤魔化してしまえ~。
――グー
それよりも、
「ねえ、ラインハルト君。そんなクソな薬なんてどうでもいいから、お腹すいたよ~」
召喚されてから僕は何一つ口に食べ物を入れて……ごめん、召喚された後も散々間食してたけど、でもまともなご飯は食べてないんだよね。
空腹を訴え始めたお腹をさする僕。
「クソな薬って……まあ、間違ってはないけど」
「その"クソ薬"は友情の記念にあげるね~」
「友情の記念と言いながら、ひどい贈り物ですね」
「それより、御飯~御飯~」
"クソ薬"なんてもはや過去の事。僕はラインハルト君の服を掴んで、とにかくご飯を催促した。
そんな僕のお子様すぎる姿を見たラインハルト君は、頭の足りない人間を見るような、憐憫のこもった視線で僕を見つめた。
しかし、すぐに頭を振った。
「兵舎ではこれから食事なので、よければ案内しますよ」
「ワーイ、ご飯ご飯~」
やったね。これでご飯が食べられる~。
鳥頭な僕の頭は、すでに脳細胞の全てがご飯のことしか考えてなかった。
――え、「王宮の奴らに復讐と言う名の地味な嫌がらせはしないのか」だって?
なにそれ?僕がそんな面倒臭いことするわけないじゃん~。
後書き
ラインハルト君の名前は、田中芳樹氏作『銀河英雄伝説』からオマージュ……まんまパクリレベルですな~。
もっとも名前を似せただけで、後は何も関係ないですが。