3 続・異世界に召喚されました。「勇者よ、貴様に世界の7割をくれてやる」
「光が……目が、目が見えない」
僕の愛らしいラブリースマイルの直撃を受けた女性が、この世のものと思えない悲鳴を上げた後、彼女は目を開いて閉じてを繰り返し、そして自分の目が外の世界の光景――光――を、捉えることが出来なくなったことに気が付いた。
つまり、突然の失明。
きっと普段からの偏食が原因だね。
食べ物を侮っていると、ある日突然失明する危険があるんだよ。
それにしても見た目10代だけど、どれだけ食事が偏っているんだろうね?このままだと、きっと別の病気も併発しちゃうよ。
僕は前世の薬学研究の知識から、そんなことをおぼろげに考える。
≪原因は完全にご主人様じゃないですか≫
(お前が犯人だろう)
僕は無実なのに、妖精さんとレオンの心の声が、なぜか僕の頭の中に聞こえてきた。
でも、僕はそんな2人(?)の無言の圧力などどこ吹く風。ちっとも気にしないよ。
「あ、あの、もしかして目が見えなくなっちゃったんですか?」
僕は突然失明してしまった女性に――その視力を完全に奪い去った犯人だけど――そんなことはおくびにも出さず、おずおずと心配した表情で話しかける。
え、どうやって失明させたかだって?
≪それは、ご主人様の魔法……≫
(コラコラ妖精さん。僕は死んだと思ったら、次の瞬間異世界転生して12歳の頃の姿をしていたという設定に関わってるんだよ。
今の僕は気が付いたら現代日本から異世界に、若いころの姿で転生したことにしてるんだから、いきなり魔法なんて使えるはずがないじゃない~)
僕は心の中で妖精さんを説得する。
所詮自分の妄想の産物でしかない妖精さん。ならばこの説得は、自分で自分の妄想を説得しているのではないかと言う奇妙な思いがよぎってくるが、それを気にしてはいけない。
例えそうだとしても、妖精さんは1個の人格をもった存在。
つまり僕の一部だとしても、僕とは異なった"人格"をもっている。ちゃんと、それを認めてあげないといけないよね~。
≪はあっ、もういいです。ご主人様の好きなようにしてください≫
OK。
妖精さんが快く納得してくれた。
――え、「快くじゃなくて、呆れ果ててもう何も言いたくなくなっただけにしか見えない」って?
気にするな!
とりあえず、僕の脳内ではそんな説得劇が展開されていたものの、僕はそのような素振りを全く見せることなく、失明した女性を心配げに見つめた。
「姫様が失明!」
「そんなどうしてこんなことが……」
「やっぱり、あの魔法陣が原因で……」
心配する僕の傍で、この場にいる女性たちが騒めきの声を上げる。
「ああっ、やっぱりあの魔方陣って、使うたびに代償を要求する代物だったんだ」
女性たちのざわめきから、僕は魔方陣を眺めている時に気付いたことを口にした。
「ど、どうしてそのことを召喚されたばかりの勇者様がご存じで」
「ほへっ!?」
おっと不味いぞ。
僕が魔法に関する知識を持っているとおかしいよね。ついさっきまで、老人とはいえ100%現代日本人だったはずの僕が、魔方陣の知識を持っているなんて、おかしすぎるよね。
「な、なんとなくそう思っただけだよ。うん、僕のパーフェクトな勘がそう告げていた。だって僕は生涯現役でリアルと虚構の見分けがつかなかった、重症厨二病患者だったぐらいだもの」
そうだよ。エセ魔方陣を書き連ねた自作の魔導書720巻を書きあげれば、晩年にはMMORPGのために月額100万単位で課金したぐらいだよ。もちろん、そのゲーム内では廃課金トップを常時維持していて、挙句いつの間にかそのゲーム内で"スポンサー様"とか、"ロールスロイス様"っていうあだ名がついたほどだよ。
ちなみにそのMMORPGでは、10年の間に1億2千万円以上課金したんだけど、そのせいでゲーム会社の"真のスポンサー"とか言われちゃった。
ちょうどその頃世間では、『完全オーダーメイド、職人が手作業で1から作ったロールスロイス』が1億2千万円なんて話題が流行していたんだ。1億2千万円の高級車なんて、日本の人口とでも勝負するつもりなのかって呆れられてたけど。
まあ、そんな話題もあって、前世の僕は"ロールスロイス様"ってあだ名されちゃった。
閑話休題。
「勇者様の言われる言葉の意味は分かりませんが、魔法に関する知識がおありということですか?」
「えっと、そうなるのかな。これでも課金ゲーは人並み以上にしたつもりだから」
「課金ゲー?」
「魔法について詳しくなれるよ~」
と言っても"エセ知識"だけど。
最後に女性に聞こえない小さな声で、僕はぼそりと呟いておいた。
「まあ、魔法の知識がおありの勇者様とは素晴らしい!」
課金ゲーがどうとかは、どうでもよろしい。
「エヘッ」
とりあえず僕は、照れたように頬を赤くして頭をかいて見せた。
「ああ、勇者様。なんて可愛らしいのかしら」
僕のあざとさに、周囲にいる女性たちもメロメロ。
ふっふっふ、チョロイチョロイ。
僕は内心で女性のチョロさに気を良くしつつ、外見にはそんなものをちっともださない。
≪女の敵ですね≫
妖精さんは黙ってらっしゃい!
