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魔王の守人  作者: 木賊苅
1部
20/33


 ――――外傷はなく、魔力の方もほぼ回復しているようです。目を覚まさないのはおそらく、精神的な部分が多いかと。残念ながら、いつ目を覚ますのかわからない状態です。

 ――――そう、ですか…………



 戻りかけたぼんやりとした意識の中、そんな会話を聞いた気がした。

 何やら額にひんやりとした物を感じ、煌はゆるゆると目を開けた。目に入るのは薄暗い天井。何かの果物だか花だかの甘い匂いが部屋に充満している。



「煌君っ!?」



 声がして、焦点の合わぬ目を動かす。額に乗っていたらしいタオルか何かがずり落ちた。

 今にも泣き出しそうに目を潤ませている莉央が目に入る。よく意識を巡らしてみれば、彼女の他にも数人この部屋にいる。そのうちの一人、白衣を羽織った男に視線を移動させる。無言で状況説明を求めた。

 視線に気付いた男が口を開く。



「お前は丸々二週間気ィ失ったままだったんだ。魔力の枯渇と、精神的疲労でな」



 一体何しでかしやがった、と男は煌の額にタオルを置き直すついでにべちんと叩く。

 煌は小さな痛みに思わず顔を顰めた。ぼんやりとしていた意識が、痛みをきっかけに段々はっきりとしてくる。



「ひと月もしねぇ間に二度も入院たァどういう事だこの問題児。おイタもいい加減にしろ、此処はお前の部屋じゃねェんだぜ?」



 オラ、脈計っから手出せ、と言われ渋々布団の中から腕を突き出した煌は、莉央と交代して椅子に腰を下ろした男の端整な顔を睨みつけた。



「…………病室にしょっちゅう色んな女連れ込んでる女誑しで最低野郎の校医総務長にだけは言われたくねぇ」



 ぼそり、と周囲に聞こえないような声で呟かれた言葉に、男はびくぅっと肩を揺らした。煌は鼻を鳴らして顔を背ける。莉央が不思議そうな顔をしているのが目に入ったが、気付かないふりをした。

 校医総務長というのは、簡単に言えば此処、桐ケ谷魔道学園にいる医療棟に属する全ての職員の総取り締まりである。薬師、治癒師としての知識と技能が両方なければ就くことは出来ない。

 室内に一つの笑い声が響いた。



「………笑うな、コルテ」



 男はこの部屋でもう一人白衣を着ている男、コルテを恨めし気に睨む。



「ふふっ……いえすみません。図星のことなのでつい」



 笑ったせいで位置のずれた眼鏡を直しながら謝罪するコルテ。しかし彼の口元は未だ笑いでひくひくと引き攣っている。柔和そうな顔つきをしていながら、結構な毒吐きなのだ、彼は。



「チッ………こいつと誓約した俺が馬鹿だった」

「おや、僕としていなければきっと貴方は今でも寂しく独り身ですよ、唯人(ゆいと)



 前髪を掻き上げながらぼやいた男、唯人に、コルテは天族特有の緑色の目を細めにっこりと笑いながら、青やら紫やらに色を変える液体の入った椀を煌に差し出した。

 煌はそこから発せられる鼻をつくような強烈な異臭に、盛大に顔を顰める。



「体力増強薬です。味と匂いは地獄級ですが、彼が作ったので効果だけは保障しますよ」



 そう言った笑顔のコルテに、首の付け根に腕を差し込まれ上半身を起こされる。そして、椀を無理矢理持たされた。ついでにタオルを回収された。

 顔を近づければ更に匂いが酷くなったそれに顔を引き攣らせる煌だが、強く目を瞑って今までで一番ではないかと思われる覚悟を決め、意を決して怪しい液体に口をつける。喉を鳴らし、一気に胃へと流し込む。途中で躊躇しようものなら、破滅的な味が口の中を襲うこと間違いなしだ。流し込み終えた瞬間に、押し付けられたグラスの中の水で口の中に残ったものも胃に押し流す。



