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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
8/33

3-3

 キィーンッという金属のぶつかりあう音が、静まり返った闘技場全体に響き渡る。

 からん、と音を立てて弾き飛ばされた剣が壇上に落ちた。

 剣を飛ばされた男子の首元に、鋭い切っ先が添えられる。少しでも身じろぎすれば、それは薄い皮膚を破り、真紅を流すことになるだろう。



「ま、まいり、ました………………」



 男子がいささか青褪めた顔で、目の前で自身に剣を突き付けている煌に対して降参を告げる。

 その瞬間、観客席から割れんばかりの歓声と、わずかなブーイングが沸き起こった。



「勝者、エントリーナンバー三十七、柊煌選手!決勝に進出です!」



 アナウンスが流れ、観客の叫びがますます大きくなる。

 煌はいまだ興奮冷めやらぬ観客席を一瞥すると、無表情で剣を鞘に仕舞い、壇上から降りる。

 煌は順調に勝ち進み、次の試合でいよいよ最後。そしてその試合を制した者が、今年のバトルトーナメント高等部の優勝者となる。



「…………あんま、歯応えねぇ」



 煌は面白くなさそうに呟くと、ベルトから外した剣をくるくる回したりなどして弄ぶ。

 彼女と戦った者が聞いたら激怒するだろう。もしくは怯えるか。しかし、心の底から本当につまらなかった。先程の相手もそうだが、今回のトーナメントで煌は一人に対して十打以上打ち合っていない。しかも一度も魔術を使っていない。皆対戦相手が煌だとわかった瞬間に怯え、尻込みするのだ。

 楽しみにしていたぶん、落胆も大きい。久しぶりに暴れられると思ったのに。



「どうした」



 むすっと剣を睨み付けていた煌のすぐ近くに、ふっとルシアが現れる。

 煌はさして驚いた様子もなく、相変わらず神出鬼没な奴だ、と思いながら彼を見た。



「別に。つか今まで何処いたんだよ?」



 今の今まで近くにいなかっただろ、と珍しい物を見るかのように視線を送る。離れろと言っても意地でも離れなかった癖に、珍しいこともあるものだ。



「近くの屋根から観戦していた」

「あ、そ」



 あれはなかなかの見物だった、と何処か満足げなルシアに、煌はすぐ興味をなくして視線を逸らした。剣をベルトへと戻す。

 まぁ彼は彼なりに試合を楽しんでいるようだった。思わず安心する。頼むからそのまま大人しくしててくれよ、と願わずにはいられない煌である。



「しかしお前の試合は見ていて面白みがないな」

「だろうな」



 始まったと思えばすぐに終わってしまう、と文句を言うルシアに、煌は肩を竦めて見せる。戦っている本人が楽しくないのだから、それなりの実力者が見たらつまらない試合になっているだろう。

 次は決勝戦だ。ここまで残ったのだから、相手も十分な腕がある筈。少し期待する。



「さぁ、次はいよいよ決勝戦です!選手は壇上にどうぞ!」

「お、やっとか」



 聞こえてきたアナウンスに煌は壇上へと視線を向けると、ぐっと一回大きく伸びをする。肩を軽く回して体をほぐした。

 そしていざ出陣、とばかりに階段に足を乗せる。



「…………今回の相手は気を付けろ。何やら嫌な予感がする」



 背後から硬い声が聞こえてきて、煌は驚いたように振り返った。が、ルシアはそれ以上を言うつもりはないらしい。そして移動するつもりもないのか、その場で腕を組み、何かを睨み付けるように壇上を見つめている。

 煌は首を傾げると、視線を正面へと戻し壇上に上がった。ルシアの言葉がどういう意味なのか気になるが、深く考えている暇もないので頭の隅に置いておく。

 そして顔を上げて対戦者の顔を見た煌は、驚きに目を瞠った。数メートル先には、見覚えのある顔がある。



「柳陰隼選手と柊煌選手!柳陰選手は今年編入してきたばかりながらも順調に決勝へ!対する柊選手は過去に一度も負けなしのトーナメントの常連!さぁ、勝利はどちらの手に!」



