51 確信はまだなくて、
「うっ……ああっ!」
「おっ、よかった。ラインハルト君気が付いた?」
たった今意識を取り戻したラインハルト君がいるのは、ベッドの上。
「ここは、一体?」
ベッドに寝かされていることに気付いたラインハルト君が周囲を見回すが、まだ意識を取り戻したばかりということもあって、その眼差しはどこか虚ろだ。
「落ち着いて。ラインハルト君は巨大一目鬼に殴られまくって、気絶したんだよ。気絶する前のこと、ちゃんと覚えてる?」
「気絶する前……そう言えば、レオン様が……」
「レオンがどうかしたの?」
僕が何気なく尋ねると、ラインハルト君はそこで顔に困惑を浮かべた。
「レオン様が、黒い姿の魔族に……・」
「ホヘッ、何言ってるの?レオンの奴が魔族って?さてはサイクロプスに殴られまくって、頭がおかしくなったんだね~」
僕が『何言ってるんだろうね~』って顔で見ると、ラインハルト君は頭を振った。
ただ、その拍子にフラらつくけど。
「そ、そうだよな。レオン様が魔族のわけない」
「当たり前じゃん。ところでラインハルト君、この指何本に見える。ほらほら~」
そう言いながら、僕はラインハルト君の前で2本の指を立てて見せる。
「2本だけど」
「うんうん。これは?」
「3本」
「OK、問題ない様だ」
それで僕はにこっと笑った。
「ところでスバル、ここは一体どこなんだ?それにレオン様とアイゼル様は?」
「ここはダモダス砦にある医務室だよ」
ダモダス砦と言うのは、魔族との戦いで前線になったいる砦だ。この先には最前線にあるディートハルト砦があり、そこでは現在クライネル王国軍と魔王軍の双方がにらみ合いを続けている状況だった。
「ダモダス砦だって!」
そこで驚くラインハルト君。
「僕は、あの後何日気絶してたんだ……」
「えーと、今日で2日目だよ。気絶したラインハルト君はこの前みたいにポニーに乗せてここまで運んだんだけど、なかなか意識を取り戻さなかったから心配したよ」
まあ、気絶させた犯人はサイクロプスでなく、僕の気絶魔法だったんだけどね~。
いやー、今日になるまでラインハルト君がずっと意識を取り戻さないものだから、僕も超心配したよ。自分で撃った魔法だけど、ちょっと威力がおかしすぎない~?
「2日間も……」
そこでラインハルト君も絶句だ。
「ちなみにアイゼルちゃんもまだ気絶中。サイクロプスにちょこっと殴られちゃって、レオンはそれの付き添いだね。……でもひどい怪我とかしてないから、意識さえ戻れば大丈夫だよ」
もちろん、アイゼルちゃんがサイクロプスに殴られたというのも嘘だけどね~。
なお、ここは魔族との戦いの前線にあるする砦だけど、内部には貴族用の部屋もあるよ。貴族の中ではもっとも下っ端であるラインハルト君は医務室で寝かされてるけど、アイゼルちゃんの実家は格の高い貴族のため、そちらの部屋で寝かされてる。
世の中って、不公平にできてるから仕方ないよね~。
「とりあえずアイゼルちゃんの様子でも見に行く?」
僕が尋ねると、ラインハルト君は頷いた。
ところで医務室からアイゼルちゃんが休んでる部屋へ向かうまでの間に、僕は気絶しているラインハルト君に、中級ポーションを使ってあげたことを説明しておいた。
「ちょっ!もしかして、もしかしなくても、また僕の財布を勝手に……」
「エヘヘ~。僕のあげた鎧が頑丈だったけど、それでもラインハルト君がダメージ受けまくってたから使っておきました。毎度あり~」
「うわあああっ、給料がー」
ラインハルト君が財布の中身を確認して絶叫上げてるけど、僕のいいカモ……お得意様なので、僕はにこっと笑っておいた。
そんな小さな出来事がありつつ、
≪ご主人様、ラインハルトにとってはかなり深刻なことのようですが≫
(ノンノン、僕のお財布じゃないから問題ないよ~)
≪……可哀想な人ですね≫
えっへへ~、ラインハルト君、スピカに同情されちゃってるよ。スピカが僕以外の人と話せれば慰めてくれたかもしれないのに、ちょっと残念だね~。
えーと、小さなことがありつつも、僕たちはアイゼルちゃんのいる部屋に到着したよ。
ドアをノックして中に入ると、まず出迎えたのはレオン。
ラインハルト君が見た"金剛魔族"としての姿ではなく、どこからどう見ても人間の姿にしか見えない。
だから、その姿のレオンを見た時、ラインハルト君が僅かに安堵の息を漏らしてたね。
ウフフ~。
僕ってアホの子扱いされてても、ちゃんとこういう小さな事には気が付けるんだよ~。
(ハッ、誰が"アホの子"だ!)
