57 悲劇の栄転カタリナ大隊長・中編(カタリナ視点)
「アーレー、イヤー、キャー」
私の率いる部隊は、いまだ配属先のディートハルト砦に辿り着いていないのに、その前に魔族の軍勢が姿を現した。
まあ、軍勢と言っても、ゴブリンにコボルトと言った小型の魔物がメインで、あとはオークとトロールの混成部隊。
ゴブリンやコボルトは、人間でも一対一で戦える程度の強さしかない。
しかしオークやトロールは、2メートルを超えた巨大な魔物。鈍足で動きが鈍いものの、人間離れした怪力で丸太を棍棒代わりにして振るう化け物。
丸太の一振りで兵士が4、5人まとめて吹き飛ばされてしまい、こんな怪力を持った奴らと、まともに接近戦なんてやってられない。
「槍兵前へ、弓兵は後方から援護しろ!」
意外なことに……そうものすごく意外なことだけど、私の馬鹿な部下第1号のハンスが、冷静に兵士たちを指揮していた。
突進してくるトロールの体に、槍兵たちが一列に並んで、その体に槍を突き立てる。
1撃、2撃程度では、トロールは自分に槍が刺さったことさえ理解できないほど、痛覚と頭が鈍い化け物。そして、そのままの状態で戦い続けるのだから、始末に負えない厄介さがある。それでも一度に何十という槍が突き立てられれば、即死をまぬがれることはできない。
さらに遠方から放たれる矢が、オークの体に次々と突き立っていった。
しかし分厚い皮膚を持つオークは、弓矢がいくら突き刺さったところで致命傷にならない。
全身にできた傷口からどす黒い血を流し、怒りの雄たけびを上げて咆哮した。
「魔法兵、一斉に火球を放て!」
そこにトリスが魔法兵に命じて、一斉攻撃。
単発ではたいした火力のない火球だけど、魔法兵たちが詠唱を揃えて一度に何十発と放つ。そうなるとただの下級火魔属性法とは思えない威力になる。
オークの体にさく裂した火球の熱波が、周囲の草木を熱で焦がすほど。そんな攻撃をまともに浴びたオークは、無残な黒い塊となって焼かれた。
「あ、あんたたち。王都では弱い者いじめしかできないと思っていたけど、結構やるじゃない」
部下たちの予想外の強さと有能さに、私はちょっとビックリだ。
感動を覚えたと言ってもいい。
今まで散々ダメな奴らだと思っていたけど、見直したわよ。
「これでも昔は前線にいましてね」
「カタリナ様の部下としては、この程度当然です」
ニヤリとハンスは笑い、トリスはクールに決める。
「王都での姿が、嘘みたいにかっこいいじゃない」
私は2人の部下に感動した。
ただ私の傍では特注鎧を着たデブが、1人だけ情けなく足をワナワナと震わせて縮こまっている。
まだ立っているだけ立派だけど、すぐにでも腰が抜けて地面に座り込みそう。
「このクソデブ。あんたも役に立ちなさい!」
私はデービットのけつを思い切り蹴り上げてやった。
「ハッ、ハヒン!」
デービットの体が"ほんの"50センチほど空中に持ち上がり、その後どさりと地面に落ちる。
「し、幸せです」
その顔には、得も言われぬ喜悦が……
「こっちは不幸せよ!」
――ゲシリッ
むかつくから、その顔面に拳をめり込ませておいたわ。
いつものように泡を吹いてデービットはぶっ倒れたけど、そんなの私の知ったことじゃない。
「デービット、相変わらずお前は幸せ者だな」
「ああ。とはいえ軍医を早く呼ばないと、デービットが死にかねないぞ」
ハンスとトリスはそんなことを言い、軍医がデービットの元へ呼ばれた。
……やっぱり、こいつらはダメだわ。
かっこいいなんて思った、私の目が狂っていたわね。
こいつらは頼りになんかならない、完全ダメ人間だわ。
私は部下どもに抱いた思いを、直ぐに地中深くに放り捨てた。
ところでその後もディートハルト砦へ辿り着くまでに、私の率いる大隊は何度か魔物の襲撃に遭ったわ。
