68 即時魔力完全回復ポーション(フルナマポーション)
転移魔法を使って僕がやってきたのは、"神獣の森"地下にある秘密基地。
以前ここに来た時は、白狼王宮石の塊を見つけて、それをラインハルト君の鎧するため、ドワーフの里に持って行ったね。
もともと僕は前世が日本人で、前世の記憶を持ったまま"異世界転生"を果たしたわけ。
クライネル王国に召喚されたのは、日本から"異世界召喚"されたわけでなく、あくまでもこの世界の中で"同世界内召喚"されてしまっただけだから。
そしてこの拠点は、僕がこの世界に生まれ変わってから、一番最初に作った秘密基地だったりする。
おかげで僕がボケ防止を兼ねて……違う違う。昔のことを忘れないように、記憶の中にある魔法や薬に関する情報を、紙に書き出していってるんだよね。
そう言った資料が、ここ本棚には山のようにあるわけ。
クライネル王国には公立の図書館なんてないし、王宮に書庫はあるものの、その蔵書量は物凄く乏しい。
ぶっちゃけ、この秘密基地の蔵書量の方が勝ってるぐらいなんだよね~。
で、この拠点にやってきた僕だけど、目的は地下じゃない。
秘密基地には階段があって、そこから上へ上がる。
上には地上30メートルの高さになる巨大な大木があって、木の上にはツリーハウスがある。大木の中は空洞になっていて、ここには地下からツリーハウスまで直接繋がってる螺旋階段がある。
こられ一連の施設は僕の手によるものだけど、こういう秘密基地は、男の子のロマンって奴だよね。
そしてこの大木は、ここら一帯では頭一つ以上とびぬけて高い木で、周囲に広がる樹海を一望できる、見晴らしのいい絶景スポットだよ。
まあ絶景と言っても、地平線の彼方まで延々と緑の木が生えているだけの、代わり映えしない光景が続いてるだけだけどね……
あ、そうそう。景色が見たいって理由だけで、周辺に生えていた同じ高さの木々を、風刃 でまとめて薙ぎ払った、なんて過去はないからね~。
≪ご主人様、目が泳いでますよ≫
(えっ、へへっ~)
まあ、それはいいね。
で、秘密基地の上にあるツリーハウスへやってきた僕。
ここって"神獣の森"の中でもかなり深い場所にあって、普通の人間では絶対に辿り着けないんだよね。
おまけに木は物凄く高いので、階段を使わないとまずここまで昇ってくることができない。
野生生物が侵入しないように、周囲に次元結界も張ってあるから、セキュリティーも抜群だね。
で、このツリーハウスには僕がクライネル王国の工房で使っていたのと似たような、薬作成用の設備が整っている。
素材から薬液を煮出すための大釜があったり、煮出した素材を絞るための道具。ビーカーや試験管といった、日本の学校の理科教室を思わせる道具なんかもあるね。
僕は、ここで薬を作るつもりだ。
そのために、まずは材料の確認。
最初に確認するのは、僕の腰に吊るしている短杖アキュラ。その先端にある"霊魂吸収液ゾルディアック"だ。
霊魂吸収液ゾルディアックには、周囲の魂を吸収して保存しておく効果があるけど、今液の中には、かつて"蜂蜜の森"で吸収した亡霊の魂約1万に、ダモダス砦の周囲にいた魔族の軍勢3千の魂。あとディートハルト砦で戦いの後に漂っていた、多くの魂が回収されている。あの戦いでは人間と魔族の双方で多大な犠牲者を出してたけど、液体の中には人間も魔族も関係なく、全ての魂が収まっている。
亡霊や、ダモダス砦で吸収した魂は量こそあるものの、質に関しては大したことがない。
ただディートハルト砦ではカタリナちゃんが大活躍して、魔将軍とか抜かしている連中をたて続けに始末してくれた。
これは質の低い魂に比べて、それなりに高い質を持っている。
「うーん、ギリギリ薬にしてもいいってところかな~?」
ただ、その辺の魂に比べれば質は高いのだけど、これから作る薬に使うには、今一つ微妙なラインなのだ。
どうしようかと僕が悩んでいると、
