55 おめでた
ダモダス砦の付近にいた魔族の軍勢3000。
彼らの野営地があった場所には巨大な大穴のみが残されていた。魔族の軍勢は跡形もなく消えさり、さらに周囲に生えていた木々や草までもが跡形もなく消えている。
大地は黒い岩の塊と化し、生命の息吹が感じられない不毛な大地と化している。
黒い塊は、おそらく溶岩となった大地が、冷えて固まったのだろう……
それが、斥候のもたらした情報だった。
昨夜世界を白く染め上げた謎の現象が原因であり、それによって魔族の軍勢3000が消滅。そればかりか、跡地には大地を抉る巨大なクレーターだけが残った。
攻撃力過多どころか、災害クラスの惨事だ。
(まるで天から星が落ちてきたクラスの災厄だね~)
数で勝る魔族の軍勢が消滅したのは朗報のはずなのに、その出来事にダモダス砦の指揮官級の人々は、恐怖しか覚えていなかった。
勇者様ということでレオンが砦の司令官に呼ばれ、そこで長々とした会議に参加させられてるけど、僕には関係ないことだからどうでもいいよね~。
――えっ「関係ないどころか、お前がすべての元凶だろう」って?
えへへ~。
僕ニワトリさんより記憶力が悪いから、何言ってるのか分かんないな~。
それより僕がこの砦で一番の居場所にしている医務室に、現在アイゼルちゃんがやってきてるよ。
「おそらくですが、おめでたですな」
で、アイゼルちゃんを診察していた軍医のおじさんがそう言ったよ。
僕の方が軍医のおじさんよりも、医者としての技術も経験も知識もすべてで上をいってるんだけど。ほら、僕ってアイゼルちゃんから信用なんて、これっぽっちもされてないでしょ。
だから僕じゃなくて、軍医のおじさんが診察してるわけ。
「ほ、本当ですの。ここ最近体調が悪いばかりでなく、月のものがこなくて……えっ、ええっ!私のお腹に、レオンさんの子供が!」
「アイゼルちゃん、よかったね~」
思いもしなかった出来事に喜び戸惑うアイゼルちゃん。僕は祝福の言葉をかけておいたよ。
「あ、ありがとう」
普段は僕に対してきつい態度のアイゼルちゃんも、素直に受け取ってくれたね。
「……でも子供が出来たってことは、戦いなんて絶対にダメだよね」
「そうですわね。……私、レオン様のお力になって、魔王を倒すためにここまで来たというのに」
一応アイゼルちゃんは、勇者様御一行の一員だものね。
今まで雑魚魔物相手にしか活躍できない程度で、肝心な戦闘ではいつも気絶するのがお仕事だったアイゼルちゃん。それでも"一応"、本当に"一応"だけど、魔王討伐に一緒に行く予定だったもんね。
「……残念ですが、私はこれ以上レオン様と一緒に戦うことが出来ないのですね」
「当たり前でしょう!」
「当たり前です!」
僕と軍医のおじさんの声が、もっちゃったよ。
「まずはレオンさんに相談をしませんと」
そう言いつつ、アイゼルちゃんは幸せそうな顔をして自分のお腹をさすった。
うんうん、そのお腹の子供は大事にしてあげるんだよ、アイゼルちゃん。
で、レオンは砦の司令官たちと長々とした会議に参加させられた後、アイゼルちゃんの元へやってきた。
親父どもとのくだらない会議は、精神を削られてゲッソリするものだと相場が決まっているだけど、こいつは疲れた様子などまるでゼロだよ。
なんでいつもと変わらず、涼しい顔してられるんだ?
人間じゃないから、精神力が有り余りまくってるだけか?
まあ、そんなのはいいよね。
「レオンさん、実は私のお腹に、赤ちゃんができました」
アイゼルちゃんはレオンに向かって妊娠したことを告げた。
「……アイゼル、ありがとう。触ってもいいか」
「はい、もちろんです」
アイゼルちゃんを後ろから抱きしめて、レオンはアイゼルちゃんのお腹を両手で優しくなでた。
……えーっと、今はエロい事してるわけじゃないよね。
もっと大事なことのはずなんだけど、それにしてはなんかイチャイチャラブラブオーラが出てないか?
というかお前ら、ゴールインを通り越したどころか、既にマイホームへ突入ですか!
ベイビーまでお腹に宿っちゃったら、当然だよね。
……なのに、なんだか物凄くこの場に居辛いオーラ満載だよ。
ほ、ほら。こういう時はお子様の出番ってないんだよね。
た、多分ないんじゃないかな~?
