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26 ノストフィーネ山脈

 僕ってさ、前世では"ニコニコしてる動画"で格ゲー動画を上げてた時期があるわけよ。

 まあ、"ニコニコしてる動画"が登場した時点で既にいい年してたわけだから、動画では"御老公"なんてあだ名されていたわけ。

 格ゲーに勝った時は「カーッカッカッカッカッカッカッ」と僕は大哄笑。画面上では、「印籠出た!」「御老公さすが」「よっ、副将軍」なんて文字が躍るわけ。


「カーッカッカッカッ、ゲホゲホゲホ」

 生声実況の上に、老人と言っていい歳になってそんなことをしてたわけだから、途中で咳き込むこともあってね。


「老公むちゃすんなよ」「お大事に」「相変わらず年甲斐のない爺さんだな」なんて字幕も流れたよ。




 で、現在僕は、

「シ、シリウス様、なにとぞなにとぞご容赦を。平に平に~」

 10メートル級の(ドラゴン)に平身低頭されている真っ最中だった。

 ちなみに、"シリウス"はこの世界での僕の本名ね。


「アーっ、ハッハッハッハッハッハッ。ウホン、ゲホン、ハ、ハウウ、ゲホホ」

「ほら、背中さすってやるから」

「あじがどー(ありがとう)」


 あまりにも高笑いしまくものだから、咳き込むじゃすまないほどの、何かヤバい状態になってしまった。

 この場にいたレオンに背中をさすられるけど、なんか咳き込んだ拍子に鼻水まで出ちゃったよ。

 いやー、とっても見苦しい状態だね~。


 そんな僕を見ているドラゴンが、「マジでこの後どうしようか」って困った目で僕を見てきてるけど……。


「ぼ、僕をできないアホの子とか思うなよ」

「も、もちろんです!」

 睨み付けてやったら、ドラゴンは目を逸らしながら答えてくれたよ。


 うむ、さすがは僕だね。

 こんな超ド辺境にいるドラゴンにまで僕の名前が響き渡っているんだから、自分でもちょっと驚くくらいに僕は有名人だ。

 でもまあ、ほら。僕って常にカリスマ性が全身から溢れだしているから、仕方ないことだよね。


≪カリスマ性とは異なるものが、常にご主人様(マイロード)からは漂ってますが≫

(え、カリスマよりももっとすごい物がにじみ出てるのか~。もしかして僕の背後では後光が輝いていて、まるで神仏の如き神々しさが~)

≪……≫

(分かってるよ、全身から出ているのが何か分かってるから、そこで沈黙するなよ!)



 全くひどいよね。

 僕だって自分のことがどう思われてるなんかなんて、ちゃんと分かってますよ。

 でもね、人間現実見てちゃ生きてけないの。"適度な現実逃避"をしながら生きていくのが、人生長く生きていくための秘訣なんだから。例えアホの子呼ばわりされても、そんな現実直視しなけりゃ、どうってことは~。



「ヘブシッ」

 思い切りくしゃみが出て、鼻からさらに大量の鼻水が飛び出した。

 あ、鼻水の一部が平身低頭中のドラゴンの顔にまでかかっちまった。


「をぃ、なんで目だけでなく顔まで横にそむけるんだよ」

「いっ、いいえ、なんでも……」

 あ、ドラゴンの口がワナワナと震えてる。


 もちろん、目の前にいる僕を一口で食べてやるなんて腹積もりじゃない。

 笑いを堪えるのに必死になってるんだ!


 こいつ、ドラゴン鍋の材料にしてやろうか?







 さて、そんな平身低頭されてるドラゴンに笑われそうになっている僕だけど、なぜこんな状況になっているのかの説明から始めよう。


 僕たちは戦闘能力のスキルアップをはかろということで、今回クライネル王国の僻地にある"ノストフィーネ山脈"へやってきた。

 もともと小国であるクライネル王国の僻地だから、ここはもう世界の果てって言っても過言じゃない場所かもね。


 ちなみに今回は、僕とレオン、アイゼルちゃんとラインハルト君のいつも通りのパーティーメンバーに、黒雷男爵号(ブラックサンダーバロン)をリーダーとしたポニー軍団10頭が勢ぞろい。

