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魔王の守人  作者: 木賊苅
閑話
31/33

出会い

短いです。


 空が茜色に染まる頃。一人の少女が慌てた様子で走り、帰路を急いでいた。

 年の頃は五つぐらい。背まで届く白銀の髪(プラチナ・ブロンド)に、深海を思わせる蒼い瞳が特徴的だ。よく見ると、彼女の着ている衣服には所々に泥などの汚れが付いている。活発的な性格の為、じっとしていられない彼女は、よく家を抜け出して近所の森に出かけては服を汚してしまうのだ。今日も今日とて親に内緒で遊びに行き、今はその帰りである。

 駆け足で森の脇を通る砂利道を通っていた少女は、森の奥から向けられる視線を感じ、ぴたりとその場に立ち止った。



「………だれ?」



 深く木々の生い茂る森を睨み付けるようにして問う。

 ここ数日、家を抜け出して一人遊んでいる時には必ず、誰かに見張られているような気配があった。気のせいだろうと思っていたのだが、気の短い彼女はもう限界だった。そんなに見てくるのなら、さっさと出て来いと思う。



 が、森からは何かが出てくる様子はいっこうにない。



 本当に勘違いだったのだろうか、と少女が首を傾げ、その場から立ち去ろうとした、その時。彼女の耳にがさり、と何者かが木々を掻き分けながらこちらに進んでくる音がした。

 目の前の繁みが大きく揺れ、無言で目の前に現れたのは、長身で全身黒ずくめの男だった。血を固めたかのような紅の瞳が、一際目を惹く。



「………だれ?」



 己の倍は高い位置にある男の顔を見上げ、きょとんと首を傾げる。男は少女の知らない人物だったが、その目を見た瞬間既視感を抱き、眉間に皴を寄せた。

 似ている。何処かで見たことがある、綺麗だが寂しさを感じさせる瞳。

 自分は、それを何処で見たのだろう。



 ――――まぁ、今はそんなことはどうでもいい。



「ずっとこっち、みてただろ?なんでだ?」



 気を取り直して質問を変えてみる。それでも男は黙ったままだ。

 まさか口がきけないのだろうか。それとも耳が聞こえない?いやしかし呼び掛けて出てきたのだから聞こえている筈だ。

 そんな風に少女が心配し始めた次の瞬間、



「………命令だ」



 男がぎりぎり聞き取れる程度の声量で、ぼそりと呟いた。



「めーれー………?」



 怪訝そうな表情を隠すことなく、男を見上げる。何故自分を見ているようにと命令などされるのだろう。

 その感情に正直な少女の瞳の奥にゆらめく陰を見つけ、男は目を細めた。



「………お前の中に封じられている獣の奪取か、始末の為だ」



 再びぼそりと呟かれた男の言葉に、少女は大きく目を見開いた。そして一気に表情を険しいものに変えると、素早く男と距離を置く。

 それは、一般的なその年頃の子供の運動能力から著しく離れていた。



雪華(せっか)をいじめるやつはゆるさないからな!」



 何故、何故目の前の男が彼を知っているのだ。彼の存在は、彼の頼みで少女の家族にさえ話していないというのに。あまつさえ、彼が今彼女の中に自らを封じている事すら当てて見せた。一体どうやって知ったのだ。



「せっか………お前がその獣につけた名か」

「雪華のわるくちいうな!すごくおおきくてかっこいいんだぞ!」



 雪華。それは少女と親しくなった大きな狼の姿をした魔獣だ。一年前、森で全身傷だらけで倒れているところを偶然遊びに来ていた少女が発見し、懸命な看病によって生きながらえた。雪華とは、当時名前を持っていなかったその狼に、真っ白い毛並が雪のようだと少女がつけた名だ。今は訳あって、彼は少女の中で眠っている。

 雪華は何があっても絶対に渡さない。それは、中にいる彼との約束。約束は、決して違えない。

 いつでも逃げ出すことが出来るよう、少女は男から目を離すことなくじりじりと移動する。

 逃げ切れるだろうか。自分は小さい。無理かもしれない。逃げ切れずに捕まって殺されるかもしれない。

 でも、雪華は渡すことなんて出来ない。

 そんな彼女の様子を、男は不思議なものを見るかのような目で見つめた。



「何故、そこまでしてそれを守ろうとする?」



 男にはわからない。何故他人の為に命を張る程必死になれるのか。



 ――――何故、目の前の少女の姿がこんなにも眩しく思えるのか。



「雪華はオ、あたしのはじめてのともだちだ!だからいじめるやつはゆるさない!」



 危うく一人称を「オレ」としかけた少女は、慌てて口を手で押さえた。いつ母に言われている事なのだが、いかんせん気を付けなければすぐにボロが出る。目の前で言ってみようものなら、丸一日外出禁止と言う、彼女にとっては拷問とも言える地獄のお仕置きが待っている。

 母さんがいなくて良かった、と思わず息を吐いた少女だが、思い出したように男を見た。過去に何度も受けた母のお仕置きの日々に対する恐怖に、目の前の存在をすっかり忘れていた。

