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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
21/33

8-1


 煌が意識を取り戻してから一週間。莉央はあの日から、彼女とまともに顔を合わせられずにいた。今までベッドの住人だった煌は、日常生活を送ることが出来る程度まで回復したと判断され、本日付けで自室に戻ることになるようだ。これは時折医療棟を訪れ怪我の経過を確認するカークからの伝え聞きで、彼女自身は、次の日に一度見舞いと称して顔を覗かせただけで、それ以来医療棟にすら近付いていない。

 煌のことが嫌いなわけでも、怖いわけでもない。それはもちろん、大勢の魔族に囲まれて襲われた時は心の底から恐怖を感じたけれど、だからといって彼女のことまで嫌にはならない。



 ……………だって、カーク以外で初めて自分を助けてくれた存在なのだ。強くて、かっこよくて、優しい女の子。



 莉央の実家は、この国では数少ない上級貴族だ。母親は小さい頃に病気で亡くなり、気難しい父親は仕事が忙しくあまり家にはいないので、ほぼ乳母に育てられたようなもの。母親とは乳兄弟であったという彼女は使用人の域は出ずとも、娘も同然のように莉央を愛し育ててくれた。母がどのような人であったかを話し、ものを慈しむことを教え、貴族としての意識と物事の公平さを説いた。結果、がちがちの貴族脳で根っからの天族贔屓であった父親とは似ても似つかぬ価値観を構築した莉央は、乳母いわく母親を活発にした性格だという。魔族は下劣な生き物、身分に相応しい者とのみ親交を持つべき、と考える父親と、人も魔族も天族も等しく、親しくするのに身分なんて関係ない、と考える莉央。案の定、彼女は父親とまったく反りが合わず、無理やり入れられた天族贔屓な前の学校では、父親と似たり寄ったりな考えを持つ者ばかりで友人は一人も出来なかった。特に、魔族であるカークと誓約を交わしてからの関係は悪化の一途を辿った。学校からも、異端者は放り出せとばかりに交換生制度のメンバーに組み込まれたが、これに関してはむしろ感謝したほどだ。この学園では、魔族だ天族だといった隔たりがない。



 何よりも、カークに次ぐヒーローに出会えた。



 言い寄られて迷惑しているのがわかっていながらも上級生相手だからと手を出せないでいた同級生たちと違い、何の気負いもなく助けてくれた女の子。初めは男の子だと思っていたけれど、親しくなりたくて見かけるたびに突進していっていたら、次第に見えてきた女の子らしい部分。傷が出来ることはまったく気にした様子はないが、料理だけでなくお菓子も作れる。ちょっとした髪型の違いに気づいてくれるのも嬉しいし、デザインは男物であるもののバングルやネックレスを集めるのが趣味だったりする。突進して抱きつくと、ちょっと困ったようにしながらも抱き留めてくれて、嫌な顔一つせず構ってくれる。



 甘えて、いたのだろう。彼女が拒絶しないのなら、もっともっと親しくなりたいと思って。養父である理事長から彼女の話を聞いてから、その思いはますます加速して。



 突撃するのはいつも自分で、彼女の方から声をかけてきたことがないのは気づかないふりをしていた。ふりをしていただけで、本当は気づいていたのだけど。

 自室の椅子に座り、莉央はぼんやりと窓の外を見つめる。彼女は浄化や結界、治癒などの聖属性の魔術に関しての成績が優秀で、煌と同じく一人部屋を与えられていた。傍にカークの姿は見当たらない。彼は今、定期的に包帯を変えねばならず、それで医療棟に行っているのだ。

 頭に何度も繰り返し浮かぶのは、ルシアとの記憶を思い返した時に見せた煌の穏やかな笑顔。



 ………………自分では引き出すことが出来なかった、彼女の心。



 煌は言っていた。命を懸けて友達を助けるのは当たり前だと。なら、自分はどうなのだろうか。友達だと、思ってくれているのだろうか。以前思ったように、友達だと思っているのは…………なりたいと思っているのは、自分だけ?彼女にとって自分は、ただ周りにいる人間と同じなのではないか?