 ふふん、この前よりさらに数を増やしたよ。

 ただ、さすがに前回は純白ポニーの為に金欠になるほど使い込んじゃったので、今回は自重(じちょう)。普通に茶色毛やブチ模様の安いポニーを買ったよ。ロマンは大事だけど、実用性も取らないといけないからね~。

 それにさすがに王都の郊外にある牧場も、あれ以上は珍しいポニーがいなかったしね~。


 もし、珍しいポニーがいたら……

 いや、これ以上は考えないでおこう。



 そしてさらに、今回は荷馬車まで用意したよ。

 2頭の馬に引かれた荷馬車だよ~。


「全く、あなたは商人にでもなるつもりですか?」

「ふっふっふっ、いいじゃんいいじゃん。全部僕の自腹で用意したんだから、文句はないでしょう」

「私たちは勇者一行であって、商人ではないのですよ!」

 アイゼルちゃんは勇者にこだわるね~。


 大丈夫だよ、僕はもう勇者様御一行ゴッコには飽きたから、もし僕の前に勇者様御一行を名乗る奴らがやってきたら、返り討ちにしてあげるから~。


 ――え、「お前ら今でも"一応"勇者様御一行じゃないのか」って?


 ……

 ……

 ……





「それで、今回目指すノストフィーネ山脈って何があるの~?」

「ノストフィーネ山脈の麓には鉱山があって、そこでは鉄鉱石と共に、希少な魔法石が産出されてます」

 と、ラインハルト君の説明。


「へ-、このド貧乏な国でも鉱山があるんだね」

「スバル、君はこの国をどう思ってるんだい?」

「えーとね、近衛兵にさえ金属鎧を支給できないド貧乏国家。魔族に侵略されて敵わないとなると、関係ない赤の他人を召喚魔法で無理やり連れてきて戦わせる国。あと土地は結構あるみたいだけど、だからって開発されてるわけじゃないしね~。あ、そうそう、意外と王都の店でも大したもの売ってないよね。やっぱり経済が貧弱だから……」

「ス、ストップストップ」

「ほへっ!?」

 尋ねられたから答えているのに、ラインハルト君が止めてきたよ~。

「ヒドイ言いようだね。でも、スバルは本当に12歳なのか?」

「ふふん、僕は早熟の天才なのです」

「だったら、戦闘でも役に立ってくれよ」


 ひどいな~。僕も戦闘では役に立ってるよ。

 前衛を務めているレオンとラインハルト君。その後方で魔法で戦うアイゼルちゃん。そしてそのさらに奥で僕は声を出して、「がんばれー」「そこだゆけー」「ラインハルト君腰が引けてるぞ~」なんて感じで、いつも応援してるじゃん。


「あと怪我したら回復薬だって用意してあげてるし」

「同じパーティーの仲間だったら、使うたびに有料で金取るのはどうかと思うけど……」

「王様が使ったポーションの代金を代わりに払ってくれるならいいけど、あの人完全に僕の存在無視してるから。ただでは使えないよ」


 ふふふ、僕はこの国に来て最近新たに覚醒したのです。

『お金はとっても大事、お金があれば何でもできるんだ~。ウフフフ~、僕お金の魔力に憑りつかれちゃった~』


 道具屋のおばあさんと仲良く金貨を山分けしているのが、きっとこうなった原因だろうね~。




 ラインハルト君はそんな僕を渋い顔をして見ていた。

「今でさえ守銭奴なのに、一体スバルは将来どんな悪党になるんだ」

「な、なぜ悪党前提かな~?」

 ひど過ぎるよ、ラインハルト君。

 僕としては、"現在進行形"で悪党の真っ最中な気がするんだけどな~。エヘヘ~。






 と、そんなこんなで僕たちはノストフィーネ山脈へ到着したよ。


 僕としては山脈自体より、麓にある鉱山で取れるものに興味津々かな~。

 薬の材料は薬草など植物から作るものもあるけど、鉱物系の素材を用いるものだってある。動物性のものだってもちろん。

 例えば鶏のゆで卵を作った時、白味の周りについてる皮があるけど、あれを傷口に張り付けておくと、かさぶたの代わりをして怪我の直りが早くなるんだよね~。まあ、皮が原因で雑菌が繁殖して、感染症の原因になるなんて話もあるから、そのまま直に使うのはお勧めしないけど。


 それに前に作った傷用の塗り薬なんかは、ワセリンという物質がよく使われていて、これは鉱物由来の物質なんだよね~。



 そんな興味津々の僕だったが、鉱山は国の運営下で管理されていて、鉱山の中に一般人が勝手に入ってはいけないとのこと。ならばせめてどんな鉱石が取れるのかな~と僕は見学したけど、鉱山から取れた鉱石を売ってはくれなかった。

 すべて国のものだから、勝手に売るわけにはいかないんだって。


 なんだよ、弱小国家のそれも僻地にある鉱山のくせして、なんでこんなところだけガチガチのお役所仕事してるんだよ!

