9 魔法の属性と陰謀
この世界"アルスギルナ"は、僕の前世である地球と違って魔法が存在する世界だよ。
ちなみに魔法に関する学問である"魔法学"では、火水風土のRPGの定番といってもいい属性と、さらに光と闇の属性が存在してるんだ。
これをまとめて"6大属性魔法"と呼んでるよ。
あと、この6つの属性とは異なる"聖"と"邪"と呼ばれる属性があるんだけど、この2つは特別な扱いになってるんだ。なんといっても先にあげた6つの属性が物理的な効果を持っているのに対して、あとにあげた"聖"と"邪"にはそれがない。
例えば6大属性のひとつ火属性魔法には、初級の魔法に火の玉っていうのがあるけど、これは火の玉を作り出してそれを敵にぶつける魔法。水属性だと、水流という魔法があるけど、これは勢いのある水を敵に向かってふっ飛ばす魔法。
こんな感じで"6大属性魔法"には、物理的な攻撃力や効果があるんだ。
でもね、"聖"と"邪"にはこれがない。
邪属性魔法は別名"死霊魔法"とも呼ばれていて、これは死者の肉体に仮初の魂を入れて"不死者"として蘇らせたりできるんだ。"死霊属性魔法"自体には物理的な攻撃力がないんだけど、魂を操作することが出来るんだよ。
で、聖属性魔法も物理的な力は持たないんだけれど、別名"浄化魔法"なんて呼ばれていて、"不死者"相手だとその魂を浄化して、倒しちゃうことが出来るよ。でも、浄化魔法を普通に生きている人に向かって使っても何も起こらないけどね。
あと聖属性魔法は死んだ人間を蘇生させることが出来るって言われてるよ。といっても、これは半ば伝説の話だから、ほとんど眉唾物と言っていい話だけど。
で、つまるところ"聖"と"邪"の魔法に関しては、物理的な力自体はないんだ。
代わりに目には見ることが出来ないもの……生物の魂を操作することができる能力を持っているんだね。
だからこの2つは"6大属性魔法"とは、異なった考え方で捉えられている魔法なんだ。
あとは"空間魔法"なんて代物とかも存在してるけど、これは"魔法学的"にはまだ体系がきちんと確立されてない属性魔法として扱われてるね。
学問的に体系化されてない上に、そもそも空間魔法を扱える人なんて極々稀有な存在なんだよね。
だからこの世界の"魔法学"としては、空間魔法に関しては取り扱われていないと言っていいかな~。
と、ここまで説明してきたところで突っ込みたくなるかもしれないけど、なんで前世が地球人である僕が、この世界の魔法にこんなに詳しいのか不思議になってくるよね。
アハハ、確かに僕の前世は地球人だったけど、僕この世界に"転生"してから、もうかれこれ……ああっ、いけないいけない!
僕、12歳ってことになってるから、こんなに難しい魔法の説明ができるわけないじゃん。
今説明したのは、きっと全部"幻聴"か"幻覚"か何かだよ。
うん、きっと、多分、僕の勝手な妄想の中で考えたことにでもしておこう~。
そうしちゃおう~。
≪ご主人様、いい加減ご自分の正体をはぐらかすのを辞めたらいかがですか。というか、ここまでの物語の流れからあなたがふ……≫
シャラップ!
僕の妄想の産物に過ぎないくせに、それ以上言ってはいけないよ、妖精さん!
≪……(全く、困った人ですね)≫
よし、妖精さんが黙ってくれたことだし、さっきまでの説明は全部なかったってことにしちゃおう~。
僕がそう決めたんだから、それでいいや~。
あ、ちなみにさっき何か説明していたかもしれないけど、あれは全部この世界での魔法に対する考え方であって、別に8つの属性以外にも本当はもっといろいろあるんだよね~。
何しろ僕なんてさっき説明した8属性以外の魔法をいくらでも使えるし~。
「ふああああ~」
と言うわけで、召喚された日の翌日。僕は固い布団の上で、大きなあくびをしながら目覚めた。
別に硬い寝床で寝るのには慣れているので、苦にならない。
――え、「それより何が"と言うわけで"」だって?
