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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
22/33

8-2


 煌は中庭にいた。一番陽の当たるベンチを陣取り、左右に高く積み上げられた本に挟まれ、珍しく読書に耽っている。二週間はベッドの中ということだったが、相変わらずの驚異的な回復力を見せ、無事退院となったのだ。それでも、運動だけはまだ駄目だと言われているのだが。

 ちら、と視線を投げてくる者は何人かいるものの、誰一人近づいてくる者はおらず、貸切状態となった中庭で煌は一つ欠伸する。ぺらり、と組んだ足の上に置かれた本のページを捲ったその時。



「………ん?」



 何かが猛スピードで近付いてきている気配を感じ、顔を上げた。目に入ったのは白い光。

 煌は顔面に激突しかけたそれを、首を傾げて回避する。べしんっ、といい音を立てて背後の壁にぶつかった。拾い上げたそれを膝の上の本に乗せてみて、再び首を傾げる。



「何だ、これ?」



 粘土細工にしては軽量で、紙にしては丈夫な淡い光に包まれたそれは、小鳥の形をしていた。

 何処から飛んできたのだろうと周囲を見回していると、それが小刻みに震え出す。



『柊煌!聞こえてる!?』

「………アリアか?」



 小鳥から聞き覚えのある声が聞こえ、指で摘まんで掌に乗せた。

 退院することは出来たもののいまだに通院が必要な煌と、同じような状態である隼は何かと医療棟で顔を合わせることが増えた。互いに鍛錬馬鹿とも言えるような共通項から自然と言葉を交わすようになり、今では彼の誓人であるアリアも警戒心を取っ払って憎まれ口を叩いてくる程度には関係は良好だった。



「お前、一体何処から………………」

『聞こえてるかどうかは、もうこの際どうでもいいわ!黙ってあたしの言う事を聞きなさい!』



 ………………いや、聞こえてないと意味ないだろう。

 遮るようにして叫ばれた内容に、思わず呆れた顔を浮かべる煌。ツッコミを入れたくなったが、この様子からして向こうから一方通行なのだろう。とりあえず言われた通りに黙り込んで続きを待つ。



『周防莉央が趣味の悪い真っ赤なドレス着た魔族のおばさんに捕まったわ!術に嵌まったのかこっちの言葉に反応しない状態よ!今すぐ此処まで来なさい!!』



 全てを言い終わる前に小鳥を投げ捨てた煌は、膝から派手な音を立てて落ちる本に構わず走り出した。こんな時に限って人で溢れている廊下に舌を打ち、すり抜け時に押し退け駆け抜ける。

 アルスは言っていたではないか。煌を直接どうこうするつもりはないようだと。ということはつまり、彼女以外(・・・・)なら狙われる可能性は十分にあったということだ。



「ち、くしょ…………!」



 何故だ。何故莉央ばかりが狙われる。前回の時も、別に莉央じゃなくても良かった筈だ。いや理由はわかっている。ローズクイーンの自分に対する嫌がらせだ。

 自分がもう少し頭を使っていれば防げたであろう事態に自己嫌悪する。巻き込みたくないと言いながら、なんて失態だ。しかし今は後悔して立ち止っている場合ではない。とにかく早く、莉央の元に行かなければ。後悔する暇があるなら、足を動かせ。

 煌は廊下も階段もスピードを変えることなく全力疾走し、通常の半分ほどの時間で寮に辿り着く。唯人にバレれば説教どころじゃないだろうが、そんなことを気にかけている余裕はない。息をつく間もなく階段を上りきり、ようやく莉央の部屋の前に辿り着いた。



「……っ、はっ……はぁっ………莉央、はっ…………は、どうした!?」



 壁に手をつき、肩で大きく息をしながら息をしながらカーク達に歩み寄る。

 ぜぇぜぇと荒い息をしている煌に、ぎょっと隼が目を見開く。



「お前、まだ万全な体調じゃないのに何やってるんだ」

「ぅ、るせっ……………莉央のが、大事だろーが」



 けほっと一つ咳込み、数回深呼吸して駆け足する心臓を宥めた。胸に手を当て、舌打ちを一つ。たったこれだけの運動でここまで体力を消耗するなんて。体が鈍っている。

 まずは体力作りからだな、と脳内で回復後の修行プログラムを組み立てた煌は、扉の前を陣取って殺気を隠さず仁王立ちしているカークの脇からひょいと中に顔を覗かせた。大量の茨が視界を邪魔していてよく見えないが、中央の辺りに二つの人影が確認出来る。一つは勿論莉央で間違いないだろう。そしておそらくもう一つは………………