 現代日本の行政みたいに、融通の全く利かないお役所仕事してんじゃねえよ。ここは中世程度の文化レベルだろう。だったらもっといい加減が通用したっていいだろう。



 全く、ひどいよね~。


「鉱石が欲しいなら、山脈の上の方で採取することだな。あそこなら転がっている鉱石を自由に採取することがでするぜ。もっとも飛竜(ワイバーン)の群を始めとして、危険な岩石系の魔物も大量に生息しているから、命の保証はないけどな」

 そう言ったのは、鉱山を担当している髭面の役人だった。たたじ役人と言っても、鉱山労働者を相手にいているため、かなりがたいのいい強面おじさんだ。


「レオン~、アイゼルちゃん~、ラインハルト君~」

 僕はパーティーメンバー3人に、猫なで声で話しかける。


「今回の目的はスキルアップが目的ですからね」

「当然、上の方にはいくさ」


 おお、アイゼルちゃんとラインハルト君はやる気だね。


 と言うことで、僕たちはノストフィーネ山脈を上ることにした。






 ただ残念ながら足場が悪いので、ここまで乗ってきた荷馬車は山脈の下で待機。ポニーたちは足場が多少悪いぐらいでは全く問題ないので、僕たちと同行したよ。


 しかし、それにしても楽しいね~。

 いろんな鉱物が地面にむき出しになって転がっているんだけど、僕はいつものようにそけを口の中に入れて味を確かめてみる。

 もちろん鉱物を飲み込むわけにはいかないので、味を確かめるだけで、その後は口から吐き出す。


 そして水筒で口をゆすいでおくよ。

 ちなみにこの水筒だけど、ポーチと同じく次元魔法によって、内部は別次元と化しているよ。なので見た目と違って内部の容量はとてつもないことになってる。

 でも、どれぐらい水が入っているのか、僕も知らないんだよね。

 何しろ容量が、その辺を流れている川の水を何日も入れ続けられるほどだからね~。だから、中身がどれぐらい残っているのかなんて知らないよ~。



「このクソガキ、砂利なんか食べてないで働きなさいよ!」

 ありゃっ、僕が鉱物の探求をしている間に、アイゼルちゃんが悲鳴を上げてるね。


 ドカーンという大音声がとどろいて、丸い岩が爆発して吹き飛んだね。"爆弾岩(ロックボム)"って魔物で、岩でできたやたらと固い体をしてるのが特徴だね。

 攻撃手段は体当たりだけなんだけど、とにかく固いものだから剣が通じない。アイゼルちゃんが土魔法で遠距離から攻撃して、なんとかしてるね。

 ちなみに岩でできた魔物だから、風属性の魔法が効くんじゃないかって考えるかもしれないけど、風属性の魔法は破壊力に乏しいから、岩相手に風刃(ウインドカッター)を使っても、剣と同じで弾かれるのが 関の山だね。

 でも爆弾岩(ロックボム)の厄介なところはその名が示す通り、体力が減ると自爆すること。近場で爆発されたら、たまったものじゃないよね~。


 ついでに直接の爆発に巻き込まれなくても、爆風と共に岩の欠片が飛んでくるのでとっても危ない。


「いやー、私の玉のお肌がー」

「はいはい、あとでポーション売ってあげるから」

 破片でかすり傷を作ったアイゼルちゃんに、僕は「毎度あり」と心の中で思う。



 あと、

「ダイナマイトの材料をゲットだぜ!」


 僕は危険極まりない爆弾岩(ロックボム)の欠片を入手して、ニンマリとほほ笑んだ。

 ダイナマイトの主成分はニトログリセリンで、これは爆薬としてだけでなく狭心症の治療薬としても使われるんだよね。ほら、僕って前世でも薬師だから、ニトロだってちゃんと扱ったことあるから。