フフフ、いろいろ細かいことを気にしていると胃潰瘍になっちゃうよ。
で、話を元に戻すけれど、知らない場所やいきなり異世界に来た時にまず最初にしなきゃいけないことは、やっぱり情報を集めることだよね。
「と言うことで妖精さん。僕が寝ている間にちゃんと仕事はしておいてくれたよね」
≪はい、ご主人様。昨夜のうちに探知・探索系の魔法を動員して、王宮内の国王を始めとした重要人物の会話を全て"監視"しておきました≫
うむうむ、さすがは妖精さん素晴らしい能力だ。
さすがはこの僕が生み出した妄想の集大成。主人が寝ている間に、完全ストーキング――いや、この場合は"盗聴"だね~――をしておいてくれるなんてさすがだ。
「偉い、偉いよ、妖精さん~」
≪なお風魔法での盗聴は、王宮内にいるご主人様以外の魔法使いに感知される恐れがあったため、この世界の魔法使いには感知不可能な属性魔法を複数用いて盗聴しておきました≫
「よしよし、よくでかしたぞ、妖精さん。褒美に"キビダンゴ"をプレゼント」
≪私には体がないのでいりません≫
「いやいや、ちょっとしたオチャピーだよ」
僕は片目をつぶってウインクしてみせる。
ま、妖精さんには目も耳も口も手足もないから、僕がそんなことをしても見えてるはずがないんだよね。
……見えてるはずはなしけど、僕の脳みその中で生活してるから、僕がやっていることや見ていること、それに考えてることなど、全てがお見通しなんだけどね。
"脳内密着型ストーカー"って感じだね~。
≪……あまり私をバカにしていると、盗聴した内容を説明しませんよ≫
「ああっ、ゴメンなさい妖精さん。謝るから許して~」
≪……それに大体昨日から妖精さん、妖精さんとばかり呼んで!ちゃんと私を名前で呼んでください≫
「はーい、ごめんね。許してちょうだい、"スピカ"」
スピカ。
それが僕の脳内妄想妖精さんの名前だ。
妄想の産物である妖精さんにわざわざ名前を付けてあげてる僕って、なんて立派な人格者だろう。
きっと妄想の世界に浸りすぎて、現実との区別が完全につかなくなってるぐらいヤバい奴にしか見えないね~。
≪……誠意のない謝り方ですね≫
「でもでも、僕がこういう性格なのは知ってるでしょう。昔からの付き合いなんだから」
何しろ妖精スピカと僕の付き合いは、僕がこの世界に転生してからのものじゃない。前世でも、スピカは僕の脳内にちゃんと住み着いていたんだよね~。
なので、スピカは僕のことをもっともよく知っている存在だ。ついでに僕も、自分の妄想の産物であるスピカのことを一番よく知っている存在だ。
≪ハアッ≫
「ため息は幸せが逃げちゃうよ~」
体がないくせに気苦労が多そうだよね、スピカは。一体誰のせいなんだろう?
――え、「鏡を見て見ろ」だって?
とりあえず正面から見ないで90度ぐらいずらして眺めてみたら、スピカを苦労させている相手の顔でも見えるかな~?
「ス、スバル。さっきから1人でブツブツ言ってどうしたんだ?」
「あ、ラインハルト君おはよう」
いけないいけない、途中からスピカとの会話を口に出してたから、2段ベットの下で寝ているラインハルト君を起こしちゃったよ。
「気にしないでね。僕、"痛い子"なんかじゃないから。決して、独り言を壁に向かって言うような、危なそうな子じゃないからね」
「……」
あ、ラインハルト君が気の毒そうな顔になって僕を見ている。
頭のおかしい子か、発達障害でも抱えている子じゃないかっていう、憐憫に満ちた表情だ。
「エヘッ」
僕は口からべろりとベロを出して、あざとく可愛い子ぶることにした。
こうしておけば、とりあえず大体の問題は解決してしまう。
その証拠に、ラインハルト君は何かを諦めるように、僕から視線をスッとそらしてくれた。
――え、「逸らしてくれたんじゃなくて、逸らされてしまったという方が正しいだろう」って?
