76 鬼王城謁見の間にて
漆黒の鬼王城の城内。
その中は魔王の居城にしては小ぶりで、辺境の領主の館よりはマシな程度の大きさしかしかない。
一応、黒鎧を着た近衛の魔族どもが城内を警戒しているが、そんな連中はどうでもいい。
城に付随している、ただの飾りでしかないのだから。
今、我は義兄弟である金剛魔族のレオン、そして大悪魔ディアブロを従えている。
その背後には悪魔700体が隊列を組むが、そのいずれもが魔王に勝るとも劣らぬ実力を持っている。
まさに"魔皇帝"たる我に相応しい陣容と言えよう。
おまけで今回は人間のラインハルトもいるが、これは我が友であり、これからの出来事を見届ける生き証人となってもらわねばならぬ。
そして我ら一行は、既に鬼王城の謁見の間へ到着している。
「フハハハハハ、我こそが魔皇帝シリウス・アークトゥルスである!」
せっかくなので今回我は魔皇帝としての威厳を示すべく、人間の子供という偽りの姿を捨て去り、本来の魔皇帝としての姿へ戻っている。
今の我の姿は2メートルを超える背丈。顔は青白い色をしている。頭からは黒い2本の角が天へと延び、口からは2本の獣の牙が鋭く伸びる。
体全体から暗黒の覇気が迸り、見るものすべてが心臓を鷲頭髪にされる恐怖を覚えるだろう。
現に、我の前にいる魔王を僭称する鬼王、そしてその傍に控える臣下たちにしても同じ。
鬼王自体は全長5メートルを超える巨体を誇る鬼であり、頭に2本の角を生やしている。その取り巻きどもにしても、人間であれば畏怖すべき凶相の鬼どもである。
だが、それは所詮見掛け倒しのハリボテでしかない。
弱小魔族の長とその取り巻きなど、魔皇帝たる我の前では、路傍の小石にすらならない。
愚かなる鬼王は我の前で、能面のごとく感情を失った表情をしている。もはや恐怖でこの場より逃げ出したいだろうが、それでも魔王を名乗るからには虚勢だけは張っているのだろう。
あるいは、既に恐怖が頂点に達して、感情が欠落してしまったか?
なんと愚かなことか。
そして魔皇帝たる我は、あと2回の変身を残しているのだ。
クワハハハハッ……
「ヘクチッ」
――あ、可愛いクシャミがでちっゃたよ。
ちょっとちょっと、僕の"真の姿モード"でそんなクシャミしちゃ、全てが台無しじゃない!
っていうか、クシャミをした直後、集中力が乱れちゃったよ。
そのせいでドロンと言う音がして、辺り一帯に煙が濛々と立ち込めたよ。まるで狐や狸の幻術が溶ける時みたいな感じだね。
で、つい先ほどまで威圧感満載だった僕だけど、"変化の魔法"が溶けてしまった。
そしたらついさっきまでの"魔皇帝様"の姿はどこ吹く風と消えてしまい、いつものプリティー少年の姿に戻ってしまう。
本来の姿?
あと2回残ってる変身?
ハテ、何のことでしょう?
僕みたいなただのプリティー少年に、そんなものあるわけないじゃん!
≪ただの子供が、"変化の魔法"を使えるともおまえませんが?≫
と、とりあえず、僕がせっかく相手に舐められないように"変化の魔法"で変身していたというのに、クシャミをしたらそれが全部解けちゃった。
強面魔皇帝様の虚像が、あっさり崩壊しちゃったね。
「テ、テヘッ」
とりあえず、あざとく笑っておかないと。
僕が元の姿に戻ったら、レオンの奴はちょっと呆れた顔してるね。でも、「どうせいつものことだ」って感じで、僕のこと見てない?
ディアブロの表情には変化なし。こいつは"アークトゥルス教団"とかいう名前の、頭がおかしい組織の教祖様なので、そこのご神体である僕がすることは、例えアホなことでも全て正しいことになるのだ!……と、いうことにしておこう。
内心で何考えてるのかなんて、僕が知るわけないじゃん。
「やっぱりスバルは、スバルのままだな」
そしてラインハルト君が、小声でちょっと安堵した声を出してるよ。
は、はて?
どこに安堵する要素があったのかな?
僕には全然理解できなんいんだけど。
(スピカさん、そこでしゃべってはいけない!)