「私は王都で安穏とした生活がしたいのよ!こんなところで死んでたまるもんですか!」
私はか弱いただの乙女なのよ。
それも美人でまだ二十歳。こんな魔物との戦いがある場所にきていい女の子じゃないの。
なのに、私に向かって野蛮な魔物どもが次々に襲い掛かってくる。
「人身御供バリア!」
「ギャヒン!」
こともあろうにゴブリンが私に向かって石斧で切りかかってきたから、近くにいたデービットを"片手で"ひょいと持ち上げて、盾にしたわ。
石斧が鎧にめり込み、デービットが悲鳴を上げたけど、そんなの当然よね。
「よくやったわ、デービット。死ぬ気で私を守ってくれるなんて、役に立つじゃない」
「ぼ、僕は何もしてません。隊長が勝手に……」
「おだまらっしゃい!」
何かほざくデブを、私はそのまま襲ってきたゴブリンに向けて放り投げてやった。
「ウギャー!」
「ヒャアアアッ!」
激突したゴブリンとデービットが、2人仲良く悲鳴を上げてるけど、とりあえずデービットの方は大丈夫でしょう。
あいつ、ああ見えてもなぜか体がやたら頑丈なのよね。
無駄に太りまくっているから、脂肪で防御力もアップしてるんじゃないかしら?
「普段から隊長の拳を受けまくってるだけあって、あいつってすごく頑丈になってるよな」
そんなことをハンスがぼそりと呟いたけど、何それ!?
「ちょっとそこ。聞こえているわよ、ハンス!」
腹が立つので地面に落ちていた拳大の石を、私はハンスに向けてぶん投げた。
「うおっと!隊長、さすがに俺を殺すのは勘弁してください」
「何よ、私が投げた石ぐらいで人が死ぬわけないでしょ!」
――バカンッ!
直後、私の投げた石が近くに生えていた木に命中。
木の幹が木っ端みじんに砕け散り、さらにはその向こう側に隠れていたゴブリンの脳天までが、なぜか木と同じく木っ端みじんに吹き飛んだ。
「おっ、おえええっ。なんてグロイ光景」
思わず吐き気を覚えてしまう私。
「ヒイッ。さすがに今のはご褒美じゃなくて、天国へ直行の一撃だったな……」
魔族相手の戦いでは冷静に指揮してたくせに、ハンスの奴が顔を真っ青にしてるわよ。
全く失礼な奴ね。
私はただのか弱い乙女よ。
ちょっとボロイ木と、紙人形みたいにひ弱なゴブリンが、弾け飛んだだけじゃない!
「ウラボー」
と、そんな私に向かって、あろうことにも巨大一目鬼が襲い懸ってきたわ。
「うるさいわよ、このド貧乏魔族。こっちは金目のものが奪えなくて腹が立ってるのよ!」
――ドンッ、ガンッ、ボガン、ゴキリッ
なんだか変な音がしたけど、何の音かしらね?
私が何回か巨大一目鬼を小突いてやると、体長5メートルの巨大一目鬼が地面に突っ伏して絶命していたわ。
「非力なくせして、私を襲おうなんていい度胸してるわね」
最後にゲシリと、地面に倒れ伏した巨大一目鬼の顔面に蹴りをお見舞いしておいたわ。
といっても、とっくに死んでるから、私の蹴りを受けてもサイクロプスは悲鳴すらあげなかったわ。
ただ、その体が3メートルくらい向こうへ吹っ飛んでいっただけ。
「ス、スゲエ……」
「隊長、マジで人間やめてる……」
「わざわざ勇者様を召喚しなくても、隊長がいるだけで魔族を撃退できるんじゃないか?」
なんか部下の兵士たちがのたまってるけど、そんなの私の知ったことじゃないわよ。
「はあっ、私は魔族なんて大嫌い!倒しても倒しても、私のお財布が膨れるわけじゃないの。これならまだ山賊どもの方がましじゃない!っていうか、絶対に生きて帰って、また王都で稼ぎまくってやるんだからねー」
私は魔族たちが金目の物を一切持っていない理不尽さを嘆きつつも、絶対に王都に戻って、またやりたい放題して稼いでやると、心に強く強く誓った。




