49 巨大一目鬼(サイクロプス)
北の最前線目指して旅している僕たち。だけどその道中で、
「うおっ!」
「キャー、レオンさん!」
ただいま体長が5メートルを超える巨大一目鬼の一撃を受けて、レオンが吹き飛ばされました。そのまま近くにある木を4、5本へし折りながら、レオンは派手にふっ飛ばされちゃう。
僕たちの視界外まで飛んでったよ~。
そして響くのはアイゼルちゃんの悲鳴。
「よくもレオンさんを、風刃」
レオンが吹き飛ばされた怒りから魔法を使うアイゼルちゃんだけど、風刃の一撃はサイクロプスの腕に当たると、バシッと音を立てて弾かれてれてしまった。
「そ、そんな。私の魔法が効かないなんて……」
「効かないも何も、もっと上位の魔法使わないとダメでしょう」
僕は親切にダメだししておくよ。
「じょ、上位の……」
「ニンゲン、コロス」
このサイクロプス、片言だけどちゃんと人間の言葉を話せるんだね~。
「今の風刃、ダメージは入らなくても痛かったみたいだね。サイクロプスさんが怒ってるや~」
「イ、イヤー」
アイゼルちゃんって昔のヒロインって感じだよね。
この国一番の魔法使いとか何とかほざいてたけど、いつもキャーキャー悲鳴を上げてるだけ。誰かが助けに入らないと役に立たない。
それに昔のヒロインらしく、肝心なところではいつも気絶して、倒れてるだけっていうのも定番通り。
「アイゼル様、ここは僕が防ぎます!」
「がんばれ、ラインハルト君~」
アイゼルちゃんに迫るサイクロプス。だけど、そこに颯爽と白銀の鎧をまとったラインハルト君が立ちふさがった。
僕は応援だ。
「ラ、ラインハルト。あなた」
「長くはもちません。ですから、その間に魔法で……ウガッ」
白馬の王子様ならぬ、白銀の鎧の近衛様だったけど、サイクロプスの一撃を受けて吹き飛んじゃった。
そのままさっきのレオンと同じく、近くの木を2、3本へし折りながら吹き飛ばされちゃう。
「や、役立たず!」
アイゼルちゃん、ラインハルト君はあんたを守ろうとして犠牲になったんだよ。
そんな彼を役立たずだなんて、なんてひどい子。
でも、ラインハルト君も出た瞬間に潰されるなんて、本当に何やってんの?
君の活躍は、物語で登場したモブチンピラが『一般人にイチャモンつけてたけど、そこに現れた正義の主人公様に一撃食らって「ヘボシッ」てセリフだけ残してやられちゃう』、そんなモブチンピラ以下なのかい?
うわー、なっさけね~。
≪仕方ないですね≫
ほら、僕の感想にスピカさんだって納得してるよ。
≪いえ、私が言ったのは、ご主人様の口の悪さの方です≫
ええーっ、僕口は悪くないよ。口が悪くないだけで、お腹の中がブラックホールのど真ん中よりも真っ黒な、"暗黒ド腹黒大星雲"並に、黒一色なだけだよ~。
まあ、そんな名前の星雲が本当に存在しているのかは知らんが。
「ま、まだだっ」
あ、そんなことをスピカと話してたら、ふっ飛ばされたラインハルト君が立ち上がった。
「おおーっ」
さすがは"白狼王宮石の鎧"。打撃攻撃耐性も半端ないね~。
よかったよかった~。これなら僕のメイン盾として大活躍できるよ、ラインハルト君~。
「うおおおっ」
そのままラインハルト君はアイゼルちゃんに迫るサイクロプス目がけて突進。剣を振りかぶる。
「な、なに……ゲフッ」
しかし絶句するラインハルト君。
剣は確かにサイクロプスを捉えたんだけど、たいした傷を作ることができなかったね。
で、またしてもサイクロプスに吹き飛ばされちゃう有様。
……僕、ラインハルト君を"盾"としか見てなかったから、性能のいい武器渡すのを失念してたよ。
なので未だにラインハルト君の持っている剣は、クライネル王国ご自慢の"劣悪な鉄の剣"のまま。
サイクロプスを切り付けた際に、折れなかっただけましって感じだね。
しかし最近は市場でいい鉄が出回り始めたのに、それを扱っていた商人バウマイスターさんが国外に逃げ出しちゃったんだよね。そのせいでせっかくの販売経路が破綻。
