64 暴徒がはびこる王都で……
≪ご主人様、たった今この国の大臣……いえ、今では元大臣ですね。それが死亡ました≫
いきなりスピカが、そんな報告を僕に入れてきたよ。
(ス、スピカさんや。まさか逃げ出した大臣のストーキングをしてたのかい?)
≪ストーキングと言われるのは甚だ不本意です。逃げ出したとはいえ、一応この国の重鎮だったのですから、追跡調査くらいしても不思議じゃないでしょう≫
(え、ああ、うん、そうだね)
ちょっと返事に困っちゃう。
ぶっちゃけ僕の中では、この国の大臣なんて名前すらない、"村人A"に匹敵する存在としか思ってなかった。
とはいっても、あのデブ大臣の姿を見ていると、なんだか他人とは思えない同族意識は感じたよ。
単に前世で30過ぎた後、デブと化していった僕を彷彿とさせる姿だったからだけどね。
とはいえ、なんで死んじゃったんだろうね?
≪王都から逃げ出す際、使用人と今までに蓄えてきた金銀財宝を馬車や荷車に乗せて運んでいたのですが、その行列があまりにも目立ったため山賊の目を引いたようです。護衛の兵士も少なかったため、あっさりと大臣一行は殺されてしまいました≫
(なるほどね~)
スピカの報告を聞いて、僕はうんうんと頷いた。
商人のバウマイスターおじさんは、この国から逃げ出すときに、ちゃんと腕の立つ護衛を大量に連れていたのに、大臣はそれをケチっちゃったんだね。
バウマイスターおじさんは、今までにため込んだ私財をもって、今では他国でぬくぬくと余生を送ってるのに、大臣はそれが出来なかったわけだ。
気の毒って思うほど大臣のことは気にしてないから、それ以上思うことはないかな~。
まあ、この世からデブが1人消えてしまったというは、ちょっとだけ残念だ。
それと他にも逃げ出した国の高官の行方を、スピカは追っていたよ。
その中にはクライネル王国を逃げ出して他国へ逃れた者もいれば、魔族がすぐに来ないであろう国の南部辺境地帯に留まっている者もいる。
一方で私財をたくさん持って逃げている最中、金に目がくらんだ護衛たちが裏切って、高官の一族や使用人を殺し、財物を奪い取った護衛なんてのもいるみたいだね。
いやー、本当にいろんな事件が起きてるね~。
国の末期感がしまくりだよ~。
「そんな、お父様、お母様」
そして、末期症状のひとつがここにも。
ただいま妊娠中のアイゼルちゃんの実家である、貴族ブラウ家までやってきたんだけど、屋敷の中に入ってみると中は荒らされまくってる状態。
泥棒に入られたどころか、略奪にあった後だね。
建物の中には人っ子一人姿がなく、まるで廃墟のような有様だ。
「ひどいね~、まるで戦争の後みたいだよ」
とは、僕の能天気な感想。
「ああっ」
そしてショックを受けて、アイゼルちゃんが眩暈を起こした。
「大丈夫か」
ふらついたところを背後からレオンが支える。
「……」
いつもならレオンに蕩けた表情を見せるアイゼルちゃんだけど、さすがに今回はそんなことはなかった。
「お腹の子に障るといけない。アイゼルはここで休んでろ。他の部屋の様子は俺たちで見てくる」
というわけで、アイゼルちゃんはその場に待機。ついでに今の王都は危険で1人にしておけないので、ラインハルト君もアイゼルちゃんと共にその場に残った。
僕とレオンの2人で、ブラウ家の部屋をあちこち見て回る。
まあ、ぶっちゃけレオンの感覚は魔族のものだから人間離れしている。この館の中に僕たち以外の人間の気配があれば、感じ取ることが出来る。
そして僕に関してはもはやいう必要もないことだけど、スーパーストーカー探偵スピカ……
≪私に変なふたつ名をつけないでください!≫
ありゃりゃ、怒られちゃった。
僕自身も感知魔法を使えるけど、それ以上に盗聴や監視がお得意のスピカさんがいるから、こんな屋敷の中なんて、入る前から完全に把握済みだ。
とはいえ、それでも一応部屋をあちこち見てまわる。
貴族の屋敷らしく、元は豪華絢爛な飾り付けがされていたのだろうが、今ではただの廃墟。
