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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
26/33

9-3


ローズクイーンの背後に、一つの人影が現れる。それは場違いにもニコニコと笑みを浮かべている。



「……………げ、アル」



 見覚えのある顔に、煌の顔が歪んだ。

 五将達の奮闘――八つ当たりともいう――により、ローズクイーン以外の“旧王妃派”に属する者は死に絶え、遺体は粒子となってこの場から消えている。しかし油断ならない存在が一人、この場にいなかったことを忘れていた。



「ぁ、アルス!足止めをせよ、全て殺してしまうがよい!妾は、妾は一度退く!」



 振り返ったローズクイーンは生気を取り戻した顔で立ち上がると、縋るようにアルスへと指示を飛ばした。一度魔界に戻れば、体勢を立て直すことが出来る。今回は小娘一人の力量を見誤ってしまったが、次こそは。

 袖を掴んで見上げてくるローズクイーンに、アルスはにっこりと微笑み、



「嫌ですよ」



 取りつく島もないぐらい、綺麗にすっぱりと言い放った。凍りつく場の空気を物ともせず、一歩前へ足を踏み出す。

 びくり、とローズクイーンの肩が小さく跳ねた。困惑した様子で目を泳がせると、合点がいったのか、ぎろりとアルスを睨み上げた。



「貴様……………裏切りおったな!!」



 憎悪すら籠ったような眼差しに、アルスはおやおやと意外そうな顔を向ける。



「不思議なことを言いますね。私がいつ、貴女に忠誠を誓ったと言うんです?私が真名を捧げる者は、ただ一人だけ………………いえ、二人ですかね」



 貴女の忠臣だなんて誰が言い出したのか知りませんがやめて下さい、心底不快です。呆然とするローズクイーンを笑顔で突き放し、何が何だかさっぱり、というように目を白黒させている煌に顔を向け更に笑みを深める。



「ひと月ぶりです、姫。これはまた楽しい格好ですね。ファンクラブの会長としては腹立たしいやら喜ばしいやら、何とも複雑な気持ちです」

「…………あぁ、そうかよ」



 相変わらずなアルスに、煌はうんざりといった様子で相槌を打った。彼はそんな彼女に満足そうに頷くと、彼女と少し離れた位置にいるルシアに視線を移した。



「王も、お元気そうで何よりです」

「…………何処を見て言っている?」



 わざとらしいまでに恭しく一礼してみせるアルスに、ルシアがぼそりと返す。しかし彼は聞こえなかったのかあえて無視したのか――きっと後者だろう――変わらぬ笑みを浮かべている。

 煌は二人の様子にはてと首を傾げた。今の会話からして二人が知り合いであることは確実のようだが、どうもルシアの様子がおかしい。敵を前にしているというよりは、苦手な人物と遭遇して気まずい、といった雰囲気だ。

 アルスは一度顔を上げると笑みを消し、その場に片膝を付き頭を垂れる。



「ご挨拶が遅れまして、我が王。このアルス、命ぜられました任務より只今帰還致しました」



 アルスの言葉を頭の中で噛み砕き、飲み込み、煌は眉間に皴を作った。

 つまりは、そういうことなのだ。



「お前、最初に会った時に言えよ」

「言わない方が楽しいじゃないですか。それより姫、早く彼女の処遇を発表しませんか?」



 そしたら悩むこともなかったのに、と文句を言う煌に、何処かウキウキとした様子のアルスは笑顔で返した。悪びれた様子は欠片もない。そんな彼の足は身動き一つ出来ないでいるローズクイーンの影を踏んでいる。それで彼女の動きを封じているのか。

 流された気がしなくもない煌はわずかに顔を顰めたが、ちらりとルシアを見遣った。ローズクイーンはこれでも彼の母親だ。何か思うこともあるのではと思ってみたが、全くもって葛藤などは見えなかった。

 それなら遠慮なく、と制服のズボンに手を突っ込み、がさごそと中を探る。ずるりと引きずり出されたのは、淡い緑色の石が連なった首飾りだった。



「いいかアル、絶対解くなよ、解いたら殺す。ルシアが」

「王任せですか」

「力量的に勝てねぇもん」



 そんな軽口をアルスと交わし、煌は自分を殺気の篭った目で睨みつけてくるローズクイーンへと軽く駆け寄った。

 傍らに膝をついた煌を、ローズクイーンが憎々しげに睨み上げる。



「下等な人間の小娘ごときが、妾に触れるな」



 憎悪と侮蔑の炎を宿すロゼ色の瞳を見返し、ふん、と鼻を鳴らす。



「人間だろうが魔族だろうが、どうせお前は負けたんだ。何言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇぞ」