 ちなみにニトロって、甘苦味がするんだよね。

 ああ、甘い物、甘い物。


 ――パクパク。


「……じゃりじゃりする」

「何食ってんだ……」

 ああ、レオンの奴が"岩石魔人(ロックゴーレム)"と戦いながら、そんなこと言ってきやがったよ。

 岩石魔人(ロックゴーレム)は体長2~3メートルの大きさの岩でできた魔物だね。まあ、普通のゴーレムとどう違うのか言われれば、僕にはその違いなんて分からない。

 ただ、レオンの奴超余裕だよ。

 拳や蹴りで岩石魔人(ロックゴーレム)の手足が粉砕されて吹き飛んでる。相手の体が岩石でも、奴の物理攻撃力の前では全く関係ないってことだね。本当に化け物だよね~。

 とはいえさすがに一発で倒しきれず、何発も拳を叩きこむことで、岩の体を砕くようにして破壊していってるや~。


 もし僕がレオンのまねをしたら、手が即座に複雑骨折しちゃうね。

 もっともあいつは無駄に体が頑丈だから、鋼鉄の壁を殴っても、拳より鋼鉄の方がへこむだろうけど。



 それより、今はニトロちゃんだよ。

 ニトログリセリンは薬にも使われるわけで、僕の本職は薬師だけど、錬金術もそれなりにこなせるから安心だね。

『今日から僕は錬金術師になって、大量の爆弾を量産し、それによって闘技場の頂点に立ち、世界を脅かす悪の魔王を"発破"して倒すのだ~』

 可愛い女の子が主役なのに、物騒極まりない爆弾を大量生産する錬金術師のゲームが日本にはあったしね~。

(僕も今日から、"ドンパチ爆弾錬金術師"になるのだ~)




 そして僕の周辺では、悲鳴が聞こえる。

「う、うわわっ、体が勝手に踊る!」


 "泥人形(マッドパベット)"って魔物とラインハルト君が対峙してるね。

 泥人形(マッドパベット)は泥でできた人型の魔物。しゃべったりすることはできないけど、まるでマリオネットのような動きをする魔物で、だいたいいつも踊りを踊ってるよ。

 で、泥人形(マッドパベット)が近くで踊り出すと、その周囲にいる全員が泥人形(マッドパベット)と同じように踊り出しちゃうんだよね。


「ラインハルト君、ステップがあまいよ。泥人形(マッドパベット)、お前はそれでも本当に踊りを得意としている魔物なのか。もっとしっかりとしたステップを踏め!軟弱な踊りは認めんぞー!」

 なんとなくそれっぽいことを言ってみる。


「ほら、こうやって踊って……」

 あまりにも見てられなくなって、僕は泥人形(マッドパベット)の前で踊ってみせる。



「あ、あれれ、いつのまにか操られていた体が自由になってる」

 そうしていると僕と泥人形(マッドパベット)の間で通じるものがあり、ラインハルト君のことなど完全放置で、僕との踊り合戦に突入した。


「ハー、フン。ムヒー」

 ――え、「踊りながら変な掛け声出すな」って?

 だって、目の前にいる泥人形(マッドパベット)が、思っていたよりやたらと強敵だったんだもん。

 ――こいつ、できる!


 僕としたことが、敵を舐めていたようだね。




「うわっ、今度は足を掴まれて動けない!」


「って、ラインハルト君!僕が珍しく戦っているのに、どうして君が足を引っ張るんだよ~」

 泥人形(マッドパベット)から解放されたのに、今度は地面から生えた手に両足を掴まれているラインハルト君。


 "泥手(マッドハンド)"という魔物で、単体では特に怖くない魔物。

 ただ、魔物の集団と敵対した際に泥手(マッドハンド)がいると非常に厄介な相手になる。

 泥手(マッドハンド)は相手の足を掴んで動けないようにさせるだけの魔物だけど、そんなのが魔物の集団の中にいて足を掴まれてしまったら、行動が出来なくなって他の魔物にフルボコにされかねない。しかも人間の手と大きさが大して変わらないから、常に地面に視線を向けていないと、その存在に気付くことが出来ないという厄介さがある。