結局質のいい鉄は、市場に流通しなくなっちゃった。
なのでこの国の近衛の剣は、いつまでたっても"劣悪な鉄の剣"から抜け出せないかもね。
(ふうっ、レオンの女どもに渡す武器に熱中するあまり、ついうっかりだよ)
しかも厳選した切れ味の武器にしても、未だに使われる気配がないしな~。
「ま、まだだ」
ああ、それでもラインハルト君は三度立ち上がったね。
頭を振りながら、殴られた衝撃で結構視界が揺れてるみたいだけど、それでも立ち上がった。
「ウラボー」
「うわっー!」
そしてまたサイクロプスに吹っ飛ばされちゃった~。
ちなみに今はアイゼルちゃんに迫ってるサイクロプスだけじゃなく、あと3体ほどいるよ。
だから全部で4体だね。
サイクロプスに横から攻撃されて、ラインハルト君は地面の上をゴロゴロと転がっていく。
「ま、まだぁ……」
おお、それでもまだ立ち上がる。
「うむうむ、ラインハルト君。君のことをド凡人だと思っていた僕を許しておくれ。君の盾っぷりは、賞賛に値する」
僕は暢気に評価するけど、ラインハルト君には僕の声が聞こえるだけの余力なんて完全にゼロ。
アイゼルちゃんの方は、魔法の詠唱に集中してるね。
「よくもレオンさんを、くたばりなさい風刃乱舞」
そして魔法の詠唱が完了。
風属性の上級魔法である、風刃乱舞が放たれた。
もっとも上級って言うけど、この魔法って基本的に風属性の下位魔法である風刃を、一度に何十と飛ばすだけの技なんだよね。
そして放たれた風の刃が舞い狂い、サイクロプスたちを切り刻んでいく。
「……でもさ。レオンだけじゃなくて、頑張ってるラインハルト君の為にも一言ねぎらってあげればよかったのにね~」
アイゼルって、レオン以外の存在は完全無視じゃない?
あ、そうそう。ちなみに僕は、どこまでいったもただの傍観者。後ろの方で戦いを暢気に眺めているだけだよ~。
「ウッ、ウガー」
「そんな。今のは私が使える風魔法では最強の技だったのに、まだ生きてるなんて」
ところでですね、アイゼルちゃんが青い顔して言った通り、サイクロプスたちは全身を風の刃で切り刻まれ、血を流しまくってるんだけど、まだ死んでないのです。
怒り心頭のサイクロプスたちは、魔法を使ったアイゼルちゃん目がけて突進。
「ア、アイゼル様。逃げてください!」
そして響くラインハルト君の悲鳴。
何度もふっ飛ばされてフラフラのラインハルト君には、アイゼルちゃんを助けるだけの余裕がないね。
「いやっ、レオンさん!」
アイゼルちゃんは目を閉じて、そう呟いた。
まさに絶体絶命。
最後を覚悟したんだろうけど、アイゼルちゃんに迫っていたサイクロプスの頭が、次の瞬間弾け飛んだ。
ずっと目を閉じていたアイゼルちゃんだけど、自分に襲い来るサイクロプスの一撃がないことを疑問に思って、ゆっくりと目を開けた。
「無事か、アイゼル」
「レ、レオンさん?」
たった今サイクロプスの頭を吹き飛ばしたのは、レオンだ。アイゼルちゃんの目の前には、長身のイケメン男が不敵な表情をしてサイクロプスと対峙する。
まあ、守られているアイゼルちゃんからは、レオンの背中しか見えないわけだけどね。
「……レ、レオン、さん?」
「……レオン、様!?」
だけどピンチに颯爽と登場したレオンの姿に、アイゼルちゃんもラインハルト君も、絶句してるね~。
「ナ、ナンデ、コンナトコロニ……」
そしてまだ生き残っている3体のサイクロプスも、驚愕を露わにしていた。
それもそうですよねー。
今のレオンだけど、黒いコートやズボンと言った格好はいつものまま。ついでにかすり傷ひとつ負ってもいないね。
ただね、その全身が黒い鋼のような色になっている。人間の肌ではなく、明らかに黒鉄の金属質な肌。背丈は変わらないが、もともと筋肉質だった体がさらに筋肉で膨れ上がり、"魔族としか思えない"異様な姿で、その場に立っていた。