油断も隙もあったものじゃない。
妖精さんだけは、僕の心の声が100%届いちゃうからどうしようもないね。
と、いかんいかん。
妖精さんと突っ込み漫才している場合じゃなかった。
「あの、ところでさっきから聞きたかったんだけど、"勇者様"っていうのは?」
妖精さんが、≪突っ込み漫才じゃないでしょう!≫と、僕の脳内で怒鳴ってきたが、そのことに関しては完全スルー。
「私はこの国の王女、第一王女アルシェラ。実はこのたび"勇者召喚の魔方陣"を用いて異世界より勇者様を召喚したのです」
「へー、そうなんだ」
僕は棒読みになりそうな声に、少しだけ驚きの色を付けることに苦労する。
うん、ベタベタすぎる展開だね。
でも、ちょっといいかね王女様。
あの魔方陣、勇者召喚なんて御大層な物じゃないよ。あれ、気に入らない奴を殺すために、別の場所から殺害対象よりももっと強い奴を呼び出して、そいつに殺害対象を殺させようっていう、勇者とは全く関係ない、"呪いの魔法陣"だって理解してる?
しかも呪いの魔方陣だから、使用するたびに代償が取られるっていう危険な代物だって?
最初見た時は魔方陣の意味が分からなかったけど、王女様と話している内に、魔方陣の効果を思い出したよ。
「実はこの国は今、魔王が率いる魔族に侵略されている最中でして……」
そんなことを僕が考えている前で、王女様はベタベタな展開を説明していく。
あ、そうですね。
勇者様を召喚して、悪の権化である魔王をぶち殺せってことですね~。
ついでに魔王に侵略されていて、この国っていつ滅亡してしまうか分からない状態なんだって。だからこの国の王女が、わざわざ異世界から勇者様を召喚した、と。
うわー、物凄くベタな展開。
「……魔王ぐらい自分たちで倒せよ」
「勇者様、今なんておっしゃいました?」
「ううん、何でもないよー」
――タク、魔王なんて雑魚ぐらい自分たちで何とかしやがれよ。
表面では愛そう良くしている僕だけど、ついつい本音が漏れてしまった。
幸い王女様の耳に届いていなかったようだから、一安心だけど。
≪そもそも魔王を雑魚呼ばわりできるのは、ご主人様ぐらいだと思いますが≫
おやー、妖精さんが何か言ってる気がするけど、聞こえないー。
だって、僕って見た目が愛くるしいだけのお子様なんだよ。
「む、無理だよ。僕に魔王を倒せなんて」
とりあえず僕は内心での考えはおくびにも出さず、怯えた風にそう答えておくことにした。
「ご安心ください姫様。確かに、今姫様の目の前にいるのは小さな子供。ですが、この子と一緒に召喚されたもう1人の勇者様ならば、必ずや魔王ごとき成敗してくださるでしょう」
そこで王女の取り巻きと思われる女性が、この場に僕と同時召喚されたもう1人の人物、青髪男のレオン・アキヅキへ視線を向けた。
なんだか周囲にいる女性たちが熱っぽく浮かれた顔で、レオンを見つめている。
そりゃそうだよね。
僕は愛くるしいだけの子供。それに対して、胸板も逞しいレオンのイケメンぶりなら、魔王がごとき雑魚を一蹴して倒してしまうだろうと考えるのは。
「……俺か?」
そんな視線に見つめられる中、レオンは呆れるように言う。
「だってさ。頑張ってね、"勇者様"」
とりあえず僕はその場にいる女性たちの空気に合わせて、レオンの奴を"勇者様"と呼んであげることにした。
あれ、でもレオンが勇者になるんだったら、いずれは僕がレオンの奴をギタギタのボコボコにのして、返り討ちにしてあげないといけないのかな?
それともラスボスよろしく、「勇者よ、よくぞここまでたどり着いた。どうだ、貴様に世界の7割をくれてやるから我が配下となるがよい」とでも言ったらいいのかな?
ちなみにレオンにあげる世界の7割ってのは、海だけどね~。
残り3割の陸地は、僕が全部もらっておくから安心していいよ~。