≪ご主人様、近くに神聖猿がいるので、この魂も利用したらいかがですか?≫
と、スピカが報告してきた。
"神聖猿"というのは、神獣の森の奥深くにしか生息していないサルで、白い毛皮をしている。世間ではなんでも聖獣と呼ばれて有り難がられている存在らしく、なんとなく霊験あらたかなご利益がある……ような気がするサルだ。
神獣の森の奥地に辿り着ける人間なんてまずいないから、その姿を見られれば奇跡が起こるなんて言い伝えもあるけど、僕から見れば所詮サルはサルでしかない。
ちなみに名前になっているルベールってのは、このサルを最初に発見した人の名前が由来だそうだ。
「そうだね。3匹いるみたいだし仕留めちゃおうか」
スピカが監視魔法で神聖猿の居場所を見つけているので、僕は神聖猿の首の付け根を起点にして、ゼロ距離で風刃を放った。
僕って、感知魔法の範囲内ならどこからでも魔法を放てるから、相手の居場所が離れていても魔法を放てるよ。
しかも、いつものように次元属性を付与してるから、相手に魔法の気配を察知されることがなく、おまけに防御力完全無視の一撃。
風刃を放った直後、神聖猿の首が切断される。
と同時に、その程度では風刃の威力が衰えないので、そのまま直進を続けて、射線上にある木々をまとめて切断していった。
メキメキという音が神獣の森の中に響いて、次々に木が倒れていく。
風刃は魔法の効果が切れるまで飛んで行ったから、たぶん神獣の森の中に10キロくらいの長さに渡って、木が倒れた一直線の道が出来たんじゃないかな~。
魔界宝樹メドギナだと触手が生えてきて再生したけど、ここの木にはそんないかがわしい……ゲフンゲフン。驚異的な再生能力なんてないから、倒れてしまえばそのままだ。
相変わらず威力過多の広範囲攻撃だけど、仕方ないよね~。
それより僕は転移魔法を使って、倒した神聖猿の所へ移動。
霊魂吸収液ゾルディアックに神聖猿の魂を回収したら、ツリーハウスまで再度転移魔法を使って戻る。
いやー、神聖猿の魂を回収しに行った際、森の中にそこだけ木が倒れた道が一直線に開けてたけど、感知魔法を使わずに直接自分の目で見ると、物凄く壮観な景色だったね~。
≪ひどい自然破壊ですね≫
(は、はい。今後もこのようなことを続けるだろうけど、自重しないでいきます)
≪……≫
僕の反省のない台詞に、スピカさんは無言だったね。
で、それはそれとして、僕は回収した神聖猿の魂と、魔将軍の魂を霊魂吸収液ゾルディアックの内部で融合させていく。
僕が扱う霊属性魔法は魂を専門に扱う魔法なんだけど、これには死んだ生物同士の魂を、融合させる技があるんだよね。
世の中では、死霊魔術師が魂を死体に憑依させて、不死者を作り出す禁術があるけど、今僕が使っている魔法はそれとは比べ物にならないほど高度で、ついでに禁忌としてのレベルも格段に上だね。
……こんな場面をディアブロなんぞに見られたら、
「我が神よ!」
と抜かすだろうから、ディアブロに決して見られたくないものだ。
全く、あいつはこの程度の芸当を見ただけでそんなこと抜かすから、頭がおかしすぎる。
≪いいえ、ご主人様の基準がずれてるだけです≫
なんかスピカが言ってるけど、今は集中集中~。
ほどなくして霊魂吸収液ゾルディアック中では、2つの魂が1つの魂へと融合していった。
なんとなく地球のゲームであった、2つの生物を合体融合させて、パワーアップした新種モンスターや悪魔を作り出すって感じだね~。
まあ、この場合は生物の肉体が伴わない、魂だけの融合だけど。
そんなゲームの中での出来事みたいに、融合させた魂は、先ほどよりさらに質が良くなっていた。
「よしよし、これで薬の材料としては申し分なくなった」
僕は作り出した新たな魂の質に満足。
ただ霊属性魔法を使ったことで、周囲に魔法の残滓が残ってしまう。