 やけに熱の篭った司会のアナウンスと同時に、興奮が頂点に達した歓声が闘技場を揺らす。

 相手が大会が始まる直前に接触してきた男子生徒だということに、煌は興味深そうに隼を見た。決勝戦まで残ったのだから強い筈。少し気分が上がった。



「双方、前へ」



 審判官の言葉に、煌は壇上の中央に描かれている白いラインまで足を進める。続いてふらふらと足取りの覚束ない隼もそれに倣う。

 その動作に、煌は怪訝そうに眉を寄せた。彼の様子がおかしいと思うのは気のせいだろうか。先ほど会った時は何処か怯えた様子ながらも、きびきびとした動きであったような気がするのだが。もしかして、投げつけた言葉で傷ついていたりするんだろうか。だとしても、間違ったことを言った覚えはない。自分に謝っても意味はない。と、してもやはり何だか変だ。

 疑問に思うが、すぐに打ち消す。体調が悪いなら審判官が止めるだろうし、あの状態だろうと彼はここまで勝ち上がってきたのだ。今は試合の方に集中しなくては。

 軽く目を閉じて精神を統一させ、すぐ目を開ける。それは一瞬のことだが、彼女にとってその他の雑念を捨て去るのに必要な作業だ。



「試合、始め!」



 審判官が宙に向かって魔術を発動し、小さな爆発音が辺りに響く。試合開始の合図だ。

 同時に隼が地面を蹴る。



 煌の視界から一瞬、彼の姿が消えた。



「っ!?」



 生身の人間ではありえないスピードに、煌は思わず絶句する。しかし隼が目の前まで接近し大きく剣を振りかぶっているのが目に入り、慌てて我に返った。確実に首を狙ってきているそれを、ぎりぎり自分の剣で受け止める。あまりにも凄まじい衝撃に、小さく声を漏らした。間一髪で攻撃を受け止めた剣を持つ手がじんじんと痺れる。緊急とはいえ、魔力を全身に張り巡らせていたにも関わらず、だ。


 煌と隼、二人の視線が交わる。それはたったの一瞬。


 その瞬間、ぞわりと首の後ろが総毛立つのを感じた煌は、渾身の力で目の前の隼を弾き飛ばした。隼は数メートル先で難なく着地すると、体勢を立て直し剣を構える。自分もすかさず後ろに跳び、少し上がった息と乱れる動悸を一回の深呼吸で静めると、険しい表情で隼を睨み付けた。

 彼は虚ろな目をしていた。何処か寝惚けているような、意識が何処かにいってしまっているかのような空虚な目。



 ――――まるで何かに操られているかのように。



 先程の剣身は、迷うことなくまっすぐ煌の首筋を削ごうとしていた。防いでいなければ確実に、煌の頭と体は永遠にさよならしていた。


 つまり、隼を操っているだろう何かは、煌の命を狙っている。


 そんな考えに至った煌は、頬を冷たい汗が流れるのを感じた。試合前にルシアが言っていた気をつけろというのは、このことか。



「冗っ談じゃねぇ………何でオレが殺されなきゃなんねぇんだ」



 死んでたまるかよ、と小さく唸ると、剣を構えて強化魔術を何重にも重ねて施す。制御しきれず体外にあふれ出した魔力が、風という現象になって白銀の髪を揺らす。心なしか彼女の瞳の色も鮮やかだ。

 これならあの化け物じみたスピードや力にもついていけるだろう。が、その分体への負担が大きくなる。しかし命の瀬戸際なのでそんなことは言っていられない。それに、負担云々は隼にも当てはまることだ。

 操られているとはいえ、あのスピードと力。生身の人間の体が耐えられる筈がない。長引かせれば長引かせるほど、その反動は大きくなる。互いに長期戦は避けたいところなのだ。

 それに、と煌は強く歯を噛み締める。まだ。死ぬわけにはいかない。

 しばらくの間、二人は互いに睨み合う。結界に守られた客席にいる観客たちは、壇上の殺伐とした雰囲気に気付くことなく、だが今までと違い実力者同士の緊迫とした試合に見入っていた。これまでの試合では相手を軽くあしらうことしかしなかった煌が、初撃で押され、防御に回った。これは見応えのある試合になるに違いないと、声を出すのも忘れて見入る。