「妾はっ!魔公爵家の長女であり、魔界を統べる王の伴侶じゃ!汚らわしい人間の分際で、高等な魔族の中でも高貴な妾に盾つくでない!」



 癇癪を起した子供のように喚き散らかすローズクイーンに、煌は表情をなくし、今度こそ興味をなくしたように顔を背けた。

 権力に執着した女の、種族差別が今回の一連の原因だとするなら。なんて、くだらないことだろうと。

 金具を外し、その細い首に首飾りを提げる。浅黒い肌に赤系統の色しかない彼女の中で、それは一際目を惹いた。



「ぅし…………もう解いてもいいぞ」

「それだけですか?」



 というか何ですそれ。

 立ち上がった煌を不思議そうに見つめ、影から足を外したアルスはローズクイーンの首元を指さした。



「これか?これは昔母さんに教えてもらったのを思い出しながら作ったんだけど……………」



 暢気にアルスの疑問に答えている煌の傍らで、拘束する術が解かれたローズクイーンが立ち上がった。憎悪に燃える瞳で彼女を睨み付け、術を発動すべく息を吸い口を開く。



「元々ただの魔力封じだったんだけど、魔力練ろうとしたら強力な電流が首飾りから流れ出す拷問仕様になってるんだ。それに追加で声にも反応するようにしたから、喋ろうとしただけでも流れるぞ」

「――――――――ッ!」



 これなら文字さえ書けなくしたら誰にも命令出来ないよな?

 声にならぬ悲鳴を上げ、バチバチと眩いほどの光を放って放電するローズクイーンが倒れ伏したところで彼女を見た煌は、気絶したのかピクリとも動かないそれを足先で軽く蹴ると、死んでいないことを確認し、よしと頷いた。



「威力もぴったりってところか」



 ぶっつけ本番だったからちょっと不安だったんだよなぁ、と満足げな様子で立ち上がった煌に、カークに治癒を施していた唯人は頬を引き攣らせた。



「おいおい、まさかあいつが大人しく運動せずにいたのって………………」

「あれを作るために図書室や自室に籠っていたんですね」



 しかしあれ、罪人に使ったら脱獄しようとする馬鹿が減るんじゃないですか?と興味津々といった様子で呟いた己の誓人に、唯人は無言で彼の頭を叩いた。

 そんな二人の会話を聞いていた理事は、はは……と小さく乾いた笑いを零す。



「さすが、燁子(ようこ)さんの子供ってところなんだろうけど…………あの子、本当に二人のいい所も悪い所も、全部受け継いでるなぁ」



 かつてはその魔力や戦闘能力の高さと二人といない容姿から【白刃の悪魔】と呼ばれ恐れられた父親の皇夜と、魔道具発明の天才と呼ばれた才能と可愛らしい容姿から【白衣の小悪魔】と呼ばれ何だかんだで愛されていた母親の柊燁子の間に生まれた子供、柊煌。容姿も性格も、そして才能も彼女に注がれている。ただ、座学だけは嫌いだったところまでも似てしまったからか、両親と同じように筆記テストだけは散々だが。ようはじっと座っていることが苦手なのである。