≪ご主人様、とうとう自分で自分に突っ込むようになったんですね≫
(……)
ま、まあも何もなかった。
そうそう、気にすることなんて何もなかったね~。
「レオン様、御無事で何よりです」
「ああ」
それだけで2人の会話は終了。
お前ら、もっと話すことないのか!
僕は心の中で突っ込んでやりたくなるけど、ラインハルト君がここに来たのは、アイゼルちゃんの容体を確かめることがメイン。
部屋いるレオンの向こうにはベッドがあり、そこでは体の小さなアイゼルちゃんが静かな寝息を立てている。
「戦闘でのダメージはほとんどなくて気を失ってるだけだから、あとは気が付けばいいだけだよ」
「そうなのか……」
僕の説明にラインハルト君は頷き、寝息を立てるアイゼルちゃんの顔を眺めた。
そして翌日、アイゼルちゃんも無事に目を覚ました。
(ほっ、よかった。僕の気絶魔法が原因で、そのまま永眠してしまいましたなんて事態にならなくて)
そんなことを僕が心の中で思っていたのは、誰も知れないだろうけど……
あれっ!?
レオン、お前なんで僕の方を見るのかな~?
僕がちょっときつく睨むと、レオンはすぐに視線を逸らした。
もうっ、僕はプリティー少年なのに。そんな僕にちょっと睨まれただけで視線を逸らすなんて、根性のない見てくれだけの男は仕方がないね~。
ま、そんな僕とレオンのやり取りは一瞬の事。
意識を取り戻したアイゼルちゃんは、レオンの姿を直ぐに見つけると、
「ああ、よかった。私眠っている間に、レオン様が魔族の姿になっている悪夢を見てしまいました」
うん、それ夢じゃなくて現実だね。都合よく記憶喪失には全然なってないね。
1人で勝手に悪夢だと思い込んだアイゼルちゃんは、その後レオンの腕の中で涙を流し始めて……レオンはそんなアイゼルちゃんの頭を撫でてあげてね……
あー、あの、ですね。
アイゼルちゃんや、レオンさんや、あなたたちはどうしていつも"不純異性行為"に突っ走ろうとするのですか。
……この性悪女とロリコン紳士め!
貴様らの事なんてもう知らないからな!
「ねえ、ラインハルト君」
「スバル、それ以上言わなくてもわかるよ」
ですよねー。
僕とラインハルト君は、これからこの部屋の中で行われることを理解したので、すぐに2人して部屋の中からさっさと出て行くことにした。
「あのリア充夫婦どもめ、爆ぜちまえ!」
そう念じながら、部屋を後にした。
ところでレオンの正体が実は魔族と言うことだけど、アイゼルちゃんたちがそのことに気付いたら、僕たちはここからさっさと出て行くことに決めておいた。
クライネル王国には既に1年以上いるわけだけど、僕にとってもレオンにとっても、この国に対しては特別な思い入れがあるわけでない。それに、本来僕たちがこの世界でいるべき場所はここではなかった。
僕たちには、僕たちが住んでいる国があるのだ。
だから、いざとなれば僕の転位魔法で僕たちの国へと帰ればいいだけだ。
そしてこの国で"勇者ゴッコ"をしているのは、僕的にはあくまでも暢気なひと時を過ごしているだけのつもり。
そう、休暇を楽しんでるって気分だよ~。
そして現在、アイゼルちゃんもラインハルト君も、レオンの正体を一度直視しながらも、まだ確信までは持てないって感じだ。
確信が持てない以上、レオン本人にいきなり魔族かと尋ねるようなことはしないだろう。
もう少し、この暢気な時間が続くといいな~。
とりあえず、僕はそんなことを考えているよ。




