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魔王の守人  作者: 木賊苅
閑話
30/33

愛の告白の日②


「はぁーいっ!皆ちゃーんと採取出来たかしら?青い実はダ、メ、よ?赤く、あかーく美味しそうに熟してる実じゃなきゃ!」



 レント・ヴィアーネ当日。渋る煌が莉央と、いつの間に結託していたのかユーファに両手を確保され連れて行かれたのは、あの日昼寝をしていた観葉植物の温室ではなく、その隣にある薬草用の巨大温室だった。さすがに参加人数が多く、初等部と中等部一年を前日、残りを当日に分けたらしく、予想していたほど生徒でごった返しているわけではなかった。ただ、単純に考えて全校生徒の四分の一と、自由参加の女性の誓人がいるだけあり、かなりの人数だ。

 制限時間を設けられ、採取する実の種類と量を指定されたと思ったら解散されられ、再び集合し現在である。



「それじゃあ、ワタシより右側の子猫ちゃんたちはワタシに着いてきてね?」



 手を挙げた教師の指定された位置にいた煌たちは、採取した実を入れた籠を手にぞろぞろと移動する。どうやらまた三分の一に人数をわけるようだ。

 辿り着いたのは、校内に三つある薬学実習室のうちの一つ、第二薬学実習室だった。三、四人でグループを作るように言われ、煌は莉央とユーファと共に一つのテーブルを囲む。



「それじゃあ、改めて自己紹介するわね?ワタシは高等部で薬学を教えている、サミエル・ラドウィル。この国の出身じゃないけど、とってもこの学校が大好きよ♪皆、よろしくね?」



 うふふ、と黒板の前で笑うサミエルは、筋肉質な体をくねらせてウィンクを一つ、生徒に向かって放った。サミエルは男である。例え口調が女らしく、化粧をして、女物のようなキラキラヒラヒラしたきらびやかな服に身を包んでいようが、正真正銘男である。そして心は女、というわけでもない。ただ、この国の、というより大陸共通語を学んだ時に見本にしたのが女性で、単純にキラキラしていて可愛らしいのが好きなだけである。そしてこのテンションの高さと親しみやすさから生徒に好かれる、桐ケ谷魔道学園の優秀な教師の一人だ。



「今日はレント・ヴィアーネの日でしょう?授業で火の扱いも慣れてきたと思うし、だから先生、この日にぴったりなお菓子を教えちゃおうと思います!」



 ばんっ、黒板を叩いたそこには、「魅惑のショコラート~恋の媚薬に要注意☆~」と様々な色でデコレーションされた文字がでかでかと描かれていた。

 ネーミングセンスねぇな、と呟いた煌は、傍らの莉央に肘鉄を食らった。見事脇腹に決まったそれはなかなかに痛い。

 脇腹を押さえてぷるぷる震える煌を置いて、特別授業は進む。

 採ってきたトリフォロの実を洗い、小枝や葉などのゴミを取り除くと、布の上に均等に広げて水気を拭き取る。その後、直径一センチ程の赤い実をガラス製のカップの中にゴロゴロと投入する。



「本来はカラッカラになるまで干しておくんだけど、時間がないので裏技を使っちゃいます!魔術で水気を引っこ抜いちゃってね!!高等部は前に授業でやったでしょ?わからない子は遠慮なく先生を呼んでね」



 指示を聞いた煌は、カップの上に掌をかざした。ようは、水系の魔術の応用だ。空気中から水を呼び出すように、木の実から水分のみを引きずり出せばいい。

 掌が銀色に光り、ひょいと手を引けば、それを追いかけるように木の実から引きずり出された水が宙を移動する。煌の掌の上に、拳大の水の球が浮かぶ。カップの中には、サイズが半分ほどになり全体的に萎びた木の実が残された。カップを振ってみると、カラカラと良い音がする。



「うふふっ、煌ちゃんってば相変わらずいい腕してるわぁ」

「はぁ、ども」



 くるくる回りながら近付いてきたサミエルに、煌は疲れた表情を浮かべながら水の球を流しに放り込む。この学校に赴任して数年になるサミエルは、あまり授業に参加しない煌とも何度か接したことがある。喧嘩で彼の薬草園を破壊し、罰則を課せられたことがあるのだ。煌と接するのを嫌がる教師が多い中、他の生徒と変わらない対応をする珍しい存在だ。



「皆、ちゃんとカラカラになった?ミイラみたいに、カラッカラにするのよ?ふふっ、出来たら今度は、すり鉢に入れてゴーリゴーリ磨り潰してね!ゴーリゴーリ、ていねーいに!で、此処がポイント!」



 煌の傍から離れたサミエルは、くるくる回りながら黒板に辿り着くと、作業行程を書いている部分をばんっと叩いた。



「磨り潰しながら、渡す相手の事を思い浮かべること!た、だ、し!恋する相手は一人だけよ!」



 ひ、と、り、だ、け!

