77 エセ勇者対魔王
「勇者よ、かかってくるがいい」
辺境の地とはいえ、仮にも魔王を名乗る鬼王は、その巨体に闘気をみなぎらせた。
対して挑発を受けるレオンは、
「なんで俺が?」
と、鬼王でなく僕に向かって問いかけてくる。
「えっ、だってクライネル王国の国王とそういう約束したでしょ。『勇者様、どうか魔王を退治してください~』って。それでお前、引き受けたじゃん」
「あれはお前が適当に返事したから、俺も答えただけだぞ」
「ほら、やっぱり約束してる。てことで行けよ、"勇者様"!」
「お前も勇者枠に入ってるだろ!」
お待ちくださいね、鬼王さんや。
少々こちらの話が立て込んでるので、しばらく待っててくださいな~。
「知らんな。勇者様御一行と僕は全く関係ない赤の他人だよ。だいたいパーティー内でひどい扱いされまくってたのに、お前僕の事完全放置してただろ。あまつさえ、子作りに励んでたくせして!」
「ただの逆恨みか!」
「てことで、さっさと行けよ!」
僕は問答無用で次元結界の壁を作り、それでレオンの背中をドンと押してやる。
「グッ」とレオンが呻くけど、貴様ごときが抵抗したところで我が次元結界を破ることなぞできぬぞ。
「フハハハハ。勇者よ、貴様の戦いぶりはこの魔皇帝シリウス・アークトゥルスがとくと見届けてやる。……あ、ちなみに僕は鬼王が勝つ方に掛けるね~」
これから英雄譚にふさわしい魔王と勇者様の決闘だね。
ついでに連れてきた悪魔族が、どっちが勝つのかの掛けを始めたので、僕も早速参加だ。
「うおおおっ、殺しあえ!」
「フハハハ、血だ血を見せろー!」
「泣け、叫べ、喚け~」
悪魔どもは、決闘を前に興奮して雄たけびを上げる。
「よっしゃー、このままいけ好かない女垂らしをやっちまえ、鬼王ー!」
僕も雄たけびを上げて、決闘の応援だ。
――えっ、「応援する方がおかしいだろう」って?
何を言ってるのだね君たち。
今までアイゼルちゃんと王女3姉妹を相手に、散々ふしだらな不純異性行為を欲しいままにしてきた犯罪者がいるのだよ。そんな奴は魔王にやられちまって当然だろう。
義兄弟とか、身内なんてのは、もやは関係ないね!
≪まったく、もてない男の僻みみたいなことしてるんじゃありません≫
(やだっ!)
スピカが言っても、もう僕は止まらないからね~。
「ス、スバル。おまえは本当に魔王……いや、魔皇帝だ」
ありゃ、ラインハルト君が何か言ってるね~。
「うん、そうだよ。でもさ、ちゃんとラインハルト君はこの戦いを見て行ってよね。ここでは君がクライネル王国の代表なんだから」
そんな僕たちのやり取りがありつつも、既にレオンと鬼王の2人の決戦は始まっている。
「このクソガキ……ガッ!」
まず先手を取ったのは鬼王。
嫌がるレオンを、僕が力技で鬼王の前に押し出したものだから、何の構えも取ってなかったレオンの体を、鬼王で踏みつけちゃった。
「小さきものよ、このまま死ぬがいい」
そりゃあねえ。体長5メートルの鬼王と、長身とはいえ2メートルに届かないレオン。
あっさりレオンが踏みつけられてお終い。
鬼王も勝ち誇ってるじゃないですか~。
「南無南無。義弟よ、お前のことは3時のおやつの時間までは忘れない」
レオンよりも甘い物の方が、僕の中では順位的に上かな~。
「この程度で死ぬか!」
だけど、鬼王に踏まれたレオンが叫ぶね。
ほらさ、あいつって普段の見た目は人間だけど、実際には魔族だもんね~。
いつもの馬鹿力を発揮して、踏みつける鬼王の足を力づくで持ち上げて、立ち上がっちゃった。
「な、なんだこの力は……」
鬼王だって驚いてるよ。
「生憎、この程度でどうにかなるほど柔な体じゃないんでな」
うんうん、格好けつのレオン君ですね。
「だよね~。レオンってお姉さんたちにボコられてばっかりだから、頑丈だよねー」
「ガッ」
あ、今度はレオンの奴が鬼王に殴られて吹っ飛んだぞー。そのまま謁見の間の壁を粉砕して、向こうにまでふっ飛ばされたや~。
ウフフ~、場外からの精神攻撃は基本中の基本だよね。
レオンにはお姉さんたちがいるんだけど、あそこの長女と次女はおっかないから。レオンは子供の頃から姉2人にボコられ続けていて、姉たちに本能的なトラウマを植え付けられているのさ。
だからその名を聞いただけで、思わず全身が震えるほど。
「クハハハハ~。どうだレオン、悪逆非道な貴様に引導を渡してくれよう」
「ス、スバル、お前どっちの味方なんだよー」
「もちろん、鬼王の方だって~」
ラインハルト君が絶叫してるけど、なぜそんな声を上げるのかな~?