≪……≫
とりあえず、口を開けば正論と真実ばかりしゃべる妄想さんに出番などないのだよ。
何か言う気満々だったみたいだけど、僕のことをアホの子扱いなんてさせないからね!
で、子供の姿に戻ってしまったわけだけど、そんな僕の前で鬼王は、「シリウス・アークトゥルス……本物のシリウス・アークトゥルス……」
おやっ?
僕がお子様になってしまったというのに、なんだか顔が真っ白になって、うわ言のように僕の名前を呟いてるね。
ってことは、僕の子供の姿を、以前見たことがあるってことかな?
「もしかして、どこかで会ったことあるっけ?」
「……」
「だんまり決め込んでないで言えよ!」
ちょいと睨み付けてやったら、体長5メートルの鬼が全身ブルリと震えた。
「陛下のご命令です、さっさとしゃべりなさい」
そして僕の傍にいるディアブロがニコリと笑う。
笑っただけなんだけど、なぜかそれだけで命を搾り取りそうな冷気が、全身から溢れだしてる気がするな~。
このドン引き女の笑いって、引くわ~。
で、ディアブロのドン引きレベルが鬼王にも伝わったようで……
「その昔、私はシリウス様に戦いを挑もうとしたことがあるのです」
「……へー、そんなことあったっけ?」
鬼王が説明を始めたね。
「あれは先代の竜帝陛下が亡くなられた後の事。竜帝陛下は竜族のみならず、魔族を束ねる魔皇帝であられました。その竜帝陛下を亡き者にしたのが人間の子供と聞き、ならばその人間を討ち取れば、私が次の魔皇帝になれると勇んでいたのですが……」
ふむふむ、"200年くらい前"に僕がうっかり竜帝さんを殺してしまったわけだけど、その後僕の元には「お前を倒して俺様が次の"魔皇帝"になってやる!」って言いながら、僕に戦いを挑んでくるバカ魔族が次々に湧いて出てきたんだよね。
ほら、僕って怖い人に見えないでしょ。
とっても非力な子供だもんね。プリティーさで、おばちゃんたちを魅了するくらいしかできないから仕方ないよね。
まあ、向かってきたバカ魔族どもは、火球で跡形なく蒸発させたり、風刃で首や手足を切り落としてやったけどさ~。
全くバッカな連中だよね~。
竜帝って魔族の中で一番強いらしいよ。まあ、ディアブロさんがいるから、本当に最強かは知らないけど、魔王よりも滅茶苦茶ヤヴァイ存在だよ。
うっかりとはいえ、それを倒しちっゃた僕相手に戦い挑んでくるとか、本当に馬鹿な奴らばかりだったや。
ま、過去のことはいいか。
「そっか。じゃああの時、僕の所にやってきたバカ魔族どもの1人だったんだね。よく生き残れたね~」
「いえ、それが戦いになる前に、シリウス様がたまたま使われた大魔法で、山の半分が消し飛ぶ光景を見てしまい……勝てないと悟って逃げました」
「あ、そう」
なんだ、僕と戦う以前の話だったのね。
「山を、半分消し飛ばした……?」
そこでラインハルト君が絶句してるけど。
「それくらい簡単にできるけど。ほら、ダモダス砦の近くに巨大なクレーターが出来て大騒ぎになったことがあるでしょ。あれ、僕が作ったやつだし」
「!」
「フフ~ン、僕はシリウス・アークトゥルスなのだ」
なんだかラインハルト君が再び固まっちゃったけど、僕は今までパーティー内でずっと扱いが雑にされていたこともあって、それを払拭するためにもニコリと笑っておくよ。
「ア、ウウッ、うあああっ」
「はいはい。落ち着いて深呼吸して、深呼吸」
ここで白目剥かれて気絶されると大変なので、僕はラインハルト君に助言だ。
ラインハルト君は深呼吸するけど、今度は過呼吸気味になって、これはこれでヤヴァイ感じだね。
そのまま気絶しちゃダメだよ~。
そんな僕たちをしり目に鬼王は、
「シリウス様、もとより我々があなた様に勝てるわけがありません。そしてこの城は、もはやあなた様の軍勢によって包囲されている状況。ならば、せめて私の首を差し出すことで、部下の命だけは救っていただけないでしょうか」
鬼王は謁見の間にある玉座を放り出し、僕の前に跪いて部下の命乞いをしてきた。
まあ跪かれても、それでも鬼王の方が、立っている僕よりまだでかいんだけどさー。
「なるほど、君の命で部下たちをね」
「……」
殊勝な心掛けと言ってあげたいものだけど、実のところ僕はそういうことをするためにここに来たわけではない。
とはいえ、ここは魔皇帝らしくしておかないとね。
「フフ。鬼王、お前に最初から選択権があるなどと思っているのか?ここにいる奴ら全員、跡形もなく消し去ることなど、僕にとって容易だというのに」
「「「……」」」
おおっ、鬼王の奴が身を縮こまらせてビビってるぞ。もちろんこの場に居る鬼王の側近たちもだ。あとついでに、ラインハルト君まで僕にビビりまくってる。
フ、フハハ、フハハハハ。
――あれだけ"いらない子扱い"され、"可哀想な子扱い"されていたこの僕がだぞ!
