21 お薬の力はかくも偉大なのです
「なんでこんなに作ったんだろ?」
ポーチの中にある材料を全て使った結果、山と積まれたバブル駆除剤を前にして僕は絶句した。
10000匹のバブルを駆除するなんて、一体どういう状況があるのだろうか?
もっともこの僕を舐めてもらっては困る。
「エヘヘ~」
僕はにやけた笑いを浮かべ、目の前に山と積まれたバブル駆除剤をポーチの中へと片っ端から突っ込んでいく。
ショボイ国とはいえ、それでもクライネル王国の王宮の敷地が丸ごと入るほどの空間が内部にある僕のポーチだ。
ちなみにここ言う"王宮"とは、王様が住んでいるお城だけでなく、敷地内にある近衛兵の宿舎や使用人の住居。他にも馬小屋やいろいろな物をしまっている倉庫などなど、もろもろの建物まで含めた広大な土地のことだ。
たかが10000匹のバブルを駆除できる薬など、僕のポーチの容量の前では、存在していないにも等しい。
かくして、僕の目の前から全てのバブル駆除剤が跡形もなく消え去った。
「えーっと、僕何してたんだっけ?」
≪ご主人様、なかったことにしないでください。なかったことに!≫
「せ、せっかく僕のポカを証拠隠滅したのに、ここに目撃者が1人残っていたか……」
≪バカなことを言ってないで……ポーチの中で肥やしにするぐらいなら、この街で売ってしまえばいいのではないですか。資金の多少の足しになるでしょうし≫
うーん、言われてみれば、確かに売ってしまった方がいいのかな?
というか、あれだけの数を作っておいてなんだけど、特に何か考えて作ったわけじゃないんだよね。一応戦闘で使うことは前提だけど、10000匹のバブルとの戦闘なんて絶対にありえない。
それにもし、あのゲロ臭い魔物を10000匹も相手にして戦わなければならない状況に陥れば、僕は絶対に逃げる。
誰だって、あんなものを10000匹も相手にする愚は犯さないはずだ。
きっとバブル10000匹に勝利した英雄になどなれない。むしろ返り血ならぬ返り体液で、ゲロ臭さが一生抜けない体になってしまうだろう。
そうなったら、世界中からの嫌われ者になっちゃうね~。
「よーし、それじゃあ冒険者らしく素材を売りさばきに行くか」
≪素材と言うか、既に加工後ですけどね≫
「細かいことは気にしない~」
と言うことで、僕は館の外に出て薬を売りに行くことにした。
ところでさ、出かける前に一つだけ聞いてほしいことがあるんだけど。
館に残っているレオンとアイゼルちゃんに「出かけてくるね」って言おうとしたんだけど、2人がいる部屋の前まで行くとね、やたらとギシギシという音がしてたんだよ。
ベットのきしむ、すごい音が。
僕感知魔法が使えるから、その気になれば室内で何が起こっているか知ることもできるけど、何が起こってるのか魔法なんて使うまでもないね……
「"愛などいらぬ!"」
どこぞの聖帝様のセリフをパクって、僕は館を飛び出すようにして出て行ったよ。
「おばあちゃん、おばあちゃん、この薬を買ってよ~」
予期せぬところで不測の事態に陥ったものの、僕は街にある道具屋のおばあさん相手に"超美肌パック"と、"バブル駆除剤"の2つを売っていた。
……ところでバブルの方はまだわかるとして、僕はなんで美容のためのパックなんて作ったんだろう……?
えーと、確か「あの材料で作れるものは何があるかな~」って考えていて、それでとりあえず出来るものを作っただけのような気が……。
ま、いいか。僕の頭って鳥頭だから~。
≪マ、マイロード……≫
(スピカさんや、そこで泣かないでおくれ)
僕の残念ぶりに、とうとう妄想の産物にまで泣かれる始末だよ。僕っていったいどれだけできない子だと思われてるんだよ。プンプン。
とまあ、そんなアホなことを脳内でしつつも、
「このパックはね、とても美肌にいいんだよ。おばあちゃんのお肌だってすべすべになるよ~」
「いいかい、私はもう90になるんだよ。今更パックなんてしても、皺の間に挟まって残っちまうだけだよ」
「な、なるほど、それは全然気づかなかった!」
そうだよね、もうよぼよぼ皺まみれの道具屋のおばあちゃんだと、パックしてもそうなっちゃうね~。
「それとこの薬は何だい?」
「これは魔物のバブルを駆除する薬。ナメクジに塩をかけるみたいに退治できるよ~」
「ナメクジって何だい?」
「こーんな感じの、超キモイ粘液生命体」
あれ?そういえばこの世界でのナメクジの呼び名って何だったっけ?
