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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
24/33

9-1


 煌は面倒臭そうに欠伸を噛み殺しつつ、人波をすり抜け第一講堂へと向かっていた。

 桐ケ谷魔道学園は今日から一ヵ月以上にわたる長期の夏季休暇に入る。そのためにこれから終業式があり、生徒は医療棟による安静が命じられない限り、全員強制参加なのだ。参加していないとバレた場合、補講という名の課題プリントが大量に課せられるので、非常に面倒だが行かないわけにもいかない。

 大量の生徒たちとその誓人たちに揉まれながら、ようやく講堂の扉をくぐった。中は既に多くの人で溢れかえっている。それもそうだろう、初等部から高等部までの全生徒がひとところに集まる数少ない日だ。煌は適当に見覚えがある顔がある近場の列の最後尾に立った。盛大な欠伸をしていると、隣の列の前の方で莉央が手を振っているのが見え、軽く手を挙げて挨拶を返しておく。いつも傍らにいるカークの姿は見えないが、魔界にでも帰っているのだろうか。



 最後の生徒が中に入り、ゆっくりと扉が閉められていく。



 そこで何やら軽い違和感を抱いた煌は、素早く講堂の隅から隅へと目をはしらせた。壁に沿うようにして立っている教師陣。そして彼らに囲まれるようにして講堂の中央に集められている、全校生徒と一部の彼らの誓人たち。特におかしなところはない。では、先程から頭に鳴り響いている警鐘はいったい何だ。

 気持ち悪さを感じながらも視線をステージ上へと向けた。長い校長の話が終わり、今から理事の言葉が始まる。

 頭の禿げた校長が汗を拭き拭き、えっちらおっちらと舞台袖に消える。数秒後、珍しくユーファを連れていない理事が姿を現した。ゆっくりとステージを進み、マイクが設置されている中央で足を止める。顔を上げ、ぐるりと講堂を一望した。一瞬煌と目があい、口元に小さく笑みを浮かべる。



 ぞわり、と全身の毛が逆立つような悪寒が煌を襲った。違和感が確信へと変わる。



 彼女が口を開いたと同時、勢い良く扉が開かれた。バァンッ、という激しい音に、多くの生徒が振り返る。彼らの目に入ったのは、青褪めた顔をしてぞろぞろと飛び込んでくる数十人の大人とその誓人たち。



「皆!今すぐ此処から出るんだ!!」



 先頭にいた男が声高に叫ぶ。その顔はステージ上の理事のものと瓜二つ。

 生徒たちは突然の事態に呆気にとられ、二人の理事を何度も見比べた。どちらかが本物で、どちらかが偽物。では、本物はどっちだ?

 彼らの違いはただ一つ。

 困惑が場にはびこる中、煌はたった今飛び込んできた理事へと生徒の壁を押しのけ歩み寄る。

 そして、



「いっだぁあ!?」



 躊躇なく額に頭突きを食らわした。多少の反動を受けるが歯を噛み締め持ちこたえる。大丈夫、自分は石頭だ痛くない。そう自分に言い聞かせ、悲鳴を上げて額を抑え込み蹲った理事のネクタイを掴むと、無理矢理視線の高さまで持ち上げる。



「お、ま、え、は、何、してんだ。ぁ゛あ゛!?てめぇそれでもこの学園の理事長かよこンのクソ理事ィ!!!」

「ぐぇっ。こ、煌ちゃ………くる、くるし………………!」



 ぎりぎりとネクタイを絞め上げられ、潰れた蛙のような声を上げる理事。力なく白い制服に包まれた腕をタップする。



 決定的な違いは一つだけ。それは―――――……



「煌様、それ以上しては主が死んでしまいます」



 どうかご容赦を、と煌の拳に手を重ねたのはユーファ。眉尻を下げた目で訴えられ、盛大な舌打ちを放って煌は渋々といった様子でネクタイから手を離した。途端、理事がげほげほと咳込む。



 ――――誓人を連れているか否か、だ。



 よく見れば壁際に控えている教師たちも誰一人として誓人を連れていない。

 違和感の正体はこれか、と忌々しげに顔を歪め、ステージ上を振り返る。



「さっきのコイツの言葉聞いてただろ!死にたくねェ奴はさっさと此処から出ろ!」



 ステージを見据えたまま叫ぶが、何が何だかわかっていない生徒たちは誰一人として動こうとしない。煌は言う事は言ったと言わんばかりに彼らの存在を頭から外し、掌をステージにいる理事へと向けた。魔力を練り、叫ぶ。



