62 秘密の夜遊び
魔族の王を名乗り、鬼系の魔族を率いる鬼王。
なんか名前があった気もするけど、そんな小さなこと、もちろん僕は全く覚えてませんぜ~。
で、その鬼王配下の軍勢3万との戦闘でからくも勝利したクライネル王国軍だけど、実はディートハルト砦に派遣していた1万2千の戦力が、国軍のほぼ全てを占めている有様だった。
もともと辺境のド貧乏国家なので、軍の兵力がそれほど多くない。
戦闘に勝ちはしたものの、戦いは激戦でディートハルト砦の戦力は、壊滅に近い被害を受けてしまった。
ここで失った兵力は、クライネル王国軍にとって致命傷と言ってよかった。
次に魔族が攻めて来れば、その時には防衛戦をまともに行うことができないのは確実。
追加の戦力を本国から砦に送らなければならないが、そのための戦力が既に本国になく、大慌てで国内で徴兵している有様。
……というのが、スピカ大先生からの報告だ。
なお情報のソースは、王宮内で国王とごくわずかな高官だけが出席した、秘密会議によるもので、言うまでもないけど、今回も情報の入手にスピカの盗聴スキルが大活躍だ。
「えっ、1万2千が国の戦力のほとんどだったの!?」
「はい。我々が思っている以上に、この国の国力は低かったようです」
国力が低いということは、兵士たちを養うための経済力や食糧生産が乏しいということ。それは軍隊が兵士を、多く養うことが出来ないことにつながる。
「うわー、いくら国力が低いからって、せめて10万ぐらいはあると思ってたのに」
「残念ですが、この国では10万の戦力を常時維持しようものなら、国家が破産してしまいます。
というか、今取り掛かっている徴兵を行えば、地方の農民が総出で駆り出され、食料の生産が止まってしまいます。その結果、冬には大量の餓死者が出ることになるでしょう」
「へええっ、この国本当にヤヴァイんだね」
このままだと魔族の次の侵攻で滅ぼされてしまう。それがなくても、勝手に国家が潰れてしまいそうな状況。
ちなみにスピカはこういう情報を集めるだけでなく、分析するのも好きなんだよね。
僕はそういう面倒臭いことはご遠慮したいけど、スピカって人格的には女性なのに、女性に似合わず軍事とか政治とか戦略的な思考が得意なのかも。
そして前世のアメリカの"CIA"や"FBI"も真っ青な、情報酬集能力を持っているわけだし。
もうここまで来たら、ストーカーなんて次元じゃ収まらないね~。
≪では、私はさしあたり機密情報局の長官と言ったところですね≫
(おやっ、今回のスピカはノリノリだね)
≪たまには私だって悪乗りしていいじゃないですか≫
(よっ、現代の"ダブルオーセブンティーン")
とりあえず前世の映画で見た、英国諜報部に所属する主人公のコードネームでスピカを呼んでおくことにした。
なんだか僕の心の目には、軍服を纏ったスピカが片手に拳銃を持ち、もう片手には鞭を持っている姿が幻視できたよ。
ていうか、銃はともかく、なぜ鞭を持ってるんだ?
≪……そんなの私に聞かれてもわかりません。大体、その姿ってご主人様の勝手な妄想でしょう≫
ありゃりゃ、妄想の産物のスピカさんに、あろうことにも僕の妄想が否定されてしまった。
ま、いいや。
とはいえ、このままだとクライネル王国が滅亡しちゃうのは確定か。
それは少し嫌だね。
ところで、王都に戻るまでには何日もかかるので、その間は夜に野宿もしないといけないね。
てなわけで僕は野宿している夜中、皆に気付かれないように起き上がり、ノストフィーネ山脈へ1人で"転移魔法"を使って移動したわけです。
パーティーの皆には秘密の、夜遊び開始だね~。
「シ、シリウス様。ようこそおいでくださいました」
ノストフィーネ山脈につくと同時に、以前ここで出会ったドラゴンさんが平身低頭して僕を出迎えたよ。
相変わらず図体はデカいくせして、僕の前では明らかに怯えちゃってるよ。
どうしてだろうね~?
