73 僕の名前はシリウス・アークトゥルスです
バダバタと音を立てて、1700人からなるクライネル王国軍の兵士たちが、全員地面へぶっ倒れて行った。
それは部隊を指揮する大将軍カタリナちゃんでさえ変わらない。
――いきなり、超ピンチ!
いきなり兵士が全滅ですか!?
「なっ、これはどういうことだ!」
僕とレオン、そしてラインハルト君の3人。
それ以外の全員が、一斉に意識を失って倒れてしまった。
ラインハルト君は腰に下げた剣を抜き放って、周囲を警戒する。
直後、
「クフフフ」
地の底から腹に響く声が聞こえる。
それは美しい女性の笑い。なのにそれを心地よいものだとはとても思えない、重苦しさがある。
そうして僕の背後から、紅の髪をした"見た目だけ絶世の美女"が出現した。
「お前は魔族か。スバル危ない!」
僕の背後に現れた魔族を見て、ラインハルト君が血相を変える。
でも、周囲の地面にさらに黒い影が現れ、そこから次々に人の形をした魔族が浮かび上がってきた。
その数は総勢で50名を超えている。
「な、なんなんだこの気配は。ただこの場にいるだけなのに、息苦しくて……凄まじい圧力が……」
現れた魔族たちは、皆並々ならぬ気配を放っている。体から放たれる魔道の力は、今まで僕たちが遭遇してきたどのような魔物とも比べ物にならない。
というか、カタリナちゃんが戦っていた魔将軍とか抜かしてた、ヘボ魔族どもなんか目じゃない危険さを、その場にいるだけで直感できるほどだ。
そんな魔族たちが笑い声を上げている。
「スバル、レオン様!」
魔族たちに囲まれてしまい、ラインハルト君は1人悲鳴に近い声を上げた。
だけどそんな中、魔族たちはラインハルト君を含めた僕たちへ襲いかかってくることなどない。
それどころか僕の背後に現れた"見た目だけ絶世の美女"が、膝を折って頭を垂れた。それにならって、現れた魔族の全てが跪く。
「一体何が……」
魔族たちの奇行に、ラインハルト君が混乱する。
そんな中、現れた魔族たちを代表して、"見た目だけ絶世美女"がこう言った。
「シリウス・アークトゥルス陛下のご命令により、臣ディアブロ、この場へ参上いたしました」
と。
「ラインハルト君、ごめんね」
ディアブロを始め、悪魔族どもが跪いている中、僕はさっそく詫びの言葉からいれなきゃいけないよ。
「僕、肥田木昴って名乗ってるけど、実は他にも名前があるんだ」
肥田木昴という名前は、あくまでも僕が前世で生きていた日本での名前。
成金デブ男であり、3度も結婚と離婚をしたトンデモ男。ついでに老後は72歳になるまで、PCに向かってMMORPGで成金チートしたり、年甲斐もなく自声実況動画を作ったりしていた爺様だった。
とはいえ、それはあくまでも前世での事。
ラインハルト君が静かに、僕の声にだけ耳を傾ける。僕は言葉を続ける。
「僕の他の名前はシリウス。"シリウス・アークトゥルス"って言うんだ」
僕は近所のおばちゃんたちを魅了してやまない、プリティーな笑みを浮かべてラインハルト君に、この世界での名前を名乗った。
――シリウス・アークトゥルス。
この場にいる悪魔たちが発する気配だけで顔面が青くなっていたラインハルト君だったけど、たったそれだけの単語を聞いた途端、歯をガチガチと鳴らし始めた。
「アークトゥルス、あのアークトゥルスなのか?」
「そうだよ」
「遥か昔、大悪魔ディアブロが世界を滅ぼそうとしたのを防いだ"竜神様"を、たった1人で倒したという最強の魔王?」
ラインハルト君の言う"竜人様"は、僕が不老不死の薬の材料探しをしている時に、うっかり倒しちゃった"竜帝さん"の別名だね。
もっとも人間の間に伝わっている、ディアブロと竜帝さんの戦いに関する伝承は、事実と食い違いがあるんだけどね。
人間の伝承では、古代に世界を滅ぼそうとしたディアブロと戦った竜帝は、現在(というか、この前まで?)も生き続けていて、世界の守護者的扱いをされているんだ。
人間の国によっては宗教的に信仰されているほどで、神聖視されている。
ところが実際にディアブロが戦ったのは初代竜帝で、僕が倒しちゃったのはその子孫の竜帝さんなんだよね。
つまり代替わりしてるわけ。でも人の伝承では、竜帝が代替わりしていることを知らないんだよね。
おまけに初代竜帝さんにしても、実際は世界を守ったわけでなく、単にディアブロと世界の覇権をめぐって戦ってただけだったり。
初代竜帝さんは決して聖人君子でなければ、世界の守護者でもない。単に世界征服を企む、ごくごく一般的な竜族の支配者だったというだけだよ。
それがなぜか人間の世界では、長い歴史の間に、竜帝がディアブロから世界を守った存在に昇華されちゃったわけだ。
でも、今は細かい違いはいいよね。
この世界には自称他生を問うことなく、魔王なんてゴロゴロしているんだけど。
