67 魔界宝樹メドギナ2
「陛下、起きてください。陛下……」
「んんっ!?」
ゆさゆさと体を揺すられているので、眠気を押し殺して起き上がった僕。
……というか、頭がすごくボーとするね~。
≪ご主人様、急いで周囲の大気成分を無害化してください。でないと窒息しますよ≫
「……はうっ!」
いけないね~。
居眠りしたのはいいけど、ここって火山性の毒ガス地帯だったね。周囲の毒ガスを一度無害化したけど、寝てる間にうっかり無害化のことを忘れちゃってた。
僕はスピカに促され、大慌てで周囲の大気成分の組成をいじって無害化した。
いやー、危うく毒ガスで死ぬとこだった~。
というか、若干手足に痺れのようなものを感じるんだけど……
これはいけない。
ただの気のせいかもしれないけど、あまり無視していい症状じゃないね。
ということで、僕はベルトに収納しているポーションの一つを取り出した。
取り出したのは即時完全回復ポーション。世界樹の葉が原料に使われている薬で、品質は神級。あらゆる病気と怪我を、一瞬で完全回復させる奇跡の薬だ。
そして死にたての人にこの薬を飲ませれば、運が良ければ生き返ることが"たまに"ある。
まあ、奇跡も何も、僕が作った自作の薬だけどね。
で、手足の痺れくらいなら、即時完全回復ポーションを全部使うまでもない。
僕はポーションの蓋を開けて、それをちょこっと舌で舐めておいた。
それだけで僕の体に起きていた痺れは全て収まった。
「いやー、危ないところだった。起こしてくれてありがとう」
「いいえ、それより陛下がご所望されたメドギナの葉です」
自分の無事も確認できたことだし、シルビナちゃんが差し出したメギドナの葉を見る僕。
シルビナちゃんは手にぎゅっとメギドナの葉を握り締めてるけど、なぜか全部血の色で赤く濡れているね。
……というか、シルビナちゃんを見ると全身から赤い血を流していて、腹部にはかなり深い傷まで負ってるよ。そこから血がだくだくと流れ出していて、地面に小さな血の水たまりまでできている。
そして傷口の周囲は、白銀色に輝く鱗を見て取ることができる。
人間の姿をしているけど、彼女はまごうことなき(僕が倒した)竜帝さんの娘さん。つまり竜族なんだよね。今は人化の魔法を用いてるから人間の姿をしているだけで、本来は200メートルを超える巨大な竜なんだ。
もっとも、年齢はまだ500歳で、成人してないけど。
……500歳で成人してないなんて、普通の人間からすれば感覚が狂っちゃうような年齢だよね~。
まあ、そこは重要じゃない。
シルビナちゃんがこんなにボロボロになってるのは、僕が眠った後もメドギナと戦い続けていたからだろうね。
「いやー、わざわざメドギナの葉っぱの為に頑張ってくれてありがとう。はい、これ飲んでね」
とりあえず僕は、舌で少しだけ舐めた即時完全回復ポーションをシルビナちゃんに手渡した。
「えっ、あの、陛下が舌で舐めたポーション……間接キス」
突然顔を赤くして、モジモジし始めちゃうシルビナちゃん。最後の方はよく聞き取れなかったけど、早く飲まないと出血死しない?
まあ、シルビナちゃんは竜の中でも頂点に位置する竜帝の血族だから、これぐらいの出血では死なないかもしれないけど。
「早く飲んでね~」
それでも怪我を早く治した方がいいよね。
「は、はい。私の初めて、陛下にお捧します」
この子何言ってんだ?
≪間接キスでも、キスって思ってるんでしょう≫
スピカが何か言ってるけど、意味が分からん。
間接キス?
一体誰と誰が?
もしかして、サランラップ越しにでもキスをしているのか?
≪……ご主人様は、男女関係の理解力がサル以下ですね≫
なんだかスピカにこき下ろされたけど、意味が分からん。
そうしている間に、顔を真っ赤にしていたシルビナちゃんが、意を決してポーション瓶に口づけ。そのままゴクゴクと一気に飲んでいった。
それだけでシルビナちゃんの全身にできていた傷口が塞がる。
もっとも血の跡まで消えるわけじゃないから、体のあちこちに血痕の跡がそのまま残ったけどね。
「陛下、このように貴重な神薬を賜りまして、私は光栄にございます」
胸の前で両手を合わせて、幸せそうに微笑むシルビナちゃん。相変わらず顔が赤いけど、なぜだろうね?