 そんな周囲の様子に気付かない煌は、ステージから下り、無言で自分を見つめてきているルシアへと足を向けた。今度は五将達も邪魔する様子はない。

 目の前で止まり、ずびしと鼻先に指を突きつける。



「あとは、お前に任せた。誰かが手を貸さない限り、あいつはもう何も出来ない。でも一つ、殺しはするな」

「………あれはお前の両親とその誓人を殺した。お前に癒えぬ傷も残した。それでもか」

「オレやお前があれと同じとこまで堕ちてやる必要はない。殺したところで、三人が帰ってくるわけじゃない…………そう思えるようになったのは、本当につい最近だけどな」



 最大の転機は、莉央と関わるようになったことだろう。一人きりのまま今を迎えていたなら、きっと自分の手で彼女を殺すことを望んでいた。

 しかし、だ。

 瞳の奥に殺意を燻らせるルシアに、その代わり、と腕を組んだ煌はニィと笑いかける。

 だからといって、恨みが消えるわけでもない。たとえ命を奪わなくても、復讐の方法はいくらでもあるのだ。



「死んだ方がマシだって、心の底から思うぐらい。何が何でも生かして、地獄を見せてやれ」



 死んで終わりにだなんてさせない。それほどまでに恨みは深い。



 ――――そう簡単に、死なせてやるものか。最期の最後まで苦しみ抜けばいい。



 笑みの奥にある暗く重いそれに気付いたルシアは一瞬小さく目を瞠ったが、次いでこちらも不敵な笑みを浮かべる。ちょうどそれを目撃してしまった水蛇と風鼬が小さく体を震わせた。すぐに表情を引っ込め、了解だ、と頷き、しゃがみ込んで興味深そうにローズクイーンを観察しているアルスの名を呼んだ。立ち上がり、何でしょう、と笑みを浮かべるアルス。



「地下の、一番劣悪な牢に放り込んでおけ。それ以外は好きに手配していい」

「おや、私に任せてくださると?」

「……………適任だろう、お前なら」

「ふふ、かしこまりました。では姫、また」

「おぉ、またな」



 ルシアからの命に楽しそうに笑みを深めたアルスはルシアと煌に一度深く頭を下げると、げしりといまだ動かぬローズクイーンの腹部を踏みつけ、そのまま姿を消した。転がっていた筈のローズクイーンもいつのまにか消えている。魔界に持ち帰ったのだろう。

 さて、と首を回した煌は、少し離れたところで固まっている五将達に向き合った。



「お前たちも、ご苦労さん。もう戻っていいぞ。あぁ~…………説教はまた今度な」



 何やら言いたげな五将達の先手を打つ煌。反論するための口を開く隙すら与えない。

 あんまりと言えばあんまりな対応に、雷角が顔を険しくして足を踏み出す。が、胸の前に出された炎鷲の腕に渋々いった様子で怒らせた肩を落とした。



「では煌。何かあってもなくても、いつでも召喚ぶといい」



 煌と視線を合わせた炎鷲はそれだけ告げると、ポンッと煙となって消えた。



「それじゃあ、私たちも帰るわね。お大事に、煌ちゃん」

「バイバイだにょ♪煌ちゃん☆」



 続いて水蛇と風鼬も笑顔で手を振り消えた。残るは雷角と氷龍だ。



「行くぞ、雷角」



 氷龍に促されるが、雷角は煌を睨み付けたまま動こうとはしない。

 そんな彼に煌は小さく息を吐く。



「無茶したのは謝る。でも見ての通りオレは生きてるよ。あー、治ったら今度手合せ付き合ってもらうのに召喚ぶからさ、それで許してくれねぇ?」



 駄目か?と苦笑を浮かべて首を傾げる煌に、雷角の肩がぴくりと動いた。眉間の皴を更に深くし、



「約束だかんな!破りやがったら、承知しねぇ!!」



 講堂に響き渡るほどの大きな声で怒鳴ると、前置きなくボンッと消える。先に戻った三人よりも音が大きかったように思うのは気のせいか。

 わかりやすい、と氷龍は雷角に深い溜息を吐いた。



「お前が鎌の一撃をその腹に受けた時、雷角だけじゃない、俺たち全員の肝が冷えた」



 お前は女なんだから、自重してくれ、と何処か疲れた眼差しを送ってくる氷龍に、煌は満面の笑みを浮かべる。



「努力はする」



 あぁ、する気ないな、とその表情で悟った氷龍はそう確信し、思わず頭を抱えた。あれだけドンパチを繰り広げた相手に対して今更かもしれないが、たとえ見えないとしても、煌は女なのだ。自重してほしい、本当に。



