58 悲劇の栄転カタリナ大隊長・後編(カタリナ視点)
そんなこんながありつつも、私の部隊はディートハルト砦にたどり着いたわ。
途中で経由した町や村は、魔族の軍勢のせいでどこも寂れていて、とにかく超ド貧乏。
まともな金品すらない有様だったわ。
でも、私たちは王都から派遣された部隊。
つまり、正義の軍勢と言っていいわね。
というわけで、道中立ち寄った町や村では、そこの長を脅し……お願いして、食料とかたくさんわけてもらったわ。
こっちは武装したプロの軍人。それに対して向こうはただの民間人だったから、私の"お願い"を町や村の長はもちろん、そこに住んでる住人たちだって、快く受けてくれたわ。
ついでに私が要求……お願いしたら、お金まで提供してくれた。
と言っても、本当にしみったれた金額しかなくて、王都の貧乏商人相手に略奪する方が、まだましってぐらいの額だったわ。
「うわあああっ、あの金がなければ今年の冬をどうやって越せばいいんだ」
「もうお終いだ。明日から何を食って生きて行けばいいんだ……」
なんか変な叫び声があちこちで聞こえたけど、そんなこと私の知ったことじゃないからどうでもいいわね。
かくして、私たちはディートハルト砦に辿り着いた。
砦に辿り着くと、私より先に王都から派遣されていた、軍の重鎮である大将軍を筆頭とした、お歴々が出迎えてくれたわ。
ちなみに大将軍はこの国で一番偉い軍人で、大隊長である私から見ても、雲の上のような身分の人よ。
クライネル王国では魔族の南下に対して、軍の主力がディートハルト砦に集結している。そのため、軍のトップがわざわざ最前線にまで出張ってるのよ。
「実は最近は王都からの補給が途絶えがちで、物資の備蓄に不安を抱いていたが、カタリナ君の部隊が補給物資も一緒に運搬してくれたので大助かりだよ」
そう大将軍は言ったわ。
「当然のことですわ。お国の危機は見過ごすことが出来ません。どうか、この物資をお役立てください」
私は猫をかぶって、ここまで持ってきた物資の数々を、大将軍に全て献上したわ。
……
……
……
ちなみに、私の部隊は王都で補給物資なんて、これっぼっちも受け取ってないわよ。
単にここに来るまでの間、町や村から"善意"でいただいた食料や金品を、部下の兵士たちに荷車で運ばせてただけ。
それを大将軍は補給物資と勘違いしちゃったのね。
どこも貧乏な村落ばかりだったけど、それでも塵も積もればなんとやら。
それらの物資全てを、私は大将軍に気前よく差し出した。
だって、当然の事でしょう。
この国がどうなるとかなんて難しいことは、私はこれっぼっちも気にしていない。戦争の結果だってどうでもいいわ。
でもね、私は王都にいた頃から、忘れることなく上司に上納金を納め続けていたの。そうすることで、本来であれば私のやってる確実に犯罪になってしまう数々の所業を、全てもみ消してくれたんだから。
そんな私だから、当然軍のトップである大将軍にも媚びへつらって、上納金代わりに物資全て差し出すなんて、当たり前にできちゃうわ。
ここで大将軍の覚えがよければ、後々いい役職に就けるかもしれないしね。
ウフフ。人間弱きを挫き、強きに媚びへつらうなんて当然の事。
これも大将軍の為、そして未来の自分のための投資よ。
ところで、それから数日も経たずに、魔族の大軍勢がディートハルト砦周辺に出没したわ。
ディートハルト砦にいるクライネル王国の軍勢は1万2千。対する魔族の軍勢は3万を超える大軍勢だった。
「い、いやー。私、こんなところで死にたくない!」
私はわが身の不運を心の底から嘆くしかなかった。
どう見ても、勝ち目のない数よ。
戦争で人や魔族が何万人死のうが、私には関係ないわ。でも、そこに私の命が入っていたら、関係ないどころの問題じゃないでしょう!
この世の終わりどころか、私の終わりになっちゃうじゃない!
取り乱す私に、
「安心してください。俺たちは例え地獄の果てまでも隊長にお供しますぜ」
ハンスを筆頭とした部下たちが、一斉に片膝をついて私に忠誠を誓ってきたわ。
でもね……
「何バカなこと言ってるのよ!地獄なんて嫌。天国だって嫌!
私はそんなところに行くより、贅沢三昧をするために、王都で商人どもをつるし上げる、あの生活に絶対戻ってやるんだから!