「クフフフ、我が君お待ちしておりました」
そしてドラゴンと共に僕を出迎えるのは、紅の髪をした絶世の美女ディアブロ。ただし、性格は僕でもドン引きしちゃう女だ。
そしてディアブロの背後には、悪魔族の軍勢が1万ほど。全員がその辺にいる魔物とは比べ物にならない威圧感を持っていて、どす黒い闇のオーラでも纏っているんじゃないかって感じだね。
その全てが、僕の前で跪いて頭を垂れている。
さらにその後ろ。そこにはノストフィーネ山脈に生息している魔物の数々がいる。
岩石魔人に、爆弾岩、泥人形に泥手と言った岩石・泥系の魔物の数々。
さらには飛竜たちの姿まであった。
それらの魔物たちには、人間のように声を出す声帯がないけど、全てが僕の前で跪いていた。
こっちは、5万を超えるぐらいかな?
「よしよし、この山脈の魔物どもを全員従属させたようだね」
「はい、我ら悪魔族が得意とする"精神操作"を用いて、この山脈にいる全ての魔物の自由意思をはく奪いたしました。シリウス様のご命令で、そこのドラゴンに従って動くようにしろとの事でしたので、そのようにしております」
「うんうん、それは結構」
ディアプロ率いる悪魔族は精神系の魔法が得意で、その能力を使うことで、知能の低い魔物を簡単に操ることが出来るんだ。
ついでに知能が高い相手でも、時間をかければ精神操作は可能だし。
僕がこの前ディアブロを呼んだとき、ちょっと頼んでおいたんだよね~。
「いっそのこと、このドラゴンにも精神操作を施してはいかがでしょう?」
ただディアブロがどうも不満なようで、山脈をねぐらにしているドラゴンをジロリと横目で見る。
その途端、睨み付けられたドラゴンがギョッと目を見開いた。
図体はデカいくせして、根性は小心者なドラゴンが怯えちゃってるよ。
ディアブロっていえば世界終焉なんてふたつ名を持っていて、かつて初代竜帝と勝負して引き分けた過去があるんだよね。
だから、竜族のことがちよっとが嫌いなのかな?
ちなみにディアブロの実力だったら、こんな辺鄙な場所にいるドラゴン程度、赤子を捻るより簡単に叩き潰せちゃう。というか、わざわざディアブロが手を下すまでもなく、後ろにいる悪魔どもが簡単に始末しちゃうだろうけど。
「コラコラ、お前らの"精神操作"って、命令したことしかできなくなる、"完全イエスマン"しか作れないだろ。戦えって言ったら、敵味方も理解できずに、ただ突進していくだけのアホしかできないじゃん。このドラゴンには戦闘で指揮をさせるつもりだから、"イエスマン"にはするなよ」
「ならば"精神汚染"をゆっくりと施していけば、理性が残ったままシリウス様の忠実なる下僕として、死ぬまで喜んで働き続け……」
「嫌だよ!お前俺に隠れて、未だに俺のことを"我が神"とか呼んでる、邪教集団の教祖してるだろ。このドラゴンも、そこの信者にしちまうつもりか!」
「クフフフ」
ああ、笑うなよ。
否定するでもなく、同意するでもなく、笑うだけっていうのは、物凄く不気味なんだよ。
……今度俺の国に戻ったら、邪教集団どもを根絶やしにする必要があるな。
"アークトゥルス教"とか抜かしている教団を、徹底的に弾圧しなければならない!
なぜだかね、魔族の世界にはそんな怪しさ満点の宗教組織があって、ディアブロが教祖をしてるのよ。
ちなみに僕の名前が、シリウス・アークトゥルス。アークトゥルス教が信奉している神って……僕らしいね。
とはいえ僕はアホの子扱いはされていても、狂人じゃないの。
僕は自分のことを神格化されて喜ぶような、アホウじゃないんだよ!
