71 大将軍カタリナ様
王都を出立して北へ向かった僕たち。
今回は500人の兵士が同道しているのと、魔族の軍を一度退けたこともあって、道中で敵対してくる魔族はいなかった。
ただね、途中で経由した村や町は、人っ子一人いない有様だった。
まるで魔族に攻め滅ぼされてしまったかのように、人が逃げ出して、無人と化した家々が並んでいる。
「さすがカタリナちゃん。略奪しまくったせいで、人っ子一人いなくなっちゃったんだね」
今ではディートハルト砦の臨時指揮官に収まってるカタリナちゃんだけど、砦に向かうまでに"略奪"して回ったから、そのせいで人がみんな逃げだしちゃったんだね。
さすが元"王都に住む山賊"と呼ばれ、陰で恐れられていただけあるね。これなら"王国北方の山賊大王"ってふたつ名を名乗ってもいいくらいの成果だ~。
で、そんな無人と化した町や村を経て、僕たちは再びディートハルト砦まで戻ってきた。
僕たちがここを出立する際は、血みどろの戦場跡地って感じだったけど、あれだけあった死体の処理は既に終わり、血で濡れていた地面もあらかた掃除されていた。
サイクロプスの死体なんて巨大だったから、処理するのは結構大変だっただろうね。
とはいえ、砦の中では未だに負傷兵たちがうめき声をあげている。初期の治療は終わっているけど、体を動かせない人とかいるから仕方ないね。
本来ならこういった人たちは前線に置いておけないので、後方の安全地帯に移送しないといけない。
だけどこの負傷兵たちを移送する余力すら、今の王国軍にはないんだよね。
次にここに魔族がせめて来れば、負傷兵だろうとも、武器を取って戦うしかないだろう。
まあ、それはそれとして、王都からやってきた僕たちを出迎えてくれたのはカタリナちゃん。
僕がにこっこり笑いながら手を振ると、カタリナちゃんもにっこり笑ってくれたよ。
うんうん、さすがは僕の魂の友。
ただし王都の警備隊500を率いてきた隊長さんの顔を見て、カタリナちゃんの顔が驚きに変わった。
「やあ、カタリナ君」
「ど、どうしてあなたがここに!」
あの隊長さんって、実はカタリナちゃんが王都警備隊で中隊長をしていた時の上司だったそうで、それでカタリナちゃんが驚いてるんだね。
だけど、
「カタナリ君、畏まらないでくれ。今では君の方が偉くなってしまったのだから」
「へっ、私が偉くなったって、どういうことですか?」
元上司さんの言葉に、要領を得ないカタリナちゃん。
そんなカタリナちゃんの前で、隊長さんは姿勢を正した。
「カタリナ・リニス大隊長。私は国王陛下からの命令であなたの指揮下に入ることになった。それと同時に略式ではあるが、あなたがこの国の軍を統括する、"大将軍"の地位に就任することにります。
これは、国王陛下の任命によるものです」
元上司さんは国王から預かってきた羊皮紙の任命状を、カタリナちゃんに差し出した。
「私が大将軍!どうして、なんで?」
「カタリナ君……いや、カタリナ大将軍。実は先日のディートハルト砦の戦いで、我が国の軍の首脳級の方々がほぼ戦死されてしまった。結果、その後釜としてあなたに白羽の矢がたったのです」
この人何言ってるの?