「やっぱり、お前か…………!」



“ほぅ、思っていたより元気そうじゃのぅ、娘”



 歯軋りしながら呟いた煌に、彼女の存在に気付いたローズクイーンがにやりと笑う。



“この娘は我が手中に堕ちたぞ。そなたのせいでな”



 悔しかろう?と莉央の方に手を添える。



「っの…………!」

「やめろカーク」



 無駄だとわかっていても腹の底で煮え滾る怒りで、部屋の中に単身そのまま突っ込もうといきり立ったカークを、冷静さを取り戻した煌が止める。邪魔をするなと言わんばかりの鋭い目で睨み下ろされるが、怖気づくことなく、待て、と再度告げる。



「どうせこの茨、切れないんだろ?もしくは切れても再生するか。どうにかなるならお前はとっくに特攻してる。無駄に怪我増やすだけだぞ。それにもし中に入れて辿り着けたとしても、やっぱ無駄だ。あれはアイツが魔力送り込んで見せてる幻影に過ぎない」



 落ち着いて見てみろよ、と告げる煌に、隼とカークは驚きに目を瞠った。カークは慌ててローズクイーンに意識を向け、じっと見つめる。しばらくして、ほんまや、と小さく零した。



“…………何故わかった”



「だってお前、莉央に触ってるように見えて実は触ってねぇじゃん。手、透けてんぞ。わざとこっちを煽るようなこと言ってたのは、それバレないようにするためか?」



 苦々しげに顔を歪めるローズクイーンに、いつもの不敵な笑みを浮かべる。冷静になって見てみれば、案外簡単に見破ることが出来たトリックだ。

 思っていた以上に早く見破られてしまったローズクイーンは忌々しそうに煌を睨んでいたが、ふ、と気を取り直したように再び笑みを浮かべた。



“じゃが、それがどうした?それがわかったところで、茨は消えぬし娘が戻るわけでもあるまい?”



「…………ま、確かに茨は邪魔だよなぁ」



 あくどい笑みを返した煌は、すっ……と右手を挙げた。掌を目の前を横切る茨に向け、一言呟く。



「“消えろ”」



 瞬間、部屋を覆うほどだった茨は、見る見るうちに枯れていき、やがて消えた。

 手を出しあぐねていた物の呆気ない末路に、カーク達は唖然と言葉を失くす。ローズクイーンも同じようで、信じられないものを見るように煌を見つめた。



「此処にいないお前がやれることとしたら、魔力を送り込むこと。お前の魔力を取り込んで無限に再生してるんだとしたら、話は早い。使われてるモンの上から更にそれを越す量の魔力を注いでやれば、容量オーバーでパンクして消える」



 単純な力技だけど何とかなるモンだな、といっそ朗らかに告げながら手を下ろす煌に、ローズクイーンの背を薄ら寒いものが襲う。



「つーか、ンなこたぁどーでもいいんだよ。諦めてさっさと莉央返しやがれ」

 部屋の中に足を踏み入れ、一歩一歩と莉央とローズクイーンの幻影に近付いていく煌。



“よ、寄るでない!!”



 顔に少しの恐怖を滲ませたローズクイーンは新たな茨を出現させ、煌に向かって放つ。床から新しく生えた数本の太い茨が煌に襲い掛かる。



 バチッ………バチヂッ………………!!



 煌を貫き裂かんとした茨は、いつの日か魔族の手を弾いた時のように彼女に触れることなく不可視の何かによって弾かれ、粒子となって空気中に溶けていく。それでも諦めず茨が次から次へと襲い掛かる中、煌は止まることなく歩き続け、莉央の前で足を止めた。手を伸ばしてそっと頬を両手で包み込み、軽く腰を屈めて額を重ねる。



「莉央?」



 オレの声、聞こえてるか?