これから作る薬は、魔法の効果があると作成に問題が生じてしまうので、僕は"魔法残滓消去魔法"を用いて、周囲に漂う魔法の残滓を消し去った。
この魔法は戦闘には全く使い道のない魔法で、周囲の空間を漂う魔法の残滓を消し去るというもの。
僕が作る特定の薬の作成の際に用いる程度で、ぶっちゃけそれ以外では使い道のない魔法だ。
この魔法の効果によって、周囲を漂っていた霊属性魔法の残滓が消え去った。
そしてここは"神獣の森"と呼ばれ、最奥には"世界樹"が存在している森だ。魔界宝樹メドギナが生えていた場所では、濃密な魔力と致死ガスが充満していたけど、ここでは逆に神聖なオーラが空気の中に満たされている。
魔法の残滓が消えた後は、この神聖なオーラが周囲に満ちる。
このオーラもまた、これから作る薬に必要な環境だ。
そして薬のメイン材料とるのは、先ほど採取した魔界宝樹メドギナの葉っぱ。これを魔法効果を遮断する容器から取り出す。
材料を揃えたので、ここから先は薬の作成開始。
まずは、魔界宝樹メドギナの葉っぱを細かくナイフで切り刻んでいく。
切ってる最中に、「プギャー」とか「ウギャー」とかいう叫び声が聞こえて、もだえ苦しむように、葉っぱがうねうねと動いてるね。
誰が見ても気持ち悪さ満点だけど、僕は薬作りをするときは、そういう感情は持ち出さないから平気だけど。
で、その一方で大釜に水を張っておく。
こちらは"神獣の森"に降った雨水が入っている。このツリーハウスは僕の薬作成用の工房だから、ハウスを作った後に、雨水を溜めるためのタンクも設置しておいたんだ。
神獣の森の雨水は、聖なる効果が豊富に蓄えられていて、薬の作成をする際に、特殊な効果を発揮してくれる。
ついでにこの雨水を不死者に掛ければ、煙を上げながら溶けていくよ。ナメクジに塩をかけるように、バブルに駆除剤を掛けるように、溶けていくわけだ。
この水を張った大釜に、先ほど切り刻んだ魔界宝樹メドギナの葉っぱを投入。
あとは大釜に火を入れて、煮立てていく。
この際大釜にくべる火は焚火によるもの。魔法で火を起こせば簡単だけど、魔法の効果が及ぶと薬の性質が変化してしまう恐れがあるので、今回僕は魔法を一切使わずに薬を作成だ。
やがて大釜から湯気が立ち上り始め、葉っぱから出た成分によって、中の水が濃い紫色になる。
用済みになった葉っぱは取り出して、紫の液体をさらに煮立てていく。
「ふあああっ」
とはいえね、今の僕って夜更かししているような状態だからね~。
12歳児の体には、夜更かしがものすごく堪えるんだよ。
ぶっちゃけ眠気を堪えるのに一苦労だ。
≪ご主人様、ここで寝ないでください≫
「分かってるよ。羊が1匹、羊が2匹……」
≪だから、寝るなというのです!≫
「テヘッ、ただのオチャピーだよ」
誰もいない場所ということもあって、独り言が口から洩れちゃいますな~。
なんたってスピカは僕の妄想。つまり妄想と言う名の僕自身と、さっきから会話のキャッチボールをしているから、完全に独り言だね~。
なんて考えてると、スピカの機嫌が悪くなっていったね。
「ファファファファ~」
なんて感じでスピカをからかって僕は笑ってたけど。あかん、これは物凄く眠気に負けかけてるぞ。
口から笑い声なのか、欠伸なのか判別に困る音が出てきてる。
仕方がないので、僕はポケットの中から飴玉を一つ取り出して口にパクリ。
「ギャフゥッ!」
途端に目が見開かれ、口をOの字に大きく開いたよ。
今食べた飴玉は、砂糖でまぶした覚醒効果のある薬。
魔法などで睡眠状態に陥った人を、一発で目覚めさせる効果がある飴玉だよ。ただし、物凄い刺激が体中を駆け巡って、強制的に体を覚醒させるという代物。
全身に鋭い幻痛が起きる。
「ヒエエエッー、砂糖でまぶしてなかったら、こんな飴2度と食べたくないなー」
それが僕の、この飴に対する感想だね。
なお、まぶしてある砂糖は覚醒効果と全然関係ないけど、僕の味覚のためには必須だ!
