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バトルトーナメント当日。学園の校舎やら学寮から少し離れた場所に建てられているコロシアム式の闘技場には、多くの観客が溢れかえっていた。闘技場の周りにはさまざまな露店も出ており、ちょっとしたお祭りのようになっている。
「さぁさぁ今年もこの日がやって参りました!皆さん、年に一度の学生たちによるスリル満載なバトルをお楽しみください!」
若い男の声でアナウンスが流れ、既に席に着いている客たちのボルテージが上がっていく。
観客席が盛り上がっているその頃、試合にエントリーしている煌は、参加者の集う控室の片隅にいた。その格好は制服にマントといういつもの組み合わせではなく、シャツや長ズボンといった軽装に肘あてや膝あてといった簡単な防具を身に着けた戦闘服だ。そして手には刃を軽く潰された一振りの剣。服装や武器などで戦力の差が出ないように、と全て学園側から参加者へと配られた物だ。
「煌君頑張ってね!死んじゃ嫌だよ!」
全身から心配ですオーラを出している莉央が、床に座り込んで装備の点検をしている煌に纏わりつく。
図書室での騒動の後から、莉央は煌によく懐いた。見かければ満面の笑みで駆け寄り、好きな食べ物は何か、さっきの授業で何々の先生が実はカツラだったことがわかったなど、他愛ない話をする。煌はちょっと困惑しながらも避けることはせず、話を聞き、返事を返す。そして時折変に絡んでくるカークを蹴り飛ばし言い負かす。そんな小さな交流を積み重ね、今では昼と夜は毎食一緒にするような仲になっていた。
去年まで他校にいた莉央にとって、バトルトーナメントなんて物は未知のイベントであって不安要素でしかない。一方、参加者当人である煌はさして緊張した様子もなく、むしろ生き生きとした表情で剣を磨き上げていた。そして莉央を見上げると苦笑する。
「心配しすぎだって。たかが試合だぞ?戦場に行くわけじゃねぇんだから」
死ぬわけねぇだろ、と莉央の不安を消し飛ばすように言い放ち笑う。
そもそもこのバトルトーナメントでは、相手に致命傷を負わせる前に審判官である教師がジャッジを下すなり間に入るなりして試合を止める筈だ。死人どころか負傷者すら出ない試合もあったりする。
「煌ちゃんなら並大抵の奴に負けることはないやろ!」
「そーいうこと」
腕を組んで明るく笑うカークに頷く煌。うっわ自信満々やん!と茶化されるが、それは軽くスルーする。
煌は次に、近くの壁に背を預けて立っているルシアに目をやった。
「いいか?オレの命が危ないと思ったり手に負えないと思った時以外は入ってくんなよ、絶っ対に!」
まぁそんなことはないと思うが、ともう既に何度も繰り返し言っていることをもう一度言い聞かせる。
試合に使い魔を参加させることは禁止されている。もし試合中に乱入しようものなら、守人は問答無用で出場資格を失い即失格となる。
しかしこれには例外がある。それは試合中に守人が命の危険にさらされた時のみ。だがそんな状況に陥ることは基本ない。
試合の相手と戦った結果の負けならまだしも、そんな馬鹿げた理由で失格などにはなりたくない、と煌は顔を顰める。だから彼女は耳にタコが出来るほどしつこく言うのだ。
「わかっている。だからそう睨むな」
眉間の皴が取れなくなるぞ、と呆れたようにルシアが視線を投げてくる。
余計なお世話だっ、と吠えた煌はむすっと口を閉じると、黙って周りを見回す。バトルというだけあってか、控室にいるのは彼女以外のほとんどが体格のいい男子生徒ばかりだ。しかしその中に見覚えのある姿を見つけ、お、と軽く目を瞠る。
それは先日図書室で会った男子生徒の片割れだった。友人の暴走と止めきれずにいた方。煌が叩きのめした方の姿は見えない。彼女たちの様子を窺うかのように見つめていたが、彼は煌と目が合った瞬間に慌てて視線を外した。さすがに気まずい、といったところだろうか。
煌はそのまま不自然にならないよう、視線だけを横に移動させた。莉央は彼の存在に気付いていないのか、隣にいるカークと楽しそうに言葉を交わしている。視線を手元の剣へと戻す。
伝えなくともいいだろう。わざわざ笑っている莉央に嫌なことを思い出させずとも、カークを怒らせなくてもいい。
ん、と頷き時計を見上げる。現在の時刻は九時五十五分。トーナメント高等部初戦が始まる十時まで、あと五分だ。
「うっし、やるか!」
ぱんっ、と拳を掌に叩きつけて立ち上がる煌。口元には笑みが浮かんでいる。そんな彼女を莉央とカークが驚いた様子で振り返った。
「…………思い切り暴れて来い」
ルシアがわずかに口角を上げてにやりと笑う。
予想外のルシアの言葉と笑みに虚をつかれたような表情になった煌だが、すぐに犬歯を見せて不敵に笑った。
「元からそのつもりだっての」