間違っても、これを人間と考える者はどこにもいないだろう。
困ったものだね~。
「……ねえ、レオン。腕輪はどうしたの?」
「すまん、吹き飛ばされた時に壊れた」
「へー」
僕とレオンは暢気に話し合ってるけど、それ以外の皆は、完全に凍り付いてるよ。
アイゼルちゃんとラインハルト君は、勇者だと思っていたレオンの姿が、明らかに人間でなく"魔族"の姿だということに。
そして、サイクロプスたちは、
「コ、コンゴウ、マゾク……」
なんて呟きながら、でかい体に似合わず、小刻みに震えてる。
「や、やだ。レオンさん。レオンさんは……」
「どうして、そんな馬鹿な……」
そしてアイゼルとラインハルト君たち"人間"は、レオンの正体に動揺していた。
仕方ないね。
「"時間停止魔法"」
僕はアイゼルちゃんとラインハルト君の周囲に次元結界を張り巡らし、その内部の時間を完全停止させる。
結界内にはレオンとサイクロプスが1体入っていたから、この2人(人でいいのかな?)も、おまけで時間停止の空間に巻き込まれちゃった。
時間が停止してしまったことで、内部にいる全員が瞬き一つすることなく、完全に動きが止まる。
で、時間が停止していない外の空間には、サイクロプスが2体ほど残っているわけなんだけど。
「コンゴウマゾク。クロイ、コドモのスガタのニンゲン……」
何か、サイクロプスどもが言ってるね。
僕はちっとも気にならないけど~。
「君ら邪魔だから消えてね」
僕は子供らしくにこりと笑って、人差し指の先に小さな火の玉を作り出す。
指を弾いて、2体のサイクロプスにそれを放った。
パチンコの玉みたいな、とっても小さな火の玉。夜に明かりとして利用することさえできない、本当に小さな火の玉だ。
火属性の下級魔法"火玉"にすら劣るサイズしかない。
ただし、その火の玉がサイクロプス2体の傍にまで到達すると、火の玉は一瞬で巨大化。直径10メートルの大きさをもつ、巨大な火炎の塊となった。
強烈な火炎に巻き込まれたサイクロプスは跡形もなく蒸発して消え去る。……だけならいいんだけど、強烈な熱波が周囲に襲い掛かり、炎の範囲外にある範囲の木々までが、燃える暇や炭化する暇すらなく、溶けて蒸発。地面も同じく蒸発してしまう。
炎が消え去った後には、蒸発した地面に巨大な穴が出来上がり、おまけに穴の表面は高温で赤く溶けたマグマが出来ていた。
ちなみにこれ、ただの"火玉"だよ。
火属性の下級魔法"火玉"をできる限り威力を抑え込んで、最小限の威力で放っただけの一発。
ほら僕ってさ、この世界では存在すらろくに知られてない"次元魔法"とか使えるわけじゃん。これぐらい軽いよね~。
ただの下級魔法でこれだから、レオンは僕が攻撃魔法を使わないか、いつも冷や冷やしてるみたいだけど。
あ、そうだ。邪魔なサイクロプスは消したことだし、レオンの奴をとりあえず何とかしないとね~。
僕は時間停止させた次元結界内へ入って、そこで突っ立っているレオンのコートの襟首を掴んで、停止した時間の中から引っ張り出した。
……ゴメン。僕の身長だとレオンのコートの襟首掴むなんて無理です。身長が足りません。
仕方がないので腰をひっつかんで、次元結界の外まで運び出したよ。
ちなみに僕の素の腕力ではレオンを引っ張るなんて無理だから、自分の体に身体強化魔法は当然施したよ。
あと、停止させた時間の中に入ったわけだけど、その魔法は僕が発動させたわけだから、当然僕の時間が結界内で止まることもないわけだよ。
「スバル?」
停止した時間内から連れ出したレオンは、一瞬何が起きたのか理解できなかったようだ。
ただ時間停止魔法で、凍ったように固まりついているアイゼルちゃんたちを見る。
そして次に視線が動いて、
「……」
僕が火玉で作った大穴を無言で見たね。
何も言わないけど、それだけで彼は、大体のことを察してくれたよ。
というか、ため息ついているね~。
どうしてだろ?