そんなものを口に入れて、無理やり意識を覚醒させ、僕は薬作りを続けていく。
煮立てた後の液体を、お玉を使って小瓶に移していく。それをツリーハウスの外に出して、森の生気に当てながら余熱を冷まして冷却していく。
すこーしだけ、ここで睡眠。
結局飴玉の効果が効いたのはわずかな時間で、僕はそこで一旦睡眠をとることにした。
そして目覚めた後、外で冷やしていた液体を見に行くと、瓶の中から液体が上に向かって伸びていて、それが不格好ながらも人の形をとっていた。
「ヴー、アー」とか叫んで、なんだか苦しそうにしている。けど、僕は手にしたお玉で、うめき声を上げてる液体の頭を叩いていった。
――ガンッ
――ゴンッ
――ドカッ
おかしいな~。木製のお玉で液体を叩いたはずなのに、音が完全におかしいな~。
でも、液体が無事瓶の中に収まったので問題なし。
冷却が終わった液体を室内に戻す。
あとはこの液体に、霊魂吸収液ゾルディアックの中から取り出した、数万の魂と、質のいい魂を入れていってやる。
ひと瓶毎に、質のいい魂と、数万の雑多な魂。
あ、ちなみに霊魂吸収液ゾルディアックの中には、僕が"蜂蜜の森"で亡霊の魂とか吸収したけど、それ以前からも集まっている魂がたくさんあるんだ。
なので、今回霊属性魔法で融合した質のいい魂だけでなく、それ以前に獲得していた質のいい魂とか、雑多な魂なんかもかなり詰まってるよ。
それらを液体へと注いでいって、
「ふうっ、これで|即時魔力完全回復ポーション(フルナマポーション)の完成」
晴れて僕の作っていた薬が完成だ。
ちなみにこの|即時魔力完全回復ポーション(フルナマポーション)だけど、効果は名前の通り、薬を服用した者の魔力を即時完全回復させること。
世界樹の葉っぱだと、魔力だけでなく肉体の傷も完全回復させちゃうけど、世界樹を元にして品種改良した魔界宝樹メドギナの葉っぱは、肉体回復の効果を切り捨てて、魔力を回復させる効果だけ残したんだ。
もともとメドギナは魔力回復用の素材にしたかったし、世界樹の葉と違って生産性を重要視して作ったわけだからね。
……まあ、葉っぱは魔力回復効果だけだけど、魔界宝樹メドギナ本体は、ヤヴァさ満点の再生力を持ってるけどね~。
ちなみにこの|即時魔力完全回復ポーション(フルナマポーション)だけど、副作用として魔力量の低い者が服用すると、即死するっていうデンジャラスな効果付き。
僕の魔力量だと服用しても全く問題ないけど、使い方一つでは毒薬として利用することもできるね。
とはいえ、かなり貴重な材料を使ってるので、毒薬として利用するにはもったいなすぎるけど。
なお、品質は"伝説"を超えた先にある、最上位の品質"神級"。
この薬は神級以外の品質になると全て失敗して、薬の効果が発揮されなくなるから注意だね。
その際、薬が訳の分からないクリーチャーと化して暴れだして、後始末がすごく大変になっちゃうよ。
増殖分裂効果を得たゴキブリみたいな奴なので、本当に厄介極まりないよー。
僕は完成した|即時魔力完全回復ポーション(フルナマポーション)を、ベルトにあるポーションの収納個所に刺していく。
以前にも作った分があるので、収納場所に開いてる箇所がそんなにないね。今回作った分で、開いてた箇所は全て埋まってしまう。
ベルトに収まりきらなかった分は、ロングコートのポケット入れておいた。
こっちはポーチと同じで、次元属性魔法によって内部が別次元と化していて、膨大な収納量を持っているから、作ったポーションを全部入れるのなんて余裕だね。
「よし、これにて準備完了。それじゃあクライネル王国に戻ろう」
薬の作成を終えた僕は、再び転移魔法を使ってクライネル王国へ飛んだ。