とりあえず僕は、"バブル駆除剤"を使えば、バブルをシワシワの干からびた干物みたいにできると、おばあちゃんに手振り身振りを交えながら説明していった。
なお、手振り身振りは全然必要ないんだけど、オーバーリアクションの方が、高く買ってくれる気がするじゃん!
「ふーん、そんな薬聞いたこともないね。とりあえず効果を試したいから、1本よこしな」
「いくらで買ってくれるの?」
「今まで聞いたこともない薬なんだ。びた一文だしゃしないよ」
「ええーっ、それって買ってくれる気がないってことじゃないー」
「だから試してみるんだよ。使えるようだったら後日ちゃんと買ってやるからね」
「ムムー」
なんだか僕って信用されてないなー。
まあ、アイゼルちゃんやラインハルト君の僕に対する扱いよりは、このおばあちゃんの僕に対する扱いの方がましだよね。
だって2人は僕のことをダメな子扱いして、既にパーティー内での評価はゼロを超えてマイナスだよ。だけどこのおばあちゃんは、薬をお試しとはいえ"無料"で引き取ってくれるっていうんだ。
"無料"ってことは、つまりマイナスじゃなくて、ゼロってことだよね~。
うわー、こんなに僕のこと評価されたのって、この国に召喚されてから初めてだ~。
≪シクシク、シクシク≫
なんだか脳内でスピカが泣き声を出してる気がするね~。
僕はとりあえずサンプルとして、道具屋のおばあさんに"バブル駆除剤"と"超美肌パック"をいくつか渡しておいた。
「また来ますね~」
僕は可愛らしい笑顔を向けて、道具屋のおばあさんの店を後にした。
なお、この笑顔は"営業用スマイル"だ。
これでおばあさんも僕にメロメロだよね~。
それから数日間、僕たちは王都を中心に活動した。
街の周囲に広がっている平原や近くにある森へ行って、そこで魔物退治をしつつ、薬にできる素材は僕が採集。
パーティー内で皆が僕を見る目は、相変わらずとっても痛々しいね~。
僕、何か悪いことしたっけ?
この国に来てまず最初にしたことは、蒸かし饅頭を食べて。それから第一王女の短期の記憶を奪って、視力を潰して……
うーんと……心当たりが山盛りすぎるな~。
とりあえず魔物退治では、レオンとアイゼルちゃんの2人がダントツで強いね。
特にアイゼルちゃんなんて、
「私の魔法が以前大したことないと言われましたが、ここで私の実力を改めて見せてあげましょう」
そう言って手にする杖を握り締め、森にいる魔物に向かってアイゼルちゃんは魔法を放った。
「火炎爆発」
火属性の上級魔法で、炎の爆発が生まれて周囲のものを焼き払うんだ。当然上級魔法の一撃で、森にいた魔物は消し炭すら残ることなく蒸発。
「アイゼルちゃん、凄いね」
「確かに、ある意味凄いな」
僕とレオンは2人してアイゼルちゃんに感心した。
ただし感心したのは魔法でなく、アイゼルちゃんのお頭にだよ。
「ア、アワワワワ。森が大火事に!このままだと僕たちまで火災に巻き込まれてしまいますよ!」
ラインハルト1人だけ大慌てだね。
あ、ちなみにアイゼルちゃんは魔法で魔物を倒したことなど既に意識の外で、顔面蒼白になって身動きすらしない。
別にアイゼルちゃんが強力な魔法を使った反動で動けないくなった……とかってわけじゃないよ。
だってラインハルト君が言った通り、アイゼルちゃんがよりにもよって森の中で上級の火魔法なんて使うものだから、その余波で木が燃え出したんだよ。
それも一度に"何十本"も!
このままだと大火事に巻き込まれて、僕たちまで黒焦げだ~。
「よっ、放火魔アイゼルちゃん!」
「キャ、キャアアア、私こんなつもりじゃなかったのにー!」
アイゼルんちゃんって性格悪いけど、ドジっ子だね~。
「落ち着け、さっさと水魔法で消化しろ」
僕はアイゼルちゃんのドジっ子ぶりに、ニコニコプリティースマイルを浮かべていたけど、レオンの奴は冷静だった。
「そ、そうですわ。水魔法で急いで消化を……」
アイゼルちゃんもレオンに指摘されて、何とか我に返る。
もっともその後のアイゼルちゃんの慌てぶりは傑作で、さっさと水魔法を使えばいいのに、自分のしでかしたことにパニックになってて、魔法が何度も不発してたんだよね。
(このグズ女、手前がやった不始末なんだから、さっさと自分で片付けろよ)
≪ご主人様、素が出てますよ。可愛い路線はどうしたんですか?≫
(エヘッ)
いけないいけない。
頭の中でスピカに注意されちゃった。
いつも僕の扱いがひどいものだから、ちょっとストレスがたまってたんだよね。
その後アイゼルちゃんとラインハルト君はキャーキャー、ワーワー喚きまくっていたけど、僕はニコニコとそんな2人を眺めていた。
最終的にアイゼルちゃんの水魔法で森が焼失する事態は避けられたけど、あのまま森を全焼させてたら、アイゼルちゃんはどんな無様な姿をさらしてくれたのかな?