 名前を呼ぶと、細い肩がぴくりと小さく震える。手応えありだ。



「いいか?ゆっくり、深呼吸しろ………そう、それでいい。なぁ、莉央。お前はあんな奴に乗っ取られるほど、心が弱かったのか?」

「ぅ、あ……………」



 煌が言葉を紡ぐほどに、莉央の瞳から涙があふれ、口からは苦しげな声が漏れる。



「わたし、は…………」

「うん?」

 小さな声で吐き出す莉央に、煌は急かすことなく先を促す。

「私、は………よわい、から…………誰も、助けられ…ない…………………」



 ――――皆の力になりたいのに、足手纏いになるだけで何も出来ない……………………



 絞り出すような言葉に、カークがハッとした様子で息を飲んだ。数秒間硬直していたかと思うと、悔しげに顔を歪める。何故、気付いてやれなかったのだろう。あんなに近くで見守っていたのに。彼女はあんなに小さな体で、こんなにも苦しんでいたというのに。

 包帯の上から拳を握りしめるカークに、隼が気遣わしげな視線を送る。

 静かに莉央の独白に耳を傾けていた煌は、そっと目を閉じる。



「確かに、莉央は弱いな。筆記と聖魔術は得意だけど、攻撃魔術はからっきしだし。あいつの得意技とはいえ、こんな術に簡単に引っかかるし」

「………っ、柊!」

「隼、ちょっと黙ってなさい」

「でも、さ」



 あんまりと言えばあんまりな煌の発言に、思わず隼が声を荒げる。それを傍らのアリアが袖を引いて止め、煌は気にすることなく先を続けた。重ねていた額を離し、口元を緩める。



「莉央はそのままでいいんだ。力が弱くたって、莉央はいつもオレ達を守ってる。お前がいつも笑ってくれてるから、オレは今怒りに我を失うことなく過ごせてる。じゃなきゃ例え幻影でも、親の仇目の前にしてこうして冷静でいられるわけねぇだろ」



 だから…………



「戻ってこい」



 煌は掌を莉央の額に押し付け、力を込める。ポゥ……と白銀の光が手を包み、莉央の額に吸い込まれていった。彼女の体内に入り込んだローズクイーンの魔力を自身の魔力で押し流し包み込み、跡形もなく消し去る。

 びくん、と小さく跳ねる体。莉央の焦点の合っていなかった目が光を取り戻す。ぱちぱちと瞬いて、目と鼻の先にある煌の顔を呆然と見つめた。



「煌、君…………?あれ、私…………………?」

「おぉ。おかえり、莉央」

「えぇと、ただいま?」



 何が何だかわかっていない様子の莉央に苦笑を返し、すっと体を離す。一歩横にずれると、隣を何かが勢い良く通り過ぎた。きゃ、と小さく悲鳴を上げた莉央を、駆け寄ってきたカークが抱きすくめている。



「堪忍、莉央。気付いたらんで、堪忍な……………………」

「カーク?」



 首筋に顔を埋めて謝罪を繰り返すカークを、莉央は困惑の表情を浮かべながらも彼の背中をポンポンと叩いてあやす。どうやら術中の記憶はないようだ。この様子と隼の時のことからして、後遺症は心配ないだろう。そこの部分だけは、さすがは魔族、といったところだろうか。

 だからといって許しはしないし感謝もしないが。



 “馬鹿な!人間の小娘如きに、妾の術が破れる筈がない!!”



「残念でした」



 錯乱しているらしいローズクイーンに向き直った煌は不敵に笑う。にやりと口角を上げて、



「オレ、ただの人間じゃないもんね」



“なん……………っ!?”



「んじゃ、ばいばぁ~い」



 爆弾発言に素っ頓狂な声を上げたローズクイーンにべぇと舌を出し、無造作に床に転がっている一輪の薔薇に向かって小さな炎の塊を放った。直撃を食らった薔薇は一瞬で灰に変わり、同時にローズクイーンの姿も掻き消える。どうやらその薔薇を媒体としてこの場所に自身の姿を映し出していたようだ。

 弱っている心につけこみ、言葉で魔力で不安を煽って術中に嵌める。今までの彼女の行動パターンから予想した手管だが、単純だからこそ効果は抜群なのかもしれない。

 ふぅ、と深い息を吐くと同時、煌はその場に座り込む。慌てた様子で駆け寄ってきた莉央や、思わず名を叫んだ隼に、ぎこちない笑みを浮かべた。校舎から高等部の寮まで全力疾走して、休む間もなくローズクイーンと相対して。肉体的にも、精神的にも、



「さすがに、つっかれた~…………」




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