「お利口さん」



 空になった椀とグラスを受け取った唯人は、くしゃくしゃと煌の頭を掻き回した。



「…………アンタの腕は信用してる」

「そりゃどうも」



 むすっとした顔で言うと、唯人は軽く笑って流す。煌は黙り込んで布団の中に潜り込んだ。



「二週間はベッドの中だ。運動はその一週間後。ま、日にちは経過を見て変わるだろうが、大人しくしてろよ問題児」



 抜け出してんの見つけたらベッドにくくり付けてやるからな、と言う唯人の言葉に、煌は不服そうにしながらも了承する。それに満足げに頷いた唯人は、コルテを引き連れ部屋を出て行った。扉付近に立っていた理事に、きちんと見張っとけよ、と念を押すのを忘れずに。

 ユーファが煌へと近付き、氷水に浸していたタオルを額に乗せた。



「気分はどうだい?」



 唯人が座っていた椅子に座った理事が煌に話しかける。質問に対しては答えず、煌は小さく顔を顰めて見せた。



「…………何だよ、この甘ったるい匂い」

「あぁ、これは夢見を良くするお香だよ」



 理事は笑いながら傍のテーブル上に置いてあった陶器を取り上げる。その蓋を開けると、更に香りがきつくなる。

 煌は両手で鼻を押さえた。



「胸がムカムカする。こんなん嗅いだら余計に夢見悪くなんだろうが」

「えぇ!?せっかく遠いところから取り寄せたのに!!」

「骨折り損の草臥れ儲けだな、馬鹿理事」

「煌ちゃん酷くない!?」



 悲鳴に近い声を上げる理事に、煌はべぇっと舌を出す。

 二人のやりとりを見ていた莉央は、いつもとさして変わっているようには見えない煌の様子に、やっと安心した様子で息を吐く。

 そんな彼女に煌は顔を向けた。



「…………カーク、大丈夫か?」



 不安そうに問い掛けてくる煌に、莉央は小さく笑った。



「うん、大丈夫。今は魔界に戻ってて、まだ包帯とかはとれてないけど……………………」



 それを聞いた煌は少し表情を暗くし、そうか、と一言呟く。

 莉央は数秒前の自分を殴りたくなった。元気がない、というのは病み上がりなのだから当然だ。しかし、覇気がない、というのは見ていて明らかである。あの状態の煌を見ていて、何故変わらないなどと思ったのか。

 と、煌はきょろきょろと室内を改めて見渡す。意識を集中させて、室内だけでなく医療棟全体にまで意識の糸を広げ、目的の魔力を探る。しかし、見つからない。人間界にいるなら近くにいるだろうし、カークと同じく魔界に戻っているのだろうか。ひと月前ではわざわざ彼を探そうと思うことすらなかったのだから、思い出というのは偉大なものである。今ではあの姿が見えないと思うと、少し落ち着かない。

 首を傾げた煌は、なぁ、と理事を仰いだ。



「ルーシャ、何処だ?」



 問われた理事は首を傾げユーファを見る。が、彼女もわからないとでも言うように首を振った。二人に視線を送られた莉央も、首を傾げる。

 それに気付いた煌は、あぁ、と言葉を続けた。



「えぇと、ルシア、何処だ?」



 言い直して再び問い掛けると、不自然に三人の体が揺れた。それを見逃さなかった煌は眉を顰める。何かが、おかしい。



「煌ちゃん、落ち着いて聞いてほしい」



 意を決した理事が、いつになく神妙な面持ちで煌の顔を見つめる。その後ろでは莉央とユーファが揃って下を向いていた。



 ―――――――あぁ、嫌な予感がする。



「彼は、あのローズクイーンとか言う魔族に連れて行かれてしまったんだ」



 ドクン、と耳のすぐ傍で心臓の音が響いた気がした。息が、詰まる。はく、と小さく息を吸って、うそだ、と吐息のような声で呟く。

 だって、ルシアは魔王だ。魔王になれるだけの魔力と戦闘能力を持っている。そんなルシアが、母親とはいえローズクイーンレベルの存在に追い込まれるなど信じられない。そう、思うのに…………………………彼女の勘は、理事が嘘を吐いていないと告げる。

 瞬き一つせずに固まってしまった煌に、理事は目覚めたばかりの彼女にこの話をしてしまったことを後悔した。彼女から振られた話題とは言え、今の彼女に感情を揺さぶる話題は厳禁だ。