あ、ついでにレオンの奴は、こんな騒動の中でもしれっと涼しい顔をしてたね~。
とまあ、そんな森での楽しいひと時(主に僕のストレスが軽減されるという意味で)もあって、僕はそこそこ充実した時間を過ごせたよ。
――え、「お前ら侵略者である魔王軍と戦うために召喚された勇者なんだろう」って?
――「本来の目的はどうしたのか」だって?
そんなこと僕に聞かれても知らん!
とりあえず僕は街から出て探索に出るたびに、いろいろな素材を採取して、それで薬剤を調合していく。
で、街にいる道具屋のおばあさんに、それを売りつけていった。
「フフフ、坊主よ今日も来てくれたかね」
「ヘヘー、お代官様もここ最近はぼろ儲けをなされているようで」
「"お代官"ってなんじゃい?」
「気分で言ってみただけだよ~」
このおばあさん、最初は僕の出す薬に対して薄い反応しか示さなかったけど、あの後"バブル駆除剤"と"超美白パック"を試して、その効果に驚いたみたいだよ。
僕が次に薬を売りに行った時には、「全部売ってくれ」とおばあさんの方から頼み込んできたほどで、僕は広い心で10000個のバブル退治薬と、超美白パックを売ったよ。
その数にお婆さんは面食らっていたけど、僕が次にお婆さんの店に顔を出したときには、全ての薬が売り切れていた。
その謝礼に、おばあさんは大奮発してくれた。
「わーい、とってもキラキラしたお金がたくさん~」
金貨の山ですな。
この婆さん、あの量の薬をいくらで売りさばいたんだ?
相当なやり手商人だな。
「坊主よ、お前の薬は今じゃ街で大評判だ。あの"超美肌パック"なんて、貴族の娘に1個金貨1枚(役10万円)で売れるぞ」
「おおーっ」
「"バブル駆除剤"の方は利益は薄いが、数が数じゃからな。あれを農家に売ったら、即座にさばくことが出来たわ」
「わー、すごいね~」
自分で作っておいてなんたけど、ほとんど雑草に毛が生えたような薬効しかない草に、川の泥が主成分の"超美白パック"って、ヒドイぼったくりだよね。
材料費なんて、ほとんどゼロに近いのに~。
あと、"バブル駆除剤"が農家に売れたのは、ちゃんと理由があるよ。
バブルはどこにでも発生する魔物で、常に体の下部から溶解液を出して、下にあるものを溶かして食べてるんだ。道に生えている草だって食べるし、時には魔物や人間の死体でさえ溶かして食べちゃう。
大自然界の掃除屋と言ってもいい存在だ。
でも、どこにでも出てくるものだから、農家が作っている畑の作物まで食べることがあるんだよね。
あいつらは絶対に倒したくない魔物だから、農家の人たちも畑の作物を守るためにバブル相手には苦労してるんだね。
そこに僕が作った"バブル駆除剤"が登場。
バブルにぶちまけるだけで、あのゲロ臭が漂うことなく退治できちゃう。
そのおかげで、飛ぶように売れまくったわけだ。
そして僕が作った薬を売っているのは、今のところこの道具屋のおばあさんしかいない。
「坊主よ、お前の薬であれば、これからは言い値で買ってやろう」
「ワーイ、おばあさん大好き~」
僕は"営業スマイル"を浮かべて、ぶりっこしながらおばあさんに抱きついた。
「フェッフェッフェッ、金の成るいい子じゃの~」
うんうん、僕このおばあさんに大層気に入られてるね。
まるで前世の3番目の妻みたいな目で、僕のことを見てるよ。
つまり、成金になった僕の金目当てで近づいてきたあの女の目に……
(言っておくけど、このおばあさんと僕は結婚なんてしないからね)
そこで、僕の首筋に一滴の冷汗が流れた。
(ま、まさか、こんなヨボヨボ婆様が僕のヒロイン候補になるなんて展開はないだろうね……)