戸惑いから、カタリナちゃんが意味もなく周囲を見て回る。
「あなたは先の戦いで魔将軍を3体も撃破し、我が国の英雄として讃えられています。その活躍は、既に勇者であられるレオン様以上だろうと」
「……」
なんだかカタリナちゃんの評価が物凄いね~。
まあ、実際ディートハルト砦の戦いで、カタリナちゃんが化け物じみた戦いぶりをして、魔将軍クラスの敵を3体も、1人で倒しちゃったもんね。
ぶっちゃけ、レオンは何もしてなかったわけだし。
僕の個人的な見解なんだけど、カタリナちゃんって多分弱体化効果のついた腕輪をはめている状態のレオンとなら、タイマン張れるくらい強いよ。
防御力では人間のカタリナちゃんの方が低いけど、単純な物理攻撃力だと今のレオンより強いぐらい。
これなら異世界から勇者召喚なんていう訳の分からない博打をするより、カタリナちゃんを勇者様と崇めて魔王軍と戦わせた方が、圧倒的にましだと思うな~。
ま、カタリナちゃんが勇者になってしまうと、きっとRPGで家々のタンスや壺の中からアイテムを強奪していく勇者よりもっとひどい略奪王になって、町や村から金銀財宝を根こそぎ奪い取っていきそうだけど~。
ふう、しかし軍が壊滅状態に陥ったからって、よりにもよってカタリナちゃんを軍のトップに据えるとは。
本当にこの国終わってるや。
で、大将軍に任命されたカタリナちゃんだけど、しばらくオロオロとうろたえた挙句。
「い、いやよ。私は王都に帰って、また商人どもを小突いて金銀財宝を奪い取って、贅沢三昧の日々を過ごすのがいいの。なのに大将軍なんかになったら、あの生活に戻ることが出来ないじゃないー!」
そんなこと言って、勝手に切れちゃったよ。
「嫌だー、大将軍なんて私はなりたくないー!」
周りにいる人たちだって、カタリナちゃんのこの態度に度肝を抜かれてる。
だけど、こんな時にこそ、魂の友たる僕の出番だ。
「カタリナちゃん、大将軍は悲観するような職業じゃないよ」
「ど、どうしてそんなことが言えるのよー」
僕の言葉に、カタリナちゃんは涙目。王都での商人相手の略奪三昧生活に、未練がありまくるようだ。
でもね、
「フフフ、カタリナちゃん。今までカタリナちゃんは自分の手で直接商人から金を巻き上げていたけと、大将軍になったらこの国の兵隊は全てカタリナちゃんの部下になるんだよ。つまりカタリナちゃんの命令に逆らうことが出来ない、手足になってくれるんだ。そんな下僕ども……コホン。部下たちを使って、国中からお金を巻き上げさせればいいんだよ」
僕はにこりと微笑みながら、カタリナちゃんに語り掛ける。
「ス、スバル、何を言って……」
ラインハルト君が横やりを入れそうになるけど無視だ。
「それに今までは自分の罪を塗りつぶすために、上司さんに上納金を納めていたんでしょう。でも、これからはカタリナちゃんの方が偉くなるんだよ。カタリナちゃんが上納金を、"もらう側"になれるんだよ。
そして軍で一番偉くなったカタリナちゃんに逆らえる人間なんていなくなる。いや、逆らう奴がいたとしても、部下たちを使って片っ端から始末していけばいいんだ」
「……」
「今からは、王都だけがカタリナちゃんのものじゃない。この国そのものが、カタリナちゃんの所有物になるんだよ」
「この国が、私の所有物になる……」
「うん、そうだよ」
迷える子羊のような目をしているカタリナちゃんの前で、僕は優しく教え諭す聖職者の如き笑顔で語り掛ける。
きっと今の僕の背後からは、神々しい後光がさしているはずだ。
……少なくとも、カタリナちゃんの視点からは、間違いなくそう見えてるはず。
「この国は私のもの。……邪魔者は部下に始末させる」
「そうだよ。軍はカタリナちゃんの手足なんだ。なんなら武力を背景にして、国王を幽閉してしまおう。そしたらカタリナちゃんが、名実ともこの国の支配者、王様……女王様だよ」
「私が、女王様」