「煌君にとって私は、いてもいなくても一緒なのかな………………」



 ルシアがいなくなった時のように、自分がいなくなってもあのように心を乱して心配してくれるのだろうか。そもそも、いないことに気付いてもらえるのだろうか。

 少しだけでもいい。煌の役に立ちたい。助けになりたい。だって自分は助けられた。彼女にとってはよくあることかもしれないけれど、それでもあのことがきっかけで彼女と親しくなりたいと思った。だからこそ、彼女が困っている時は助けたいし、苦しんでいる時は寄り添いたい。今だって本当は彼女の元に走って行って、怪我が治ったことを喜んで、良かったといって抱きつきたい。でも、それでもし、彼女が目覚めた日のように傍にいることを拒絶されてしまったら?そう考えると、彼女に会うのが、こわい。

 自分は弱い。いつも誰かに助けられてばかりだ。きっと出来ることの方が少ない。

 だがそれでも…………



「私は、煌君の力になりたいよ………………」



 膝の上に置いた拳を握りしめ、小さな声で呟いた莉央は、微かに鼻先を掠めた薔薇のような香りにぎくりと体を揺らした。薔薇と言えば、つい最近出会った魔族が頭に浮かぶ。

 勢い良く顔を上げる。部屋には自分以外誰もいない。ただ、床の上に一輪の薔薇が落ちていた。真っ赤な、血を思わせるように紅い薔薇の花だ。

 薔薇なんてこの部屋にあっただろうか、と首を傾げながら椅子から立ち上がり、歩み寄って腰を屈め、棘で指を刺さないように注意して拾い上げた。花びらも葉も瑞々しく、花の知識がない莉央にも立派なものだということがわかった。くるり、と手の中で回した次の瞬間。雷に打たれたかのような衝撃が彼女を襲う。反射的に再び床に投げ捨てた。不安に駆られ、一歩二歩と床に転がった薔薇から距離を取る。が、特に変わった様子は見られない。

 気のせいだったのか、と肩の力を抜いた、その時。



“悲しいのぅ…………そなたはあの娘に捨てられたのか?”



 弾かれるように振り返る。先程まで誰もいなかったそこには、一人の女性が佇んでいた。見覚えのある、真紅の薔薇のように真っ赤なドレス。変わった口調…………ローズクイーンだ。



「せ、聖なる光よ闇を打ち払え!」



 両手を前に突き出し、ローズクイーンに向かって魔術を放つ。が、それは彼女をすり抜け後ろの壁にぶつかった。魔術に対する結界が施されている壁は、莉央が放った光の球を音もなく吸収する。



“ほっほっほ。残念ながら妾にはそのような攻撃は効かぬ”



 愕然とする莉央に、ローズクイーンは扇子で口元を隠し愉快そうに笑った。ぎゅ、と胸の前で手を握り締める。



「な、何しに来たの!?煌君に何かしたら、許さないんだから!!」



 震える足を叱咤して、鋭くローズクイーンを睨み付ける莉央。それにローズクイーンはうっすらと笑みを浮かべる。



“ほぅ……あの娘か。何故そなたがあの者を庇う必要がある?”



「何でって…………そんなの、友達だからに決まって………………………」



“あの者はそうと思ってはおらぬぞ”



 びくり、と莉央の肩が跳ねた。それは先ほどまで彼女が考えていたことだ。

 ゆる、と小さく頭を横に振る。



「そ、そんなことないもん」



“本当にそうか?そなたがそう思いたいだけじゃろう?”



「違うっ!!」



 それ以上聞きたくなくて、再び魔術を放つ。当然の如く、光は壁に吸い込まれて消えた。不安に思っていたことを他人の口から聞き、頭の中がぐちゃぐちゃになる。



“悲しいのぅ………………妾にはわかるぞ。苦しいのじゃろう?”