「風斬!敵を切り裂く刃の如く!!」



 何かが生徒たちの頭上をステージに向かって一直線に飛んでいく。目に見えぬ刃が偽の理事を真っ二つに切り裂くかと思われたその時。男の姿がステージの上から消える。代わりに中央から外れたところに姿を現したのは、派手な真紅のドレスを身に纏った一人の女。



「手荒い歓迎じゃのぅ、娘」

「そりゃこっちは歓迎なんざ誰もしてないからな。前、王妃様?」



 扇子で口元を隠しながら笑う女、ローズクイーンに、煌はお返しとばかりに嫌味を返す。ひく、と頬を引き攣らせる彼女に、ほんの少しだけ溜飲を下げた。

 一方、いまだに状況を理解出来ていない生徒たちは、突然のド派手な女の登場にぽかんとしている。一番反応したのは魔族の誓人たちだ。顔を青褪めさせ、背に自身の守人を隠している。流石に前王妃の顔は知っているということか。



「そなたはよほど、死に急いでいると見える」



 周囲に魔力を放ち、ローズクイーンは自身の手を扇子で数度叩いた。直後、ステージを挟んだ両サイドと天井の窓ガラスが音を立てて割れ、破片が光をきらきらと反射して講堂に降り注ぐ。割られた窓からは何十人もの魔族が中に入ってくる。今の今まで正体を隠していた者達も本来の姿に戻り、三方から生徒たちを囲い込む。

 誰かが悲鳴を上げた。それをきっかけに講堂内は一気にざわつき、本物の教師たちが避難を促すが掻き消されて意味をなさない。

 煌が再び大きく舌を打った。頭上に掌を向け、魔術を放つ。小さな火球は高い天井目がけて打ち上げられ、天井にぶつかる直前、大きな音を立てて爆発した。一瞬、騒音が止む。



「ぎゃあぎゃあ騒ぐな!死にたくねェ奴はさっさと出てけつったろぉが!!」



 苛立ちが篭った声が講堂に反響する。今ので声も出せないほど怯えてしまった生徒たちは、互いに顔を見合わせ、恐々といった様子でぞろぞろと唯一の出入り口である扉に向かって移動を始める。



「逃がすと思うかえ?」



 口元に笑みを浮かべたローズクイーンは、おもむろに右手を顔の高さまで上げる。それを合図に、多勢の魔族たちが一斉に生徒たちへと襲い掛かった。

 先頭の魔族が最後尾の生徒の背に、剣を持った手を大きく振りかぶる。が、それは目に見えない何かによって弾き返された。

 息を飲んだ理事が振り返ると、ユーファや数人の天族が両腕を胸の前で交差させている。天族が得意としている魔術は、治癒と結界だ。



「いつまでもつかわかりません。今のうちに避難を」

「ありがとう。皆!今のうちに!焦らずに、でも急いで!!」



 珍しく厳しい顔をしているユーファのこめかみから、たらりと汗が伝う。彼女の言葉に頷いた理事は、生徒たちへと懸命に声を張り上げた。それに続いて他教員たちも生徒たちを誘導していく。

 そうしている間にも結界に対する魔族の攻撃は止まず、魔術やら剣やらがぶつかるたびに結界は大きくたわむ。そのまま追いかけるのを諦め、窓から飛び出そうとする魔族もいたが、そちらにも結界が張られていて出ることが叶わない。

 ようやく全ての生徒が避難を終えた瞬間、炎の魔術を受けた結界は、ガラスが割れるような音をたてて消えた。力を使い切ったのか、その場に崩れ落ちる天族たちに守人である教師たちが慌てて駆け寄る。同じく床に投げ出されそうになっていたユーファを片膝を床について抱きとめた理事は、次いで傍らに来た煌を見上げる。



「煌ちゃん、君も早く逃げ…………………」

「はぁ?オレに敵前逃亡しろってか?」



 理事の言葉を遮り、煌は呆れた表情で彼を見返した。

 理事は諦めた様子で溜息を吐く。まぁわかっていたことなのだが、保護者としては彼女にも安全な場所へ避難してもらいたい。

 ふん、と鼻を鳴らした煌はぐるりと講堂内を見回す。そして、ぽつり、と呟いた。



「…………分が悪ィなぁ」



 学園側は煌を含めて三十人前後。三十人の中には、力を使い切ってダウンしている天族たちも含まれている。教師の半分とその誓人は、生徒たちの引率と護衛として一緒に行ってしまっており、この場にはいない。それに比べてローズクイーンが率いる“旧王妃派”はその倍以上。こちらが不利なのは、火を見るよりも明らかだ。

