12 魔女と見習い近衛兵
「見つけたぞ、レオン!」
――ビシリッ。
僕は純白の手袋を投げつけてやる気分で、目の前に現れたレオンに指をビシリと突きつけた。
つまり中世の騎士道らしく、純白の手袋を投げつけることで、決闘の申し込みをしよう。と言うぐらいの覚悟と気迫で、レオンの前に立ったのだ。
「よう、シリ……スバル。元気にしてたか?」
「うん、元気にしてたよ~。ところでその手に持ってる果物おいしそうだね。もしかして僕へのお土産?お土産に決まってるよね。ちょうだい、ちょうだい~」
≪仕方ないですよね。ご主人様の覚悟や決意なんて、所詮3歩歩けば全て忘れてしまう鶏以下のものですから≫
僕の脳内で何かとても失礼なことが囁かれた気がする。
でも、僕はそんなことどうでもいい。
「食いたいか?」
「ジュルリ、うんうんうん。ちょうだい~」
「ほらっ」
僕はレオンの手からおいしそな果物を受け取って、それに齧りついた。
「うんうん、甘くておいしいな~」
僕は皮ごと果物を口に入れて頬張る。口の中に微かに漂ういい匂いに、仄かな酸味もある。けれど、ぶっちゃけ僕は味よりも甘いかどうかの方が大事なので、果物が甘いというだけでいい。
あ、でも、甘くてもまずい味のする食べ物だと、ちょっと微妙だよね~。
「おいしいな~、おいしいな~」
僕はまずい物を食べている時にも連呼している魔法の言葉(半ば呪詛めいてすらいる)を連呼して、果物を食べた。
「ところでスバル。お前顔に赤い線が出来てるけど、もしかして昨日は板の床の上で寝たのか?」
「ハッ、なにを言ってるのか分からないな~。この僕が人様の部屋からちゃっかり果物を猫糞して、そこに睡眠薬が含まれていることを"知っていた"のに、そのことをきれいさっぱり"忘れて"食べた挙句、床の上で寝る羽目になったなんて事実があるわけないじゃないか!」
僕は両手を腰に当て、胸を張れるだけ張って、思いっきりのドヤ顔でレオンを見る。
「……お前、本当に……いや、何でもない」
言葉を濁すレオン。
……ふふふ、僕の"ドヤ顔威光"に恐れをなして、思わず口を閉じてしまったか。
絶対に僕のアホさ加減に絶句して、言葉が出なくなったなんてわけないよね!
≪ご主人様、やけに語気が強いですが≫
(スピカ、僕だってレオンが僕のことを憐れんでいるのには気づいているよ。けど、それは気づかないふりで行こうよ~)
見た目に反比例して、心の中でスピカとものすごく情けない会話をしている僕。
だが、決して王者たるもの弱みを見せてはならない。覇道の道を突き進む者には、後悔や恐れなど無縁なのだ。
フハハハハハ~。
≪無理やり壮大な話に仕立てて、誤魔化してるだけですね≫
(……)
スピカさん、冷静に指摘しないでよ。
僕の抉られた傷口に、追い打ちで塩とマスタードをねじり込むようなことをしないで~。
「ゴ、ゴホン。ところでレオン、昨日君は一体何をしていたのかね。特に、君の隣にいるその2人が気になるな~」
その2人……1人はレオンの腕に自分の腕を絡め、まるでカップルのような態勢でいる魔女アイゼルちゃん。
身長は僕と変わらない幼女姿のくせして、実年齢は21歳だ。その顔には大人の女らしい艶やかさを持っている。それが綺麗だけど、決して少女でなく、大人の女としての色気を放っている。
よほどレオンとの関係が嬉しかったらしい。
「ああ、実はな。アイゼルと俺は"婚約者"ということになった」
「こ、"婚約者"ね~」
王宮での国王たちの企みは知っていたのである程度予想はしていたけど、また随分と急展開だね~。
出会った日の夜には男女の関係になり、3日と経たずに婚約者ですか。
「昨日は、アイゼルの親御さんに挨拶したりしてな。いろいろあって忙しかったんだ」
「ウフフ、勇者……いえ、レオンさんと私は両親公認の許嫁になりました。国王陛下も認めている仲なのですよ」
見た目に合わず、随分と大人びた様子で嫣然と微笑むアイゼルちゃん。
その姿を見ていると、僕が彼女に抱いていた"ロリっ子貧乳幼女様"のイメージが、みるみる間に崩れ去ってしまう。
まあ、僕は別にロリっ子趣味は持ち合わせていないけど、これは地球にいるロリっ子オタクたちの理想を完全に壊滅させる、イヤラシイ大人の姿が満載だ。
「本当は許嫁なんて言わず、結婚したかったのですが、さすがにそれはいくらなんでも早すぎると周りに止められちゃいましたわ」
「へー、そうなんだ」
嫣然としているアイゼルちゃん。
でも、僕はこの世界にいきなり召喚された異邦人でなく、この世界で生まれ変わった人間だ。だからこの世界の常識は、ちゃんと人並み程度に知っている。
この世界では、地球と違って人の平均寿命は短いため、15歳から成人扱いをされていて、10代後半で結婚しているのは当たり前。
というか、その年齢ですでに子供が出来ていてもなんら不思議でない。
そして女性であれば20を過ぎれば、"行き遅れ"の扱いを受けてしまうことになる。
(プププ、21歳のロリっ子外見少女よ。僕は君が"行き遅れ"で、結婚をものすごく焦っていることなんてお見通しなのだよ)
この調子だと、きっとレオンとの体験が初めてだったのだろう。
「童貞を卒業されてよかったですね、アイゼルちゃん」と思いながら、僕はアイゼルちゃんの姿を眺めた。
「そういえば、あなたはレオンさんとは義理の弟だとか。一応挨拶しておきますわ。でも、勇者であるレオンさんの足を引っ張るようでしょうから、私たちの旅にはついてこないでください」
そう言ってレオンに絡みつく腕に、さらに力を込めるアイゼルちゃん。
「おいおい、アイゼル」
「ウフフ、レオンさん」
腕を強く絞めつけられたレオンが軽く笑う。
このイケメン男は、『家族か幼児期の女の幼馴染以外は、一度として女性に触れたことすらない超絶もてない男たちが、ある日突然初めて女から言い寄られて浮かべるだろう、ニヘラとした鼻の下伸ばしまくりのだらしない笑み』など浮かべなかった。
まるで自分がもてることは当然であり、構ってくる女をまるで可愛い小動物程度の感じで、笑って見ている。
ものすごく余裕があり、イケメンオーラが全開だ。
でもお前、その女の今の言葉ちゃんと聞いてたか?