 レオンの場合はまとわりついてくる泥手(マッドハンド)を、普通に足を動かすだけで引きちぎっちゃってるよ。

 なんだか雑魚相手に戦ってるというレベルを超えて、足を掴まれていることすら気づいてないって感じだね。



 ――ドカーン

 また、爆弾岩(ロックボム)が自爆したね。

「いやー、せっかくセットした髪型が今の爆風でグチャグチャにー」

 戦っていたのはアイゼルちゃんだけど、身だしなみを気にしていられるなら余裕がありまくりだね。



「フハハハハ、愚かなる泥の魔族どもよ。我が真の力を知るがいい」

 とりあえず僕は、ポケットの一つから泥系の魔物によく聞く駆除剤を取り出して放り投げた。バブル駆除剤と同じだね。

 薬がふりかかった途端、ただの泥になってドロドロに溶けていく。


「た、助かったよスバル」

「お代は銅貨5枚(50円)になります」

「頼むから戦闘に金を持ち込まないでくれー。っておわわわっ」

 叫ぶラインハルト君だけど、その背後から岩石魔人(ロックゴーレム)が襲いかかってきた。


「ギャフッ、ゲフッ、ゴハッ」

 ああ、情けないよラインハルト君。動きの鈍い岩石魔人(ロックゴーレム)相手に、まさか3連続でパンチをくらってしまうなんて。

 顔をボコボコにされて、ふらついてしまうラインハルト君。


「ジョー、立つんだジョー」

 僕はそう叫ぶが、マジでラインハルト君が後ろに向かってぶっ倒れたよ。

 真っ白に燃え尽きちゃったね。


 あ、やばい。

 僕のメイン盾ラインハルト君がやられちゃったから、岩石魔人(ロックゴーレム)が僕の方を見てる。

 えーと、緊急事態だし"火玉(ファイヤーボール)"を使おうかな?

 僕が火玉(ファイヤーボール)を使えば、岩石魔人(ロックゴーレム)なんて一撃だよ。

 というかオーバーキル過ぎて、近くにいるラインハルト君を確実に巻き込んじゃうな~。



 ――ブオォンッ

 そんなところに、岩がぶっ飛んできた。


 飛んできた岩は岩石魔人(ロックゴーレム)の顔面に命中。ものすごい破砕音がして、岩石魔人(ロックゴーレム)の顔面が吹き飛んだ。


「ナイス、レオン!」

 別の岩石魔人(ロックゴーレム)相手に格闘戦をしていたレオンが、岩を投げて援護してくれたよ。


 そのままレオンはボクの方を見ずに、目の前にいる岩石魔人(ロックゴーレム)の相手に戻った。



 いやー、僕の危機に颯爽と助けを入れてくれるレオンはいい義兄弟だね~。あれでハーレム作った挙句、現在進行形で女の子たちの形成するドロドロ地獄の被害に遭ってないって点がなければ、最高の義兄弟だよ~。


 レオン先生、どうやったら女の子たちのドロドロ地獄に巻き込まれずに済むのか、今度詳しくお教えください。




 ところがね。ノストフィーネ山脈は魔物がやたらと多いんだけど、僕たちを取り囲むようにして集まっていた魔物たちが、いきなり背中を見せて逃げ出したんだよ。


「魔物が逃げていく、一体どういうことでしょうか?」

「アイゼルちゃん、あれ見て~」

「あれは、まさか"飛竜(ワイバーン)"の群!」


 ノストフィーネ山脈の遥か頭上から、空を飛んでくる竜がいるね。


「1、2、5、8、16……たくさんだね~」

「こ、この能天気バカ!飛竜(ワイバーン)のあんな大群なんて見たことがありませんわ。レオンさん、これはいくらなんでも危険すぎます。今すぐ逃げましょう」

 少なく見積もっても30頭は超えてるね~。

 アイゼルちゃんが顔を青くしてるよ。


 ちなみにラインハルト君は、さっきの岩石魔人(ロックゴーレム)の拳で完全にダウンして気を失ってる。なのでここまで連れてきたポニーの背中に乗せているよ。

 でもさー、黒雷男爵号(ブラックサンダーバロン)は、僕でさえ背中に乗った途端に動かなくなる薄情者だったんだよ。高いお金を出して買った純白ポニーABCDEも、人間が乗った途端に動かなくなる。

 こいつらポニーの分際で気位高すぎだろ!

