44 ドン引き女ディアブロ
「い、偉大なるお方。お許しくださいませ。どうか、どうか、魂となり果てた我々を、これ以上食らわれることだけはご勘弁を」
"蜂蜜の森"の奥地へとたどり着いた僕の前に、亡霊の集団が跪いて並んでいたよ。2、3000人はいるけど、なんかものすごくビクついてるね。
ちなみに、今のセリフは亡霊たちの代表のものね。
でも、どうしてビクついてるんだろうね?
≪自覚があって、わざとそう言ってるでしょう?≫
いやだなー、そんなの当然じゃないですか。一度に万単位の亡霊を吸い込んじゃえば、そりゃ亡霊どももビビるよね。
「ここでお前らもまとめて吸い込んでやろうか?」
なんてガン飛ばせば、狂乱状態に陥っちゃうんじゃない?
あいつらもう死んでるのに、根性ないね~。
≪……≫
とはいえ、僕は怖い人じゃないからガンを飛ばさなければ、もちろんさっきの台詞を吐いたりしないよ。
「許すも何も、僕は蜂蜜さえあればそれで全て無問題だから」
「ご、ご冗談を」
「だから、本当に蜂蜜を……」
「いえいえ、皆まで言わずとも理解しております。我らが束になっところであなた様の前では我らは路傍の小石のように蹴られる程度の弱者にすぎません。
ならば我々はあなた様にただ従うのみ。我ら皆の服従をもって、なにとぞ我らが生き延びることをお許しください」
そう言って、両手を前に差し出してきた。
まるで奴隷用の鎖でも腕に巻き付けてくれって感じのポーズなんだけど、んなもんいらん!
大体この人数の亡霊を手下にするとか、一体どうしたらいいの?何をしたらいいの?何をさせるべきなの?
あ、でも生きてる人間と違って、食費の心配はしなくてもいいよね~。
安上がりな労働力だね~。
ただし、使い道は全く思いつかんが!
「だからね~、僕は蜂蜜が欲しいだけでー」
「お願いします。この森にある蜂蜜などより、どうか我らの命を」
あかん、話が通じてないよ。
僕、どうしたらいいのかわからなくなってきて涙目になりそう。だって、僕はただの12歳の子供なのよ。そんな僕にこの状況をどうしろっていうの。
おまけに亡霊を振りきれないほど、奴ら滅茶苦茶必死になってるのよ。
あー、えーと、こういう困った時には年配の"保護者"を連れてくるべきだよね。
保護者と言えば、もちろん……
「おーい、"ディアブロ"ー」
「こちらに我が君」
僕の背後にある影から、がクルクルとカールした紅色の長髪の女が現れた。頭を垂れていてその顔は見ることが出来ないのだけれど、この女が出てきた途端、亡霊どもが絶句した。
「あ、い、ああっ」
「うっ、ええっ」
「ディ、ディア、ブロッ……」
なんかさっき以上に半端でない取り乱しようなんだけど、どうしてだろうね?
「ディアブロ、こいつらを適当に処分しておいてくれるかな?」
「"処分"ですか。それはよろしいのですが、この程度のものたちを食らうのは、私としましても少々……」
「あ、いや。そういう意味での"処分"じゃなくてだな……」
いかんな。この保護者は過激な思考の持ち主だから困る。まあ、僕が"処分"なんて言葉を使ったのもいけないのか。
僕は振り向いて、跪いたままのディアブロを上から見る。ディアブロの方は、若干の困惑した表情で、僕の顔を見てきた。
整った顔立ちで、それは悪魔的なまでの美貌。世の男どもを簡単にかどわかしてしまう魔性の美貌を持った美女がディアブロだ。
ちなみに体つきは言うに及ばず、女性ながらに身長は高く、男でも長身に分類されるレオンに匹敵するほど。すなわちモデル体型の完全無欠の美人なのだ。
胸は整った程度の大きさだから、ボインでもぺちゃんこでもない。体形にはとてもフィットした、バランスのいい大きさだね~。
ま、悪魔的な美貌も何も、こいつ正真正銘の"悪魔族"なんだけどね。
ただし、悪魔族といっても、頭に角が生えてたり、吸血鬼のような牙やコウモリの羽が生えてるわけじゃない。
昔はつけてたらしいけど、悪魔族は肉体の形は自分の意思で自由自在に変えることが出来るから、邪魔になって取っちゃったそうだよ。
そうだよね。椅子に座るときに背中に翼があると邪魔だし、牙が鋭いと食べ物をかむときに邪魔だし。角だって、背の高い人が家の梁に頭をぶつけて痛がるのと同じで、結構邪魔になっちゃうんだよね。
僕もロマンは大好きだけど、それでも時として実用性を取らないとまずいことがあるから仕方ないよね~。
それはともかく、とってもきれいな見た目をしていて、常時レオンのもてぶりを僻んでいる僕だけど、そんな僕でもこの女にだけはもてたくない。