義理の兄弟である僕のことを見下していて、滅茶苦茶性格悪いぞ!
とはいえ、僕はこれでも大人だ。
性格ドブスの21歳相手でも、齢72歳+12歳の僕を侮ってもらっては困る。
「そうなんだ。婚約おめでとう。レオン、アイゼルちゃん」
と、僕は笑顔を浮かべて2人を祝福した。
もちろん、言葉に心なかて込めてませんよ。
ただの儀礼です、挨拶です。会社でイヤな上司への、感情のこもっていないこびへつらい程度のものですよ~。
とりあえず、表面上だけ僕とアイゼルちゃんはにこやかな挨拶を交わした。
そしてレオンの傍に控えるようにして、もう1人の人物がいる。
僕はアイゼルちゃんとの挨拶を済ませると、すぐにその人物へと視線を向ける。
その人物は金髪碧眼の少年見習い近衛兵。
「"おのれ、金髪の小僧めー!"」
僕はとりあえず、心の底から言わなければならないという使命感から叫んだ。
それはもう栄耀栄華を極めに究めまくった門閥貴族の男爵様が、今まで見下していた平民と大して変わらない貧乏貴族の金髪の小僧にいいようにあしらわれ、みじめな敗北感を味わいまくって、物凄く悔しがっているような感情をありありと込めまくってだ。
だが、ここは地球ではなかった。
壮大な銀河系を舞台にした物語で語られた有名な敵方のセリフなど(地球人でも知らない人はもちろん知りもしないセリフだが)、この世界の住人たちには伝わることがない。
レオンとアイゼルはいちゃついているので、僕の言葉がそもそも耳に入ってない。
ただ、僕に言われた金髪碧眼の小僧は、明らかに顔をムッと不快に歪めた。
「コホン、スバル君だったよね。確かに僕はまだ14歳で小僧かもしれないけど、それでも君よりは年上だと思うけど……」
「あ、そうだったね。僕12歳だから、ラインハルト君より小僧だった~」
所詮僕が口走った台詞は、ただの"ネタ"に過ぎない。それでも冷静に事実を指摘されて、僕はその通りだなと素直に納得した。
そこにいるのは、召喚初日に僕と一夜を共にした(あ、これ物凄く誤解を招く表現だね~)少年だった。
「で、どうしてラインハルト君がレオンたちと一緒にいるのかな?」
「……国王陛下から魔王討伐のための勇者様の旅に同行するよう命令されて、それで勇者様の旅に加わることになったんだ」
「へー、そうだったんだ~」
なるほど、国王の配慮と言うわけなのか。
それにしてもこんな見習いでしかないガキんちょを魔王討伐の旅に加えるなんて、あの国王の脳みそはきっとお花畑が咲いてるぐらい能天気だね~。
どうせなら筋骨隆々の超マッスル兄貴張りの怪力を持った兵士でも同行させた方が、戦力になるだろうに~。
≪……あの国王も気の毒ですね。よりにもよってご主人様に能天気扱いされてしまうなんて≫
(スピカ、どうして僕をディスルの?まさか僕があの国王以下だとでも思ってるの?)
≪全てと言うわけではありませんが、ある部分では……≫
(……)
あ、チョウチョウが飛んでる。綺麗だな~。
少し僕の脳内で険悪な空気が漂ったけど、近くを綺麗なチョウチョウが飛んでいたので、僕の視線と意識はそっちの方へと飛んで行った。
え、それってただの"現実逃避"だろうって?
嫌だな~、妄想の産物スピカさんと話している僕が、"常時現実逃避中"じゃなきゃなんだっていうんですか~。エヘヘ~。
「い、いきなりにやけだして気味が悪いけど……」
そんな僕の奇行を目の当たりにして、目の前にいるラインハルト君が思わず一歩後ずさりした。
「あ、別に気にしなくていいよ。ただ、チョウチョウが綺麗だなーって思っただけだから~」
「チョウチョウなんて、どこにも飛んでないけど?」
「心の目を開けば、見えるのです」
僕はキリッとした表情で答えたが、ラインハルト君はいつかも見せた憐憫と憐れみの満ち満ちた眼差しで、僕の顔を見つめてくれた。
や、やだな~。
いくら僕がプリティーキュートな少年だからって、そんなにマジマジと見つめたら照れちゃうよ~。