「全く、この程度の相手に防戦一方とは嘆かわしい限りです」
ディアブロも、レオンのダメダメ加減に呆れてるじゃないですか。
そのあと、突き破られた壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちたね。
そのまましばし沈黙が辺りを支配する。
「レ、レオン様?」
「この程度で死なないんだけどね~」
ラインハルト君はレオンの事を心配してるようだけど、僕は全く気にしない。
レオンを下敷きにした瓦礫が、再びガラガラと音を立てる。ただし今度は崩れるのでなく、持ち上げられた。
そして瓦礫を持ち上げるのは、もちろん下敷きにされていたレオン。
ただしその全身は、人の姿から黒鉄の肌をした金剛魔族の姿となっていた。もともと筋肉質だった体は、この姿になることでさらに膨れ上がった肉体となり、身体能力がけた違いに跳ね上がる。
「やっぱり、魔族だったのか……」
「そうだよ、レオンは金剛魔族」
ラインハルト君は前々から疑念を持っていたようなので、僕がちゃんと説明しておいた。
もはや隠す必要がないことだからね。
「それにしても、クライネル王国の人たちは何も知らなかったとはいえ、魔皇帝とその側近を召喚して勇者様なんて呼んでたんだから、これほどひどい話もないよね~」
「……」
ラインハルト君にはいろいろショックかもしれないけど、僕はそんなの全然気にならないよ。
そもそもクライネル王国の連中は、RPGで例えたら魔王を倒すために、ラスボスを倒した後にしか出てこない、クリア後のおまけダンジョンの最奥にいるボスを召喚したようなものだからね。
もちろん、そのダンジョンの最終ボスが僕だけど、僕以外にもディアブロとかレオンだって、ダンジョンの要所要所にいるボスだね。
……あ、ごめん。ディアブロは悪魔界を支配している大魔王だけど、レオンは僕の側近ではあっても魔王じゃないから、おまけダンジョンを歩いてるとエンカウントで出てくる、ちょっと強めのモンスターってところかな?
もちろんエンカウントと言っても、その強さはラスボスより強いはず。とはいっても、レオンより強いのが、今この場所にはそれなりにいるからね~。
チラチラと僕が周りを見れば、引き連れてきた悪魔の中に、レオンより強い"奴ら"がいるんだもの~。
まあ、そんなことはさておきまして、
「全身が黒い鋼の肉体。貴様、金剛魔族か」
「無駄口を叩くつもりはない」
レオンの正体に警戒する鬼王。対してレオンは前屈みに姿勢を取ると、次の瞬間一発の砲弾と化したかのような速度で、鬼王の巨大な体へ跳んだ。
跳躍した一撃で、鬼王の腹を殴る。
「グハアッ」
「こら鬼王、お前は魔王か!その程度でよろけてどうする!」
ふがいない鬼王に、僕、怒りたくなるよ。
(い、いっそ鬼王にこっそり強化魔法をかけて……)
≪ご主人様やめてください!≫
(で、でも、このままだと鬼王がピンチだよ~)
あ、いいこと思いついた~。
「ああ、アイゼルちゃんがこんなところに!」
「グベシッ」
あかんわ!
同じ精神攻撃は2度通じなかった。
レオンは動揺するどころか、僕の言葉完全無視で、鬼王の顎にアッパーをぶち込み、さらに脳天へと踵落としを食らわせる。
クライネル王国でしていたぬるい戦いで、レオンはいつも徒手空拳だけで戦ってたけど、金剛魔族は己の肉体こそが最強の武器って考えてる種族なので、武器を持って戦ったりしないんだよね~。
まあ、自分の肉体だけだと遠距離攻撃できないから、たまに岩とか放り投げたりはするけど。
そうしている間に、鬼王の体が思いきりグラつく。
「グウッ、この程度で!」
おっ、鬼王が空中にいるレオンの足を掴んだ。そのままレオンの体を力づくでぶん投げる。
また壁がぶち破れて、レオンの体がふっ飛ばされる。
今度は鬼王も力の加減などなしで、レオンは城の壁を4、5枚ぶち破って飛んでいったよ。
「今だ。貴様の真の力を放って、一気に勝負を決めるんだ!」
「スバル、お前さっきから鬼王の応援しかしてないぞ!」
「だから、僕は鬼王の味方なんだよ!」
レオンが魔族だと知ったことが衝撃だろうに、なぜラインハルト君はそれでもレオンの方に味方しようとするのだね?