だってこいつ、ある日突然僕の前に現れたかと思うと、第一声がこれだったんだよ。
「我が神よ!」
この僕だって、初めて出会った見ず知らずの相手からいきなりそんなこと言われたら"ドン引き"だよ。
僕に向けて言たんじゃないよね。
……という確認で、その時僕の周囲には、体躯のデカい魔族どもがずらりと並んでいたので、そいつらの顔を順々に見ていったよ。
なのにあいつら、次々に俺じゃないって意味で、首を左右に振っていった。
それら全部を見て回った後、僕はゆっくりと自分で自分の顔に指をさした。
するとね、この女僕の目を見ながら頷きやがったんだよ。
滅茶苦茶ヤヴァイ目してた。あれは"狂信者"の目だね。
「あ、新手の宗教はお断りしてます」
僕はきっぱり断って、この女から逃れようとしたんだけど、結局その願いはかなわず、今現在まで僕の影の中にこっそり潜んで、常時ストーカーのように付きまとっているわけなんだ。
ま、ストーカーといっても既に、
≪私をストーカー扱いしないように≫
は、はい~~~。
似たようなのが僕の頭の中で暮らしているから、今更1人増えたって別にどうってことないよね~。
で、過去の思い出から現在に戻ると、
「い、嫌だ。伝説の大悪魔ディアブロ」
「そんな初代竜帝と7日7晩戦い続けて引き分けたという、伝説の大悪魔」
「神代の魔界の王」
「"世界終焉"」
ああ、なんかディアブロが登場した瞬間に、亡霊さんたちの絶望感が、さっき以上に高まりまくってますわ。ついでに"世界終焉ってのは、ディアブロのふたつ名ね。
やっぱり"ドン引き"だよね。
こいつって、一目見ただけで誰もがドン引き確実な、ヤヴァイオーラをありありと放ってるもんね。
「えーっとね、ディアブロ。"処分"って言ったのが悪かった。適当な"処遇"でも与えて教育しておいてくれ」
「畏まりました。教育を施すということであれば、直ちに我が君の素晴らしいを、この者たちに教えましょう」
「えーと、任せた!」
よし、保護者に全部放り投げ。
僕はその後いそいそと亡霊たちが怯える空間を逃げ出した。
「はちみつー、はちみつー」
ただし、それでも僕には蜂蜜の方が比重が重い。
例え亡霊どもの扱いに困った挙句、あろうことにもその運命を"大悪魔"なんて呼ばれている危険極まりない奴に差し出したからといって、僕は蜂蜜の方が大事なんだよ。
それに"現実逃避"してるのは、いつものことだしね~。
なんかその後、"蜂蜜の森"上空に禍々しい黒い雲が立ち込めて、そこから黒い姿をした悪魔の大軍が地上へ向けて次々に降り立ってきたよ。
えーとですね、この世界は今僕たちが肉体を持っている"物質世界"と、そのとは別に"精神世界"っていう二つの世界からできてるんだって。この2つはコインの裏表みたいな感じで切っても切れない関係になっているんだけど、精神世界の一部には悪魔族たちが住んでいる"悪魔界"って世界があるんだって。
その"悪魔界"でトップを張ってる大魔王がディアブロらしいよ。
大魔王って呼ばれてるだけあって、当然悪魔どもを大量に従えて行って、今降りてきたのはその軍勢の一部ってわけだ。
ただこの程度の亡霊たちだと、悪魔どもの気に当てられて、発狂して魂が砕け散らなきゃいいけど。
ま、それよりも蜂蜜、蜂蜜~。
そうだよね、人間ある程度現実逃避しながら生きてかないと、人生辛くてやってけないよね。
それとおまけでディアブロさんのことだけど。
あの人数万年、下手したら10万年以上前に、初代竜帝様と世界の覇権をかけて、悪魔族と竜族の間で大騒乱を巻き起こした人物なんだって。
ちなみにここで出てくる"初代竜帝様"は、僕が薬の原料を求めて「肝臓を少し下さい」って頼みに行ったけど、うっかり倒しちゃった"竜帝"さんのご先祖様だね。
ディアブロは"初代竜帝様"と戦って、結果は引き分けちゃったらしい。
ただそんな伝説を遥か昔、それこそ"神話の時代"ともいえる時代に作ったものだから、魔族の間では、恐怖の象徴みたいな存在なんだって。
人間の世界でも、"古の大魔王"扱いされてるけどね~。
「あの頃の私は、まだ若くて血気盛んでしたから、世界を支配してやりたいという野心がありました。無論、昔の事ですよ」
涼しい顔して、ディアブロさんはかつて"世界征服"しようとしてたって話してくれたよ。
そりゃあ、ふたつ名が"世界終焉"なんて呼ばれちゃうわけだ。
ほんと、おっかないよね。
やっぱりこの人は第一印象の通り、"ドン引き"だよ。




