17 黒雷男爵号(ブラックサンダーバロン)
「行くのだ、黒雷男爵号よ!」
翌日。
僕たちはこの国に召喚されて初めて王都の外に出て魔物討伐をすることにした。
王都から出るための城門前で、僕は漆黒の愛馬たる黒雷男爵号に跨って、堂々と宣言した。
……宣言した。
…………宣言した。
………………宣言した。
――おい、いい加減動けよポニー!
僕は両足で跨っている黒ポニーの黒雷男爵号を蹴る。
「……う、動いてください」
「お願いします、前に進んで」
「進んでくださいませ、男爵様」
「なにとぞ、平に平に~」
動こうとしない黒ポニーから僕は下りて、しまいにはその前で土下座までして頼み込む。
なお黒雷男爵号というのは、この黒ポニーの為に僕がつけてあげた名前だ。
いっそのこと名前を別に付けてあげて、「これがお前のふたつ名である」などと偉そうに言って、ブラックサンダーバロンと名付けてもよかったかもしれない。
なのに、この駄目馬。僕が乗ってもちっとも前に進もうとしない。
最終的に、僕はウルウルとした瞳になって黒ポニーのつぶらな瞳をのぞき込むのだが、ポニーの前に立った僕に向かって、「ペッ」っとあろうことか唾を吐きかけてきやがった。
僕の黒いロングコートに唾を吐きやがった。
「て、手前。今すぐ馬刺しにしてやる。ポニーが美味かろうが不味かろうが関係ない。今すぐ食ってやるぞ」
僕はさっきまでの下出な態度を放棄、ドスを利かせた声でクソポニーを睨み付ける。
「スバル、早くこないと置いてくぞ」
「どうせ足手まとい確実なので、このまま置いていった方がいいんじゃないですか?」
……僕が黒雷男爵号と仁義なき戦いに突入しようとしている間に、レオンを始めとした3人はすでに城門を超えて、王都周辺に広がる平原に出ていた。
「ああっ待って、置いてかないで~」
置き去りにされかけているので、僕は急いで追いかける。
「てやっ、行くぞ、黒雷男爵号」
急いで追いかけなければいけない。
僕はポニーに乗るのを諦めて、ポニーの綱を引いて歩かせる。
――ポカッポカッ
……こいつ、僕が上に跨っていた時は動こうとしなかったのに、地面に降りて綱を引っ張ったら、その瞬間に歩き始めやがった。
「な、なんなのこの子。ちょっと調子に乗ってんじゃないの?」
黒雷男爵号のことが、少し信じられなくなる僕。
我が愛馬のくせに、なんか態度でかくない?
「僕が跨っている時は動かなくても、とりあえず荷物持ちにはできるからいいか~」
普通に綱を引けばついてきてはくれるのだ。ならば問題はないね~。
――よし決めた。今日から、お前は荷物持ちとして死ぬまでこき使ってやるから覚悟しておけよ。
「フハハハハ~」
僕はふんぞり返って笑いながら、レオンたちに置いていかれないよう、その後を小走りでついていった。
ところで、僕は移動手段としてわざわざ愛馬を用意したわけだけど、"レオン一行"……ハッ、いけない。
リーダーは僕なのだから、"レオン一行"などと認めてはいけない。
エヘン、ゴホン、ウオッホン。
僕たち"スバル一行"の中で、移動用の馬を持っているのは僕1人だ。
僕がリーダーだから、僕だけ移動用の動物に乗っているのは当然だよね~。
(僕が跨った途端に動かなくなるので、結局移動用の馬としては全く役に立ってないけど~)
でだ、僕以外に誰も移動用の馬がいない理由は至極単純。
「レオンさんは異世界からこの世界に召喚されたばかりです。まずは王都周辺の比較的安全な場所で、戦いに慣れてください」
と、アイゼルちゃんが話しているのが理由だ。
今の僕とレオンって、異世界に召喚されてレベル1の駆け出し冒険者状態みたいなものだもんね。
うんうん、いきなり魔族との激戦が繰り広げられている最前線に放り込むなんて危険なまねできるはずないものね。
RPGの定番、王都の周りの平原でまずはスライム退治してレベル上げをしようってことだよ。
……だから、遠くまで移動する必要なんてないんだ。
つまり、馬なんて必要ない距離しか行かないわけ。
フフフン~。
黒雷男爵号、もしかしてお前っていらない子だったんじゃないか?
僕の現在のパーティー内での立ち位置のごとく、早速金貨50枚もしたポニーの存在理由が、危機にたたされてしまった。
「クッ、でも、他の皆がお前をいらない奴だって言っても、僕だけは最後までお前をいらない子だなんて言わないからな。最悪、御飯として食べてあげるから安心しろ」
≪ご主人様、このポニーは食用として購入されたのですか?≫
「え、違うけど?でも、生き物って最後まで面倒見てあげるのが飼い主の務めでしょ。だからもし手に余るようなら、ちゃんと最後は食べてあげる。高かったんだから、誰かに売るなんてできるはずないしね」
僕は犬や猫を飼いたいと言ってただをこねる子供とは違うのだよ。あの子たちは、わがままを聞いてもらって両親から動物を飼わせてもらっても、すぐにその世話をしなくなるもんね。そして、そのまま世話は両親に丸投げ。
そんな子供たちと違って、僕は世話が無理だと感じたら、ちゃんと食べることで最後にしてあげるからね~。
≪ご主人様のパーティー内での立ち位置以上に不憫な子ですね≫
僕はいたって真面目なのに、なぜかそれを僕の腹黒さだとスピカさんは考えているらしい。
全く、僕の妄想の産物くせに失礼な奴だな。
「でもそっか、お前はこのパーティーで僕以下の扱いをされる、初めての仲間なんだな」
僕はその事実に嬉しくなって、ついつい黒雷男爵号の頭を撫でてやった。
見た目は黒と珍しいポニーだが、お頭の方は所詮ただのポニー。僕とスピカさんの会話などまるで理解していないようで、黒雷男爵号は眠そうな目をして、ポテポテと歩き続けるのだった。