 しかし、



「聞きたいことがあるんだ」



 今は一刻を争う事態になりかねない状況だ。この学校を、しいては煌を守るために、聞いておかなければならない。



「もし、記憶が戻ったのなら。詳しいことを教えてほしい」



 理事はまっすぐ煌を見つめた。そこにいつものへらへらした空気はない。

 煌はそんな彼の顔を正面から見返す。



「………そうだな。オレの記憶が戻って、ルシアが連れてかれた以上、もうオレだけの問題じゃない」



 本来巻き込まれなくてよかった人たちまで巻き込んでしまった。知らぬ存ぜぬを通せる状況は過ぎて、もう隠していることは出来ない。巻き込んだ以上、彼らも関係者だ。

 ごめん、と口角を上げる煌。しかしどうも上手く笑えない。ベッドに肘をつき自分から上半身を起こすと、ベッドボードに背中を預ける。



「話は十年以上前に遡るけど、いいか?それと、まだ完全に馴染んでる感覚じゃないから、いろいろわかりにくいこともあると思う」



 ぐるりと三人の顔を見回すと、無言で頷き返された。それに目を閉じ、取り戻した記憶をたどり、当時を思い返しながらゆっくりと口を開く。



「理事とユーファは知っての通り、父親譲りのこの見た目なオレには、仲の良い奴なんていなかった。あぁ、別に両親を恨んだりはしてないぞ。この色は我ながら結構気に入ってるし、二人のことは好きだった。で、友人の一人もいない小さなオレは、いつも森で一人で遊んでたんだ」



 その日はその年一番の冷え込みで、森の中にも雪が積もっていた。それでも煌はいつも通り森へと出かけて行った。森の最奥に生える一際大きな巨木の周り。深すぎて誰も近寄らないその場所は彼女にとっては格好の遊び場だったが、その日は珍しく先客がいた。空から舞い落ちてくる雪のように、濁りない真っ白な毛並をした狼。しかし通常の狼の何倍も大きなその体は、怪我をしているのか、ところどころ紅く斑に染まっていた。



「それが、雪華………………」



 莉央がぽつりと呟く。それに煌は驚いた様子で目を瞠った。



「あいつ、出て来たのか?宿り(オレ)の許可なく乗っ取るなんざ、無駄に魔力喰うだけだっつーのに………………」



 馬鹿じゃないのか?と表情を険しくしてぶつぶつと呟く。

 どうやら本気で言っているらしい彼女に苦笑を漏らした理事が先を促す。



「ん、あぁ。とりあえず出来る限りの手当てをして、毎日会ううちに仲良くなって、そしたら何か面倒なのに追われてるっつーんで、雪華が封印っつー形でオレの中に隠れることを認めた」



 少々投げやりに雪華との出会いを締めくくった煌。何でもないことのように言う彼女に対して、話を聞いていた三人は耳を疑った。



「え、あの、そんな簡単に認めちゃったの?自分が狙われるかもしれないのに?というか、人の体の中に魔獣を封印とか出来るの?」



 驚きと困惑が入り混じった表情で問う莉央に、今度は煌が不思議そうに首を傾げた。

「昔は、結構あったらしいぞ?オレは言われた通りにしただけだし、どうやったのか覚えてないけど。それと、そんな簡単に決めるものじゃないって雪華にも言われたけどさ…………」

 頭を元の位置に戻して、当然のことのように告げる。



「友達が困ってたら、助けるのは当たり前だろ?」



 この言葉に、理事はハッとした表情で煌を見つめる。ユーファも悲しげに、しかし何処か嬉しそうに煌を見つめた。

 彼女の言葉は、生前彼女の母親がよく口にしていたものだった。



 ――――いい?友達ってのはね、互いに命を預け合える存在のことよ。友達が困っているのを助けるのは当たり前のことなの。だから遠慮なんてしないで、どしどし私達を頼りなさい。私達はあんたの、彰の友達でしょう?

 ――――何勝手に俺まで含んでるんだ………まぁ、何だ。何かあったら、言え。可能な限り、手を貸す。



 理事は、何か変なこと言ったか?とでも言いたそうな煌の顔を見て、次いでユーファを見た。それに気付いたユーファも、彼に微笑み返す。

 たとえ命が尽きようとも、二人の面影や意思は、この一人の少女の中に生きている。



「ちなみにルシアとはあいつが雪華を捕獲、又は始末に来て、それ以来丸一年ぐらいはほぼ毎日一緒」



 あっさりと付け加えられた言葉の内容に、三人は今度こそ固まった。唯一理事だけが、あぁどうりで………とすぐに復活し納得の色を見せる。不思議だったのだ。何故魔王という位に座するルシアが、一介の学生である煌を指名して半ば無理やり誓約を交わすなどという行動に出たのか。元より知り合いだったのなら、既に仮誓約が交わされていたというのも納得できる。魔王のお手付きだったなら、そりゃ誓約を申し出る存在もいないだろう。



