56 悲劇の栄転カタリナ大隊長・前編(カタリナ視点)
前書き
しばらくカタリナ視点になります。
――ウフッ
私カタリナ・リニスは、希望の光を失った目で馬上の人となっていた。
そもそも事の発端は、王都での上司からの言葉だった。
「カタリナ君おめでとう。君は今日から大隊長に昇進だ」
日頃の功績が認められて、私は王都警備隊の中隊長から大隊長へ昇進を果たした。
「ウフフ、これで今まで以上に王都で商人相手にみかじめ領を要求することが出来ますわ。それに逆らう奴らは資産没収で、私の懐に。もちろん、上司にも今まで以上に上納金を納めるのでご安心ください」
私はにこり笑い、大隊長への昇進に心躍った。
私は常日頃から商人どもから奪い取った金貨の一部を、この上司に納めている。上司はその見返りとして、私の悪行の全てをもみ消してくれている。つまりとても心強い同士なのだ。
だから私の昇進に、上司も心よくしていることだろう。
何しろ私の懐が今まで以上に豊かにんだから、上司の懐に入り込むお金だって当然増えることになる。
……なのに、なぜか上司は喜色満面の顔でない。むしろ顔色を青くしていた。
「……あの、何か悪いことでも?」
「実はカタリナ君、非常に言いにくいことなのだが……」
そこでしばし逡巡する上司。
一体何があるのかしら?
この時の私は、どこまでも昇進に浮かれていた。これから商人どもからもぎ取る黄金のことを夢見ている、ただの無垢な乙女でしかなかった。
――言っとくけど、30歳過ぎたら乙女じゃなくてババアなんて言葉を吐いたら、その顔面をぶっ飛ばすから!
そしてしばらく言葉を選んでいた上司は、やがて言葉を続けた。
「カタリナ君、実は君の功績があまりに高く評価されてしまったため、昇進と同時に"北"への配置換えが決まったのだよ」
"北"というのは、クライネル王国では魔族との戦いの前線を意味する言葉になる。
「へっ、"北"って……それじゃあもしかして、私は王都にいることが出来なくなるんですか?」
「そういうことになる」
い、いやだ。
そんなことを認められるはずがない。
北ですって!魔族との戦争ですって!
私はそんな場所になんて行きたくない!
「嫌です!私は王都がいい。これからもたくさんお金を稼いで、今まで以上に上司に貢ぎます。だから私を王都以外の場所に、配置換えなんてしないでください!」
「それがだかな、人事部のお偉方が予想以上に君のことを高く評価してしまったようで……私にはもはやどうすることもできない」
「な、何てこと……」
私は世界から急速に色が褪せていくのを感じた。
今まで王都で散々やりたいようにやって、商売人どもから金を巻き上げてきたというのに、それがもうできない。
逆らう連中は資産没収の上に、投獄してきたというのに、それがもうできない……
私の懐に黄金をもたらしてくれる王都に、いることが出来ないって……そんなことがあっていいはずがない!
「い、嫌だ!私は死んでも王都以外の場所で働きたくない。そ、そうだ、昇進なんていいですから、今まで通り中隊長のまま王都で働かせてください!」
「残念だがカタリナくん。私たちにはどうすることもできないのだよ」
「そ、そんなー」
私は絶望した。
"私の王都"が、私のものじゃなくなってしまう。
今まで散々王都で金づるどもを相手に、我が家の春を謳歌してきたというのに、一体私の何が悪かったっていうの……。
そうして私は、後日王都を発って、魔族との戦いの最前線である、ディートハルト砦へ向かうことになった。
中隊長時代に比べ、さらに多くの兵士たちが私に付き従うようになったけど、そんなもの私にとってどうでもいい存在。
「隊長、落ち込むのは分かりますが、元気出してください」
慰めるのは私の部下であり、ちょい悪親父のハンス。
「どうせなら、道中にある山賊の砦を襲って、金品を巻き上げましょう」
この提案は私の知恵袋であるトリスのもの。
しかしさすがは私の知恵袋。ナイスなアイディアだわ。
「山賊。フフフ、そうよね。あいつら町や村を襲って、金品を巻き上げてるでしょう。フフフ、奴らの悪逆非道な行いに天罰を下してやらないといけないわね」