目の前で妊娠を喜ぶよりも、イチャイチャしているようにしか見えない2人。
あ、あのー、なぜ見つめ合うだけでなく、そこからキスのコースに行くんですか。
この"リア獣"通り越した、"新婚熱愛夫婦"どもめ!
こんな光景など、もう見てられん!
と言うわけで、僕はその場からいなくなったわけだよ。
ただ熱愛中の2人は、僕がいつの間にかいなくなっていたことに気付いてすらいない。というか、最初から僕がいたことを忘れてるんじゃないか?
――ま、まさか、僕のパーティー内での存在感って、空気レベルでないの!?
で、その後アイゼルちゃんの妊娠をラインハルト君も知ったようだ。
「スバル大変だ!アイゼル様が、レオン様の子供を身ごもられて……」
「うん、そうだよ。おめでたいよねー。そして僕の前でイチャイチャしてなければ、なお一層よろしいのに」
「おめでたいのに、君って性格悪くないか?」
「ええーっ、僕アイゼルちゃんよりは性格いいつも……」
"つもり"と言いたいけど。うん、僕ってどう考えても性格悪いなんてレベルじゃないよね。
3000の魔族だって、跡形残さず消しちゃったわけだし。
≪常識と良心の欠片が、ご主人様にも一応あるんですね≫
(僕の耳には何も聞こえない~)
スピカが何か言ったけど、間違いなく僕の耳には何も聞こえなかったよ。
まあ、耳で聞こえなくて当然だよね。スピカは体がないから、その声はいつも僕の頭の中でしか聞こえよ~。
風に乗った物理的な音しか聞き取れない耳が、何も聞き取れなかったのは間違いないし!
「ま、おめでたいことには変わりないよね~」
僕の性格がなんであろうが、そんなことは置いて、おめでたいことは確かだった。
そして僕たちのこの後の方針なんだけど、まず僕とレオン、ラインハルト君の3人は、最前線の砦であるディートハルト砦へ向かうことが決定した。
最前線へ向かうための道を塞いでいた魔族の軍勢が消滅した今、ダモダス砦にいつまでも留まり続ける理由がなくなった。
僕たちは勇者御一行ということになっているので、これから魔族本隊との戦いに行かなければならない。
"いざ、決戦の地へ!"
と、普通ならここからものすごく盛り上がる展開になるところだね。
まあ、砦の司令官とかは、「あの魔族を焼き払った力が、もし私たちに襲い掛かるようなことがあったら……」なんてブツブツ言ってて、レオンには砦に留まってくれって頼んでたよ。
嫌だなー。そんなことは起こりませんよ。
僕がうっかりミスって、ダモダス砦に向かって強化火玉を打ち込むなんてドジ、するわけがないじゃないですか~。
とにかく砦の指揮官の制止を振り切って、僕たちはディートハルト砦へ向かうことにした。
一方、アイゼルちゃんはダモダス砦に残ることになる。
妊娠が発覚した以上、これから先の戦いに同伴することなど、とてもできない。
それにダモダス砦から安全な王都へ戻るにしても、街道にはいまだに魔族が出没している。
統制のとれた鬼王配下3000の軍勢が消滅したとはいえ、鬼王の配下にはない野良魔族たちもいる。
そう言った魔族が出没する街道を、アイゼルちゃん1人で王都まで戻ることはできない。
だからアイゼルちゃんは、ダモダス砦に残ることになる。
「レオンさん、どうか無事に帰ってきてください。お腹の子供も、父親の帰りを待っていますから」
「ああ、もちろんだ。アイゼル」
別れ際に、新婚夫婦どもが言葉を交わす。
……あれっ!?なにこの展開かい?
どう見ても、これって主役とメインヒロインのやり取りだよね。
僕って、完全に脇役の立ち位置じゃない!?
≪ご主人様、全ての人間が物語の主人公のわけがないでしょう≫
(いや、そりゃそうだけど。なんか釈然としないものがあってねー)
≪それに人生の主人公ならば、生きている全員がそうです。もちろん、ご主人様を含めて≫
(いやいやいや。そんな含蓄こもった、年寄り臭い慰めなんていらねー)
スピカに変に気を使われてしまったじゃないですか。
全く、プンプンだよ。
何に怒ったらいいのかわからないけど、僕はプンプンと怒りたくなってしまったよ!
あ、そうそう。
忘れちゃいけないので追記だけど、レオンの奴はまだ自分の正体をアイゼルちゃんに話してないみたい。
やっぱりこいつって、見た目はイケメンオーラ出してても、中身は決断力が足りてないから仕方ないよね~。
さっさと自分の正体を、アイゼルちゃんに話しちまえよ。