「………………頼むから、早死にしてくれるなよ」



 遂に諦めた氷龍は煌の反応を待たず、煙となって姿を消した。

 それにヒラヒラと手を振り見送った煌は、首に手を添え、ごきりと鳴らす。



「……………あ゛ぁ~、やっと終わった」



 ふー……と肺の中の空気を盛大に吐き出す。

 …………そう、終わったのだ。もう命を狙われることはない。両親たちの仇も取れた。ようやく全て、終わったのだ。

 今の心境を一言で表すなら、



「つっかれたなァ……………」



 しか出てこないのだが。

 天井を見上げぼやいた煌は、次いで自分の姿を見下ろす。ボロボロだ。他に言いようがないぐらいに、ボロボロだ。左の脇下から右の腰にかけて真一文字に裂け、袖が破れて剥き出しになっている肘や腕は所々に乾いた血がこびり付いている。ズボンの方も言わずもがなだ。

 予備持っといてよかったよな~、と頭の隅で考えながら、いまだ目を覚まさないユーファを腕に抱いている理事に目をやり、近付きながら問う。



「なぁ、今日の式は中止か?」

「そうするしかないね。講堂がこんなになっちゃったから」



 理事が半泣きになりながら視線を移す。つられるようにして煌も同じ場所を見た。

 まず目に入ったのは天井に空いた巨大な穴。真下に移動しなくても清々しいほどの青空が見える。煌が怒りにまかせて魔力を暴走させてしまった時に空けてしまったものだ。そして壁に空いた二つの穴。これはカークと煌がそれぞれルシアに吹っ飛ばされた際に空けたもの。それ以外にも五将達が破壊してしまったところがいくつかあるし、床は大量の血液やら水溜りやらでドロドロのぐちゃぐちゃだ。破壊の原因が“旧王妃派”ではなく、ほぼ全てがこちら側であるというのがまた何とも言えない。

 とてもではないが、式が再開できるとは思えなかった。



「………うん、今回は特別措置として、式はなしで各自教室でHRをやって休みに突入だ。生徒たちの精神も心配だしね。トラウマになってなかったらいいけど……………………」



 ところでそれがどうしたの?と気を取り直した理事が、何やら気まずそうに顔を顰めている煌を見る。彼女は講堂から理事に目を向けると、うん、と相槌を打つ。



「いや、式ねぇなら寝ようと思って」

「疲れたんだね、それも当然か。部屋戻ってていいよ、ゆっくり休んで。担任には僕から伝えておくから」

「そうする」



 お疲れ様、と何処か疲れている笑みを向けてくる理事に、煌は欠伸を噛み殺しながら返す。歩き出しながら腕を回し、筋を伸ばしながら扉に向かった。その数歩後ろにルシアが続く。

 扉の前には唯人が壁に背を預けて立っていた。足を止めて、思わず首を回す。



「コルテさんは?」

「医務室に患者運ばせた。守人はそれに付いてったぜ」

「そうか………………容体は?」

「肋骨が数本イッちまってるな。まだ意識は戻らねェが、それ以外に目立った外傷はねぇ。俺からしたら、あれよりお前の方がよっぽど重症なんだがなぁ。後ろのに思いっきり腹掻っ捌かれてたろうが」



 こンの問題児が、と睨み付けてくる唯人に煌はひょいと肩を竦めた。びく、と背後のルシアが震えたのは気付かなかったふりをする。



「その内塞がる。体力使うから一日寝てるだろうけどな」



 破れた制服の隙間から傷口を見せる。完全ではないが、もう血は出てないしうっすらとピンクの薄皮がはっているのがわかる。

 それでも渋い顔をする唯人を、後日医療棟に顔を出すと適当にあしらい、煌は扉をくぐった。薄暗い廊下に、窓から差し込む柔らかい日光が差し込んでいる。

 あ、と何かを思い出したように声を漏らすと、足を止めた。くるりと踵で反転し、後ろから付いて来ているルシアと正面から向き合う。体を強張らせた彼の顔をまっすぐに見つめ、小さく一回息を吸うと、



「おかえり。そんで、ただいま……………ルーシャ」



 ふにゃ、と顔を柔らかく緩ませて笑った。

 ひゅ、と息を飲んだルシアは唇を震わせる。頭の中の懐かしい少女の笑顔と目の前の笑顔が重なり、くしゃりと顔を歪めた。握りしめていた拳を解き、腕を伸ばして目の前の存在を抱きしめる。おずおずと背に腕が回され、腹の底から湧き上がってくる熱いものに、自然笑みが浮かんだ。白銀の髪に頬を擦りつけると、目尻から一筋、何かが零れ落ちる。



「ただいま……………おかえり、煌」




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