どうだ、これこそが僕の偉大さの証……
「クシュッ」
あ、くしゃみが出て鼻から鼻水が出ちゃった。
「「「……」」」
その瞬間、さっきまでの沈黙とは別の沈黙が、この場全体を包んだね。
皆ものすっごく、気まずそうにしている。
「陛下、こちらをどうぞ」
「あ、うん。ありがと」
いたたまれない沈黙に包まれる中、ディアブロがティッシュを差し出してくれたので、僕はそれでチーンした。
噛み終わったティッシュはその辺にポイ。
「で、何の話してたんだっけ?」
「おい、こんな場面で鳥頭ぶりを発揮するな!」
僕の傍に控えるレオンが小声だけど、ものすっごく険のある声で言ってきた。
アハハ、そりゃそうだよね~。
こんな大事な場面で、場の空気を片っ端からぶっ壊してるんだものね~。
ンフフ~。
≪ご主人様、頼むからこれ以上バカなことをしないでください。一緒にいる私の方が恥ずかしすぎて見てられません!≫
(見なきゃいいじゃん)
≪私はご主人様の中にいるから、離れることもできないんですよ。
ああもう、本当にこの人はダメダメでアホで……私は恥ずかしさで涙が出てきそうです≫
(エヘヘ~)
いや~、もうグダグダ極まりない展開だね~。
スピカにまで泣かれちゃう有様だし。
「ま、難しい話はいいよね。てことで、鬼王には今から選択肢を上げるから、どちらかを選ばせてやろう」
「選択肢ですか?」
「そうだよ。選択肢は極めて簡単。魔族らしく戦って生き残った方が勝者。勝者は全てのことを決定できる権利を持つ。つまり選べるのは戦いの勝敗だね」
魔族って基本的に弱肉強食で、強い側がルールを作り、弱い側はそれに従うしかない。暴力なり腕力の強い者が他者を支配するという、至極単純なルールに沿って生きている。
まあ、人間だって権力なり地位なり金なり、そう言ったものを持っている側が強くて、持たない弱者は、持っている側に従っていくしかないのが、世知辛い世の理だけどね。
人間にしろ魔族にしろ、長い物には巻かれて生きていくしかないわけだ。
だから、今回はそのルールに則っていこう。
「……まさか、シリウス様と戦えと?」
「まっさかー。僕が戦ったら勝負が始まる前に終わっちゃうじゃん。だからお前が戦うのは、クライネル王国の"勇者様"。もし、お前が"勇者"を倒せたら、僕はこの国にこれ以上手を出さないことを約束しよう。今城を包囲している連中は引かせるし、上空の悪魔どももさようなら。お前の地位と領土は安泰と言うわけだ」
「……」
「むろん、負ければお前の命はそこまで。後のことを気にする必要すらないだろう」
僕はニッコリと笑う。
うんうん、とても12歳の子供には見えない、正真正銘の悪魔的な笑みだね。
そして既に城を包囲されている鬼王には、最初から僕の提案している勝負に乗るしかできない。
「その勝負、お引受けする」
それまで膝を付いていた鬼王が立ち上がり、僕の方を鋭い視線で睨んできた。
ド辺境魔王とはいえ、伊達に魔王を名乗っているだけの貫禄があるね。
「と言うことでラインハルト君、君は"勇者レオン様"が魔王を倒すところをしかと見学していってくれ」
そう、"勇者様"に魔王を倒してもらわなければならない。
クライネル王国に召喚された時、国王たちとそう言う契約をしたのだからね。
あ、そうそう。ちなみに僕は"勇者"でも何でもないですよ。
単に勇者さんが拠点にしている屋敷の、隣に住んでいるだけの赤の他人です。
だから頑張れー、"勇者レオン"様~。