 煌はどうするかと考えながら背後に目をやる。思っていた以上に蒼白な顔が目に入った。普段から飄々としている唯人や、何を考えているのかいまいちよくわからないコルテぐらいだ、いつもと変わらぬ様子で立っているのは。



「だめだこりゃ…………………」



 これでも教師か、と思わず天井を仰ぎぼやいた煌に、一人の男性教師が反論した。



「魔族は戦闘に長けた種族だぞ!それが、あんなにっ……………………!」



 普通でいられるお前がおかしい、と叫ぶ彼に、周囲の教師陣もそうだそうだと賛同する。それに煌は目を瞬かせ、ぽりぽりと頬を掻いた。



「いや…………オレの誓人、ルシアだしなァ」



 そこら辺の魔族が束になっているのと対峙するよりも、よほど威圧的で圧倒的だ。

 その言葉にその場にいた者は皆――“旧王妃派”である魔族やローズクイーンすらも含めて――思わず一斉に頷いた。確かに、彼のように存在するだけで周囲に恐怖を撒き散らせる者などそういないだろう。むしろいたら絶望的である。



「まぁそれは置いとくとして……………あれ、アンタらだけで倒せるか?」



 首だけ教師たちだけに向け、親指でじりじりとこちらに近付いてきている魔族達を指して問う。彼らは互いに顔を見合わせると、無言で何度も首を横に振った。想像はしていた答えに、まぁ仕方がないか、と息を吐く。先程の反応を見ていればわかる。そもそも、この国は戦争をしなくなって久しい。魔物の出現すら珍しく、ましてや他人に剣を向ける機会など互いの命の保障がされている大会や試合ぐらいで、言ってしまえばただのお遊びだ。そんな場所で生活している彼らが、つい最近まで戦争をしていて戦闘にも長けた魔族を相手に、まともに戦えるわけがない。

 ん~、と顎に手をやり考え込んだのは一瞬。近くにいた男性教師を指さす。先程煌に対して真っ先に反論した彼だ。



「そこの教師。高等部一年の、周防莉央って奴の誓人、連れて来てくれ。多分一緒にいないから、呼び寄せてもらって連れてこい」



 さっき人波に浚われてたし、あん中に混ざってんだろ、と小さく呟く。

 男性教師は一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、きょとんとした顔をする。言葉をかみ砕き、理解したところで怒りに顔を真っ赤に染める。



「貴様っ、教師に向かってどういう口のきき方を……………………!!」

「今すぐ死にたいならどーぞご自由に」

「煌ちゃん…………彼女の言ったように呼んできてくれないか」



 吐き捨てた煌をとどめ、理事が改めて命令を下す。男性教師は納得しきっていない様子だったが、渋々といった様子で、しかし足早に講堂を後にした。



「それで煌ちゃん、一体どうするつもりだい?」



 扉を無感情に見つめていた煌に、理事が問い掛ける。彼は床に膝をつき、床に横たわらせたユーファに魔力を送っているのか、彼女の額に掌を当てている。

 視線を理事に移した煌は、ん、と心ここにあらずといった様子で相槌を打った。



「流石に心許なさすぎっから、応援呼ぶ。そこらの魔族なんかよりよっぽど強いからな。いくら何でもこの数相手に、集団戦経験者がオレとアイツだけってのは、無理」



 煌も人相手では流石に経験がないが、魔物に対してなら何度かしたことがある。

 ちらりとローズクイーンを見遣り、にやりとあくどい笑みを浮かべる。

 それを見た理事は、頭を抱えたくなった。間違いない。煌はこの状況を、心のどこかで楽しんでいる。遠い目をしかけたところでふと先程の彼女の台詞に引っ掛かりを覚え、次いでサァッと顔色を悪くした。彼女は今、カーク以外の応援を呼ぶといっていなかったか。



