39 悪党2人
「あああっ、なんてことだ……」
僕は絶望の底に叩き込まれていた。
甘い物こそが命の源泉であり、僕の生きる力の源。自作した飴玉をよくなめている僕だけど、もちろん自作したもの以外でも甘い物は大好きだ。
だから、王都にあるお菓子屋さんだって僕は大好き。
ここのお菓子屋さん……と言っても日本の駄菓子屋さんみたいなレベルじゃないよ。高級なスイーツを販売しているお店で、ここでは生クリームを使ったケーキっぽい食べ物をお店で食べることが出来るんだ。
お持ち帰りはできないけれど、とっても甘くて僕はこのお店が大好き。
それはもう僕が今までに稼いだ財産を投入して、お店の経営権ごと買い占めたくなってしまうぐらい。
ま、僕って経営手腕はないから、実際に経営権まではいらないけどね~。
だって僕のお金の稼ぎ方って、早い話が作った薬を道具屋のおばあさんに全部丸投げして売ってるだけだもんね。その後は商人のバウマイスターおじさんとつるんで、仲良くさせてもらってるけどさ~。
そんな僕。
飴玉をよくなめているけど、僕の一番の大好物は生クリームだ。それも「これは砂糖の塊だろうって」ってレオンが叫んで吐き出したことがあるぐらい、超甘々の生クリーム。
ああ、生クリーム様のためならば、僕は"暗黒天七転八倒スッテンコロリン大魔王様"に魂を売り渡してでも、生クリームが欲しいです。
あ、ちなみに今言った魔王が実在しているかどうかなんて知らないよ。
僕の勝手な妄想だから。
≪……≫
もしかして、スピカさんの弟にそう言う魔王でもいるの?
≪いるわけないでしょう!≫
ですよね~。
いくらスピカが僕の妄想の産物だからって、そんな魔王の妄想まで僕の脳内に生息してるはずないか~。
で、肝心なのは生クリームだ。
僕はあまりにも生クリームが大好きなあまり、ポーチの中の一部に"時間停止魔法"を使って、そこに生クリームを特別に保管しているほどだ。
この"時間停止魔法"のかかっている空間って、完全に時間の流れが停止していて、内部にあるものが腐ったりしなくなるから超便利なんだ。
言って見れば、物を腐りにくくすることを目的にした冷蔵庫の、超上位互換みたいな感じかな?
冷蔵庫だと時間が経つと腐らなくても味が抜けていったり、他に入れてるものの匂いが移ったりすることがあるけど、"時間停止魔法"であればそんな心配は完全に無用。
何しろ時間が経過しないから、そもそも腐ることすらできない。
ただ大好きだからこそ、僕は大切な生クリームには滅多に手を付けないようにしてるんだ。
といっても、それはあくまでもポーチの中に入れてる生クリームの話。
やっぱりポーチに突っ込んでいるものよりも、新鮮出来立ての生クリームの方がいいよね。いくら時間が止まっているからって、何年も前からポーチに突っ込んだままの生クリームを食べるのは、なんだかちょっとためらうものもあるしね~。
で、甘いということはつまり砂糖を使った生クリームと言うことなんだけど、中世レベルの社会で、おまけにここはド貧乏国家クライネル王国。
生クリームを使ったお菓子は超高級品で、それこそ王族や貴族、でなければ大商人レベルの人でなければ、食べられない代物なんだ。
当然、僕が王都で見つけた生クリーム菓子のお店は超高級店。
フフフ、でも僕は生クリームのためだったら、稼いだお金を注ぎ込んででも毎日食べに行くからね~。
ううん、毎日なんて生ぬるい。毎食生クリーム食べるだけで、僕はそのまま天国にいる気分になれるよ~。
≪糖分と乳脂肪の取りすぎで、成人病になって死ぬのですか?≫
ノンノン、本物の天国へと僕はたどり着くのだ~!