僕には、ラインハルト君が理解できないよ。
≪大体の人が、ご主人様の方を理解できないと思いますが?≫
(何言ってるの?もてない男のもてる男への僻みと考えれば、簡単に理解できることじゃん!いや、僕は前世でも若いころはもてたけどさ~)
「グオオオオオッ、我が真なる力を今こそ示してくれよう」
そうしている間に鬼王が溜めの動作に入る。
雄たけびをあげ、全身の筋肉が盛り上がり、肌に血管が大きく浮き上がる。5メートルの体がさらに一回り巨大化し、その体からは黒いオーラが迸り始める。
魔王のみが持つとされる覇気、その名は"魔王覇気"。
この覇気の前ではいかなる攻撃も通じることがない。そして"魔王覇気"は防御だけでなく、触れるものすべてに呪いを施す。
その呪いの名は、"悪魔の傷跡"。
呪いに侵された肉体には黒い痣ができ、その痣は時と共に肉体を侵食していき、宿主を徐々に死へと引きずり込む死の呪いとなる。
また呪いに侵された肉体が傷つけば、その傷は2度と回復できなくなってしまう。
この"魔王覇気"の力を持つが故に、魔王は魔族の中でも傑出した強さを持つ存在となるのだ。
まあ、僕はそんなもの纏ってる相手でも、問答無用で一撃で倒せるけど。
ただ、ここで予想外だったのが……
鬼王が纏った覇気は、"魔王覇気"ではなく、"暗黒闘気"だったということだ。
暗黒闘気は魔王覇気のひとつ下で、こっちにも呪いの力とかあるけど、ぶっちゃけ魔王覇気と比べてしまえば弱い。
格段に弱い!
僕の精密解析鑑定魔法の結果では、魔王が纏う暗黒闘気はLv4と出た。
でね、壁の向こうまで飛ばされていたレオンも戻ってきたのだけど、その体から黒い闘気を漂わせていたのよ。
こちらは暗黒闘気Lv6。
「き、貴様も"魔王覇気"を扱えるのか!」
「魔王覇気?違うな、この程度の闘気を魔王覇気と勘違いできるとは、おめでたい奴だな」
驚く鬼王に、呆れるレオン。
そして僕は目の前を手で塞いだ。
「……駄目だこりゃ」
次の瞬間、レオンと鬼王の2人が接近し、互いに互いの闘気をぶつけて殴り合いの戦闘を始めた。
"剣と魔法の世界"ならぬ、"拳と魔法の世界"だね~。
そして殴り合うたびに互いの闘気が激突しあう。最初は双方互角に見えたけど、すぐさま闘気の強さが物を言い始める。
より強いレオンの闘気が、鬼王の闘気を破り始める。破られた闘気の向こうにある鬼王の肉体が、レオンの闘気に侵されて呪いに侵食されていく。
攻撃を受けるたびに鬼王の肉体が、呪いの黒い痣を作っていく。
まあ、鬼王の方も闘気の強さで負けているといっても、完全なワンサイドゲームにはなっていない。レオンの闘気の一部を蹴散らし、レオンの体へ呪いのこもった攻撃を時折届かせている。
でもさ、どう見ても鬼王の方が不利。
体こそでかいものの、レオンの方が物理攻撃力、物理防御力で鬼王を上回っている。さらに速さに関してもレオンの方に一日の長がある。
戦闘が長引くにつれ、ダメージを受けてるレオンが腕から黒い血を流しだしたけど、その頃には鬼王の足はガクガクと震えて、立っていられないほど弱っていた。
あ、ちなみに僕は手で目を塞いでるけど、感知魔法使えるから、目の前で起きてることは全部手に取るように見えてるよ。
戦いの光景を見届けるのに、何も問題ないね~。
むしろ問題なのは、
「なんということだ。魔王がエセ勇者に負けてしまうとは情けない」
レオンの一撃を鳩尾に受け、フラフラになっていた鬼王が、そのまま後ろに向けてぶっ倒れてしまった。
「よ、よかった」
ラインハルト君はレオンが勝ったことに安堵してるね。
「チッ」
「スバル……性格悪すぎ」
「余はシリウス・アークトゥルスであるから、当然なのであ~る」
とりあえず、僕の名前さえ出しておけばそれでオーケーだ。
「ゼーゼー、ハーハー」
とはいえ鬼王を倒したレオンにしても、体のあちこちに呪いの痣が出来上がっていて、腕からは血を流している。
まあ、鬼王もそれなりに善戦したということだろう。
「あーあ、レオン。それの首ひねっちゃっていいから」
もはや勝負は決まってしまった。
僕は完全にノックアウトされてしまった鬼王のことを、いつぞやの石化魔銃を相手にした時のように、殺すように言った。
僕の言葉を受けて、レオンは鬼王の首の骨をへし折り、さらに金剛魔族の強力無比な怪力をもって、首を体から引きちぎった。
「さて、これで魔王は勇者レオン様によって倒されました。めでたしめでたし」
物語で言えば魔王が勇者に倒されれば、ハッピーエンド。
まあ、この戦いは勇者の方も魔族だけど、それくらい大した問題にならないよね。
とはいえ、ハッピーエンドのはずなのに、僕の声は物凄く残念な響きをしてるよ。
「ああ、せっかく鬼王に掛けてたのに……」
「聞こえてるぞ!」
鬼王との戦いでかなり消耗しているレオンだけど、僕の方を睨んできたよ。
嫌だなー。僕みたいにプリティーな子を睨むなんて、怖いじゃないー。
後書き
書いてる作者もビックリなのですが、なぜかシリウスが鬼王の方を応援していました。
そんな予定も計画もなかったのに……この子って本当に怖いわ~。