「ま、さか煌ちゃ……………!」

「これが最良。心配無用だ、魔力は完全に回復してるしな」



 慌てて止めに入ろうとする理事に軽く笑いかけると、煌はステージ上に顔を戻してローズクイーンを見据える。一歩、また一歩と部屋の中央へと足を進める。

 彼女は今、完全に無防備な状態だ。攻撃を仕掛ければきっと当たる。そう思ってはいても、魔族達は誰一人として彼女に攻撃を仕掛けることが出来ないでいた。

 足を止めた煌は、注目を一身に浴びながら目を瞑る。



「我、汝等と契約を結びし者也」



 ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。右手で刀印を結ぶと、その指先を額に当てて集中する。銀色の光が彼女の体を優しく包み込んだ。



「魔の地に住みし者達よ。五の属を司る者達よ。我、契約において汝等に命ずる」



 皆彼女の姿に目を釘付けにして身動き一つしない。………………いや、出来ないのだ。彼女の体から発せられている魔力の渦に圧倒され、身が竦んでしまっている。

 煌は額に当てていた刀印を頭上に掲げた。彼女の体を包んでいた光は惹きつけられるように掲げられた指の先へと集っていく。

 閉じられていた目が静かに開けられる。身を強張らせて息を飲んでいるローズクイーンを視界に入れ、煌はニィッと口角を上げて笑った。



「我が呼び掛けに応じ現れよ。五将召喚!楯突く奴らを蹴散らせ!!」



 掲げていた手を勢い良く振り下ろす。その瞬間、まばゆい光と共に大量の白い煙が講堂全体に充満した。

 突然の光と煙に、“旧王妃派”も学園側も軽いパニックに陥る。しかしそれなりに早い時間で視界が晴れていっていることに気付き、何とか落ち着きを取り戻す。徐々に開けてきた視界の中、皆は煌の周囲にいくつかの影があることに気が付いた。

 完全に煙が晴れた頃、本人と理事以外の者全員が息を飲む。



『にゃはは☆久しぶりの人間界だぁっ♪』

『うるせぇぞイタチ野郎!黙って口閉じてろってんだ!!』

『まぁいいじゃないの。本当に久しぶりなんだから』

『お主ら、少しは静かに出来んのか?』

『あふ…………』



 煌の周りを五種類の生き物が取り囲んでいる。風を纏い宙に浮いている(いたち)。額の角に雷を帯びている馬のような一角獣。煌を二人は丸呑みに出来そうな大蛇。炎を身に纏っている鷲。そして最後に、煌と他四匹をその長い体で覆い囲っている淡い水色の鱗の龍。

 彼らは煌を中央に置き、何やら言い争っていた。



「……………とりあえずお前ら、今すぐ黙って人型になれ」



 デカくて邪魔だ。煌は額を押さえ、吐きたいため息をぐっと堪えて告げた。

 途端ぴたりと争いをやめる人外達。そしてそれぞれ無言で姿を変えていった。



 宙に浮く鼬はショートカットの可愛らしい少女に。

 一角獣は体格のいい金髪の青年に。

 大蛇は長い黒髪の豊満な体つきの女に。

 炎を纏った鷲は小柄な老人に。

 龍は眠そうな目をした水色の髪の男性に。



 皆容姿はまちまちだが、瞳の色は同じ金色。

 変化を終えた彼らは、確認するように互いを見た。問題ないと判断したのか、次の瞬間、中でも中心になって口論していた三人(三匹?)が、煌に向かって突進した。

 ひく、と顔を引き攣らせた煌に、教師陣は失敗したのかと肝を冷やした。

 三人は止まることなく進み、そして、



「「「久しぶり(だにょ・ねぇ・だなぁ)!(ちゃん)!!」」」

「ぅわぁああ!?」



 飛びかかられ押し潰された煌はバランスを崩し、悲鳴を上げてその場に尻もちをついた。そんな状態を気にすることなく、三人はべたべたと思う存分彼女に触ってくる。



「お前またデカくなったんじゃねーか?」

「頭掴んで揺らすな雷角(らいかく)

