65 工房を任せる
なんだかんだで、旧アイゼルバーグ邸に戻ってきたよ。
なお僕たちがいない間も、この屋敷には賊の類いは一切侵入していない。
「お隣さんだから」という理由で、僕の弟子たちがこの工房に押し入ろうとした賊どもを、"ついで"で撃退してくれたそうだ。
いやー、よかった。
実はこの館の中には僕の金貨の一部を隠してたんだよね。
僕の場合ポーチに無制限に近い容量があるから、そこに金貨を全部入れておけばいいように思われるかもしれない。けど、銀行もないこの世界で、現金を1か所にまとめておくのってすごく危険でしょう。
落としたらいけないし、スリに遭っても大変だ。
なので、現金はあちこちに分散して隠してるんだよね~。
もちろん、薬の工房の方にだって金貨はちゃんと隠してるよ~。
で、話を元に戻して、拠点に戻ってきた僕たち。
今後の方針は、魔王との戦いに赴くことで決まっているけど、一つだけ問題なのがアイゼルちゃんの身の置き場所だ。
身重のアイゼルちゃんに、これ以上長旅をさせるわけにいかない。そして今王都の中で安心していられる場所となると……
「アイゼルちゃん、僕の弟子たちの所が一番安全だと思うけど?」
「……あの狂人たちと一緒に生活しろと言うの!」
アイゼルちゃんが僕を睨んできたよ~。
「とはいえ、他に当てになる場所がないしな」
これはレオンの言葉。
「ヴっ」
それを聞いた途端、アイゼルちゃんが呻いたね。
「確かに、そうかもしれませんが。でも私はあんな人たちの中にいたくない……」
「だが、あんな奴らでも一応人間だ。アイゼル相手に、変なことするはずないだろう」
「それは……そうかもしれませんが」
変なことって何ですかな?
「レオンとアイゼルちゃんは、僕の弟子たちを一体何だと思ってるの?」
たまらなくなって、僕は尋ねることにしたよ。
「スバルの弟子と言うだけで、頭がぶっ飛んでいる連中」
「奇人変人、常識の欠片もない頭のイカレタ連中の集まりですわ」
「ふ、2人ともひどすぎ……ることもないか~」
2人に言われちゃっとけど、反対するどころかむしろ納得ってものだよね。
「スバル、ひどい言われようなのに、否定するどころか認めるのか!?」
ついにはラインハルト君が弟子たちのフォローに入っちゃった。
とはいえね、
「だってあいつら頭のネジが2、3本飛んでるのは可愛い方で、下手すると5本とか10本飛んでる奴もいるんだよね~」
「……」
「あ、でもでも、妊婦さんに手を出す様なのはいないよ。薬バカだから、医学の知識を持ってる子がほとんどだし、いざ出産になってもなんとかしてくれるよ。それに薬バカすぎて異性を認識できないような、心の底からの"完全純潔童貞"なんて子もいるし~」
二次元にしか恋できない童貞なんてのが日本ではゴロゴロいたけど、こっちでは二次元が存在しない。だからなのか、恋愛感情の欠落している純粋培養の童貞が生息しているんだ。
『童貞はステイタスです』なんて言葉があるけど、心の底からのマジものの完全童貞なんてのがいるんだ~。
僕なんかから見ると、驚きだね。
……あ、僕12歳だから、穢れを知らないよ。
だから、童貞と事後なんて言葉の意味もわかんないや~。
≪……≫
うむうむ、僕のあざとすぎる意見に、スピカさんだって何も言わないじゃん。
それはそれとして、
「……あの連中にアイゼルのことを託すのは限りなく不安だが。すまない耐えてくれ、アイゼル」
「ううっ、レオンさんがそこまでおっしゃるのなら、私も覚悟を決めます」
……あ、あのさー。レオンとアイゼルちゃんが、物凄く深刻な顔してるよ。
普段クールを装っているあのレオンが、顔に苦悩をありありと浮かべながら言ってるよ。
「ぼ、僕の弟子たちの信用って、一体……」
「弟子と言うより、スバルの信用が原因だろうな」
絶句する僕に、ラインハルト君がとんでもない言葉を言ってくれたよ。