 長い睨み合いの末、先に動いたのは煌だ。



()(えん)(ばく)(しゃく)(らく)



 宙に魔法陣を指で描きながら呪文を唱える煌。一つの呪言(じゅごん)を唱えるごとに、彼女の指が動き空中に青白い光の線が生まれる。

 本日初披露、魔獣を召喚する為の魔術の略式。手順と詠唱を省略するために魔力の消費が異様に高く、最低二人はいなければ発動不可と言われるため今まで人前では使ったことがなかったが、最早隠す必要もないので思う存分やらせてもらう。

 目の前に描き出された五芒星の周りをぐるりと円で囲む。



「出でよ、炎鷲(えんじゅ)!」



 出来上がった魔法陣に掌を向け、鋭い声で最後の呪言を唱える。

 その瞬間、



   ゴウゥッ!



 凄まじい炎の塊が魔法陣から勢い良く飛び出し、隼に向かって飛んでいく。かと思うと、突然方向転換して空高く上昇し、今度は煌に向かって急降下した。

 まさか魔術に失敗したのか。観客たちは固唾を飲んで見守る。

 炎は煌へと向かい、



『今日は何用だ、煌』



 ただの炎の塊かと思われたそれは煌の頭上でぴたりと制止すると、彼女を護るようにばさりと大きな翼を広げた。その姿は羽毛の代わりに炎を身に纏った鳥、といったところか。

 金色の瞳が鋭く煌を射抜く。言いようのない圧力が客席にも伝わった。



「ちょっと面倒事に巻き込まれてるっぽくてさ」



 援助頼んだぞ炎鷲、と隼から視線を外すことなく前を見据えたまま、煌は炎鷲に臆することなく静かに命令を下す。

 一方炎鷲は傍目からは見分けが付かないが、内心苦笑していた。お転婆なのは相変わらずらしい。そして正面へと視線をやり、対戦相手を視界に入れるや否や目を細めた。

 対戦相手からわずかに感じられる、身に覚えのある魔力。あぁ、確かに彼女は面倒事に巻き込まれているようだ。



『それだけでよいのか』



 排除するのは容易いぞ、と続ける炎鷲に、煌は頷く。



「あぁ……それと、もしもの時は周囲への被害を抑えたい。どちらかっつーと、お前召喚()んだのはそっちの意味合いが大きい」



 他の奴はそーいうの、向いてねぇからな。そう呟いた煌に炎鷲は納得したように遠い目をした。確かに、他の者はどうにも血の気の多い者ばかりだ。



「だから、炎鷲…………横取りは、許さねぇぞ」



 煌はちろりと唇を舐めると、楽しげに口元を緩めた。負ければ死ぬこの勝負。だが彼女は少しばかりこの状況を楽しんでいた。今目の前に、全力で戦ってもいい相手がいる。己の力量を図ることが出来るのだ。それがとても、わくわくする。



『…………よかろう、援護しよう』



 煌の表情を見た炎鷲は、渋々といった様子で了承した。何かを諦めたように見えるのは気のせいではないだろう。

 昔から彼女は、一度こうと決めたことは誰が何と言おうと納得しない限り決して変えようとはせず、最後まで己を貫き通す。それを知っているからこそ、何も言わない。言うだけ無駄であることも知っている。



「さすが炎鷲、話がわかる♪んじゃ、行くぜ!」



 炎鷲に笑顔で礼を告げると、煌は疾風の如く隼に向かって全速力で駆け出す。耳元で過ぎ去る風の音が五月蝿い。

 走りながら、煌はちらりと階段付近に視線をやった。険しい表情で腕を組んでいるが、それでも乱入してくる気配は見せないルシアが目に入る。彼は煌との約束をきちんと守っているのだ。煌の手に負えなくなるまで手を出さない、という約束を。



………………今のところ、という言葉が入るが。



 それでも煌は安心した。すぐにルシアから目を逸らすと、隼に戻す。



「勝負だ!」



 煌の楽しげな叫びと共に、剣と剣のぶつかり合う金属音が闘技場に響き渡った。





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