42 不帰の森
「蜂蜜の歴史は人類の歴史」と言う諺が存在し、蜂蜜とは神聖不可侵なる甘い甘い食べ物なのであります。
いや、それはもう不死の霊薬と呼んでもいい存在。
また若い働き蜂が作り出すローヤルゼリーの有効作用には、冷え症、肩こり、耳鳴り、血圧改善作用、骨密度への作用などなどなど、他にも様々な効能が報告されており、まさに万能の薬なのでございます。
僕のテンションがおかしくなっていることは理解できるだろうが、おかしくなっている原因だって理解できるだろう。
「ビバ、甘味獲得の旅にいざゆかん!」
そう、甘い物こそが命の源泉である僕にとって、蜂蜜とはいわば神様が創造された奇跡の御業。
神秘の泉にコンコンと湧き出る、極上の甘露。
世界丸々1個よりも、もっと重たい価値を持った存在なのです!
てなわけで、僕は蜂蜜が取れるという"不帰の森"へ、レオン、アイゼルちゃん、ラインハルト君の3人。そして採取した蜂蜜運搬用の心強いお供として、荷馬車とポニー軍団を従えてやって参りました。
あ、ちなみに"不帰の森"にはキラービーと呼ばれる巨大な蜂の魔物に、そのボスであるクイーンビーなんて魔物がいて、そいつらの巣にある蜂蜜が僕の目的だよ。
「い、いやっ。ここにだけは来たくなかった」
だというのに、なぜかアイゼルちゃんの顔は真っ青。おまけに足がガクガクと震えていて、ここから先には一歩も進みたくないって感じだね~。
「大丈夫だろうか、この森には死者の亡霊たちが大量に巣食っているって……」
「イヤアー。それを言わないで!」
ラインハルト君の亡霊と言う言葉を聞いて、アイゼルちゃんが耳を塞いでその場にしゃがみ込んだよ。
あ、そう言えばアイゼルちゃんが、なんだかとってもきれいな装飾が付いた短剣を腰に装備してるね~。
クフフ、僕が用意した対レオン用の必殺装備が、とうとうアイゼルちゃんの手に渡ったんだね。クハハハハ~。
ま、今それは置いて起きまして、と。
不帰の森がそのように呼ばれるようになった理由は、森の中に大量の亡霊が徘徊していて、一度入り込めば生きて帰ることが出来ないと言われているからだ。
で、今回は国王の依頼で僕たちはこの森へと来たわけよ。
僕はもう"勇者様ゴッコ"に飽きてたので、どうでもよかったけれど……
「師匠、あの森には人が入ることが出来ないため、貴重な薬剤の数々があるのです」
「ただ亡霊が厄介な上に、キラービーっていう魔物までいましてね……」
そんなことを弟子たちが僕へと教えてくれたわけよ。
「キラービー、ってことは蜂蜜か。フフフフ、弟子たちよ、なぜ早く不帰の森に蜂蜜が存在していると教えてくれなかったのかね。アハハハハ~」
その瞬間、僕は蜂蜜に魂を売り渡しました、まる。
でもさー、いざ"蜂蜜の森"……えーと、不帰の森だっけ?
森に来たんだけれど、アイゼルちゃんは座り込んで、いやよいやわと顔を振り続けるだけ。
あ、その後レオンの奴とね、なんかいちゃつきだしたや。
(スピカー、スピカー。|プラスチック爆薬 (C4)の原料って僕知らないんだけど、スピカは何か知ってる?)
≪知ってますが、教えませんよ≫
ちっ、こいつ僕が何に使おうとしてるか分かってるから、回答を拒否りやがったな。使えない奴め。
「しかし亡霊が相手になると、物理攻撃がメインのレオン様の攻撃は通用しないし、アイゼル様も亡霊に効く"聖"属性魔法は使えない。僕も剣だから、亡霊は切れないし……」
そんなことを言うラインハルト君。
そういやそうだね。
物理攻撃しか攻撃方法のないレオンとラインハルト君はともかくとして、"4属性魔法使い"として普段から威張ってるアイゼルちゃんって、本当に仕えない魔法使いだよね。
4属性魔法は、火水土風の4属性の魔法の事。亡霊に効果があるのは聖属性魔法だけど、これはアイゼルちゃんには使えない。
たくっ、こっちは蜂蜜取るために来たっていのに、本当に役に立たねえ魔法使いだな。
まあ、火魔法は"腐乱死体"や"骸骨"なんかの不死者にはよく効くけど、実体のない"亡霊"には聖属性魔法以外は効果が薄いからな~。
ただ邪属性魔法を使えば、ゴーストの魂を操って自分の思うがままに操るなんてことはできるけど~。
「大丈夫だよ、ラインハルト君。僕のダイナマイトで、死者を再び永眠させてやるから」
僕はにこっ笑って、両手に抱えるほどの自作ダイナマイトをポーチから取り出した。
「スバルのポーチって、一体どういう仕組みになってるんだ。いや、それ以前に、爆発物をそんなに持ってると、危険すぎるだろ」
「無問題。全ては蜂蜜へと通じるのです!」
あ、ラインハルト君が僕を見る目がおかしくなってる~。
いや、今回は僕の方がマヂで壊れちゃってるんだけどね~。
「スバル、君は蜂蜜の為に大量の爆弾を抱えて突撃するのか?」