だから、そんなことをする連中は何としても滅ぼしてしまわなければ……
いやいやいや、今はそんなこと重要じゃないね。忘れてはいけないことだけど、とりあえず今はそのことを置いておこう。
「まあ、いろいろと難しい話は置いておいて。ドラゴンさんには少し頼みごとがあるんだ」
そこでドラゴンがゴクリとつばを飲み込む音がする。デカい体をしているから、口を閉じていても、つばを飲み込む音がよく聞こえるね~。
「以前君は『僕の為なら粉骨砕身、例えこの身が朽ち果てる様な地獄に落ちてでも、忠実に従わせていただきます』って言ったよね?」
「い、いえ、そこまで過激なことは……」
「クフフフフ」
「い、言いました!」
ディアブロがちょっと笑いかけると、ドラゴンは僕の言葉に100%同意してくれた。
うんうん、いい子だね。
物わかりがよくてよろしい。
「で、ちょっと頼み事なんだけど、この山にいる魔物全員を従えて、北にいる魔族の国……えーっと、なんて名前の国だっけ?」
「"鬼王"とか抜かしている、弱小魔族が納めるの国です」
「あ、それそれ」
ディアブロが補足してくれたので、頷く僕。
「そこの軍隊を、適当に潰しておいて欲しいんだ」
「は、はい!?私に鬼王様の軍勢と戦えとおっしゃられるのですか」
赤い鱗に覆われた顔なのに、なぜか血の気が引いて真っ青な顔になるドラゴン。
「別に全滅させろとか、征服しろなんて言ってないよ。適当にかく乱してくれるだけで構わない」
「クフフ、シリウス様のご命令です。鬼王の軍勢など叩き潰してしまいなさい」
あらあら、ディアブロが僕より過激なことを言うな~。
「うーん、成り行きで向こうの軍勢を全滅させちゃったなら、それでも別にいいかな~?」
というのが、僕の本音。
このドラゴンが率いるノストフィーネ山脈の魔物たちが、鬼王の軍勢を全滅させても、僕としては全く問題ないんだよね。
まあ、全滅させられなかった場合でも、特別問題になることは何もないけど。
「どうせなら、我ら悪魔族に鬼王領を亡ぼせとお命じ下さいませ」
とは、ディアブロだ。
ただし、それは僕としてはダメな理由がある。
「ディアブロ、それはダメだよ。ここで僕が関わっていることは秘密にしておきたい。悪魔族が動いたら、僕がこの一件に関わっていることがばれちゃうでしょ。だから僕とは関係のない、この山脈の魔族どもに鬼王と戦ってもらうんだよ」
「シリウス様の深慮遠謀、この私ごときには計り知れぬものがあるのですな」
そう言い、ニヤリと笑うディアブロ。
……こいつ、わざとらしい態度してるな~。
本当は僕が何考えてるか、絶対気づいてるだろ。
まあ、別にそのことはどうでもいいけど。
「とりあえず、こっちにはこっちの理由があるんだ。だからドラゴンさんは、この山脈の魔族どもを使って、鬼王の軍を適当に攻撃して回ってちょうだい」
「い、いや。ですが私はドラゴンと言っても、鬼王様の軍と戦うのは……」
そう言いだして、戦うことを拒もうとするドラゴン。
全く、レオンの奴も変なところでヘタレだけど、このドラゴンもヘタレだね。
「はあっ、何言ってるの?鬼王と戦えって僕が命令してるんだよ。大人しく言うこと聞けよ。それとも今すぐプチッと潰された方がいいの?」
「シリウス様がわざわざ手を下さずとも、私が処理いたしましょう」
ディアブロが立ち上がる。
よしよし、2人がかりでドラゴンを説得だ~。
「わ、分かりました。シリウス様のご命令は絶対。鬼王様の軍と戦います!」
「うんうん、素直でよろしい」
ドラゴンさんが納得してくれたようなので、僕は笑顔になる。
「それじゃあドラゴンさんには、この山脈の魔族どもを使って鬼王の軍と戦ってね。別に勝つことまで期待してないから、死なないように適当に相手するといいよ」
「ハハーッ、シリウス様のご命令のままに」
ドラゴンは地面に顎をこすりつけて平伏していたけれど、さらに顎を深々と地面に押し付けて、僕に平伏した。
人間みたいに足腰を曲げて平伏が出来ないから、どうしても顎を地面にこすりつけるやり方でしか、平伏できないんだよね。
で、ドラゴンさんは精神操作されたノストフィーネ山脈の魔族たちを率いて、鬼王領がある北へと進軍していったね。
いやー、数が5万ほどいるから、そこそこ立派な軍隊に見えるね。
魔物を率いるドラゴン以外は、悪魔族の精神操作がかかってるから、死を恐れずに戦い続けるだろうし。
というか、数だけならディートハルト砦に攻め込んできた鬼王配下の魔族より、数が多いね~。
そうなると、ちょっと気がかりなことが僕の中でできちゃう。
(スピカ、鬼王のもってる戦力がどのくらいか知ってる?)