「武器の扱い方や、オレが知ってる魔族式の魔術なんかはほとんどアイツが教えてくれたんだ」



 あの頃は楽しかった、と幸せそうな笑みを浮かべる煌。当時の感情が蘇ったのか、その顔は何処か幼くふにゃりと柔らかい。

 そんな煌に、莉央は無意識に唇を噛み締めた。初めて見た彼女の、心の底からの笑顔。今の自分では到底引き出せそうにない表情を、今この場にいない無愛想で無口な誓人は、こうも容易く引き出すことが出来る。それが何だか悔しくて、羨ましい。



「でも………」



 年相応の顔をしていた煌の顔から表情が消える。溢れる感情を抑え込むために握りしめた拳が震えた。



「あの女が、オレの家族を殺した」



 楽しかった日々は、ある日突然消えてなくなった。日常は脆く崩れ去り、両親とその誓人は二度と手の届かないところに行ってしまった。

 襲われた理由は、煌の中に封印された魔獣――雪華。彼を助けたことも、仲良くなったことも、身の内に封印したことも後悔はしていない。死んでしまった彼らも、きっと煌のことを責めたりはしない。むしろよくやったと褒めてさえくれるだろう。だから、雪華のことについては何も後悔しない。するつもりはない。



 ――――ただただ、元凶であるローズクイーンのことが憎い。



 煌の瞳が、怒りと憎悪で鮮やかに煌めく。



「父さん達はオレを逃がすために、足止めをしようとして殺された。いくら強いと言われた父さんでも、一人じゃ百人以上の魔族には敵わなかった。一人一人いなくなって、最後に母さんが殺されて、それでも逃げ続けたオレもとうとう殺されそうになったけど、間一髪駆けつけてくれたルシアに助けられた。ルシアが来たことに安心して気失って、次起きた時には記憶が無くなってた」



 握りしめていた手を解き、じっと見つめる。目を閉じれば今でも鮮明に蘇る、あの日の惨状。



 ――――足を止めるな!逃げ続けろ!!逃げて逃げて、何が何でも生き延びろ!!!!

 ――――大丈夫、ちゃ~んと後でお父さんと一緒に迎えに行くわ。だから先に行きなさい!



 数多の魔族に囲まれた父の姿。腹を何かに貫かれ血を吐きつつも気丈に笑った母の姿。声は鋭いが最後に優しく頭を撫でた温かい手。金属がぶつかい合う音。肉が断たれ、血が噴き出す音。魔術が飛び交う光。魔獣の咆哮。命が消える直前の断末魔。燃え盛る炎に包まれ崩れていく我が家。避けることの出来なかった振り下ろされた剣が背を引き裂く痛み。自分の代わりに魔獣の牙をその腕に受けたルシアの紅い血。

