34 死霊魔術師(ネクロマンサー)
「たっだいま~」
なんだか気が付いたら3日も過ぎてたよ。
ドワーフの里に行った後は、すぐに転位魔法を使って、神樹の森にある秘密基地に逃げたよ。
うん、逃げたんだ。
ドルゼンさんはいいんだけど、あそこで僕の姿が見つかるとヤヴァイから、ドルゼンさんとの用事を終わらせたら、転位魔法で即座に逃げたよ。
で、その後は再び神樹の森地下の秘密基地で、『悪魔に捧げる生贄の書・初級』の執筆を続けたよ。
さすがに1日2日でこなせる量じゃなかったしね~。
結局書き終わったころには、なぜか3日も時間が経ってたや。
テヘッ。
「あら、まだいたんですね」
それからクライネル王国の拠点である"旧アイゼルバーク邸"に帰ってくると、アイゼルちゃんが冷たい目で僕を見てきたよ。
「ま、まだいたって……」
「最近見ないから、てっきりどこかへ逃げたと思ってましたのに」
あ、あのー。
アイゼルちゃんが僕を見る目が、まるで虫けらを見るような……いや、もう本当に虫を見るような目してない?
この子、本当に性悪だー!
「スバル、帰ってきてたのか」
「ただいま~」
レオンは頷いて、挨拶を返してくれたよ。
ワーイ、アイゼルちゃんと違っていい奴だね、君は。僕はパーティーのいらない子じゃないもんね~。
「お帰りスバル。ところで3日間もどこで何をやってたんだ?」
「フフフ、僕は謎多き天才薬師なのだよ」
尋ねてきたのはラインハルト君。
僕は額に手を当てて、それとなく憂を帯びた態勢をとる。平たく言えば"カッコよさそうなポーズ"をとってみせたのだ。
「あ、うん。そうなのか」
……どうやらザ・ド凡人であるラインハルト君には、僕の次元を理解出来ないようだね。
「ところで、スバルがいない間に国王様から依頼があって、それでな……」
このパーティーの中で、僕と一番仲がいいのはラインハルト君だ。いや、レオンは義兄弟だけど、あいつは発情期の獣と変わらないから、僕よりロリ貧乳のアイゼルちゃんばかり相手にしてるんだよね~。
ところでいつも夜がお盛んだけど、あいつら身長差がとんでもないのに、どうやって夜のお仕事を務めてるんだ?
いけないいけない。純真無垢な僕に、そんなことが分かるはずがないものね~。
で、ラインハルト君は国王からの依頼を説明してくれたよ。
なんでもクライネル王国内では、最近墓場の死体が蘇って動き回る事件が各地で起こってるんだって。で、国が調べてみたところ、死者を腐乱死体として蘇らせている死霊魔術師が出没してるのが確認されたんだって。
今回はその死霊魔術師を倒して来いとのお達しだ。
「へー、そうなんだ~」
ちっとも興味がわかない依頼だね。
死霊魔術師ってのは、早い話が邪属性の魔法使いなんだよね。邪属性魔法は自然界の現象を直接に操作することが出来ない魔法だけど、代わりに目には見えない"魂"を操ることが出来るの。その力で死体に仮初の魂を吹き込んで、腐乱死体を始めとした不死者を作り出して、操ることが出来るんだ。
この魔法を極めて行けば、「いずれは俺の死んだ最愛の娘を蘇らせることもできる」。……なんて感じで、最愛の人を死から復活させようと目指す人が、狂った挙句に手を出すことがあるね。
けど、ぶっちゃけ邪属性魔法では死人が生き返ることはないんだけどね。
――え、「なんで僕がそんなこと知ってるのか」って?