≪正確な数は不明ですが、魔族の領土の辺境にある国ということを考えれば、総戦力は5万から8万ほどと考えられます。もっとも全ての戦力を1か所に集めるのは無理ですし、国内の治安維持などを考えれば……≫
(む、難しい理屈は抜きでお願いします)
≪先日の敗北も考えれば、現在戦力として動かせる兵力は1万と少しといったところでしょう≫
……あれっ?
なにその超少数戦力。
(へっ、それって少なすぎない?)
≪少ないですよ。もともと鬼王領はその程度の国ですから。もしかするとドラゴンに渡した戦力だけで、鬼王の国を征服してしまう可能性がありますね≫
(ありゃ。じゃあドラゴンの奴に過剰な戦力渡しちゃったかな?ま、いいや~)
なんかとんでもないことが起こりそうな予感がしないでもないけど、僕は頭を切り替えて、今の話題を忘れることにした。
それに鬼王の国が万が一滅びたとしても、僕的にはそんなに困ることはないはずだし。
それより、この場にはまだディアブロと、その配下の悪魔軍1万がいる。
「ところでディアブロ。先日頼んでおいた別件だけど」
「はい。ご命令はシリウス様の名を用いて発布しておきました」
「それは結構。……あと、兄さんはどうしてたかなー?」
聞きたくはないんだけど、ディアブロに兄さんの様子を見てきてくれって頼んだんだよね。あ、ちなみに兄さんっていうのは、この世界での僕の兄さんの事だよ。
「シリウス様の兄君でしたら、『あのクソ野郎、戻ってきたらただじゃ置かねえ。生きていることを死ぬほど後悔させてやる』と申しておりました」
「へっ、へー」
「クフフフフ、兄君とはいえ、あの男ごときにシリウス様をどうにかできるわけがないものを。大言壮語も甚だしいですな」
ディアブロの奴は笑っているんだけど、一方で僕の顔はね、真っ青だよ。
「ひ、ひえええっ。帰ったら絶対に兄さんに、頭をガシッてやられて、ギャッと締め上げられちゃう。ヒイイイー」
実力云々じゃなくて、僕は現在無断で職務放棄してる最中。
ちなみに僕が放棄した職務は、同じところで働いてるに兄さんに自動的に全部丸投げね。そんな兄さんに、僕が逆らえるわけないでしょう!
兄さんが頭を掴んで、ガッてやるやつ、物凄く痛んんだよ!
僕は情けない悲鳴を上げるけど、その前でディアブロは相も変わらず唇を曲げて笑いを浮かべていた。
こ、こいつ絶対に僕を見て笑ってやがるな。
――性悪ドン引き悪魔女め!
そのディアブロに合わせて、後ろに控えている悪魔どもの唇もにやついていたから、僕は問答無用で、火球を5、6発ぶち込んでおいた。
ちなにみこの場にいる悪魔どもは高位の悪魔たちで、魔王クラスの実力を持つ者だって相当数いる。
でも、僕の火球って次元属性を付与した特別仕様の火球だから、物理防御力を完全無視できるだよね。
つまり魔王クラスの防御力があっても、紙装甲のように吹き飛ばすことが出来る訳。
そしてさく裂したら、直径10メートルにまで膨れ上がる範囲攻撃だもんね。
火球を打ち込まれた悪魔どもが騒ぎ始めたけど、僕のことを笑ってたんだから、このくらいしても当然だよね。
「お前ら、俺を笑っってこの程度ですましてやってんだ。ありがたく思えよ」
――ったく、舐めてんじゃねえぞ!
後書き
ダブルオーセブンティーン……007……うっ、頭が……