 そしてあの女、ローズクイーンの高らかな笑い声。



「オレはオレのせいで、もう誰かを犠牲にしたくない」



 そのために、今度は自分が守る側に立つことが出来るように、ただ強くなりたい。無力を噛み締め絶望に打ちひしがれるのは、もう嫌だ。

 目を伏せていた煌は、手から視線を外し顔を上げる。その目にはもう、怒りも憎しみも宿ってはいない。映るのは、ただ強い決意のみ。



「話は、終わりだ」



 ルシアは、彼だけは失わない。何としても取り戻す。

 胸の奥底で誓った決意を、口にすることはない。言えばまた心配をかけるだけだ。

 莉央が複雑そうな表情をその顔に浮かべた、その時。



「おや?皆さんお揃いですね」



 一人の男の声が、部屋に響く。

 四人は弾かれるようにして声のした方へ顔を向けた。莉央達が誰なのかと首を傾げる中、煌は唖然と目を見開いた。



「……アル?何でお前、此処に…………………」



 そこまで呆然と呟いた煌は、ハッと息を飲んで表情を険しく変えた。臨戦態勢にも入りたいが、如何せん病み上がりの体は重く、こうして起き上がっているだけでも億劫だ。

 思い通りにならない体に舌を打ち、部屋の隅で相変わらず胡散臭い笑みを浮かべているアルスを睨み付けた。



「…………ローズクイーンにでも命令されたか?オレを始末しろって?」



 緩く口角を上げて告げた煌の言葉に、真っ先に反応したのは理事とユーファだ。煌の寝ているベッドの両脇に移動し、莉央と煌を守るようにしてアルスと向かい合う。

 一方、警戒されているアルスはそんな二人の行動を気に留めた様子もなく、まさか、と笑顔のまま両手を広げてみせた。



「今回も私の独断ですよ。攫うつもりも、ましてや殺すつもりもありません。それに、あの人はこの間のことで貴女を直接どうこうしようとすることは諦めたようです」



 どうぞ安心して下さい、と笑みを深めて煌を見る。

 そんな彼を、煌は疑り深い眼差しでじぃっと見つめた。アルスは動じることなく軽く首を傾げてみせる。はぁ、とため息を吐いた。



「………わかった、その言葉信じる。お前はオレに嘘は言わない。肝心な事も言わねェけど」



 くしゃり、と髪を掻き混ぜながら返す。半ば諦めているようにも見えるのは、あながち間違いではないだろう。

 しかしそんな彼女の反応に驚いたのは他の三人だ。ローズクイーンの仲間だとわかっているのに、何故そんなすぐに信じるのだろう。

 説明を求める視線に、煌は目を泳がした。



「ぁー、コイツは、大丈夫。多分だけど、それに何がしてぇのかよくわかんねェけど。あの女に辿り着くようなヒントくれたのコイツだし」

「申し遅れました。私、アルスと申します。一応、姫の監視と【柊煌ファンクラブ】の会長を務めさせて頂いています」



 以後お見知りおきを、と煌の言葉に続き、一礼して自分の素性をさらっと明かしてしまうアルス。その言葉に理事の顔を更に険しくなるが、脳内で反芻して違和感を感じたのか、ぎゅっと眉間に皴を寄せる。

 煌はがっくりと首を落とした。



「まだあったのかよ。つかもう一度言うが、会長一人しかいないのはクラブじゃねェ」

「いえあれから一人入ったので、会員は私含め二人です」



 増えたのか。というより一人も二人もさして変わらない。

 煌の顔が更に歪んだ。



「…………まぁ、今はそんなことはどうでもいい。だったらお前、何しに来たんだ?」



 不機嫌を露わに、煌はアルスへと問い掛ける。話を流されたと気付いた彼が、不服そうにしながらも口を開いたその時。ようやく話を理解した莉央が、えぇ!?と声を上げた。



「ちょ、ちょっと待って煌君!監視って…………ていうか姫!?」



 え!?え!?と混乱真っ只中の莉央が頭を抱える。頑張って頭の中を整理して理解をしようとしているようだ。

 煌は先程まで不機嫌だったことを忘れ、思わず小さく笑った。必死な様子が何やら可愛らしい。



「彼女が魔界で【白銀の戦舞姫】と呼ばれているのをご存知ですか?」



 アルスが笑みを浮かべ、莉央に問いかける。

 莉央はびくりと体を震わせ、遠慮がちに一つ頷く。バトルトーナメントの高等部決勝戦の時にカークが言っていた。煌は外見と戦闘方法から【白銀の戦舞姫】と呼ばれている、と。