ま、僕には関係ないか~。
「レオン、これプレゼント~」
てことで、結界の外までレオン連れ出した後、僕はレオンに鉄の腕輪を差し出した。
先ほど壊れてしまった鉄の腕輪と効果は全く同じものだ。
「すまん」
肌が黒鉄と化したレオンが謝りつつ、腕輪をはめる。その途端、腕輪にかかっている付加魔法の効果で、レオンの黒鉄化していた肌が、人間の肌へと戻っていった。
この腕輪はとても便利で、レオンの魔族としての能力をいろいろ抑え込むことが出来るんだ~。
「でもさ、レオン。サイクロプスごときに吹き飛ばされるなんて、油断が過ぎるんじゃない?」
「面目ない。大した攻撃じゃないと油断していたが、足の踏ん張りが足りなくて吹き飛ばされてしまった」
「うむうむ。これに懲りたら、次からは油断しないことだね」
「……ああ」
殊勝なレオンはいい奴だね~。
でも、こいつが僕を見る目が、「お前は常時油断しかしてないだろ」って語ってる気がするんけど?
僕の勘繰りすぎかな~?
「しかしさ、サイクロプスにふっ飛ばされるなんて……プププ、"金剛魔族"ともあろうものが情けないねー」
「仕方ないだろう。この腕輪だが、お前が弱体化魔法を強力にかけまくってるだろ。そのせいで本来の力が全然出せないんだ」
「言い訳、乙!」
僕は笑顔で言ってやった。
ちなみに今回の腕輪も前回の腕輪も、弱体化魔法効果を付加してあって、レオンの本来の戦闘能力を出せないようにしてるよ。
防御能力に関してはさすがに弱体化させてないけど、そうしないと人間でないことがバレバレになっちゃうものね~。
まあ、弱体化してても人間離れして強いのは、今までの戦闘でよく分かることだけど。
あ、ちなみにさ。
"金剛魔族"ってのが、レオンの本来の種族名だよ。
以前ギルドの"簡易解析鑑定魔法"にかけた際、レオンの種族名が"人間"だったけど、あれは腕輪の能力で"簡易解析鑑定魔法"を誤魔化していたから、そう表示されたに過ぎない。
本当のレオンの種族名は"金剛魔族"。
人間の住んでいる南の大陸に対して、北には魔族が住む"魔大陸"があるんだ。金剛魔族は、魔大陸に住んでる魔族のひとつだよ。
そして金剛魔族は基本的に物理攻撃力と耐久力が異常なまでに優れている。
そのステータス値はSの上にあるExのレベルにあり、このレベルに達した存在は人間では確実に出せない能力を持つ。
金剛魔族であるレオンからすれば、サイクロプスごとき片手で捻れる存在でしかない。
しかし、今はサイクロップスを余裕で捻れるとか問題んじゃないんだよね。
僕は、時間が止まったまま固まっている、アイゼルちゃんとラインハルト君の姿を眺めた。