金目の物なんてまるでなく、タンスの中に仕舞われていた服などは全部なくなっている。羊皮紙などがその辺にまき散らされているけど、これは屋敷に押し入った賊が、金目のものでないからそのまま放置していったのだろう。
あちこち部屋を見て回り、それから僕は床に落ちていた一枚の羊皮紙を拾い上げた。
「これでいいのかな、スピカ?」
≪はい。アイゼルの両親が残した置手紙です≫
(ふむふむ)
とりあえず、アイゼルちゃんに見せる前に一読してみよう。というか、足に踏まれた跡があるのよ。それも土がついてた靴らしく、汚れちゃってるな~。
「これがアイゼルへの手紙か」
そんなこと思っていたら、レオンが僕の手から手紙を奪い取ってしまったよ。
「ちょっとレオン。僕が第一発見者なんだけど~」
「アイゼルに見せに行こう」
ああ、僕の事なんてあっさり無視。
レオンの奴はそのままアイゼルちゃんの所へ、手紙を持っていっちゃったよ。
「あのー、僕もその手紙気になるんだけど~」
まあ、感知魔法使えば今レオンの手の中にある手紙の内容全部読めちゃうけどね~。
で、その手紙の内容を要約すると、アイゼルちゃんの両親は既に王都を逃げ出して、魔族の領土とは正反対にある国の南部へ逃げているとのこと。アイゼルちゃんの無事を祈りつつも、南部の街に腰を落ち着けて、アイゼルちゃんが来るのを待っているというものだった。
「お父様、お母様」
そして手紙を読んだアイゼルちゃんは、不安そうな声を出して涙を流していた。
……ところでさ、レオンがアイゼルちゃんに自分の正体を告白する云々に関わらず、身重のアイゼルちゃんをブラウ家で面倒見てもらおうと思っていたのに、その予定が早くも頓挫してしまった。
僕たちが王都で拠点にしている"旧アイゼルバーグ邸"もあるけど、あそこは僕たちの拠点にしているだけで、屋敷を管理している使用人なんていない。なので僕たちがいなくなると、アイゼルちゃんが1人だけ残されることになる。
さすがに妊婦をそんなところに置いて、僕たちが魔王との戦いに出発するわけにはいかないね~。
とはいえアイゼルちゃんの実家がこんな有様ということもあり、僕たちは一旦拠点にしている"旧アイゼルバーグ邸"に戻ることにした。
「師匠おかえりなさい」
「今回は珍しい薬剤手に入りました?」
「あああ、太陽なんて消えちまえ……」
まあ、旧アイゼルバーグ帝が拠点っていっても、それは"勇者御一行さんの拠点"だからね。
今の僕は、どちらかというと旧アイゼルバーグ邸より、その横に買った薬の工房の方が現在の拠点になってるんだよね~。
お隣通しだから、僕の姿を見た途端弟子たちが声を掛けてきた。
それにしても、1人だけ変な奴がいるな~。太陽がどんだけ嫌いなんだろう?まあ、僕の弟子は変人率がかなり高いけど~。
「残念だけど、今回は薬剤を採取してる暇はなかったよ」
「えー、そうなの。残念」
一応僕って魔族との戦いで前線まで行ったわけだけど、僕も弟子もそんなことは全く関係なし。頭の外だ。
「でも、代わりに新薬の実験はできたね~」
「実験?」
「うん、それも"人間"を使って」
「おおっ、それはすごい結果を聞けそう」
ダモダス砦でもディートハルト砦でも、負傷者の手術をしつつ、こっそり新薬の実験もさせてもらったかね。いろんな研究成果を試すことが出来て、僕としては薬の採取とは違う、別の成果があって有意義だったよ。
「あとで、成果を聞かせてあげるね」
「ワーイ」
そう言って、嬉しそうにする弟子。
「と、ところで師匠。太陽が死ぬほど憎いです。太陽がなくなるような薬ってないですか?」
「……毒薬飲んだらいいんじゃない?」
「残念ですが、私は毒薬を飲んでも耐性がありすぎて、死ぬことがないです」
太陽がダメで、夜にしか活動しない弟子がなんか言ってるね。この弟子、毒薬の研究がメインだから、いろいろとおかしい奴なんだよね~。
もちろん、僕ほどじゃないけど!