 そこまで思い出して、ぁ、と声を漏らす。なるほど、だから“姫”。そっかぁ、と気になっていたことが解決して、もう一つの懸案はすっかり忘れ去ってしまった。



「そう言えば、何故私が此処に来たのか、ということでしたね」



 一人納得顔で頷いている莉央から視線を外したアルスが、話が逸れてしまいました、と煌に意識を戻した。煌と理事の表情が真剣味を帯びる。



「王が我々の隠れ家に連れ込まれたからですよ。姫の様子を見に来たんです」



 お加減の方はどうですか、という言葉を聞いた煌の瞳が凍った。

 理事以下の三人が、心配そうな面持ちで彼女を見つめる。アルスも例外ではなかった。



「ルーシャは…………ルシアは、どうなったんだ?」



 震える声を抑えるようにして、煌はアルスに問いかける。それでも込み上げてくるどうしようもない怒りや不安は、完全に押し殺すことは出来ない。

 アルスは残念そうに首を振った。



「すみません、残念ながらそこまでは」

「そう、か………………」



 返ってきた答えに、煌は視線をベッドに落とす。彼が知らないなら、自分がこれ以上の情報を得ることは出来ないだろう。荒ぶった気を静める為に深呼吸を一つ。

 そんな煌を見ていたアルスが、そうそう伝え忘れていました、と再び口を開く。



「これはあくまで噂の範囲なのですが、私の経験と勘と、集めた情報から考えて信憑性は高いです」

「何だ?」



 皆の意識がアルスへと戻る。彼の顔から笑顔が消えた。



「彼女は今日からひと月のうちに、この学園を襲うでしょう」

「はぁ!?」



 思ってもみなかった内容に、今までの沈んだ空気は一気に吹き飛んだ。真顔のアルスが冗談ではないことを物語る。



「彼女の最終目的は、魔界と人間界の両方を自身の手中におさめ、更に天界へとその手を伸ばすこと。獣王を宿した姫が在籍するこの学園は、おそらくその足掛かりとなります」

「何だ、それ………………」



 脱力して壁に頭を預ける煌。壮大過ぎて、いっそ現実味がない企み。いつもならそう思って本気にしないだろう。が、現在向こうには歴代最強と言われる魔王のルシアが捕えられている。どうにかして彼を味方にすることが出来たなら、その企みは一気に現実味を帯びる。

 そこまで考えて、煌は訝しげにアルスを見た。



「何でお前、こんなことをオレに教えてんだ?」



 彼はローズクイーンの部下、つまり敵側の存在の筈で。こんな重要機密レベルの情報を、何ほいほいと自分に教えているのだろうか。

 そんな煌の質問に、アルスはにっこりと笑みを浮かべた。



「私は貴女のファンですから。ファンである私は、貴女に死んで欲しくないんですよ」



 それに、と続けたアルスに首を傾げる。



「今は前王妃の元にいますが、私の本来の主は別にいますので」



 彼は貴方が死ぬことを望まない。ならば私はそれに準ずるだけです。

 意味深な言葉に眉をひそめる煌をよそに、さて、とアルスは笑顔を深めて手を叩いた。



「あの人に勘付かれては面倒なので、私はそろそろお暇します。では姫、いずれまた近いうちに」

「……ぁ?あっ、おいちょっと待て………………てもう行きやがった」



 慌てて呼び止めようと声を張った煌だったが、一足早くアルスはにこやかに手を振り姿を消した。苛立たしげに舌を打つ。



「本当に、何がしたいんだよアイツは………………………」



 気付けば、何だか周囲にたくさんの人がいる。気のせいだろうか…………いや、違うだろう。理事やユーファだけだったのが、莉央やカークは毎日のように行動を共にするようになった。そして、振り向けばいつも近くにルシアがいた。ひとりでいたことを一瞬忘れてしまうほどに、彼らは当たり前のようにそこにいる。

 いつかこんな状態になったのか。目を閉じ考えて、気付いた。

 一人の時間が極端に短くなったのは、ルシアと再会した日からだ。

 思えば、記憶を失っていた自分から見た彼の第一印象は最悪だった。有無を言わさず誓約を結ばれ、やる事なす事全てに口を出され何処にでも付いて来られ。本当の初対面の時など、生まれて初めて出来た唯一無二の友達を殺されそうになり………………

 それでも、彼が優しいことを知っている。顔に出にくいだけで、実は寂しがり屋だということも、頭を撫でるその手が温かいということも………………穏やかに笑ってくれるということを、知っている。



「…………寝る。から、戻っていいよ」



 大人しくしてるから、とそれだけ告げ頭まで布団を被ってしまった煌に、莉央が何か言おうと口を開いた。が、そっと肩に手を置かれ言葉を飲み込む。見上げれば、理事が静かに首を振っていた。



「………じゃあ、もう戻ることにするよ。ゆっくり休んで、煌ちゃん」



 微笑んで告げた言葉に対する反応はない。理事はそんな煌に一瞬目を伏せると、すぐに顔を上げユーファを振り返った。目が合い頷いたユーファは、莉央の肩を抱いて退室を促す。莉央は物言いたげに煌を見たが、結局何も言わずに指示に従った。

 ぱたん、と扉の閉まる音が静まり返った部屋に響く。



「……………ルーシャ」



 お前は今、何を思ってる?

 誰もいない部屋に、何かに縋るような声が吸い込まれて消えた。




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