「オーケー、今すぐ亡霊どもを木っ端みじんにしてやる」
ほらさ、亡霊相手に除霊するためにお祈りや祈祷をするなんてのは、見当違いなんだよ。全ては火力でもって薙ぎ払うのが正しい。と言うことはつまり、全て発破してしまえば、死人も再び墓の下に戻って安らかにおねんねしちゃうでしょ。
≪……ああ、普段から手の付けられないご主人様が、いつも以上に壊れてしまった≫
スピカの奴は嘆息してるけど、そんなの知らんな。
なんてことをしているうちに、
「おい、亡霊」が出てきたぞ」
レオンが最初に気付いたね。
レオンの感覚は人間のレベルじゃないから、やっぱ気づくのが早いね~。
ま、僕は感知魔法を使ってるから、この森の中の亡霊どもの位置と数は全て把握済みだけど。
ちなみに亡霊の数を数えてくれたのはスピカね。
まるでお茶碗に盛ったお米みたいに森中に亡霊がいるんだけど、そんなのまともに数えてたら発狂しちゃうよね。
いやー、スピカさんはマジ天才。さすが僕の愛娘だー。
あ、今回は≪……≫の反応すらスピカがしてくれない。
僕に呆れてるとかってレベルじゃないな~。
てことで、よし、蜂蜜だ。
「キャアアア」
ガックリ。
亡霊の姿を見て、アイゼルちゃんが早速気を失った。
役に立たねーな。
「く、クソウここは僕が何とか」
スカリ。
ラインハルト君が剣で切りかかったけど、物理攻撃完全無効化を持っている亡霊には意味がないね。
「うっ、あああっ。頭の中に何かが入ってくる。や、やめろ、やめてくれー!」
それどころか亡霊の腕がラインハルト君の頭の中に伸ばされ、悲鳴を上げるラインハルト君。
ほどなくしてラインハルト君の目から光が失われ、「ううっ、ああっ、命、命をよこせ……」なんて言いながら、腐乱死体みたいな足取りで歩き始めたよ。
せっかく僕のメイン盾としてより頑張ってもらうため、"白狼王宮石の鎧"までプレゼントしたのに、亡霊相手だと防御力自体意味がなかったね。
で、その後レオンがやれやれと言った感じで、ラインハルト君の腹に拳を打ち込んで気絶させたよ。
で、倒れたアイゼルちゃんはレオンが抱いて、ラインハルト君はいつぞやのようにポニーの背中行き。
「行くのだレオンよ。我が蜂蜜の前に立ちふさがる地獄の亡者どもを一掃し、薙ぎ払うのだ~」
クフフフフ、今日の僕って超ワイルドだね。戦闘狂って感じだね。
何なら一人称を、"僕様"にしてみようかな~?
「……俺は物理攻撃しかできんから、亡霊相手には戦いようがないぞ」
……チッ、女を抱いてるだけの役立たずめ。
≪い、いやー、こんな性格が豹変したご主人様なんてご主人様じゃない。普段のアホでどうしようもない私のご主人様はどこへ行ったのー。
……でも、この罵詈雑言はいつもの素の状態と変わらないわね≫
(お前さん、取り乱しているようでめちゃ冷静じゃないか?)
≪私はいわばあなたの半身のような存在ですよ。なので異常性には免疫が高いつもりです≫
(あっ、そう)
この子の性格って何なんだろうね?
僕の妄想だけど、よくわからんわ。
だが、僕の蜂蜜を邪魔する愚か者には、鉄槌を下してやらねばならない。
「死人は死人らしく墓の中に帰りやがれ」
と言うことで、僕はダイナマイトをぽいっと放り投げてやった。
――ドカーン
陰鬱な森の中に盛大な爆音が轟いた。
で、亡霊には物理攻撃完全無効化があるから、ダイナマイトの爆発なんて効くわけがないのだけれど、それでも巨大な爆発に驚いて、その場から慌てて逃げ出していったよ。
ハハハ、愚か者よ逃げまどえ逃げまどえー。
「そらそらそら、ダイナマイト10連発じゃ~」
「ギャアアア、やめてくれ~」
ダイナマイトを次々に放り投げていく僕から、亡霊は悲鳴を上げて逃げ出したよ。
次々に爆音が轟き、もう不帰の森を支配していた陰鬱さなんてどこかへ吹き飛んで行ったね。かわりに周囲には吹き飛ばされた木々と、穴ぼこがそこら中にできていく。
僕がダイナマイトの力を使って、無理やり亡霊を除霊……というか追っ払っていき、その後をレオンたちがついて来る。
ちまちました戦闘(スバル基準)ではいつも役に立てくれるレオンだが、今回はまるでいいとこなしの出番なしだ。
気絶したアイゼルちゃん専用運搬係にしかなかってないね。
ただね、ダイナマイトを50発ぐらい使ったところで、僕はふと気が付いたんだ。
「って、このままダイナマイトを使い続けたら、肝心の蜂の巣まで破壊しちゃうじゃん。蜂蜜が取れなくなったら、意味ないでしょう」
ポーチの中にはまだ1千発ぐらいあるから、亡霊が出てきても追っ払えるけど、肝心の蜂蜜まで発破してしまっては元も子もないよね。
「ああ、僕としたことがなんてうかつだったんだ」
と言うことで、僕は不帰の森攻略法を変えることにした。