「気にするな!」
「ま、また独り言を!」
「あ、違うから。今のはつい勢いでつい口から出ちゃっただけだから~。エヘヘ~」
ラインハルト君とはこんなやり取りをしている僕だけど、その脳内ではスピカが、僕が眠っている間に魔法を使っていろいろと盗聴していた情報を説明してくれていた。
スピカって僕の妄想の存在なんだけど、僕の頭の中に住み着いているだけあってすごく優秀なんだよね。
なんたって僕が使えるのとまったく同じ魔法を、スピカも使うことが出来るんだから。
ついでにその気になればスピカの意思で僕の体を代理で動かすことも可能と言う、超壊れ性能っぷり。
ここまでくると妄想の産物と言うよりも、何かヤバい"幽霊"だか"亡霊"だかに、僕が憑りつかれている気分に陥っちゃうよね~。
もっとも僕が使える魔法をスピカが使った場合、それに必要になる魔力は、全部僕の魔力から消費されちゃうんだけど~。
で、僕が寝ている間に情報収集と言う名の、盗聴をしてくれたスピカの報告をまとめるとこんな感じだ。
国王と大臣の2人は、これまでに2度勇者召喚の儀式をおなっていて、すでに2度にわたって地球の日本から勇者を召喚したとのことだった。
(なんだ、僕らが初めてじゃないんだ~)
選ばれた勇者様に憧れるわけじゃないけど、最初でなかったことに少し残念な気分になってしまう僕。
とはいえ、最初に召喚された勇者は魔族との戦いで結構活躍したものの、大軍相手に孤軍奮闘して戦死。
次の勇者は魔物に片腕を切り落とされる大怪我を負ってしまい、それっきり精神的におかしくなってしまったとのことだ。戦えるような状態でなくなったばかりか、普段の生活を送ることさえできなくなってしまったそうで、今では行方知れずとなってどこで何をしているのかもわからない有様だという。
それだけ聞くとひどい話に聞こえるけど、結局召喚したのが平和ボケに平和ボケを重ねた争いを知らない地球の日本人だったわけだもんね。
そんな場所から召喚された人間が、いきなり戦いの場に出たところで活躍できるハズなんてないよ。
それでもある程度魔族相手に活躍したということは、召喚された日本人たちはただの平和ボケしていただけの人間ではなかったんだろうね。
もしかすると日本の自分の部屋にはサバイバルナイフや日本刀をたくさん陳列していて、ヤヴァイ趣味でもお持ちの方々だったのかもしれれない。
とはいえ僕には彼らの結末が、当然の結果にしか思えなかった。スピカも、そんな僕の考え方に異を挟むことはなかった。
ところで国王たちの言っている"勇者召喚"。実際には、仮称『殺害対象抹殺魔方陣』を使って、魔王を倒すことが出来る存在を、既に2度にわたって召喚しているわけだ。
でも、あの魔方陣は使用するたびに、術者に何かしらの代価を要求している。
その代価を今まで支払ってきたのは、この国の第二王女と第三王女とのことだった。
しかし過去の2度の勇者召喚は、結局魔王を倒すところまでいけなかった。
2度も失敗したのだから、勇者召喚なんて諦めて、もっと別の方法で侵略してくる魔王軍に対峙した方がいいような気がしてしまう僕。
だがそれでも懲りずに、国王は今度は第一王女を使って、僕とレオンの2人を勇者として召喚したとのことだった。
僕の扱いは完全にスルーだったけど、国王も大臣もレオンにはかなり期待をしているらしい。
(……ま、レオンなら魔王一体ぐらいならタイマン張っても、結構いい勝負できるから当然かもね~)
と、僕は能天気に国王と大臣の考え方に納得する。
ちなみに僕が魔王と戦った場合は、フフフのフ~。
とりあえずスピカの報告をまとめると、国王と大臣はもとより、王宮にいる多くの人間が、レオンに魔王討伐の勇者としてかなり期待しているとのことだった。
そして、その有望な勇者様を確実にこの国の役に立てるために、レオンの昨日の夕食に眠り薬を入れたそうだ。
そしてレオンが薬で寝入っている間に、ベットで裸の第一王女様と一緒にして、男女の関係にしてしまい、彼をこの国に縛りつけてしまおうという算段とのこと。