今、ラインハルト君が僕のことを"最強の魔王"扱いしちゃった。
その途端、僕より早く反応したのが、僕の背後で頭を垂れていた"見た目だけ美女"のディアブロ。
「貴様、我が君をたかが魔王ごときと同列に置くとは何事か!」
もともと戦闘能力と言う意味では、人間なんて目じゃないディアブロ。瞬きする暇もなく僕の背後から移動して、ラインハルト君の顔面を手で握っていた。
「こら、ディアブロ。僕の友達に手を出さない!」
「……これは失礼を」
ラインハルト君の顔面なんて、ディアブロの握力だったら、腐りかけの完熟トマトを踏み潰すよりも簡単につぶせるね。
その手を放して、ディアブロは僕に向かって頭を下げる。
「ディア……ブロ?」
「こいつって、今の話に出てきた竜帝さん……えーと、人間の世界だと竜神様って呼ばれてたっけ?その竜神さんと昔タイマン張って引き分けた、悪魔だよ」
「なあっ!」
ラインハルト君が壮絶絶句中。
驚きで目ん玉が顔から飛び出すんじゃないかってぐらい、ちょっと信じられない顔になっちゃう。
歯がガタガタとかみ合わないばかりか、全身が震えだす始末。
「クフフ。私など我が君の前では、一介の魔王にすぎません」
そんなラインハルト君の前で、ディアブロは妖艶に笑う。
ラインハルト君、このまま失神しないでよね~。
今この場には、常人であれば気絶確定。下手すると魔力に当てられただけで死んでしまう。そういったオーラを発している悪魔どもが、たくさんいる中なんだよね~。
だけど僕はそうならないように、事前にラインハルト君にだけ、魔力に対する耐性を一時的に強化する飴玉を食べさせておいたんだ。
「で、でも、シリウス・アークトゥルスが竜神様を倒したのは、百年以上も前だろう。なのにスバルは……」
「僕って老けないんだ。"不老不死"だから」
ラインハルト君は、僕が"シリウス・アークトゥルス"じゃないと思いたいみたいだけど、それを僕は笑顔と共に、問答無用で切り捨てた。
そうなのです。実は僕不老不死になってしまったせいで、"永遠の12歳児"なのです!
「まあ、難しい話はほどほどにしよ。とりあえず僕は、魔王でなく"魔皇帝"なんて呼ばれているのです。どうだ凄いでしょ、エッヘン」
僕はプリティー少年スバル……改めシリウス君。
胸を張って、愛らしい顔立ちでラインハルト君に言って上げた。
まあ、ラインハルト君の顔は悪魔たちへの恐怖のせいで、僕のセリフがきちんと理解できているのか怪しい感じだけど。
「おーい、ラインハルト君。このまま気絶とかしないでよ~」
僕はラインハルト君の顔の前で、手をぶんぶん振って意識を確かめる。
「ヒイッ」
なのにどうしてだよ。
このプリティーな僕に向かって悲鳴を上げて、1歩後ろに後ずさる。さらに2歩目も後ずさろうとしたけど、その前にラインハルト君は全身が目に見えない力によって拘束され、身動きが出来なくなった。
いつものように、僕の次元結界でラインハルト君の全身を包み込むようにして覆ったからだね。
「は、離せ!」
「それは勘弁だね。ラインハルト君、君には生き証人になってもらわないといけない。だから、これから僕たちのすることを見届けてもらう義務があるんだ」
「証人だって!……一体悪魔どもがいる中で、何の証人になれっていうんだ!」
今まで散々"勇者御一行ゴッコ"をしてきた仲間だというのに、僕が正体明かした途端、扱いが完全に変わってない?
……まあ、シリウス・アークトゥルスなんて名前聞いたら、だいたいすべての人間がこうなっちゃうのは仕方ないかもしれないけど。
まあ、それは置いておいてだね~。
そうそう。僕のお頭は、ちまちまと小さいことを気にするようにできてないから、いつも通りのことだしね~。
てわけで、本題だ。
「この国の国王は、召喚した僕たちに向かってこう言ったんだよ。『勇者である僕たちに魔王を倒してほしい』ってね。
だから、これからこの国が召喚した"勇者様"が、魔王を倒すのを見届けてもらうよ」
「……」
「もっともこの国が召喚したのは"異世界の勇者様"でなく、"同じ世界内の魔王よりヤバい奴と+α"だけどね」
ちなみに+αっていうのは、レオンの事。
僕はちゃんと「+α」と言うときに、レオンの方も指さしておいたからね~。
それとおまけで説明だけど、兵士たちが一斉に気絶した理由。
あれは僕が気絶魔法を使って気絶させただけだから、2、3日もすれば意識を取り戻すから、全く問題ないよ。
以前、巨大一目鬼相手に戦った時、アイゼルちゃんとラインハルト君に放った魔法だから、それぐらいの期間で間違いなく目覚める……と、いいね~。
も、もしかして、威力が強すぎてショック死したりしてないよね~。
僕、自分の魔法の威力に、自分でも自信が持てないくらい強いから困るね!
あと、周りに危険な悪魔どもがいるけど、こいつらのせいで、気絶したままそのまま昇天とかってのもないよね~?