 彼女の言葉に釣られるように、ぽろ、と莉央の目から涙が溢れ出した。

 苦しい?………そうだ、とても苦しい。煌にどうでもいい存在だと思われているのではないかと考えることが、自分が役立たずだという現実を突きつけられることが。



“かわいそうに…………もう何も考えるな。妾が楽にしてやろうぞ”



 ローズクイーンは左右に両手を広げ、一歩一歩と莉央へと歩み寄る。莉央は身動ぎ一つしない。涙に濡れた頬を両手で包み込み、視線を合わせた。



“さぁ、妾の目を見るのじゃ………………莉央”



 莉央の目から光が消えた。それにうっそりと笑みを浮かべたローズクイーンの足元から無数の茨が発生し、室内全体へと広がっていく。



「煌…君……………」



 小さな声で囁き、ゆっくり一回瞬いた、その時。前触れもなく扉が開いた。



「たっだいまぁ莉央。いやぁ、あの天族ほんま鬼畜で………………っ!?」



 頭を掻きながら顔を覗かせたカークは、目に入った光景に思わず言葉を止めた。動きを止め、愕然とする。

 部屋を覆い隠すように広がっている茨。そして部屋の中央には………………………



「莉央………!と、自分、ローズクイーンか!?」



“ほぅ、その顔、【赤い狂犬】か?人間の娘に懐いたと聞いてはおったが、この娘だったか。と言うことは、先日ボロ布のように打ち捨てられておったのもそなたかえ?それはそれは…………随分と弱くなったものじゃのぅ”



 言葉を失うカークに、楽しくて堪らないといった様子で笑みを浮かべるローズクイーン。莉央の背後に移動し、彼女の頬に手を這わせた。



“こやつの心は衰弱しておる。かわいそうにのぅ………………”



「何わけわからんことほざいとんねん!さっさと莉央から離れんかい!!」



 背中の大剣を抜き放ち、カークは目の前の茨に叩きつけた。

 しかし、



「なっ………………!?」



 呆気ないほどに容易く切断された茨は、目を見開くカークの目の前で断面から新たな茨を生やし元通りの光景へと戻ってしまった。



“ふふ、無駄じゃよ。その茨はこの娘の心。斬っても斬っても、いくらでも再生する”



 扇子で口元を隠し笑うローズクイーンに、カークは悔しそうに歯軋りした。部屋中を覆い隠す茨のせいで、莉央の元まで辿り着けない。その茨は、斬っても斬っても際限なく再生してしまう。燃やすという手もあるが、それだと莉央も怪我を負ってしまうだろう。

 どうすればいい、と唇を噛み切ったカークの耳に、聞き覚えのある声が届いた。



「お前、確か周防………の使い魔?」



 バッ、と勢い良く首を回すと、中央の階段ホールの辺りから隼とアリアがこちらを見ていた。医療棟への定期検診から戻ってきて、男子寮の自室にでも向かっていたのだろうか。

 隼は振り向いたカークの鬼のような形相にぎょっとした顔をした。が、彼の様子がおかしいことに気付き、引き留めるアリアを宥めて近づいていく。



「一体何があっ………………!?」



 カークの横に立ち、中の様子を覗いた隼は思わず言葉に詰まった。彼の背に隠れるようにして付いて来たアリアも息を飲む。茨に全体を覆われた部屋というのは、なかなか異様な光景だ。



「何よこれ!?と言うか誰よ、あの悪趣味なおばさんは………………!」



 部屋の中央に莉央がいることに気付き、更にその傍にいるローズクイーンに意識を向けたアリアは思わず叫んだ。ひくり、とローズクイーンのこめかみが引き攣る。

 それに少し溜飲を下げたカークは、それでも怒りを押し殺した声で唸る。



「…………煌ちゃんを狙うとる、今までの事件の親玉や」



 隼とアリアの表情が固まった。ごくり、と口の中に溜まった唾を飲み込む。



「だ、だったら早く、周防をこっちに連れて来た方がいいんじゃ」

「それが出来たら苦労せぇへんわ。茨が斬った端から再生するせいで、近付けへんのや」



 おろおろと言う隼に苛立たしげに返すと、カークはローズクイーンを睨み付けたまま黙り込む。気持ちばかりが焦って、良案が何も浮かばない。



「…………とにかく、応援を呼んだ方が良さそうね」



 隼の背に隠れたアリアがぼそりと呟き、二人は彼女に目を向けた。彼女が胸の前で掌を向かい合わせると、間の空間に白い光が集まっていく。ぱん、と光を押し潰すように手を打った。そして、手の中の物を押し出すようにして勢い良く腕を前に突き出す。光は弾けるように彼女の手から飛び出し、何かに向かって一直線に飛んでいった。




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