 頬の横に人差し指を立て、ウィンクするサミエルの指示に、煌は無言で乳鉢に放り込んだ乾いたトリフォロの実をゴリゴリと磨り潰す。綺麗な粉末状にするのに四苦八苦している莉央をユーファと手伝い、次いでそれを小鍋に移しミルク、砂糖、少量のバターを入れて木ベラでゆっくりと掻き混ぜる行程に入った。



「ショコラートって、この行程が一番難しいんだよね……私、既製品を溶かしたことしかないけど」



 素材から作るなんて初めて、と真剣な表情で呟く莉央に、そうですね、と何処か楽しげなユーファが同意する。煌は無言で簡易バーナーと小鍋、木ベラを持って彼女の横に並んだ。きょとん、と見つめてくる莉央を、目だけで作業に戻るよう促す。



「ユーファ、もうちょい火弱めた方がいいと思う」

「まぁ煌様、でもしっかりと火を通しませんと」

「ショコラートは焦げやすいんだよ、ほらもっとゆっくり混ぜねぇと」



 鍋の底が焦げ付くぞ、と告げられ、ユーファは大人しく指示の通りにした。その後も煌は自身の小鍋を一定の速度で掻き回しながら、ユーファに対して小まめに助言をする。その様子は、何処か手慣れている。



「何て言うか……何でそんなにユーファさんにかかりっきりなの?」



 不思議そうに首を傾げる莉央に、煌は顔を上げた。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、傍らで真剣に鍋を掻き混ぜているユーファをちらりと見る。



「……ユーファ、菓子だけは駄目なんだ」

「え?」

「だから、菓子だけは失敗すんだよ。焦がす、生焼け、粉っぽいは普通」



 飯は美味いんだけどなぁ、と遠い目をする煌に、私と逆かぁ、と莉央も苦笑する。莉央は菓子のみにおいて成功するタイプだった。

 ミルクが白から茶色に変わっていき、粉末から油分が溶け出して手応えもサラサラしたものからドロドロと抵抗が出てくる。そろそろいいだろうかと木ベラで掬ってみれば、とろりと流れて鍋の底に落ちた。

 粘度ある茶色い液体を配られた型に流し込み、これまた魔術で冷やし固めてしまえばショコラートの完成だ。味見と称し、艶やかなそれを一つ口に放り込めば、ほんのりと苦味の残った、しかしとろりと蕩けるような甘さが口一杯に広がる。



「あまぁ~い!」



 至福の表情で頬を押さえる莉央も、出来上がったそれを味見したらしい。ユーファもほんの少し焦げ付いたものの、何とか食べられるものが出来上がったようだ。

 三人で一粒ずつショコラートを交換し、サミエルが自腹で準備したのだという小箱に残りのショコラートを並べ、これまたリボンでラッピングする。悩んだ末に箱を黒、リボンを赤にした…………他意はない、はず。