「会いたかったにょ~、煌ちゃん♪」

「うん、わかったから服の中に入ろうとすんな。風鼬(ふうゆう)、もといフウ。お前今人型だ」

「まぁた可愛くなっちゃってぇ~。お姉さん嬉しいわぁ~」

「その長い舌で顔舐めようとすんじゃねぇ水蛇(すいだ)!味見すんな!!」



 それぞれ好き勝手くっついてくる三人に、我慢の限界だと叫んだ煌はベリッと引き剥がした。五人の中で最も頑丈な雷角には、容赦なく顔面に肘を打ち込む。

 流石に痛かったのか、声なく呻きながら鼻を押さえ蹲った雷角を、風鼬がつんつんとつつく。しかし水蛇だけはしつこくにじり寄っていく。



「別にいいじゃないの。減る物じゃないんだから。ほんのちょっと舐めるだけよ?」

「よくねぇ、気色悪いんだよ感触が!」

「女相手に気色悪いとかひっどぉ~い」

氷龍(ひょうりゅう)炎鷲(えんじゅ)!見てねぇでなんとかしろ!!」



 近付いてくる水蛇の顔を渾身の力で押し返しながら、水色の髪をした男と小柄な老人に対して怒鳴る煌。二人は一回顔を見合すと、男が煌の背後に、老人が水蛇の背後に回って二人を引き離した。

 あぁんっ、しつこいと嫌われるぞ、それは困るわぁ~、という言葉を交わしている二人に安堵の息を吐き、煌は背後の男を睨みつける。



「何傍観してんだよ、てめぇ」

「……面倒臭い……………」

「面倒臭がるなぁ!」



 返ってきた答えに反射で怒鳴り返し、思わず頭を抱えた。

 こうなることがわかっていたから、普段はまとめて召喚()ばないのだ。少なくとも、雷角・風鼬・水蛇の三人を揃っては。魔力のほとんどを一気に持っていかれるうえ、この個性豊かな性格をしている彼らのおかげで精神披露も多大にかかる。そのせいで彼らを帰した後は、さして動いていなかったとしてもただただ疲労感のみが残る。

 一方、このあまりに砕けた空気の六人に人間は言葉を失い、魔族天族たちは顔を強張らせた。

 煌がこの場に召喚したのは、魔界で五将と呼ばれる魔獣たち。彼らを他界に召喚出来るほどの、ましてや一度で全員を召喚べるほどの魔力量である人間など存在しない………筈だった。ならば目の前に広がる光景は何なのだ。目にするだけで体が委縮してしまう存在達の中で顔色一つ変えず、ましてや怒鳴りつけるなどしているアレは。

 理事はひっそりとため息を吐いた。確かに………確かに、彼らは並大抵の魔族などより断然強いだろう。しかし、しかしだ。何も校内、しかも屋内で召喚ばなくともいいではないか。

 修理費いくらかな……………と内心涙を流しながら頭の中で算盤を弾いていた理事がいたとかいなかったとか。



「とりあえずオレがお前たちに頼みたいことはただ一つ。オレらを囲んでくれている奴らの一掃だ」



 ようやっと大人しくなった五将たち――雷角は復活したと同時性懲りもなく彼女の逆鱗に触れたため頭に大きなたんこぶを作っているが――を一列に並ばせた煌は、ここでようやく本題に入った。



「あら、何だか楽しそうねぇ。久しぶりに血が疼いちゃうわぁ」



 水蛇が嗜虐的な笑みを浮かべながら長い舌を出し、ステージ側に立つ魔族たちを一瞥する。彼女と目があった者は顔色を悪くし、一歩後ずさった。



「煌ちゃん煌ちゃん。竜巻出しちゃえばイチコロだにょんっ♪」

「いやいや、派手でドデカい稲妻を一発お見舞いしてやろーぜ」

「…………吹雪かせるか?」



 風鼬が笑顔で自身の周囲に風を集め、雷角があくどい笑みを浮かべて腕に雷を纏わせ、氷龍の足元が音をたてて凍っていく。

 三人とも言葉は違うが言いたいことは同じ。

 つまり、一発大技かまそうぜ!ということだ。

 そんな三人の主張を黙って聞いていた炎鷲が眉間を揉む。



「お主ら、よもや此処が屋内であるということを忘れたわけではあるまいな?」

「「「あ………」」」



 声を揃え、むしろ今気付いたと言わんばかりの彼らの表情に、今度こそ炎鷲はため息を吐いた。長年の関係だがとても頭が痛い。



「大技は禁止。攻撃範囲が広いのも破壊力がデカいのも使うのは許さない。出来るだけ建物を壊さないようにしてくれ」



 この言葉に、えぇ~!という抗議の声が二つ上がった。言わずもがな、風鼬と雷角である。ぎろりと煌が睨めば勢い良く口を閉じたが、納得しきれていないのは顔を見れば一目瞭然だ。