だから絶対に生き抜いて、王都で返り咲いてみせるわ!」
そう、私は強く願ったわ。
それから1週間以上に渡って、クライネル王国軍と魔族の軍勢は砦の内外でにらみ合いを続けることになったわ。
どちらも小競り合い程度の戦闘が度々発生し、そのたびに何人もの負傷者が出た。
ある時なんて馬鹿な魔族が、
「我こそは鬼王様に仕えし、魔将軍……」
「やかましい!」
――ブウォン
なんか全軍の前に立って口上を述べていたけど、むかっ腹がたったので、私は砦の中にあった岩を両手で放り投げてやったわ。
そしたら馬鹿な魔族が、岩の下敷きになったわね。
下敷きにされた魔族は、その後ピクリとも動かない。
「ギアアッ、魔将軍様が戦死したぞ!」
「ありえない、あの魔将軍様が……!」
「ば、化け物が人間の軍勢の中にいる!」
なんだか魔族どもがほざいているけど、そんなの私の知ったことじゃないわ。
私はそっぽを向いて、そのまま砦の中へ戻っていったわ。
……その後、私はなぜか砦を指揮している大将軍に呼び出されて、
「よくぞ魔族の将軍を討ち取ってくれた。君こそがクライネル王国に真の平和をもたらしてくれる勇者に違いがない。カタリナ君、これからの君の戦いに期待しているぞ」
「あ、あらいやですわ。そんなこと当然でございます。オホホホホ」
とりあえず大将軍が喜んでたので、私は適当にお追従してご機嫌を取っておくことにしたわ。
ふうっ。
媚びへつらうのも大変だけど、これも私の未来のため。
待ってなさいよ、私の王都。
再び戻って、私の懐を豊かにしてみせるんだから。
それが、戦場にいる私の唯一の希望なのだから。
……だったのに、その数日後、魔族軍がディートハルト砦に総攻撃をかけてきたわ。
兵力で勝る魔族は、ディートハルト砦の後方にあるダモダス砦にも部隊を展開していたようで、その部隊を使って、私たちのいるディートハルト砦との間の補給線を絶っているそうよ。
でも、その部隊がある日突然壊滅したんだって。原因はよくわからないけど、夜にいきなり世界が白く染まったとかなんとかって話だったけど……
私には小難しい話は分からないけど、魔族は味方の部隊が壊滅したことに焦って、持久戦を捨てて即効でディートハルト砦を落とすことを決めたそうよ。
そんなことを、頭のいいハンスが言っていたわ。
あいつって、気味の悪い奴だけど、頭は切れるから間違いないわね。
……まあ、この前は山賊がド貧乏だったことは見抜けなかったけど。
でもね、そのせいで魔族たちは3万の軍勢を前進させて、ディートハルト砦に向かって総攻撃を仕掛けてきたわ。
対するこちらの軍勢は1万2千。
数の上ではこちらが不利。
魔族はゴブリンやコボルトなどの弱小魔族が戦力の大半を占めているけど、中には人間が10人以上の部隊を組まないと、まともな戦いにならない強力な固体まで、何百と存在している。
また砦を囲う城壁にしても、巨大一目鬼のような巨大な魔物相手では、防御施設としての効果を、あまり発揮することが出来なくなる。
城壁上で弓を構えて進軍する魔族を迎撃していた兵士たちは、接近した巨大一目鬼が腕を振るうことで、城壁上から次々に払い飛ばされて落とされてしまう。
城壁上の兵士たちは、弱小魔族相手に攻撃するより、まずは危険な大型の魔物相手に攻撃を集中させるけれど、そもそも数で不利なため、迎撃がまともに機能しなかったわ。
城壁を乗り越えて、砦の中に侵入する魔族も出てきたわ。
「いやー、きゃー、こっちに来るなー」
そして、戦いの中に私も立たされたの。
非力な私は、絶体絶命の危機にただ悲鳴を上げるしかできなかったわ。
だって私は非力な乙女よ。物語に登場する、悪役に囚われた王女様のように、地獄のような戦場で悲鳴を上げることしかできなかったわ。
「す、すげえー。巨大一目鬼を素手だけで放り投げちまったぞ」
「しかも投げ飛ばされた巨大一目鬼の下敷きにされた魔物ども、ありゃ生きちゃいないな」
……私は悲鳴を上げて、近づいてきた巨大一目鬼を手で払いのけただけよ。
やったことは、それだけよ。
なのに、なぜか近くにいる兵士たちが驚き、唖然とした声を上げてたわね。
全くどうしたのかしら?
巨大一目鬼ごときを振り払っただけで、何を驚いちゃってるのかしら?
その後も私は悲鳴を上げつつ、
「人身御供バリア!」
「ギャヒン」
襲ってくる魔物相手に、デービットが果敢に私の身を守ってくれたわ。
よくできた盾よね。
まあ、そこに当人の意思はまったく介在してなくて、私が腕力に任せて無理やりデービットを盾代わりに使ってるだけだけど、そういうことは気にしなくていいわよね。
肝心なのは、デービットが私の盾になって、守ってくれてることだから。
「隊長、これをどうぞ」
「てやっ」
トリスがなぜか槍を渡してくれたから、私はそれを片手で適当に放り投げたわ。
「グギャアアア」
「大隊長様が戦死したぞー」
「悪魔だ、人間の軍勢の中にいる悪魔の攻撃だ!」
なんか魔族の陣営から変な声が上がってきけど、何かあったのかしらね?