もちろん、僕がこの世界の魔法に詳しいからです。ま、この世界以外の魔法にも詳しいけど~。
てなことで僕たち4人(それといつものポニーたちに荷馬車付き)は、死霊魔術師が潜んでいるという洞窟までやってきた。
なんでも昔は鉱石が産出した鉱山だけど、今では資源が枯渇して廃坑になっってるんだって。
内部は複雑に入り組んだ迷路になっていて、それをいいことに死霊魔術師がここを隠れ家として住み着いてしまったそうなのだ。
「嫌ですわ。暗くてジメジメしてる洞窟なんて」
洞窟の入り口を前にして、明らかにアイゼルちゃんはやる気なさげだ。
っていうか、その程度で気分を悪くしないでよね。僕たちは……えーっと、何するためにこの国にいるんだっけ?
≪ご主人様とレオンは、勇者扱いでこの国に召喚され、国王から魔王を倒すことを求められています≫
(そうだったっけ?ま、そう言うことらしいから、いちいち洞窟ぐらいでテンション落とさないでほしいよね~。こんなんで本当にアイゼルちゃんは魔王と戦うつもりがあるのかしら~?)
「テイッ」
でも、僕もいちいち洞窟に入って、その中にいる死霊魔術師と戦うつもりなんてさらさらない。
僕はついこの前作った薬をポーチから取り出して放り投げた。
「何を投げたんだ、スバル?」
「はーい、皆。危ないから耳を塞いでしゃがんでようね」
そう言って僕は耳を塞いでその場にしゃがみ込む。
――一体お前は何しているんだ?
僕の行動をアイゼルちゃんがごみ虫でも見るような目で見る。
ラインハルト君は要領を得ない顔。
レオンも僕の忠告を聞かず、耳を塞がずに立ったままだね。
直後、僕の放り投げた薬は洞窟の入り口に落下。
以前アイゼルちゃんが王都近くの森で火属性の上級魔法"火炎爆発"を使ったけど、あの時よりも強烈な閃光と大きな爆発音、衝撃波が発生した。
僕は耳を塞いでいたけど、それでも爆音で鼓膜がギンギンしたほどだ。
なんの対策もしていなかったアイゼルちゃんとラインハルト君は、爆風に吹き飛ばされてその辺に倒れている。
レオンの奴は……ま、あの程度の衝撃じゃどうにもならないね。
それどころか爆風で乱れた髪を軽くすいてから、「アイゼル大丈夫か?」なんて言いながら、ふっ飛ばされたアイゼルちゃんの方へ向かっていく。
今僕が使ったのって、ノストフィーネ山脈にいた魔物"爆弾岩"の欠片を主原料に作った、その名もずばり"ダイナマイト"。
まあ、本物のダイナマイトに比べると、こっちの方が威力が少し上なんだけどね~。
いっそのこと、"TNT"とか"C4"とか名付けてあげたかったけど、さすがにそれと比べると威力が全然足りてないから、名付けるのは自重しておいたよ。
ただ、ダイナマイトの在庫はまだたくさんあるから、目の前にいる"リア獣"の駆除にも使っちまうか?
≪この程度の威力ではアイゼルはともかく、レオンには大した傷をつけられないでしょう≫
(ですよね~)
もう、スピカ先生ってば律儀に答えなくてもいいんだよ。僕だってそれぐらいちゃんと分かってるから。
いちいち僕の冗談に真顔で返すなんて、分かってないな~。
≪ご主人様は、冗談を言っているような感じでありませんでしたが≫
(黙れよ!)