 ふぅ、と息を吐いた煌は、ただし、と言葉を続けた。



「まぁその代わりと言っちゃあ何だが。今回は、それ以外は好きにやっていい。対象を生かすも殺すも、お前らの自由だ」



 存分に暴れろ、と清々しい笑みを浮かべて言い切った煌。それに元来好戦的な二人は顔を輝かせる。人を殺すな、と言われたことは何度かあるが、生かすも殺すも好きにしていい、と言われたのは初めてだ。

 この場にそぐわぬ笑みを浮かべた煌に、“旧王妃派”の魔族たちの顔から血の気が失われる。笑顔と内容のギャップが、物凄く恐ろしい。



「あ~………さすがのあいつも“殺し”を否定しねぇんだな」

「一種の戦争ですからね、これは。躊躇したらこちらがやられます」



 煙草を咥え、ぼりぼりと頭を掻きながら呟いた唯人に、校医としては殺しを容認してはいけないのですが、と傍らに立つコルテが苦笑を返す。

 そう、戦争なのだ。互いの命を奪い合う。

 と、その時。教師たちの背後にあった扉が勢い良く開け放たれる。敵味方関係なく視線が一斉にそちらに向いた。



「おぉっ、間に合うたみたいやなぁ」

「本当。それにしても凄い数ね」



 そんな暢気な言葉を交わしながら姿を現したのは、カークとアリア。その後ろから、おずおずといった様子で莉央と隼もやってきた。

 煌は再び頭を抱えた。呼んだのはカークのみ。しかし莉央は彼の守人なので、心配になってついてきてしまった、ということは予想の範囲内。危ないので出来れば他の生徒たちと共に避難していてほしいが。

 しかしである。



「なんっでアリアと隼がいんだよ………………」



 新たな問題の種がやってきた、と煌は頭痛がするかのように顔を顰めた。申し訳なさそうに隼が項垂れているのを見て、更に頭が痛い。自分の誓人の制御ぐらいやってくれ。



「悪い。止めたんだが、どうしても俺の敵討ちをすると聞かなくて………………」

「当ったり前よ!隼をあんなにした奴を、あたしが許すはずがないでしょ!?」



 フンッと鼻息荒く無い胸を反らすアリアに、隼はもう一度すまないと謝り、情けなく頭と肩を落とした。それでも本人は、何故自身の守人がそうなっているのかわからないらしく、隣で意気消沈している彼を不思議そうに見ている。

 煌はわざとらしくもう一度ため息を吐き、ヒラヒラと手を振った。



「あぁ、もういい。危ねぇから、さっさと元いたトコに戻れ」



 その何処となく馬鹿にしているような態度に、アリアは眦を吊り上げ、油を注いだ炎の如く激昂した。



「馬鹿にしないで!あたしは………………!」

「死にたくねェ奴ァ外に出ろ。巻き込まれて死んでも、文句言えねェぞ」



 言い募るアリアの言葉をばっさり遮り、煌は扉付近で固まっている教師陣に目をやる。その瞳はいつになく冷たく、そして感情が見えなかった。視線に射抜かれた者は、ゾクリとその身を震わせた。体の奥底から湧き上がるのは、純粋な恐怖のみ。我に返った者から転がるようにして講堂から逃げ出す。

 一方、同じく射抜かれたアリアは身動き一つ出来ずにいた。足が床に根を生やしてしまったかのように動かない。

 …………何だ、アレは。五将を召喚しても尚、たった一睨みで、天族をも萎縮させてしまうほどの魔力を持つ彼女は、本当に人間か…………………?

 肘を掴まれ、彼女はようやく我に返った。ハッとして彼の顔を見上げると、少々顔色が悪いながらも強い目の隼が、出るぞ、と一言告げる。いたところで何も出来ない、という言葉に大人しくアリアは歩き出した彼に続く。扉が閉じる直前、煌を睨んだのは彼女らしいというべきか。



「煌く…………」



 今にも泣きそうな声で名を呼ばれ、煌は首を回した。目にうっすらと涙を滲ませ微かに震えている莉央が目に入った。巻き込んでしまったなぁ、という後悔と、怖いのに逃げないのか、という驚きに、口元がわずかに苦笑を形どる。しかしすぐに視線を外し、ステージ上のローズクイーンへと意識を戻した。



「待たせて悪いな」

「なに、今生の別れぐらいはさせてやろうと思っての」



 互いに目を合わせ、にやりと口角を上げて笑う。

 これが、合図となった。





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