「別にいいよ~。神薬っていうほど、大げさなものでもないし~」
「いいえ、そのようなことはありません。……それに、キスでしたし」
また、最後の方の言葉はゴニュゴニョと小さくて聞き取れない。
「それより、葉っぱをもらっていくね」
「あっ、はい。どうぞ、こちらになります」
シルビナちゃんが強く握っていた、メドギナの葉っぱを僕は受け取った。
ただね、シルビナちゃんが一生懸命握りしめていた上に、血液までベッタリついてるんだよね。
「……」
「あの陛下、駄目だったでしょうか?」
そこでしゅんとした様子になるシルビナちゃん。
「うん、これは薬に仕えるほどの品質じゃないね。……おまけにシルビナちゃんの血液のせいで、効果が変質しちゃってるし」
「そ、そんな……」
「とはいえ竜帝の一族の血液だから、これはこれで別の薬の材料になるから役に立つよ」
「本当ですか!」
落胆した態度が一転、僕は葉っぱの効果を説明しているだけなのに、なぜかシルビナちゃんが飛び跳ねるように嬉しがる。
全く意味が分からん。
だが、それはどうでもいい。
「とりあえず、この葉っぱはもらっておくとして……」
僕はシルビナちゃんがとってきてくれたメドギナの葉っぱを、ゴミ箱替わりに使っているポーチでなく、ロングコートのポケットの方に入れておく。ちなみにポケットに入れる際、外部からの魔法効果を遮断できる容器に入れておく。
もっとも遮断と言っても、全ての魔法効果を遮断すると"転移魔法"とか、ポケットやポーチに掛けている次元魔法に影響が出ちゃうので、そう言う一部の魔法効果は除外されるけど。
そしてポケットは、ポーチと違って重要度の高いものをしまっておくけど、今回の葉っぱは、それだけの品なのだ。
ただ、僕が今回作りたい薬の原料には使えない。
てなわけで、
「"風刃"」
僕はメドギナの木々が群生している樹海に向けて、下級の風属性魔法を放った。
その途端、
――ドタン、バタン
と音を立てて、メドギナの木が、100本近く倒れていく。
風刃の射線上にあったメドギナの幹が、風で切り飛ばされたんだね。
何しろ風刃といっても、いつものように次元属性を付与してるから、"防御力完全無視"で射線上のメドギナの木を、全部切り倒しちゃった。
で、その際風刃の一部が、メドギナの枝も切り飛ばしている。
その一本を"念動"と呼ばれる、物体操作魔法を用いて空中でキャッチ。そのまま僕の目の前にまで運ぶ。
とはいえ生命力が驚異的なメギドナの枝。既に切断面から触手を生やして蘇ろうとしているけど、僕は次元結界を枝の周囲に密着する形で展開させる。触手を伸ばして再生しようとするメドギナの枝は、次元結界に阻まれて再生することが出来なくなる。
どころか、次元結界によって、今やメドギナの枝はピクリとも身動き出来ない状態になっている。
あとは、枝についていた葉っぱのいくつかを、手でプチプチと引き抜いてやった。
精密解析鑑定魔法にかけて、これから作る薬に必要な要件を満たしているかも確認。
外部からの魔法効果を遮断する容器に入れて、これもポケットへ。
「これでいいや」
「さ、さすがは陛下。私などとは比べ物にならないお力です」
僕がメドギナの葉っぱを採取したら、それだけでシルビナちゃんが褒めてくれね。
フフフ、僕ってやればできる子だから、当然のことだよね!
あ、そうそう。
僕が風刃で切り飛ばした、樹海に生えてるメドギナの木々だけど、切断面から触手が伸びてきて、それが切られた個所と個所に結びついていく。
横に倒れてしまった木も切断面から延びた触手によってその巨体が持ち上げられ、切られた箇所同士が結びついていった。
そして大量の樹液が溢れだし、切られた個所同士がみるみる間に再生して癒着していく。
僕が切り飛ばした跡などまるでなかったように、メドギナの木々は自己修復を完了していった。
本当に、生命力が抜群だよね。
それも当然で、このメドギナの木って、実は僕が以前手に入れた"世界樹の種"を品種改良して作り出した、"世界樹の木の亜種"なんだよね。
世界樹の木の葉は即時完全回復ポーションの材料になるんだけど、世界樹の葉って収穫できる量に限りがあって、どうしても生産性に難があるんだ。
その生産性の低さを改良したのが、ここに生えているメドギナの木の樹海というわけ。
もっとも生産を高めた反動で、薬に加工した際の回復効果が落ちてるし、あとは訳の分からない魔界の植物化しちゃってるけど、その辺は品種改良した際の、致し方ない副作用ということで仕方ないよね。
……元の薬効が低下しているから、品種改良というよりは品種改悪?
でも、生産性が伸びてるので、僕の目的に沿った改良ができてるからいいよね~。
この後僕はシルビナに、「僕がここに来たことは皆には内緒にしておいてね」と言って、転移魔法で別の場所へ飛んだ。
その際シルビナは、「はい、陛下」と、慎ましく答えてくれた。