 その一方、男はと言うと聞きなれない単語に首を傾げていた。



「ともだち、とは何だ」

「はぇ………?」



 思わず、拍子抜けした声を漏らした少女は、ぽかんと口を半開いた。幼いながらもまさか、そこを問われるとは思わなかったのだ。

 だからと言って、何て返されるのかなんて、これっぽっちも考えていなかったのだが。



「ぇ、えと、ともだちってのは……………」



 説明しようと試みるが、いざとなると上手い言葉が出てこない。とうとう腕を組み、現状を忘れて考え込み始めた。そして、以前自分も同じようなことを母に問いかけたことを思い出す。あの時母は、何と答えたのだろうか。

 懸命に頭を捻り、母の言葉を思い出す。



「せかいでいちばんたいせつなたからもののひとつで、じぶんのいのちにかえてでもまもりたいとおもえるひとのこと、だ……………ったよな、たぶん。あんたにはいないのか?」



 最後まで噛まずに言えた――一部怪しいが――少女は少し自慢げに胸を張りながら、男との距離はそのままに、彼の顔を覗き込むように見上げる。

 男は少女の顔をじっ……と見つめたかと思うと、ふいと顔を逸らした。



「………そんなもの、いるわけがない」



 生きていく上で自分以外の誰かを信じることは、今まで一度もなかった。ずっと一人だ。必要最低限以上に話しかけてくる者もいなければ、自分から話しかけに行くこともない。正真正銘の、独り。

 少女は男の瞳が何に似ていたのかを思い出した。

 見たことがある筈だ。何故なら、その目はつい最近、雪華に出会うまで自分がしていたものなのだから。

 両親以外の周りの者全てが信じられず、人を遠ざけ、それでも人の温もりを欲してやまない、そんな瞳。

 少女は数秒間躊躇した後、恐る恐る男の方へと足を踏み出した。ゆっくりと距離を詰め、その長い脚にぎゅっと抱き着く。

 男は思わず視線を下にやった。



「ぉ、あたしがともだちになってやる。だからもう、ひとりじゃないぞ」



 無表情ながらも何処か困惑した様子で自分を見下ろしてきている男に、顔を上げた少女は告げる。近付けば殺されていたかもしれない。しかしそれ以上に、目の前の男に昔の自分と同じ目をしていて欲しくなかった。



「なきたいときもくるしいときも、いっしょにいてやる。そんで、いっしょにあそんでいっしょにわらうんだ。だから………」



 そんな寂しい顔をするなと、抱き着く腕の力を強くしながら、少女は必死に訴えた。

 抱きしめる、という行為は、泣くことを我慢している少女に母がよくすることだった。

 男は体の横で何をするでもなく投げ出していた手を上げ、少女の頭へと伸ばす。びくりと震える体を無視し、形のいいそれに無造作に置くと、ぎこちなく掻き回すように撫でた。

 少女の強張った体から、ゆっくりと力が抜けていく。少し首が痛いが、それはまぁ、今はいい。

 男は少女の脇の下に両手を差し入れて、小さな体を折り曲げた自身の腕に座らせるように抱え上げる。



 …………………あぁ、あたたかい。



「なぁ、なまえおしえてくれよ!」



 抵抗することなくいとも容易く軽々と抱え上げられた少女は、目の前にある男の髪を軽く引っ張った。



「なまえ、しらなかったらよべないだろ?」



 怪訝そうに見てくる男に、早く言えと急かすように引っ張る力を強くする。少し前まで抱いていた警戒心は、もはや空の彼方である。

 そんなことをされてもなお、怒らない男は彼女に名前を告げることを渋っていた。彼にとって、いや彼の種族にとって名を教えるというのは、命を預けるにも等しい行為だ。知ることが出来るのは親と、心の底から信用した者のみ。そう簡単にほいほいと教えられるものではない―――――の、だが。

 迷うように、ちらりと視線を少女にやった。期待で輝く瞳とぶつかる。



「…………お前が言うなら、教えてもいい」



 押し切られるような気分で、ぼそり、と告げられた言葉に、少女はきょとりと目を瞬かせる。



「なまえ?ぉ、あたしの?」

「あぁ」



 それだけでいいのか、という問いに頷く。少女はずいと身を乗り出した。



「いったらなまえ、おしえてくれるのか?」

「そうだ」

「ぜったい?うそいってない?」

「真名に誓って」



 何度も念押しする少女に、男は何度も肯定の言葉を述べる。最後に述べられた言葉に、まな、と少女が呟いた。

 “真名に誓って”という言葉は、彼女の両親の誓人が彼女との約束を絶対に破らないと誓う時に使う言葉だ。魔族や天族にとって名前はとても大切な物だから、嘘は吐かないという宣誓の言葉となる。そう二人に教えられた。この言葉を言うということは、目の前の男もきっと嘘は言っていない。

 そう判断した少女は、満面の笑みをその顔に浮かべた。それが男にまるで太陽のようだと思えたのは、彼の生涯の大切な秘密である。知らず、口元が小さく緩む。

 太陽のような笑顔のまま、少女は口を開く。



「あたしのなまえは――――……」




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