だったのに、その店が潰れた。
今、僕の目の前には客も従業員もいない、扉の閉ざされた建物があるだけ。
「Why!?」
≪この店の経営者に連なる商人が国家反逆罪で捕縛され、その罪に連座して店の経営者も捕えられたそうです≫
「な、なんですと。一体なんでそんなことが……」
≪国家反逆罪との話ですが、実際には罪がねつ造されたようです≫
なんてことだ。
この国の警備隊は腐ってやがる。
よりにもよって冤罪に陥れて、僕の大好きな生クリームを奪っていくだなんて。もともとド貧乏の辺境国家だと侮っていたけど、まさかこんな手でこの僕を深い絶望の底に叩きこんでくれるだなんて……
フフフ、一体この絶望をどこにぶつけたらいいんだ。
これは飴玉をなめる程度じゃ解決不可能な一大事だよ。
「えーっと、確かこれだったかな~」
てなわけで、僕は絶望を払拭するためにポーチの中、わざわざ"時間停止魔法"を使ってまで保存しておいた生クリームを取り出した。
「あ、ふはああああ。し、幸せ~」
僕は滅多に食べないポーチの中の生クリームを口の中に入れて、その蕩ける様な甘さに天国にいるような気分になった。
「はあっ、でもお店が潰れちゃったのは残念だなー」
「本当、どうして私のお気に入りの店が潰れたのよ」
僕がため息を付いていると、藤色の髪と瞳をしたお姉さんが、僕の隣でため息を付いていた。
「お姉さんも、生クリームが大好きだったんだね」
「ええ。ここのお菓子はとても甘くて上品でおいしかったのに」
「ううっ、そうだよね。このお店を潰した人間は、絶対に極悪人だ。生きていることすら許されない大罪人だよね!」
「ええっ。そうですわ。その通りですわ。もし見つけたら、この私が罪をねつ造してでも牢屋にぶち込んで処刑してやらないといけませんわ」
「全く、全く、その通りだよ!」
初めて会ったお姉さんだけど、僕とはものすごく話が合った。
そうだ、この僕を絶望の奈落に追い込んだ大罪人には、死こそがふさわしい。
フフフ、例えそこにいかなる事情があろうとも、それは決して許されてもいいことじゃないね。
僕とお姉さんは、まるで初めて会った同士でしないような気分になった。まるで生まれる前からの唯一無二の親友だったかのような気分。
物凄くフィーリングがあったため、僕とお姉さんはガシリと腕を握り合って、固く握手を交わした。
「この犯人を捕まえて、絶対に許さないでおこう」
「ええ、そうですわ。ついでにその犯人が所持している財産も没収して、私の小銭稼ぎに利用させてもらいましょう」
互いに目と目を見つめて、固い友情を交わし合う。
「あ、ちなみに僕は肥田木昴って言います。お姉さんは?」
「ヒダキ・スバル、変わった名前ね。私はカタリナ・リニスよ。この王都では警備隊の中隊長をしているから、例え無実の相手でも罪をねつ造して捕えることが出来るの」
「うわー、物凄い権力者なんだね~」
「フフッ、そうよ。王都では私こそが法。私のすることは、全て"正義"なのよ」
「わー、物凄く頼りになる~」
――え、「このカタリナって人、超極悪人の間違いじゃないか」って?
何言ってるの、僕とこんなに思いが通じる人だよ。こんな人が、絶対にまっとうな善人のわけないじゃない。
アハハ~。
ん、「アハハ~」じゃなくて、「クワッハハハ~」って、魔王っぽく笑った方がいいか~。
≪ご主人様が極悪人なのはともかく。この店を潰した犯人ですが、目の前にいるこのカタリナという人物ですよ≫
(はいっ!?)
≪感知魔法で一連の事件をたまたま観察していたので、間違いないです≫
相変わらずスピカさんは感知魔法と言う名の盗聴スキルを使って、何をしていらっしゃるのでしょうね……
それはともかくとして、まさかこの店を潰した、にっくき極悪人が、まさか僕の目の前にいたとは……・
「お姉さんが、この店を潰したんだね」
「えっ?」
「だって、この前商人を捕まえたんでしょう。それでその商人に関係しているのが、ここのお店の店長さんだったんだって」
「私としたことが、調子に乗ってお気に入りの店の店長まで殺す羽目になってしまったなんて……」
そこで顔を歪ませるカタリナちゃん。
「でも、安心して。どんな人でも失敗することはあるから仕方ないよ」
「そうですわね。過ぎてしまったことは仕方がないですわ。とりあえず、生クリームは無理ですが、別のお菓子を売っているいいお店があるのでそっちに行きましょう」
「わ~い。生クリームじゃないけど、甘いお菓子食べた~い」
うん。
当たり前だよね。
僕の脳細胞って、3歩歩いたら忘れてしまう鶏の頭にだって勝てないんだよ。生クリームの事なんて忘れ去って、未知の甘いお菓子を求めて、カタリナお姉ちゃんのいうお店についていくことにした。
あ、ちなみにカタリナちゃんも僕と同じような頭の構造してるのかな?
失敗したことなんてなかったことにして、けろりとした表情をしてたよ。
「甘い物~甘い物~」
僕とカタリナちゃんは、能天気にお菓子屋目指して王都の道を進んでいった。