「王様喜んでくれるといいね!」

「あの方ならきっとお喜びになりますよ」



 そんな二人はそれぞれ誓人と守人に渡すらしい。

 ニコニコと上機嫌な二人に、煌は何とも言えない顔で頷いたのだった。











 自室に戻ってきた煌は、テーブルに置いた小箱をじぃっと見つめた。上体をだらしなく投げ出し、天板に頬に押し付ける。



「………」



 莉央に乞われるままに参加したものの。今思えば、ルシアが今日この部屋にくると限らないわけで。



「まぁ、来なかったら自分で食えば」

「煌」



 突如背後に現れた気配と名を呼ぶ声に、煌はびくりと肩を跳ね上げた。がた、と椅子が動き音をたてる。

 振り返ると、予想通りの姿がそこにあった。



「だっから、驚かすなっての馬鹿ルシア」

「驚かすつもりはないといつも言っているが」



 じゃあいきなり背後に現れるな、と吐き捨てた煌は、上体を起こしてぐっと体を伸ばす。意外と長い時間あの体勢でいたのか、ばきりと背骨が鳴った。



「仕事、一段落したのか?」



 とんとんと首筋を叩く煌に、ルシアが一つ頷く。



「地獄だった」

「自業自得だバーカ」



 相も変わらずアルスに監視されながら容赦なく仕事を振られたらしい。いつもと変わらぬ無表情ながら、ルシアの顔は何処か疲れていた。

 俊巡した煌は、テーブルの上の小箱を取り上げた。赤いリボンでラッピングされた黒い箱。渡すならきっ

と今だ。



「ん」



 椅子に座ったまま、ずいとルシアに向かって箱を突き出す。どんな顔をしているか確認するにはどうも勇気が出ず、顔はそっぽを向いたままだ。



「今日はレント・ヴィアーネだから。レント・ヴィアーネは親しい奴に贈り物をする日だから。だから、やる」



 お前はオレの誓人だから。

 そ、と指に熱が触れ、ひくりと突き出した腕が震えた。思わず顔を向けると、浅黒い手が彼女の手ごと箱を包んでいる。



「俺に、か」

「そう、だよ」

「俺だけか」

「……莉央やユーファといくつか交換したけど、こんな風にしてんのはお前だけだ」



 ぎゅ、と包まれた手に力が込められ、そろりと視線を動かす。

 う、と小さく呻いて息を飲んだ。顔が、耳が、手が熱い。

 目、が。ルシアの、目が。あかい目が、ゆるりと溶けて。煌のことを、まっすぐに見つめている。



「煌」

「な、なんだよ」



 するり、と箱を取り上げられてほっと目を逸らしたところで名を呼ばれ、再びぎしりと体が固まる。嗅いだ覚えのある匂いと手に触れた感触に、勢いよく顔を上げた。

 目に入ったのは、真っ青な花束だった。



「な、んで、薔薇」

「レント・ヴィアーネでは、男は大切な者に花を贈ると」

「………カークかカークだなカークだろ」



 次会ったら絶対泣かす、と唸る煌だが、手に触れている感触にそろそろと視線を落とす。何度見ても、それは青い薔薇の花束だった。

 薔薇だ。本当に、



「なんっでこの花選んだんだ、お前……」



 困惑の表情を浮かべ、両腕で抱える。

 二人にとって、薔薇は、あの女を連想させる花だ。特に煌にとって、存在を思い出したくもない存在だ。何故あえて、そんな花を選んだというのか。



「確かに、その花はあの女を思い出させる。だが………青い薔薇の花言葉を知っているか、煌」

「知ってると思うか?」



 即答にだろうなと頷いたルシアは、煌の手元に手を伸ばした。束から一輪取り上げ、パキリと茎を折ると、彼女の髪へとそれを差し込む。



「【奇跡】。煌、お前に出会えたことは、俺にとって奇跡だ」



 何故なら彼女に出会ったことで心が生まれた。世界が変わった。

 そう告げ己の頬を撫でるルシアを茫然と見つめた煌は、一度治まっていた熱が再び身体中に広がるのを自覚する。

 だってそんなの。そんなのは、



「…………オレだって、同じだ……ばか」

「……?煌、今何を」

「うるっせぇバーカ!何だよ、せっかく莉央たちと作ってやったってのに食わねぇのか?」



 ぼそりと呟いた言葉が聞き取れなかったのか首を傾げたルシアに、煌はふいと顔を背けて声を荒げる。しかし髪に薔薇が差し込まれたことによって丸見えになっている耳は真っ赤だ。

 ふ、と目元を緩めたルシアは、食べる、と一言返し、しゅるりと赤いリボンを解いた。綺麗な正方形の艶やかなそれを一粒摘まみ上げ、口の中に放り込む。とろりと溶け口の中に広がる甘さに、口許も緩んだ。



「煌」

「………何だよ」

「甘い」

「そらショコラートだからな」



 とっとと食え、との促しにもう一つ口に放り込む。



「煌」

「だから何だよ!?」

「俺もお前が大切だ」



 この世のすべての何よりも。

 顔を真っ赤にして言葉を失くしている愛し子に、ルシアは自分の顔が笑み崩れていることを自覚した。



 怒声が部屋に響き渡るまで、あと三秒。




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