ウフフ~。
なんだか飴玉なめずにはいられないな~。
「ああ、ショッパイな~。酸っぱいな~。でも、やっぱり甘いな~。おいしいよ~おいしいよ~」
なんだか涙が出てる気がするけど、これは飴玉が梅干みたいにしょっぱかったのが原因だからね~。
ま、まあそんなことはいい。
それより僕たちは再び北上して、今度は魔王と戦いに行かないといけない。
なので僕がいない間、工房のことを任せる人物を選んでおく必要があった。それに今回はアイゼルちゃんも残していくわけだしね。
といっても、これは僕の工房内での話になるので、パーティーメンバーであるレオン、アイゼルちゃん、ラインハルト君とは関係がない。
なので、僕と弟子たちだけでの内輪の会話になる。
「弟子1号よ」
「あの、私にはマイセンという名前がありますが、お師匠様」
「……では、弟子のマイセンよ」
「ハハッ」
なんか間抜けな言い直しがあったけど、気にはしない。
僕が呼び出したのは、弟子1号ことマイセン。彼は僕の薬学の弟子として、一番最初にやってきた3人組の中の1人だ。
なお薬学の能力に関しては、現在僕の門下にいる弟子たちの中では、中ほどの実力しかない。
「またすぐに僕たちは北へ行かないといけないから、工房のことは君に任せるね」
「私ですか?ですが、私よりもっと優れた人たちがいますが?」
せっかく工房のことを任せようとしたら、こう切り返されちゃったよ。
まあ、確かに彼の腕だと仕方ない答えかもしれない。
だけど、戸惑う弟子A……おっと、いけないいけない。マイセンの肩を掴んで、僕はその瞳を見る。
……ああっ、身長差のせいで僕は物凄く見上げないといけない。その上マイセンの肩に手を置くために、足の踵を地面から離してつま先立ちしてるけど、その辺のことは全く気にしないでね。
ちょっ、ちょっとだけ足がプルプル震えるけど、きっとマイセンには気づかれてないはずだし……
「いいかい。僕の弟子たちの中で、君はかなりまともな部類なんだよ」
「……」
「腕のいい奴らはたくさんいるけど、そういう奴らほど、常識のない奇人変人ばかりだし」
そんなことを言っていると、工房の中から、
「血が、血が足りない~」
「み、右目が疼く。封印された魔眼の力がー」
とかなんとか、中二病に侵されてる台詞が飛んでくる。
「……確かにそうですね」
「でしょ~」
僕の説得に、マイセンがあっさり頷いてくれるね~。
とはいえ、
「しかし工房のことを任せるなら、やはり腕がたって常識も実績も兼ね備えている、エッセンバッファー老師がいいのではないですか?」
エッセンバッファーは、他国の王宮で筆頭薬剤師まで務めた、名声も実績も抜群の一番弟子だ。
「うん、確かにエッセンバッファーは実力がある上に、常識まで持ってる。ついでにまだボケてないけど、それでも歳をとってるでしょ。だから、できれば若い奴に工房のことは任せておきたいんだ」
そう言い、僕はマイセンを説得していく。
実力、実績、名声。そんなものを築き上げてるだけに、エッセンバッファーは老人なのだ。それも70を過ぎている。
この世界での平均寿命を20歳以上超えてるから、混乱している王都で、後を任せるのに、さすがに不安を感じてしまう。
なんだかんだでマイセンの奴も渋っていたけど、それでも僕の元へ最初にやってきた弟子である。やがて僕の言い分をきちんと聞いてくれて、「工房のことは任せてください」と請け負ってくれた。
「うんうん、それじゃあ後のことは頼むよ。あと、アイゼルちゃんの体にも気を付けてあげてね」
「はい、お師匠様」
元気にマイセンは請け負ってくれた。
うんうん、これでよし。
アイゼルちゃんの件もこれでいいでしょう。
あとはヘタレなレオンが、自分の正体を告白したらいいんだけどね~。
レオンの奴は、一体いつになったら自分の正体をアイゼルちゃんに告げるんだろうね~。