フフフ、いけないな~。
飴玉食べておこうっと~。
うーん、甘い苦い、マズい。
「でも、おいしいよ~。おいしいよ~」
自作して作った飴玉だけど、たくさんの薬剤の成分が入ってて健康にいいんだ~。でも、健康にいいのとおいしいのは別の話。それでも僕は魔法の呪文をいつものように唱え続けることで、飴玉がおいしいのだと、自分自身に思い込ませることにした。
あ、ちなみにこんなことしてる背後では……
――ガラガラガラ
と大きな音を立てて、発破した洞窟の入り口に巨大な岩が落下してきたね。
その後、入口の上の方に亀裂がメキメキと入って行って、そこから盛大の土砂が崩落する。
あの洞窟にはもう出入りすることが出来ないね~。
ちなみに洞窟の出入り口はもう何か所かあるそうだから、僕はそこにもダイナマイトを放り投げて、入り口を全部潰していった。
「よーし、死霊魔術師討伐完了」
洞窟の入り口は全部潰した。こうしてしまえば、中にいる死霊魔術師はもう2度と外に出て来られないね。
あ、ちなみに死霊魔術師ってのは、不死者を操ることが出来る存在に対して与えられる呼び名だよ。なので死霊魔術師は魔族であることもあるけど、不死者を操る魔法を会得した人間の魔法使いの場合もあるんだ。
ま、どっちにしても洞窟の出入り口が潰れちゃえば、もう2度と地上に出てこないでしょ。
「ふうっ、"長くも辛くも険しくもない戦い"だった」
僕は額を腕で拭った。
別に汗など一滴も出ていないが、勝利のポーズっぽく決めたかったんだよ。
「こ、この大バカ!洞窟を塞いだら肝心の死霊魔術師を倒せないじゃない!」
すべてが終わった後、アイゼルちゃんが僕に噛みついてきたけど、
「外に出て来られなきゃ、存在していないのと同じでしょ。だから倒す必要だってないよ~」
至極理論的に、でも能天気な表情で語る僕。
そんな僕を見て、アイゼルちゃんがきつく睨んできたな~。
何か物凄く言いたそうな顔をしてたけど、
「アイゼル、顔に泥がついてるぞ」
「レ、レオンさん」
レオンの奴がアイゼルちゃんの顔を指で拭ってやるんだ。
それでね……
あとは全カットでお願いしまーす。
とりあえず僕はポーチからダイナマイトを取り出して、
「ストップ、ストップ!スバル、どこにその爆弾を投げようとしてるんだ!」
「エヘッ」
「エヘッ、じゃないだろう!」
リア充吹き飛べをリアルでやろうとしたのに、ラインハルト君に止められちゃったよ~。
あ、ちなみに今回の依頼は死霊魔術師を直接倒してないから、依頼は見事失敗。
失敗した原因は全部僕のせいにされちゃって、国王が僕をクソ虫でも見るような目で見てきたね~。
まあ、僕ってパーティー内じゃ存在してないレベルの扱いだったから、ガミガミと怒られたりしなかったよ。
ただ一瞬睨んだだけで、すぐ視線を外して「勇者レオンには次の活躍に期待している」って言ってたね~。
ところで国王との謁見の後、レオンがまた王女3姉妹に呼び出されてたね。
そしてそこにアイゼルちゃんも突入して、女4人がレオンを取り合って罵詈雑言の罵り合いを始めたよ。
なんかヒートアップして互いの髪を掴みあって、爪での引っかき合いになって、まるでサル山のサルみたいにキーキー喚き散らしての大喧嘩になってたね~。
本当、女って怖いわ。
……で、レオンの奴はなぜかそんな騒動が発生してる頃には、その場からいなくなってたね。
なにあいつ、女の面倒な瞬間だけ存在を消せるとか、どういう超スキル持ってるの?
僕の前世なんて、2人の女性の前で正座させられて、一言も発言することが許されないまま、ただ黙って陰険な言葉攻めにひたすら耐えさせられる苦行を経験させられたことまであったのに……。
あの時の2人の子はね、なんか僕が二股かけてるだろってものすごく勘ぐってたんだよね。
僕としては、どっちとも付き合っていたつもりがなかったのに、どうしてそう言う展開になったんだ?
独り身がちょっと寂しかったから、食事を一緒にしたり、休日に映画やドライブに誘ったりして、性別は違うけど友達だと思ってたのに……
それはさておき、僕の"精密解析鑑定魔法"でレオンを調べるときには『超回避能力(女限定)』ってスキルでも追加しておかないといけないかな~?