 で、仕方なくラインハルト君は人間が上に乗ってもちゃんと動いてくれる、プチ模様のポニーの背中の上だね~。



 あ、ちなみに僕が飛竜(ワイバーン)の群を前にしてポニーの話にうつつを抜かしだしたのは、あまりの恐怖に現実逃避をする為、ではないよ。


「ねえ、レオン。飛竜(ワイバーン)って珍しいっけ?」

「普通は珍しいだろう。ただ、お前が住んでいる"あそこ"では、珍しくないがな」

「だよねー。いつも100匹200匹が空を暢気に飛んでるのが当たり前だもんねー」

「ちょ、ちょっとレオンさん、それに役立たず。一体何わけ分からないことを。キャアッ!」


 僕のことを役立たずって名前にしないでほしいな~。ぷんぷん。

 そんなアイゼルちゃんに向かって、飛竜(ワイバーン)の1体がブレスをはいてきたよ。


「そのまま燃えちゃわないかな~」と思うのは、さすがに僕としても薄情すぎると思うので、「どうかこのまま生意気女(アイゼルちゃん)が、飛竜(ワイバーン)にビビりまくっておもらしでもしますように」と、お祈りをした。


 お祈りするのはいいけど、誰に向かって祈るんだろうね?

 神様、仏さまっていうのは、この場合の祈る相手として全然違うから、とりあえず、

「ドラゴンさんや、なにとぞアイゼルちゃんに天罰を~」


 うおおおっ。俺の出せる"神通力"の全てをかけて、祈り倒してやる!!!


「バカ、大バカ。あんた完全に飛竜(ワイバーン)を前にして、現実逃避してるでしょ!」

 ああ、アイゼルちゃんが切れちゃったね。というか、そのせいでさっきまで感じてた恐怖が減ってない?

 ちっ、この女、まだ失禁しないだけの余裕が残っていたか。


 ……って、これじゃあまるで僕が、ヒロインをひどい目に遭わせていくことを目的にした、エロゲの世界にでも降り立ったかのような祈りをしてるみたいじゃないか~。






 でも、僕の神通力が強すぎたのか、なぜかこっちに向かって飛んで来ようとしたいた飛竜(ワイバーン)たちが突然方向転換をして、逃げ出した。


「あれ?なんだ分かりませんが、飛竜(ワイバーン)の群が突然逃げ始めましたよ。一体何が……」


 でも僕の祈りがちゃんと"ドラゴン"様に届いた。

 魔法使いであるアイゼルちゃんに気づかれることのない感知魔法を使える僕だから、その気配には事前に気づいていたけど、今まさに僕の願いを聞き届けてくれる"本物のドラゴン"様が登場だ。



「ウガオオオオォォォォォーーーー」

 天にとどろく巨大な鳴き声が轟いた。


「えっ、ええっ、ドラゴン?」

 アイゼルちゃんの目が暗転して、その場で気を失ってバタリと倒れた。


 あ、おもらしはしなかったか。

 ま、仕方ないね~。


 それよりラインハルト君とアイゼルちゃんが意識を失った中、僕とレオンの前に全長10メートルを超える巨大なドラゴンが姿を現した。




「ありがとう、ありがとうドラゴンさんや。あなたのおかげであの生意気女の無様な姿を拝むことが出来ましたぞ」

「スバル、言葉遣いがおかしくなってるぞ」


「あ、いけないいけない。ついつい嬉しくて僕のテンションがおかしくなってたや~」

 レオンに指摘されて、やっと気づいた。


 飛竜(ワイバーン)は体長は2~5メートル程度だったが、今度出てきたドラゴンは10メートルを超えたマジものの(ドラゴン)

 赤い鱗をし、黄金色の双眼で地上にいる僕たちを睥睨してきた。


「愚かなる人間どもよ、天空の覇者たる我を前にして、随分と余裕をかましているではないか」

 あ、このドラゴンさん本物だね。

 人間の言葉をちゃんと喋れるだけの知能がある奴だ。



「ここは我が縄張り。貴様らは我の餌となってもらおう」

 そう宣言して、ドラゴンは僕たちに向かって翼をはためかせて飛んできた。一気に距離を詰めてきて、そのまま激突。


 ――「何に激突したのか」って?

