59 戦場医療
前書き
再び僕のターン!
僕たちは無事にディートハルト砦に辿り着いたよ。
もっともここに来るまでに、それなりに戦闘もあったけど~。
特に巨大一目鬼に襲われることがあって大変だったね。肝心なところでいつも役に立たないけど、それでもパーティー内では(僕を除いて)唯一魔法を使えたアイゼルちゃんが戦線離脱したせいで、火力不足でしんどかったよ。
まあ、レオンの奴はいつも通り涼しい顔して戦ってるけど、ラインハルト君はそれはもう悲惨な目に遭いまくりだったね。
「フゲッ、ギャフッ、グハッ」
なんて悲鳴を上げながら、巨大一目鬼の攻撃を受けて、地面の上を何度も転がされまくってたよ。
武器の方は相変わらずクライネル王国製のなまくら剣なので、攻撃がまともに通らない。それでも僕があげた白狼王宮石の鎧の防御力はぴか一で、巨大一目鬼の攻撃を何度受けても、ラインハルト君は不死身のごとく立ち上がり続けたよ。
「がんばれー、ラインハルト君。君が倒れたら、無力な僕がピンチになっちゃう~」
「お、応援よりも助けてくれないか!」
おっといかんな。
さすがにラインハルト君の防御が固くなったとはいえ、一方的に敵からフルボッコされてるとまずいか。
ということで、
「テイッ」
――ドカーン!
ダイナマイトを放り投げて、巨大一目鬼の頭を粉砕しておいたよ。
うわー、赤黒い血と肉の塊が、ボロボロと空中から落ちてきて、かなりエグイことになってる。
「スバル、よければ僕にもダイナマイトを何本かくれないか?」
ありゃりゃ、とうとうラインハルト君は騎士の誇りともいうべき剣より、僕のダイナマイトの方が、確実に役に立つと悟ってしまったようだね。
「う、うーん。爆発物を持ち歩くのって、危ないからやめておいた方がいいよ。下手したら、今の巨大一目鬼みたいに、自分自身が木っ端みじんになりかねないし」
「……」
しばしラインハルト君は逡巡する。
「そ、それに僕からダイナマイトを取られると、僕のパーティー内での存在価値がまたしても完全ゼロにされちゃいます!」
そう、それだけは認められることじゃない。
今回は僕が戦闘でせっかく活躍したのだ。だからこの際、自分のパーティー内立ち位置を守るために、必死でだよ!
まあ、そんなことしている間に、レオンの奴が残りの巨大一目鬼を3体ほど倒してたけどね。
「終わったぞ。さっさと先へ進むぞ」
「ほいさ~」
僕はラインハルト君にダイナマイトを取られてしまう前に、レオンに頷いておいた。
そんな道中を経て、僕たちはディートハルト砦にたどり着きました。
「……これは、ひどすぎる」
ただし、たどり着くと同時にラインハルト君は絶句。
砦の周囲には魔族はもとより、人間の死体がそこら中に積み重ねられていて、大地は赤黒い血で染まっている。
その数は千や2千ではとても足りず、もはや数えるのがばかばかしい量。
風には血の匂いが濃厚に漂う。
さらに炎や電撃系の魔法によって焼かれたのだろう、肉の焦げた臭いもする。
地獄の光景と言っていい。これにラインハルト君の顔は真っ青。
「うっ、げえっ、げえええっ」
そのまま盛大に、胃の中の物を吐瀉しちゃったね。
「こりゃ戦闘が終わった後だね~」
「そのようだな」
僕とレオンは平気。
いや、レオンの奴も、眉をひそめてこの光景を見ているね。
金剛魔族と言えども、さすがにこれだけの死体を見て平然としていられるようではないらしい。
そんな僕たちの前で、砦に所属してるらしい兵士たちが働いている。彼らは砦の周囲に転がっている死体を、いくつかの場所に集めて纏めている。
「いいかお前ら、死体を集めて焼くんだ。そうしないと伝染病の元になるし、中には不死者として蘇りかねないからな」
そう言って、兵士たちを指揮している人の姿もあった。
うんうん、この地獄絵図の中、なかなか大した判断力だね。
兵士たちを指揮する人の言い分に、僕は心の中で頷く。
もっともこの場で不死者として、死者が蘇ることはないからご安心。
何しろ僕の腰に吊るしている短杖アキュラは、霊魂吸収液ゾルディアックでできている。
霊魂吸収液と呼ばれるだけあって、これがあるだけで周囲の死者の魂を勝手に集めてくれるんだよね。
不死者は魂がないと蘇らないから、これさえあれば不死者問題は即解決。
こういう場所だと、とっても便利な道具だよ。
そうしているうちに、兵士を指揮している人が、僕たちのことに気付いた。
「ん、そこにいるお前ら。兵士じゃないみたいだが?」
「俺はレオン」
「一応勇者様御一行とか呼ばれちゃってる集まりです」
レオンと僕が紹介。
「ああ、あんたら……。いや、あなたたちが勇者御一行ですか。俺の名前はハンスと言います。せっかく砦に来てもらって恐縮だが、既に戦いはごらんのとおり終わった後だぜ」
ハンスと名乗った人は、やれやれと両肩を上げてみせた。
「それにしても、すごい戦いがあったみたいですね、ハンスおじさん」
「ああ、俺の部下どもも、この戦いでかなり戦死しちまった」
「そうなんですか。あ、そこの人腕を怪我してるみたいだけど、効果抜群のポーションがありますよ。今なら特別価格でご提供。ぜひ買っていって~」
目の前のハンスおじさんよりも、怪我人の方が大事。いくらでポーション売ろうかな~?