仮にも一国の第一王女と一夜の関係を持ってしまえば、この国から逃げ出すなんてことが出来なくなっちゃうもんね。
そのまま、完全にこの国にがんじがらめにされちゃうね~。
そうやって、死ぬまで国の為に働かせようって算段なんだって。
もっとも第一王女は召喚の儀式によって失明してしまった(ただし失明させた真犯人は、召喚の儀式によって召喚されてしまった誰かさんだけど~)ので、代わりに国随一の魔法使いであり、貴族にも叙せられている魔女アイゼルちゃんに夜伽をさせることにしたとのことだった。
王女に劣るとはいっても、貴族の女性相手に関係を持った場合も、やはり確実にがんじがらめコースだろう。
全くもって大人という奴は汚い。
女を使って、レオンをこの国に取り込んでしまおうなどとは。
異世界に突然召喚された人間は、この世界に何の基盤もない。だから、まず最初に生きて行くためには、自身を召喚した相手に対してある程度忠実に動くことで、最低限でも生活の保障をしてもらわないといけない。
そこに男女の関係までセットしてしまえば、もう逃げるに逃げられない状況に追い込まれちゃうよね。
特にその関係が国の王様まで認めてしまったら、もはやどこにも逃げようがない。
そんな国王と大臣の企みを、見事スピカは盗聴していたわけだ。
そしてそんな話を聞かされた僕は、純真無垢で穢れを知らない、たった12歳の少年なんだよ。
「……これだから女なんて信用できないんだよ。勝手に俺に惚れて、一方的に結婚してくれって迫ってきた挙句、いつの間にか離婚だってわめきたてやがるんだから」
ブツブツブツ。
ふ、ふふん。
僕のどこが純真無垢な少年だい。
僕は童貞でもなければ、女を知らない男でもないんだよ!
畜生、前世の3人の妻どもめ、お前らなんで俺を捨てやがった!
……はっ、いけないいけない。
僕としたことが、ついつい頭に血が上ってしまった。
とりあえず冷静になって、考えてみよう。
国王と大臣の企みは結構面白いよね。
召喚した勇者様を、女を使って国に縛りつけちゃうなんて。
ねえ、スピカ。僕の所でも同じようなことがあったら、この方法を使ってみるといいよね~。
≪はい、|ご主人様()マイロード)。それなりに効果のある策略と思います。ですがこの世界ではご主人様に勝てる存在がいると思えません。なので勇者のような存在をご主人様が召喚しなければならない状況が訪れることはないと思いますが≫
あ、スピカさん。
僕がこの世界で最強チートだってばらしちゃダメだよ。
まだ秘密にしておかないと~。
あ、やっぱり嘘嘘。
僕って最強なんだぞ~。
アッハッハッ~、どんな邪悪な魔王どもでもかかってきやがれ、片っ端から全部片手で捻り潰してやる~。
≪ご主人様、ご安心ください。あなたが虚言癖の塊だということは、誰もが理解していますから≫
えっ、ええー、僕こんなに穢れを知らない子供なのに~。
ほら見てよ、このつぶらな瞳。嘘をつくような悪い子に見えないでしょう?
目をパチパチとさせる僕。
≪3度も結婚と離婚を繰り返した人間が、穢れがどうこう言いますか?≫
えー、何言ってるの?
僕、12歳だよ~。
この世界では僕は本物の童貞。っていうか、12歳で男女関係なんて持てるわけないじゃん。
だいたい、僕には男としての肝心なものがまだ出……
そんなことをスピカと話していたけど、そこで僕は感知魔法を使ってお王宮の一角で起こっている出来事に気付いた。
「あのクソガキ。俺のいないところで、何てことしてやがる!」
思わず大声で叫んでしまった。
突然の出来事に目の前にいたラインハルトがびくりと体を震わせたが、そんなラインハルト君に気づく余裕はなかった。
僕は荒い足取りで一泊した見習い近衛兵の寝所のドアを叩きつけるようにして開け、全速力で王宮の一角目指して走り始めた。
「ス、スバル。一体どこに行くんだ!」
そんな僕の後を、大慌てでラインハルト君も追いかけるのだった。