 僕が使った、無色透明の"次元結界(ディメンション・シールド)"の壁にだよ。

 僕の魔法っていろいろとアレだから人に見られると困るんだけど、アイゼルちゃんもラインハルト君も絶賛気絶中だから、魔法解禁だよ~。


「ふ、ふぎゃっ。なんだこれは、魔法による結界か!」


 ドラゴンさんが、何にぶつかったのか気付いたようだ。

 それにしても予想外の出来事で取り乱した声が、可愛いものだね~。




「ねえ、お前が今目の前にしている人間を食らうことが出来るなんて思ってるなら、勘違いも甚だしいね」

「何を言う人間風情が。魔法による結界ごとき」

 そう言ってドラゴンは、目の前にある魔法結界を砕こうと、尻尾を叩きつけようとした。

 だか、その尻尾が動かない。


 翼も、尻尾も、体も、全身が金縛りにあってしまったかのように動かすことが出来ないまま、空中にその巨体が固定されてしまった。



 僕はその無様なドラゴンの様子を、感情なく眺める。


「う、動けぬ。これは一体……」

 明らかに先ほどまでの余裕が消え去ったドラゴン。未知の事態に完全にパニックだ。

 力を込めてガウガウ呻いているが、それでも身動き一つとることが出来ない。


 だって僕の次元結界(ディメンションシールド)を、ドラゴンの体にぴったり密着するように張り巡らせたんだもの。次元結界(ディメンションシールド)は次元属性の魔法を用いない限り、どのような物理的な力をもってしても打ち破ることが出来ない。

 最強の物理魔法と言っていい魔法なのだから。


 ちなみに僕は、詠唱なし、前動作なし、さらに魔法の発生位置を感知魔法の届く範囲内であれば、任意の場所で発生させることが出来る。

 滅茶苦茶高等な技術なんだけど、僕ってこういうことは息をするみたいに、無意識にできるんだよね。

 ほら、意識して呼吸したり、筋肉の動きを考えながら意識して歩こうとすると、変にぎこちなくなっちゃうでしょ。あれと同じだよ。

 意識して考えない方が、簡単に魔法を使えるんだよね。



 そして僕は普段のふざけまくった態度の全てを放り捨てて、傲慢に接する。それはもう、あの気楽さがどこかに消え去ってしまったかのような、氷のように凍える態度で。

「さて、自己紹介をしよう。僕は肥田木昴(ひだきすばる)。そしてもう一つの名は、シリウス。"シリウス・アークトゥルス"だ」



「"シリウス・アークトゥルス"……黒い髪、黒い目、人間の子供の姿をした、全身黒づくめの装束。では、これが話に聞く次元魔法だというのか……それに傍に控える者は、まさか……」

 僕の姿と、傍にいるレオン。

 そこでドラゴンが絶句した。



「シ、シリウス様。なにとぞ、なにとぞご容赦を。平に平に~」

 そう言い、全身の動きを固定されたドラゴンが、先ほどまでの傲慢さを完全に脱ぎ捨てて、なりふり構わず叫び始めた。


「このまま次元結界を張っている範囲を縮めていくとどうなるか分かる?防御力が自慢のドラゴンの鱗なんて何の役にも立たず、君はあっさり血と肉の塊になるね。もっともその後は次元ごと破壊するから、血の一滴すらこの世に残らないけど」

 僕はプリティー少年なんだけどな~。

 そんな僕なのに、ドラゴンさんは泡をも噴き出しそうな顔をしてるよ。

 どうしてだろうね~?


 僕がそんなに怖いのかな~?

 ウフフ、フ~。



 その後ももうちょっと脅してあげたら、ドラゴンは平身低頭しまくって、謝り続ける。

 ほどほどのところで、僕はドラゴンを拘束していた次元結界を解除してやった。


 次元結界を解いた後は、地面に頭をこすりつけて、僕に頭を垂れ続けるドラゴン。

 そこで冒頭の展開へとつながるわけだ。


 うん。僕の威厳の前に、ドラゴンさんもタジタジだね。



 き、きっとタジタジになったはずだよ。

 僕が調子に乗って高笑いして、そのせいで咳をしまくったり、鼻水を盛大に飛ばしたからって、僕の威厳には傷などつかないはず。



 そうだよね、ドラゴンさんがどう見ても口元を振るわせて、笑いをこらえるのに必死になっているように見えるのだって気のせ……


 こいつ、ドラゴン鍋の材料にでもしてやろうか!?


後書き



 ゆで卵の白い皮に関しては、いわゆるおばあちゃんの豆知識という奴です。

 本当に怪我の回復が早くなるかは不明ですね。


 それといつもの事ですが、作者の薬学に関する知識はずぶのド素人なので、本文中での薬に関する内容は当てにならないのでご注意を。

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