「さすが隊長。魔族なんて目じゃないですね」
「オホホホ、あなたが何言ってるのか全然意味が分からないけど、当然よね」
とりあえず私は、私のことを褒める部下に鷹揚に答えておいたわ。
それでも私たちクライネル王国軍は、徐々に数で押し切られていったわ。
砦の城門が魔族の軍勢に突破され、私たちは城壁上での戦いを諦めて、砦の内部での戦いを余儀なくされてしまった。
そしてついには、
「大将軍が戦死されたぞ!鬼将軍と名乗る魔族の将軍に殺されてしまった!」
魔族によって、私たちを率いていた大将軍が討ち取られてしまう事態に。
「鬼将軍なんだか知らないけれど、私がせっかく印象をよくするために貢いだ相手を殺すなんてどういう了見してるのよ。せっかくちまちまと略奪した食料と金が全部無駄になったじゃない!この私が、その鬼将軍をぶっ飛ばしてやるわ!」
ということで、私は砦の中に溢れ返っている魔族どもを、片っ端から蹴散らしていったわ。なんだか全身から黒いオーラを迸らせた、いかにも『俺が鬼将軍だ』って感じの魔族がいたわね。
「ククク、貴様が人間の勇者か」
「黙れ、魔族!私の出世を邪魔するお前なんてこうしてやるわ」
「グッ、ガハッ、グヘッ」
見た目は偉そうだったくせして、拳で2、3発殴ったら、すぐに足取りがおぼつかなくなって、フラフラになっちゃったわよ。
「な、この怪力は噂以上。よもや、鬼将軍であるこのワシ……」
「だまらっしゃい!」
怒りから蹴りを入れてやったら、鬼将軍とかいう魔族は、砦の石でできた壁を3、4枚ほどぶち破って、そのまま砦の外に飛んで行ったわ。
「お、鬼将軍が戦死したぞ!」
その後、外で魔族どもの悲鳴が轟いたわ。
でもね、泣きたいのは私の方よ。
「わ、私が、せっかく媚びへつらって取り入ろうとしてた大将軍が死んじゃったじゃない。いやー、私の努力がすべて無駄になったじゃないー!」
私は、本当に心から泣いたわよ。
もちろん、大将軍のことを思ってじゃなく、私の出世のため。そして再び王都に戻って、あの甘い汁吸い放題だった日々に戻りたいというささやかな夢が、私から遠のいたことを予感して。
その後、
「よくも我ら3魔将軍の内の2人を打ち取ってくれたな。だが、最後に残ったこの私は他の魔将軍どもとは違う。この刀神魔将軍……」
「だまれー!」
煩いのが私の行く手に塞がったわ。
今度の奴は刀をぶんぶんと振り回してきたけれど、私はそれを紙一重で次々に回避していく。
「ば、馬鹿な。我が刀の一撃は神速。それを連続して避けるとは、本当に人間なのか!」
「うるさいわよ。だいたい何が神速よ、このヘボ刀使い」
私は繰り出される刀の腹に、拳を打ち付けた。
それだけで、脆い刀が音をたてて粉々に砕け散っちゃったわ。
言っとくけど折れたんじゃなくて、"粉々"よ。拳が当たっただけでこうなるなんて、どんなボロ刀よ?
「な、我が名刀……」
魔族が絶句しているけど、こっちは魔族相手だと金貨を貪り取れなくてイラついてるの。てことで私は、ストレス発散のため、目の前にいる魔族を全力で殴りつけたわ。
そしたら砦の壁をぶち抜くだけじゃなくて、その先にある城壁にまで魔族の体が派手にぶっ飛んで行ったわ。
それからガラガラと音を立てて、城壁の一部が崩壊しちゃった。
あら、やあね。
この砦の城壁って、ヒドイ手抜き工事じゃない?
「あああ、3魔将軍様がすべて討ち取られてしまった!」
その後、魔族の軍勢から悲鳴が上がったわ。
そして砦の内部まで攻め込んでいたのに、魔族たちは悲鳴を上げて、次々に背を向けて逃げ出していったわ。
「ここで逃げる敵を追撃できればいいのですが、我々ももう限界ですね」
この戦闘の中、私の部下であるトリスは額から血を流す傷を負いながらも、悔しそうにしていた。
「ハ、ハハハ。隊長はともかく、トリス、お前も生き残れたか」
同じように額から血を流し、右腕が動かなくなっていたものの、それでもしぶとく生き残ったハンス。
「……」
ちなみにデービットの奴だけは、地面の上で寝転がって倒れていたけど、あいつは戦いの中で何度も私を"かばって"、立派な部下として活躍していたわ。
「デービット、あんたの死は無駄にしないわ」
「いやいや、まだ息してますよ、隊長」
あら、無駄に頑丈な体でよかったわね。
結局私の3馬鹿部下どもは、全員戦いを生き抜いたみたい。
まあ、馬鹿だけが取り柄とはいえ、無事に生き残ったんだからいいわよね。隊長である私としても、鼻が高いわよ。
後書き
あ、あれ?おかしいな?
どうしてカタリナちゃんが無双してるんだ?