「……商魂の逞しいガキだな」
あれれ?
なんだか商売相手に寄って行く僕を見て、ハンスさんが呆れた声を出してるね。
でも、そんなこと僕はちっとも気にしないけどね~。
で、僕が商売してる間にレオンと、それから吐瀉から何とか立ち直ったラインハルト君の2人は、現在砦を指揮している人の所へと案内されていったよ。
もともと砦の指揮をしていたのは、この国の軍事のトップである大将軍さんだったらしいけど、残念なことに先日の戦いで戦死しちゃったそうだ。現在ではなんと驚くことに、カタリナちゃんがこの砦の指揮官になって、"牛耳っている"そうだ。
まあ、僕は探知系の魔法を扱えるうえに、スーパー盗聴スキル持ちのスピカまでいるから、当然砦につく前に、様々な情報を知ってたわけだけどね~。
そんなことはさておいて、レオンたちはカタリナちゃんの所へ行っちゃったけど、僕は怪我した兵士相手にセールストーク……あ、いけないいけない。ポーションを低価格で販売。
そして砦の中に入ってみると、そこでは怪我で呻いている兵士さんたちが、たくさん床に並べられていたね。
負傷者を寝かせるベッドは全く数が足りてないようで、床にそのまま寝かされている。中には机の上に寝かされている兵士もいるけど、机でさえ数が足りてない。
そして手足を失った兵士や、腹を切られている兵士。
もはや虫の息で、助かる可能性ゼロの半死人状態の兵士などなど。
そんな兵士たちを相手に、軍医が駆けずり回って治療を施している。
「フフフ、血が騒ぐね」
僕はおもむろにポーチから白衣を取り出し、ロングコートに代わって白衣を纏った。
「医術の心得があるので、僕も手伝いますね~」
そう言って、僕は負傷兵たちを治療する軍医たちの中へ入っていった。
そこから先は医者らしい活動をしていったよ。
と言っても負傷者の数が尋常でなく、1人1人に丁寧な治療を施す余裕なんて全くない。
とりあえず麻酔として使えるモルヒネがポーチの中にあったので、それを兵士たちの傷口にぶっかける。
あとは足を大きく負傷している兵士であれば、その足を切り落とし、腕の怪我に対しては腕を切り落とす。
腹を裂かれた兵士の傷口は、針と糸で縫合していく。
本当はもっと丁寧にやれば、手足を切り落とす必要なんてないけれど、1人1人の傷を丁寧に手術している余裕がない。そんなことをしている間に、溢れかえっている怪我人たちの容体が悪化していき、次々に死んでいくからだ。
それに既に手の施しようがない負傷兵の数も多い。そういう負傷兵の相手を、僕は時間の無駄と見切って見捨てていった。
助けられない人間よりも、助かる人間を1人でも多く診て行かなければならない。
理不尽な現実だけど、戦場での医者は合理的で、非情でなければならない。
重症の1人を助ける間に、もっと怪我の軽い10人を助けられるなら、後者を選ばなければならない。
「お願いです。こいつとは、子供の頃からの幼馴染だったんです。どうか助けてやってください!」
腸が腹から飛び出して、ハエが集っている負傷兵がいた。そんな状態なのに、まだ微かにだけど息をしていた。
その兵士の傍で、傷を負いながらも幼馴染だと訴える兵士がいる。
「残念だけど、その人はもう手遅れ」
「そんな馬鹿なはずがない。頼む、頼むから、どうか俺の幼馴染を!」
取り乱しながら兵士は僕の服を掴んできた。
「誰か、この人をここから追い出して」
お願いすると、この場にいた兵士の1人が、取り乱してる兵士を僕から引き離してくれた。ただし、幼馴染の命が懸っている彼は尋常でない取り乱しようで、兵士1人ではとても押さえきれない。
仕方がないので僕は、ポーチから取り出した眠り薬をハンカチに染み込ませ、
「頼むから、黙っててね」
取り乱す兵士の口に、ハンカチを押し付けた。
すぐさま、兵士の瞼がトロンとし、瞼が重くなる。
「この、人殺し……」
意識が完全に落ちる前に、兵士はそう呟いた。
そうだよ。
医者ってのは、殺人鬼なんだよ。
こんな状況では生かせられる人間と、死ぬ人間を判別していかないといけない。
1人でも多く助けるということは、同時に助けられない人間は見捨てていくことなのだから。
ひどく残酷な現場だけど、僕はその言葉を聞き流した。
(ああ、なんだかいいよね。こういう野戦医療って、心躍って仕方がない)
僕は周囲に立ちこめる血の臭気、肉の腐る臭い、焼けただれた肉の臭い。阿鼻叫喚の悲鳴があれば、逆に重く辛そうな呻き声の数々。そして濃厚な死の気配を感じつつも、次なる兵士の処置へ取り掛かっていった。
次の兵士は戦傷が原因で左目の目玉が飛び出していた。まだ視神経が脳とつながっているけど、もはやこの左目は完全に使い物にならない。
僕は冷静に麻酔を施したのち、目の視神経を切除する。それからいくつかの処置を行い、清潔な白い布をポーチから取り出して、眼帯代わりに兵士の左目があった部分に巻き付けていった。
そして、次の人へ取り掛かかる。
そうそう、僕が珍しく真面目に医療行為を行っているから、いつもは小姑のように煩いスピカも、この時ばかりは何も言ってこなかったね~。