そんな僕たちを、アイゼルちゃんは狂人たちの会話としか思ってないので、まるで汚物でも見るような目で見ている。
「やっぱり、あの人たちは頭がおかしいですわ」
「ハ、ハハハ。何しろスバルの弟子を自称している人たちの集まりですからね」
なんかアイゼルちゃんとラインハルト君が言ってるけど、僕は気にしない~。
「ところで今の王都には暴徒がたくさんいるみたいだけど、工房は無事だった?」
今の王都は治安が荒れに荒れまくっているので、そっちも気になる僕。
だけどね、さすがは僕の弟子たち。
「不埒な輩であれば、我が秘蔵の毒薬を用いて撃退しております」
「殺してはないよね?」
「ご安心を。即効性のマヒ薬や、笑が収まらなくなる笑い薬などを使っているだけです。それに、そこにあるのは……」
太陽なんて死んでしまえと公言する弟子が、地面の方を指さす。
「あ、これはついてるトゲに触れると、マヒしちゃう植物だね」
「間抜けな奴らが、その棘に刺さりましたな」
「へー、なるほど」
僕はしゃがんで、その植物をマジマジと観察する。そして、
――プスッ
気になったものだから、つい手を出しちゃった。
「師匠、なんでマヒするって分かってて、自分から指をさしちゃうの?」
「さすがは師匠、自らの体で体験しないと気が済まないのですな」
弟子たちが、いろいろ言うね~。
「あ、アホだ」
「アホですわ」
ラインハルト君とアイゼルちゃんは声を揃えてるね。
「ダ、ダジュゲデー」
一方僕は全身がマヒして、その場に倒れ込んでしまう。動きたくても動けなくなって、助けてと口にするものの、まともな言葉にならない。
「解毒薬持ってくるので、待っててくださいねー」
とはいえ、そんな僕の奇行に慣れているようで、弟子の1人が工房へと戻っていって、ほどなく解毒薬を持ってきてくれた。
「いやー、効果抜群の即効性だね~。これなら暴徒の100人や200人程度、簡単に撃退できちゃうね」
弟子たちの逞しさに僕は感心だ。
「うん。それに攻撃魔法を使える子たちもいるから、暴徒だけでなく、軍隊が攻めてきても皆で逃げ出すくらいの余裕があるはず」
うんうん、とっても逞しい弟子たちで、僕も師匠として鼻が高いよ。
「ラインハルト。ここにいる狂人たちって、実はかなり危険な集団なのでは……」
「ハ、ハハハ……」
呆れるアイゼルちゃんに、ラインハルト君は乾いた笑いで答えてるね。
あ、そうそう。ちなみ僕の弟子たちだけど、クライネル王国軍が事実上崩壊状態にある今でも、誰一人として逃げ出してないよ。
理由は簡単で、皆薬の研究バカで、まともな常識なんてどこかへ置いてきた、頭のおかしい連中だからだ。
きっとこの街に魔族が攻め込んでくるまでは、逃げ出すという発想すらできないんじゃないかな~?
さすが、僕の弟子たちだね。