カタリナちゃんの瞳に、輝きが蘇り始める。
「フ、フフフ。そうしたら、もちろん私は贅沢できるわよね」
「そうだよ。金貨だって今までと比較にならないほど、それこそ浴びるように集まってくる。きっと金貨でおぼれ死んじゃいそうなぐらい、たくさんの金貨がカタリナちゃんのものになるんだよ」
「金貨……ウフフ、エヘヘ~」
とっても素敵な笑みを漏らし、口の端から涎が垂れるカタリナちゃん。
こぼれた涎はさすがに腕で拭って止めたけど、その瞳はとっても綺麗な金貨色に輝いていた。
うんうん、とっても素敵な俗物臭満々の瞳だね~。
「私、大将軍になる!」
「おめでとう、大将軍カタリナちゃん」
大将軍就任を快く引き受けるカタリナちゃん。それを僕は、ニコニコ笑顔で祝福してあげた。
「お、お終いだ。こんな人が軍のトップになるなんて、この国はもうお終いだー!」
ラインハルト君が叫んだね。
あと周りにいる兵士たちも、このやり取りを聞いていて、顔をゾッとさせてるね。
でもね、
「ウフフ、あなたたちは私の手下として可愛がってあげる。言っておくけど、もし私に逆らおうものなら、無事じゃすまないから覚えてなさい」
カタリナちゃんがそう言うと、いつの間にかカタリナちゃんの部下である、ハンスおじさんやトリスさん、それにデービットさんたちが姿を見せる。
3人の後ろには、王都でカタリナちゃんが中隊を率いていた時から部下だった兵士たちが、勢ぞろいしてた。
皆、大将軍カタリナちゃんの忠実な下僕……おっといけない。カタリナちゃん忠実な部下たちで、もしカタリナちゃんに逆らう奴がいるなら、「お前ら無事じゃすまないからな。手足の2、3本は覚悟できてるだろうな?」ってオーラを放っていた。
いやー、カタリナちゃんの部下たちは、とってもできた人ばかりだね~。
その威圧感満々の気配を受けて、
「もちろん私は、カタリナ大将軍様の忠実な僕にございます。そ、そうだ大将軍。僅かばかりですが、こちらに王都よりお持ちた戦費がございます。どうぞこれをお納めください」
元上司だった人が、真っ先にカタリナちゃんに跪いたね。
ちなみにここに来るまでに持ってきた戦費は、荷車の上に置かれているよ。もちろん、お金がたんまり積まれてる~。
うんうん、さすがはカタリナちゃんの元上司さん。
カタリナちゃんのことをよく知っているから、真っ先に忠誠を誓ったね。
今まで上納金をカタリナちゃんから受け取り続けていたけど、今日からは、自分より偉くなったカタリナちゃんに上納金を差し出してかないとね。
「ウフフ、さすがは私の元上司ですわね。これからも私への忠勤を励むように」
「ハハーッ」
跪いてしまう元上司さん。
かくして、カタリナちゃんは軍のトップである大将軍として"君臨"することになった。
――「"君臨"じゃなくて、"就任"の間違いじゃないか」って?
どう見ても、カタリナちゃんは大将軍に、"君臨"したようにしか見えないけどな~。
とはいえ、クライネル国の未来はますます絶望的だね~。
こりゃ、今の危機を脱することが出来たとしても、絶対まともな未来が来るはずないね。
≪……ご主人様、まさかとは思いますが、今まで散々国王から無視されていた腹いせじゃないでしょうね?≫
(ええーっ、僕そんな腹黒いことなんて企んでないよ。ただ僕は、困っていたカタリナちゃんを元気づけてあげただけだよ。ほらっ、僕って友情を大切にする男の子だから)
≪どこが友情ですか?≫
スピカは言いたいことがあるみたいだけど、全然問題なんてなし。
「そうだカタリナちゃん。次に王都に帰ったら、その時は美味しいお菓子を一緒に食べようね~」
「ウフフ、国一番の菓子職人を拉致……オホン。頼んで、お菓子を作ってもらいましょう」
「わーい、とっても楽しみだ~」
うんうん、魔王とか抜かしてるヘッポコ魔族なんてさっさと始末して、おいしいお菓子を早く食べよう~。