今私は大隊長として君臨している。
私の率いる1000人に届く兵士を相手に、たかが山賊ごときでは逆らうことすらできないだろう。
「そうと決まれば善は急げ。悪逆非道な山賊どもから、有り金全部搾り取るわよ!」
私は部下たちに宣言して、道中にある山賊砦を襲うことにした。
で、その結果5つほど山賊の砦を陥落させたわ。
私の指揮が優秀なのは当たり前だけど、部下たちも死力を尽くして働いてくれたわ。
きっと私が山賊たちとの戦いを前にして行った、訓示の威力もあったでしょう。
「いいこと、山賊に殺されるのと、私に殺されるのと、どっちがいいか選びなさい」
そう言って、私はその辺に生えていた大木の1本に、ラリアットをお見舞いしたわ。
大の大男より太い大木だったけど、私がちょっと腕で小突いてあげたら、メキメキバリバリと音を立ててへし折れたわ。
全く、私は大して力を入れてないのに、見掛け倒しのぼろい木ね。
大木が大きな音を立てて地面に転がる様子を見た兵士たちは、皆顔を真っ青にしていたわ。
「いいか、隊長はマジだ。隊長に殺されたくなければ、死ぬ気で戦え!」
私の意を察して、ハンスが力強く部下たちを鼓舞したわ。
そうして、瞬く間に陥落させた山賊の砦。
……だったけど。
「ちょっとトリス、どういうことよ。金目のものはおろか、食料すらろくにないド貧乏ぶりじゃない!」
落とした砦の全てが、金目のものはおろか、満足な食料すらない有様。
「面目ないです」
項垂れるハンス。
「役立たず、アホ、ごく潰し。何のために頭がついてるのよ、うすらバカ!」
私は怒りに任せて、ハンスに罵声を浴びせていった。
……って、項垂れるどころか逆に顔がにやついてて気持ち悪いわよ。
そういえばこいつってまともそうな顔してて、こういう性癖の持ち主だったわね。
い、嫌だわ。
私、こういう理解したくもない奴らって苦手なのよね。
「ていっ」
「ヒデブッ!」
とりあえず腹がたつので、ハンスをなじる代わりに、近くにいたデブのデービットに拳をお見舞いした。
体が横に太いせいで、特注の鎧でないと体のサイズにあわないデブ男のデービット。
それにしても相変わらず大した防御力のない鎧で、私が拳でつついただけで、鎧が窪んでるわよ。
本当、相変わらず紙装甲の鎧よね。
「し、幸せ~」
そして私に小突かれたデービットは、顔に至福の笑みを張り付かせて気絶した。
「デービットよ。お前は本当に、我が隊随一の果報者だな。羨ましいぞ」
顔を上気させながら、気色悪いことをのたまうハンス。
ちなみにデービットは白い泡を口から出して、地面にぶっ倒れてる。
「ヤダヤダ。どうして私の部下はバッカばっかなのよ!」
本当、胃がムカムカして気持ち悪いわね。
「ところで隊長、山賊どもが貧しかった理由ですが、最近は戦争のせいで地方の町や村では金目の物どころか、食料さえ満足に足りてないようです。当然、それを襲う山賊も取れる物がないせいで、貧乏してるみたいですぜ」
「つまり山賊の馬鹿どもは、金のないド貧乏人を襲っていたから、貧乏だったわけね」
「まあ、そう言うことになりますな」
ハンスの言葉に、私はガックリとうなだれた。
「ったく、しょうもない連中ね。もういいわ、捕えた山賊どもはその辺に適当に埋めておきなさい。後始末が面倒だから、国には山賊討伐の件は報告する必要もないわ」
「了解しました」
ハンスとトリスの2人は声を合わせて、私に敬礼をした。
ただデービットだけは気絶したまま、地面の上で口から白い泡を吹きだしてるわね。
「そんなところでいつまでも寝てないで、とっとと起きなさい!」
「キャフンッ」
地面に転がっているデービットを足で小突くと、飛び上がるようにして起き上がった。
「た、隊長。いつも、ありがとうございます」
顔は真っ青なくせして、声は物凄く嬉しそうにしてるデブ。あらいけない、名前はデブじゃなくて、デービットだわ。
「はあ、こんなバカばっかりで、私って本当に薄幸ね」
情けない部下たちに、私はため息を付くしかなかった。




